第318話「リリエッタの離脱」
「リリィなあ、まあ、色々あって、里に帰ったって言うか……」
リリエッタの姿が見当たらないので、何気なく聞いただけのつもりだったが、ヨシアキたちと喧嘩別れでもしたのか、彼女は里に帰ってしまったようだ。
「あんま言いたくねーけど、ヨシアキとウォルツのせいだ」
「しかし私は……いや、間違ったことはしていないと思うのだが……」
ハルの遠慮ない言葉にウォルツは反論するが、その声は次第にトーンダウンした。
よそのパーティーの人間関係には関与したくなかったが、リリエッタの参入は俺が手引きした経緯もあるし、一通りの事情は聞いておくべきだろうな。
「リリィは見た目に反して、戦士の才能に恵まれていたんだけどね。訓練だけはやらせておいて、一度も前線に立たせて貰えなかったから、不満を募らせていたよ」
「それは俺も知っている。何とかしたくて新しい陣形を提案したんだけどな。そのたびにウォルツの野郎が反対しやがって……」
シオンとヨシアキの視線がウォルツに向く。
「何と言われようとも、これだけは譲れない。私は財産を失ったが、貴族としての誇りまでは失っていないのだ。本来守るべき女性を囮にして戦うだけでも屈辱なのに、二度と人前に出られないような傷を負わせたら、責任の取りようがない。だから認めない」
「──とまあ、こんな感じで、折り合いが付かなかった訳だ」
「なるほど。ウォルツが正しい」
「あれ? ミナトはウォルツの肩を持つのか。ちょっと意外だぜ」
ウォルツの言い分を聞いて、大体の事情は理解できた。
リリエッタの実力は知らないが、いくら強くても、相手の攻撃をかわし切れない瞬間は必ず巡って来る。
こんなのは、サキさんの血なまぐさい戦いを見てきたから、嫌というほどわかっている。
ウォルツが言っているのは、まさにそこだろうな。
まあ大体、そういう時に限って運の悪さは重なるもので、当たり所が悪くて顔が滅茶苦茶にでもなったら、どれだけ戦士の覚悟を決めていても、そんな覚悟はどこかへ吹き飛んで一生後悔することになるだろう。
「その通りだ。女を捨てて戦いに殉じる覚悟があるなら、私もそれを尊重しよう。だが、適当に切り上げて平和な暮らしに戻る程度の腹積もりなら、貴族の誇りにかけても守るべき対象となる。私が彼女に剣の型を教えたのは、あくまでも自衛の手段だ。そこを誤解されては困るのだ」
「くそう。ウォルツのくせに、まともなことを言ってるように聞こえる……」
ヨシアキは、ぐぬぬといった表情でウォルツを見据えた。
「けどまあしかし、王都に戻るなり、突然離脱されたのはショックだったな。最近は飯を作るのにも慣れてきて、何味かは良くわからんけど、奇跡的に美味い気がする料理が食えてたのに。これでまた、強面親父の塩焼き料理に逆戻りか……」
そういえば、そうだったな。
リリエッタは無類の料理好きだが、ヨシアキのパーティーに参加する以前は、鍋焦がしのリリエッタとして悪名を轟かせていた。
彼女が作った地獄のデス料理は、鉄とレンガ以外は何でも食べるエミリアでさえ、容赦なく撃沈させる程の破壊力がある。
そんな彼女も、強面親父の指導で酒場を手伝いながら、人が食べても具合が悪くならない料理を作れるくらいには成長していたようだ。
「確か、ヨシアキとウォルツの二人に原因があると聞いたけど、ウォルツの方は、それだけで離脱するほどの理由にはなってないよな? ヨシアキは何をやらかしたんだ?」
「俺の方は純粋な事故なんだって」
「へえ……」
どうせリリエッタの着替え中に、ノックもせずにドアを開けたとか、転んだ拍子に胸を触ったとか、そんなしょうもない事故なんだろうな。
「ゴブリンの巣穴に向かってる途中、全員で連れションしたんだけど、リリィだけ茂みの奥に入り込んでやってたんだ。そしたらヨシアキが、いきなり茂みの中に飛び込んで行って、色々丸出しのリリィを茂みから引きずり出したんだ。凄かった。目を疑ったぜ」
「………………」
「その言い方やめろ! あの時、茂みの中に動くものが見えたんだよ。リリィの方に向かってたんだから、泣かしてでも引っ張り出すしかないだろ!!」
「確かに居たぜ。ゴブリンの巣穴から逃げてきた、放し飼いの羊がな……!」
流石のリリエッタもマジ泣きしたが、これには一同総ズッコケだったらしい。
想像よりもハードだな。何と言うか、ご愁傷様……。
「トイレの途中で引きずり出すとか、いくら何でもレベルが高すぎる。他にも色々と不満があったら、心が折れても不思議じゃないなあ……」
好き好んで危険な場所に行ってるんだから、あそこでヨシアキが飛び込んだのは正しいと思う。
それでもリリエッタの離脱に関しては、ヨシアキが止めを刺したことで間違いなさそうだ。
どうせ対応に困ったまま、ろくなフォローもしていないはずだし……。
「もしかして、強面親父が機嫌悪そうだったの、これが原因かな?」
ヨシアキたちが冒険に出ない日は、リリエッタが一人、朝から酒場で働いている。
殺人料理ばかり作っていたリリエッタを矯正したのは強面親父だから、すっかり情の移った教え子が突然いなくなって、不機嫌だった可能性が高い。
「ああ、それな、めっちゃ怒ってたぜ。今からでも連れ戻せって、カンカンだった」
「でも俺たち、リリィの里がどこにあるのか知らないんだよな。あんまりそういう話はしなかったし……」
「それこそヨシアキが原因じゃないかな? リーダーが自分の事を何も話さないから、自然とそういう雰囲気になっていたと思うね」
シオンから指摘されたヨシアキは、少し困った顔でこちらを見た。
「俺の事は説明するのが難しいってだけで、身の上話はご法度って意味じゃないんだがなあ……」
俺やヨシアキは、ある種の召喚魔法によって、この世界に移動してきたという、ちょっと複雑な事情がある。
儀式魔法に詳しい魔術師なら理解して貰えそうだが、それ以外の人間には、どこか遠くの異国から、流れ流れて辿り着いた程度の説明しかできないんだよな。
しかし、俺たち異世界人の悩みはともかく、リリエッタが離脱したのは残念に思う。
近所に同性の冒険者がいるのは心強かったのにな。
それに、どう考えても、口先だけのヨシアキよりは役に立ちそうだったのに。
「そんなことはないぞ? 俺の現代知識が役に立つことも多いからな。でも、この世界で役立ちそうな電子書籍をスマホに入れてなかったのは失敗だった。ミナトの方はどうしてる?」
「こっちは端末なんてないし、ネットの検索もできないから、最初の頃は気苦労が絶えなかったな。エミリアの知識が命綱になることも多かった」
「……そっか。しかしどうしたものかな。確かにリリィは有能なんだよ。胸もでかかったし。ジェイの時は組織のしがらみで諦めるしかなかったけど、リリィには戻ってきて欲しいな」
ヨシアキの言葉に一瞬謎の沈黙が流れたが、やがて他の三人も頷いた。