第324話「地下調査、中断す」
魔法の力で閉じられている、開かずの扉を開け放ち、俺はその先の暗闇を照らした。
扉の先がどうなっているのかは、誰一人として見当も付かない。
何かが飛び出してきたら怖いので、ティナには障壁の魔法を使って貰った。
扉の奥の安全を確認するまで、無色透明の障壁が、俺たちの身を守っている──。
『………………』
開け放った扉の先は、下に降りる階段になっていた。
地下室は全体がカビにまみれているが、扉の向こうは不思議とカビが生えていない。
「…………」
魔法の障壁に耳を押し当てて、ユナが聞き耳を立てた。
障壁の魔法は振動を伝えないので、聞き耳を立てても無駄なのだが……。
「明かりで見える範囲には、何もないような気がします」
ユナにしては曖昧な言葉だなと思いつつ、俺は魔法の明かりを消した。
偽りの指輪で使う魔法は、常に集中力を必要とするので、何かを喋る時には、魔法の効果も切れてしまう──。
「ガウロンさん、一応、魔法でロックされていた扉は開けましたが……」
後ろで不安げに見守っていたガウロンに、現状を伝える。
「はい。ありがとうございます……あの、正直気味が悪いので、奥の方まで調べて頂けませんか?」
「もちろんです。地下には俺たちだけで降りますが、ここのカビは体に悪そうなんで、ガウロンさんは上で待っていて貰えますか?」
「それは有り難いです。是非そうさせていただきます」
ガウロンが地下室から出て行ったのを確認してから、俺は精霊力感知を使った。
狭い地下室には、俺たちの生命力と精神力、光と闇、そして水の精霊力を感じる。
水の精霊力は、湿気によるものだろうか?
「ティナ、障壁の魔法を解除してくれ。障壁があると、精霊力の流れも遮断されるみたいだ」
「え? そうなの? ……解除したわ」
ティナが障壁の魔法を解除すると、扉の奥──この場合は下へ降りる階段の奥だが、ひと際強く、水の精霊力を感じる。
……その他には何もない。
怪しげな生命力などは感じないから、まずは一安心といったところか。
「ロープに結んだ魔法のランタンを投げてみますか?」
「いいな。やってみて」
ガウロンじゃないけど、不気味な階段を下りたくなかった俺は、ユナの案に賛成した。
「よしよし、わしが投げてやるわい」
「頼む。こう、なんて言うか、放物線を描く感じで、なるべく遠くに投げてみてくれ」
「うむ」
階段の前でロープを短く持ったサキさんは、何度かゆらゆらと魔法のランタンを揺らした後、放るようにしてそれを投げた。
『…………』
俺たちは、階段の奥へ吸い込まれるようにして落ちていく、魔法のランタンを見守る。
……ぼちょん。
水の中に落ちたような音がした。
魔法のランタンの明かりが、少しぼやけて、次第に暗くなっていく。
「水の中に落ちたわね」
「む。階段の途中で水没してるってこと?」
「直接見た方が早いわい」
「おいまて」
サキさんは俺の制止も聞かずに、階段をずかずかと下りて行った。
「仕方ない。何か異変を感じたら、ティナの魔法で引っ張り上げてくれ」
「わかったわ」
俺とティナとユナの三人は、扉の外から階段の奥を見守っている。
いくつか持ってきた、魔法のランタンの一つを手にしたサキさんは、特に何かを警戒する様子もなく、狭い階段を下りて行く。
階段の幅は1メートルもない。
ごく普通の、民家の階段と同じくらいの幅だ。
なので、二人以上が並んで歩くことはできないし、天井も低いので、武器を振りかざすことも出来ないだろう。
こんな地形を進むときは、シオンが持っているような、片手剣と盾があるといいな。
「……ミナトよ、下りてこんか」
ある程度階段を下りたところで、ピタリと立ち止まったサキさんは、俺を呼んだ。
恐らくあの辺りまで、水が浸水しているのだろう。
実質行き止まりなのに、その場に俺を呼ぶということは……。
「水質を調べろってことだな?」
「うむ」
俺も魔法のランタンを持って階段を下り、サキさんの後ろまで行くと、目の前の水溜りに目を移した。
階段はまだ下に続いているようだが、水没していて、これ以上は進めない。
「……生命力は感じないから、水の中に何かが潜んでる危険は無さそうだな」
水の中では、先ほど落とした魔法のランタンが、淡い光を放っている。
精霊力感知では、この水に不審な点は感じない。
予想に反して、透明度が高く澄んだ水なので、汚染の心配もなさそうに思えた。
「潜ってみるかの?」
「やめとけ。地下水でも冬は堪える。一度上に戻ろう」
俺は服を脱ごうとするサキさんを止めて、一度全員で地下室から出ることにした。
「お疲れ様です。中の様子はいかがでしたか?」
俺たちが台所まで戻ると、かまどで暖を取っていたガウロンが聞いてくる。
「扉の向こうは、さらに地下へ降りる階段になってますが、途中から水没していて、先には進めない感じでした。水は澄んでいるので、汚染の心配だけはありません」
「うーん……。それなら、水を何とかしないといけませんね」
俺の報告を聞いたガウロンは暫く考えてから、俺たちに提案をしてきた。
「これから業者に頼んで、問題の地下水を処理しようと思います。ニートの皆さんは、後日改めて地下を調べて頂くという段取りでもよろしいでしょうか?」
人海戦術でバケツリレーをやるのかと思ったが、手動の排水ポンプを扱う業者が存在するそうだ。
川の氾濫などで、窪地に溜まった水を汲み上げたり、下水道の補修工事にも使われるため、王都ではそれほど珍しい職種ではないらしい。
今日のうちに頼めば、明日中には汲み上げて貰えるだろうから、俺たちの出番は二日後となる。
こちらは特に問題ないので、ガウロンのプランで進めることにした。
──さて、家に帰ってきたのは良いが、時間はまだ昼を過ぎたばかり。
「わしはつまみの燻製でも作るかの」
「私も自分の作業をしますね」
サキさんは酒のつまみを作るのか。
もう随分前の話になるが、川魚の燻製はどうしたのか聞くと、そんなものはとうの昔に無くなったと言う。
普段は銭湯の行き帰りにつまみを買っていたようだが、ここ数日は家の風呂に入っているので、今日は自分で作ることにしたらしい。
ユナの方は、オリジナルのハーブティーで、着々と顧客を増やしているみたいだ。
王都の市場では、殆どが輸入品になるが、ハーブや香辛料の種類は充実している。
その多くは薬などに使用され、純粋に味や香りを楽しむ、嗜好品としての側面には欠けていた。
そのせいもあってか、ユナが調合したハーブティーは、人々から驚かれつつも、概ね好評を得る結果となっているようだ。