第30話「ミナトの長い一日③」
「ごはんできたわよ。ミナト、サキさん呼んできてちょうだい」
「わかった」
エミリアと一緒に精霊石で遊んでいた俺は、調理場にいるティナに言われてサキさんを呼びにいった。
「飯だ」
「行く」
サキさんも腹が減っていたのか? 余裕でエミリアを放置して部屋に籠っていたわりにはそそくさと部屋から這い出して一階の広間へ下りて行った。
テーブルに着いた俺とサキさんとエミリアの元に、ティナとユナの二人が料理を運んでくる。今日の夕食は大きな鉄製の皿に肉と野菜がトッピングされたグラタンと、サクサクしたクルトン入りのコーンスープだった。
「あれ?」
えらくデカい皿のグラタンだと思ってフォークを刺すと、チーズの下にトマトソースを引いたピザ生地のようなものが隠れていた。
生地は細かく丁寧な切れ目が入っているようで、フォークを刺せば一口サイズのピザになるようだ。
俺は思わず笑ってしまった。
「ピザ好きのわしには堪らん」
「サキさん、こっちのスープもピザに合いますよ」
「面白いな。グラタンだと思った」
「それなら明日はグラタンにしようかしら?」
エミリアはナイフとフォークを使ってピザを切り分けようとしているが、ナイフに手応えがなく、最初から良い感じのサイズに切れているのが不思議でならないようだ。
「口に合わんかったか?」
「私が切ろうとしたところが何故か最初から切れているのが不思議で……」
その後もエミリアは、いつもの癖が抜けないのかナイフを通しては表面のチーズだけを虚しく切りながらピザを食っていた。
「コーンスープまじ美味いな。エミリアも飲めよ」
「……コーンの甘味が凄いですね。普通こんなふうにはならないですよ」
「余っていた乾燥コーンを挽いて混ぜたんです」
「あれかあ……」
ポップコーンでネチネチして失敗だった方かな? 餌のコーンもまだ余っているし、そのうちまた作って食うか。
飯を食い終わった俺たちに、ユナは冷やしたハーブティーを振る舞った。昨日と同じ物らしいが、氷を使えるようになって本来の作品になったと言う。
「昨日より甘いな。それに草っぽさが全くしない」
「冷やしただけなのに不思議ね」
「もう我慢できん。これに酒入れるわ。エミリアも飲むが良い」
確かに酒で割ると美味いと思うんだが、ユナが作った作品が台無しになるぞ。
「私たちは後片付けしましょう」
「そうですね」
エミリアの相手はサキさんに任せて、俺たち三人は鍋と食器の後片付けをしたあと、一度部屋に戻ってパジャマに着替えることにした。
「これ着るのか……」
俺は死ぬほどフリルの付いたネグリジェを広げてため息をついた。これを着るには自分の中の何かを捨てなければならないほど勇気が必要だ。
「どうしたんですか? 早く着替えて洗濯に行きますよ」
似たようなネグリジェを着たユナが俺の顔を覗き込んだ。
「いやこれはちょっと恥ずかしいと思ったりなんかして……」
「ミナトにはこれが似合うかしら? 良しそれにしよう」
「ああああ……」
似たようなネグリジェを着たティナが今日のセリフを耳元で言った。俺は何も見ずに超適当に答えたことを思い出してのたうち回った。
「自分じゃ恥ずかしくて着れん。着替えさせて!」
「仕方ないわね」
俺は駄々をこねてティナに着替えさせてもらった。
俺が死ぬほど恥ずかしくて頭がおかしいくらいフリフリのネグリジェを着ると、隣にいたユナが仕上げにナイトキャップを被せてくる。
「自分の姿が見れないのは不安だな。似合ってなかったら死ぬかもしれん」
「とってもかわいいわよ」
「そうですよ」
あの店は危険すぎる。もう二度と行きたくない。ティナもユナも若干少女趣味が強いので、部屋が全部こんな感じになったら心が壊れそうだ。
しかし普段はズボンとシャツの布がちょうど腹の部分で重なっているのだが、ネグリジェだけだと胸から足元までペラペラの布一枚なので腹の辺りが心許ない。
裸にシーツを被っているような感じなので、腹が冷えてしまわないか心配だ……。
俺たち三人は洗い場まで行くと、今日着ていた普段着と下着を洗濯して、ついでに歯磨きもして寝る準備を整えた。
夜の日課を終えて広間に戻ったときには、サキさんとエミリアの姿はもうない。遅くまでやるのかと思っていたが、思ったよりも早く解散したようだ。
俺はちょっとサキさんに話があるからと言って二人と別れ、サキさんの部屋をノックした。
「サキさん俺だ。ちょっと相談に乗ってくれ」
「珍しいこともある。申してみよ」
ランプの明かりを頼りに着物を縫っているサキさんの部屋で、俺は自分がロリコンで脚フェチでマザコンなのではないかと相談した。
「そういうわけでティナのことが気になって仕方がない」
「最初から知っとる」
サキさんは着物を縫う手を休めずに、一言呟いただけだった。
「サキさんにはバレていたか。俺はどうすればいい?」
「ティナに直接言えば良かろう」
「それはミナトちゃん的にはハードルが高い」
「その恥ずかしい格好で今更ハードルも糞もなかろうが」
俺はサキさんを蹴り飛ばして部屋を出た。
サキさんの部屋の前で女子部屋に戻る気も起きずウロウロしていると、ランプを片手にトイレから戻って来たユナと会った。
「あれ? ミナトさんどうしたんですか?」
「ユナ、ちょっと言いにくい相談があるんだが……」
「んー……じゃあ洗い場の方に行きませんか?」
ユナと洗い場の方に移動した俺は、14歳の女の子に自分はロリコンで脚フェチでマザコンなので助けてほしいと相談した。
「そんなわけでティナのことが気になって仕方がない。あと最新情報だが、ティナの手料理を食べていると、ティナのあの小さな手が堪らなく愛おしく感じる」
「ええ……そんな気はしていました」
ドン引きされるかと思っていたら、ユナにもバレていた。
「俺はどうしたらいいだろう?」
「正常だと思いますよ。私も小さくてかわいい子は好きですし、脚のきれいな人には憧れますし、ティナさんの小さな手で凄い料理ができあがるのは尊敬してますし」
「なんだと……俺は正常なのか?」
「あと、私も良くティナさんに甘えて抱き付いたりしてますよ。いい匂いがするし安心できるんです。お母さんみたいに思ってます」
「そうだったのか……しかし俺が同じことをするのは問題がありそうだぞ」
「いいんじゃないですか? 女の子同士ですし」
「ううむ……」
そういえばユナはサキさんの過去しか知らないんだっけ。言ってる事も微妙に俺の抱いている感情とは違うような気もするんだが……。
情けないことに、俺はユナに手を繋がれて自分の部屋まで戻ってきた。
「二人で手を繋いでどうしたの?」
俺とユナが部屋に入ると、ベッドの上で髪をとかしていたティナが声を掛けてくる。
「ミナトさんがティナさんに甘えたいって言ってます」
「あーうー……」
「そうなの?」
「もう何て言ったら良いのかな……今日のミナトちゃんは限界なんです」
俺は色んな意味で力尽きて、ベッドの上でティナに抱っこしてもらった。ユナが言っていた通りいい匂いがする。
ティナに頭を撫でられていると、まだ何の不安もなかった幼い頃に甘えた母親との思い出が蘇ってきて、俺は年甲斐もなくティナの胸の中でいつまでも泣き続けてしまった。
気が付くと朝になっていた。目が覚めると俺の隣にはユナしかいない。ティナはもう起きて朝食の準備をしているようだった。
「はあ……」
昨日はあまりにも情けないことをしてしまったのでティナに会いづらい。
ユナにも顔を合わせにくいので早々にベッドから離れようと思ったら、ユナも目を覚ましたようだ。
「ふあ……おはようございますミナトさん」
「うん、おはよう。どうしようティナに会いづらい」
「大丈夫ですよ。観音様みたいな人です」
「それは有り難いな。これからは毎日拝まんといけん」
俺とユナは朝食の匂いがする調理場へ向かった。洗い場へは必ずここを通るので、嫌でもティナと顔を合わせることになるのだ。
「二人ともおはよう。準備が終わったらサキさん起こしてちょうだい」
「おはようございます」
「おはようティナ」
今朝のティナはツインテールを胸の横に降ろして、昨日買ったブラウスと黒いタイトミニスカートの上にエプロン姿という恰好だ。
後ろ姿はただでさえ煽情的なのに、調理場のサンダルのせいで踵まで見える脚がいつも以上に艶めかしい。しかもツインテールが幼さを強調して堪らない感じである。
俺は心の中で手を合わせてティナの脚を拝んだ。
「やっぱりティナの脚はいいなあ」
「ありがとう。早く準備していらっしゃい」
俺はやっぱりロリコンで脚フェチかもしれないので、今度は服屋のおっさんに相談してみようと思った。あのおっさんならきっとわかってくれるだろう。
ちなみにいつでも好きな時にティナに甘えられると思ったらマザコンは改善しました。