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第320話「そうだ、煎餅を焼こう」

 俺が家に戻ると、調理場の方から、醤油が焦げたときの香ばしい匂いが漂ってきた。

 懐かしい香りに誘われて、堪らず俺は調理場の様子を見に行く。


「何してるんだ?」

「見てわからぬか? 煎餅せんべいを焼いておるのだ」


 今朝方、寒中かんちゅう訓練をすると言っていたはずのサキさんは、訓練に飽きたのか、調理場で煎餅せんべいを焼いていた。


「一日中、雪とたわむれる訳がなかろう。風邪を引くわい」

「それもそうか」


 俺は暫くサキさんの作業を見ていたが、焼き上げる前の乾燥した煎餅が気になって仕方がない。

 芸達者な奴だとは思っていたが、こういう物まで作れるのか。


「作り方はナカミチが教えてくれたわい。仕込みはティナに頼んだがの。わしはこうして、悠々と焼いておるだけだわい」



 そんなティナは何処にいるのかと思ったら、ユナを連れてナカミチの工房らしい。

 ユナが自作しているコンパウンドボウは、最後の最後で妥協ができず、調整に必要な部品を削って貰いに行ったようだ。


 ある意味、そういう細かい部分まで、自分で判断できるのは凄いと思う。


 俺だと微妙な違いなんて正直わからないが、そのくせ一番良い物が欲しい性分なので、自分で選んだモノよりも、プロが選んでくれたモノの方が安心できる。

 要するに、自分に自信がないのが半分、失敗したくない気持ちが半分て感じだ。





 煎餅せんべいが所々膨らんでくるのを、サキさんと二人でじっと眺めていると、ティナとユナも帰ってきた。


「凄い匂いですね」

「ちょっと換気した方がいいわね」


 確かに、焦がし醤油の匂いが家の中に充満している。

 俺とティナとユナの三人は、調理場と広間の換気をしてから、ようやく一息ついた。



「ユナの弓は上手くできた?」

「完璧です! ふらつきもないですし、いつでも実戦に出せますよ。矢のホルダーも、5本セットできるように拡張しました」


 旧カスタムロングボウより大柄になったぶん、矢を1本多くセットできるのか。

 気になる重量も、高品質な木材と鋼を使うことで、見た目よりは軽く仕上がっている。

 やはり、弓の両端に付けられた二重構造の滑車は、性能美とは一味違った、異質な雰囲気を醸し出す。


「サキさんもこの弓にするか? なんか強そうだぞ?」

「いやいや、わしは今ので良い。弓を放り投げることが多いゆえ、壊れやすい部分が増えても困るわい」


 威力も上がるとなれば、サキさんなら食い付きそうだと思ったが、案外冷静に考えているんだな。





 今日はもう、サキさんが煎餅を焼いている状況を見学するだけで良いかなという雰囲気になりつつある中、俺はリリエッタのこと、そして、強面親父から受け取った賞金と、新しい依頼のことを、みんなにも報告する。


「そう……。リリエッタは可哀想だけど、年頃の男の子四人に混じって冒険するのは、なかなか難しそうね。私だと自信が無いわ」

「確かに。特にヨシアキなんかは、あいつ、人の顔見て話ししてないからな。いちいち視線がいやらしいというか。あれ、本人は感付かれてないと本気で思ってるよな」

「あ、やっぱりそうなんですね。でも、ハルみたいに全く意識してないのも、ある意味困るんですけど。完全に同性の友達扱いなんで、結構容赦ないですよ」


 あそこのアクティブコンビは、ろくなもんじゃないな。


 話の流れで初めて知ったが、収穫祭でユナとハルが観光遺跡のイベントにチャレンジした時には、エスコートされるどころか、遠慮なしのガチ攻略になっていたらしい。

 まあ、そのおかげで初参加にも関わらず、中盤辺りまでの記録を残せたのだろうが……。



「ヨシアキたちがリリエッタの里の情報を掴んだら、たぶん追いかけて行くと思うから、その時は近場の町までテレポート頼むわ」

「わかったわ」

「あと、強面親父から出された依頼の件は、どうしようか? 何気に王都内の依頼をパーティーで受けるのは初めてだよな」

「良いのではないかの? たまには討伐でない依頼も良かろうよ」


 サキさんの言葉に、その場の全員が頷いた。

 依頼の内容はともかく、王都から出なくてもいいのは有り難い。

 今の季節、寂れた集落まで移動することになったら、街道以外の細道は確実に雪で埋まっているだろうからな。





 サキさんは煎餅を焼くのに忙しい感じで、ユナはガレージの作業部屋でハーブの調合をしているし、ティナは夕食の支度を始めてしまった。

 俺は洗濯物を取り込んだり、気になる所を掃除したりと働いてみたが、すぐにやることが無くなった。


 暇なのでグレンと話でもしようかと思ったら、グレンは暖炉の中に入って、宙に浮きながら寝ていた。

 いくら炎や熱に焼かれても平気とはいえ、燃え盛る炎の中で寝ることは無いだろうと思うが、いかがなものか……。

 ただまあ、きちんと服を脱いでから、火の中に入っているのは感心だ。


 なんてことを一人で考えていると、エミリアが広間に現れていた。

 テレポートで現れる瞬間を察知できないのは、相変らずだ。

 俺にも魔力感知ができたら、色々と面白いことになるんだろうけど、できないものは仕方がない。



 せっかくエミリアが現れたので、強面親父から出された依頼について、何か心当たりはないか聞こうとしたが、いくら何でも新婚の人妻を冒険に連れ出す流れになっても困るので、俺は聞くのをやめた。


「エミリアは今、内周区に住んでるのか?」

「はい。ペペルモンド家のお屋敷に、クレイルと二人きりです。昼間は彼の従者と、数名の使用人が働いているのですが……」

「そっか……」


 夜になると、屋敷には旦那のクレイルと二人きりのようだ。

 今エミリアが住んでいる内周区の屋敷は、ペペルモンド家が所有する本来の屋敷だ。


 ペペルモンド家の現当主であるカルカスのおっさんは、北方の地方領主なので、いわゆる単身赴任のような状況であり、本家の屋敷を留守にしている。

 カルカスの一人息子、エミリアの旦那のクレイルは、王城控えの騎士なので、家に居る日と居ない日を交互に繰り返すそうだ。

 ちなみにクレイルが家に居るときは、朝から晩までひっきりなしに来客があるので、昼間のうちはエミリアも好き勝手にしているらしい。


「さっそく夫婦仲が冷めきってるみたいで、全くうらやましい気分になれんなあ」

「そんな事言わないでください!」


 しかしエミリアよ、家の事はなんにもしない、昼間は本能の赴くままにフラフラ、朝晩の食事は他所の家でむしゃむしゃ──。

 クレイルの旦那、こんな女の何処がいいんだろう? 謎は深まるばかりだ……。


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