第307話「エミリア、現状、まとめ」
予期せぬレレの訪問から、エミリアの現状を聞いた俺は、頭の中で話を整理した。
まず、エミリアが魔術学院で行っていた研究の最終目標は、古代の魔術師のように異界から悪魔を召喚して、自分の使い魔にすることだ。
初めの実験は不完全な魔法陣が暴走を起こして、その結果、大悪魔のレストアレム=イン=カーベルを召喚するという大事件を巻き起こした。
それから俺たちがこの世界に降り立ち、暴走した召喚魔法陣の収束を完了したのが数カ月前の話──。
その後、俺たちと一緒に冒険をする中で見つけた、アサ村の古代遺跡に残る完全な魔法陣を使い、十分な調査と研究を経てから、遂にエミリアは目的を達成する……のだが、異界から悪魔を召喚して、こともあろうに自分の使い魔にしたことが大きな問題となり、エミリアは自宅謹慎を言い渡されてしまう。
──これが今回の事件だ。
後日、エミリアは魔術学院と神殿の関係者に付き添われ、アサ村の古代遺跡にある魔法陣を再び利用して、使い魔にした悪魔を「異界に送還するフリ」をした。
それで一連の騒ぎは収束したかに思われたが、前回の大事件も含めて、実は研究テーマとして悪魔召喚に勤しんでいた事実が魔術学院の外にも知れ渡ったため、エミリアの実家となるフェルフィナ家への風当りは、当然のごとく厳しいものになった。
そこで当初から予定していた婚礼の儀を、急遽前倒しして行う流れになったらしい。
つまるところ、エミリアがフェルフィナ家を離れてペペルモンド家に嫁ぐことで、風当りの向きを変えてしまおうという作戦だな……。
現に、王族まで出席している大貴族同士のめでたい席で、面と向かって文句を言いに来る者は一人もいなかったようで、フェルフィナ家の目論見は、ひとまず成功したと言える。
ちなみに当のエミリアだが、研究テーマの内容はともかく、魔術師としての偉業を成し遂げたことに変わりはないため、魔術学院からの除籍と同時に「大魔導」の称号を与えられたらしい……。
「エミリアのやつ、とうとう魔術学院から追放されたのか」
「どちらかと言えば、本人が辞めると言うのを、学院長のじい様が引き留めている感じだったけどね。前から結婚を機に辞めるとは言っていたし、研究の成果も実ったから、エミリアは満足しているよ」
なるほど。べつに追放された訳じゃないのか。
まあ、本人が満足して辞めたのなら、それはそれでいいのかな……。
「話を戻すけど、魔術学院の部屋をフェルフィナ家の使用人が片付けたときに、インプが見当たらなかったのでね。木窓のロックが外れていたと聞いたときはどうしようかと思ったけれど、ここにいるなら安心だよ。でも、街や人里には連れて行かないでね」
「それだけど、元いた世界に戻してやる方法は無いのか?」
「うーん……、エミリアが発表した方法を再現すれば送還できると思うけど、肝心の魔法陣が壊されている状態だし、不完全な儀式魔法は使わない方が身の為だね」
下手に復元して使うのは危険ってことか。
それで失敗したのがレスター召喚事件だから、手を出すのは辞めておこう……。
レスターみたいな温厚派は、恐らく稀な存在だ。
失敗して荒ぶる魔神でも呼び出した日には、それこそ大惨事になるぞ。
魔神で思い出したが、邪神の銅像。あれ、どうなったのかな?
「そういえば、エミリアの部屋に怪しい銅像の魔道具が転がってなかった?」
「さあ? そういう変な魔道具が出てきたら、問題ないと判別するまで魔術学院の封印庫に納めておくはずだから、特に心配しなくても大丈夫だと思うけどね」
そうなんだ。それならもう、放っておいてもいいかなあ……。
これ以上エミリアの立場が危うくなったらいかんので、何とか回収しようと思っていたが、現状ではそんな心配をする必要もなくなったみたいだし。
どちらにしても、誰かに鑑定して貰わないと扱いに困る魔道具だったから、魔術学院が管理してくれるなら、そっちの方が有難いな。
「それじゃあ、私は戻るよ。エミリアは暫く自由に動けないと思うから、何か伝言があれば伝えておくけど」
「そうだなあ……。それなら、無断欠席が続いていたので、もうエミリアの飯は用意してないからと伝えておいてくれ」
「ああ、そうか……ふふっ、そうだね、伝えておくよ」
レレはソファーから立ち上がると、そのままテレポートして消えた。
「………………」
レレが帰ってから冷静に考え直すと、エミリアへの伝言は、素直に「結婚おめでとう、お幸せに」の方が良かったな……。
どうして「お前の飯はもう用意していない」なんて言葉が浮かんできたんだろう?
わりと心配していたのに、当の本人だけは幸せそうにしていたとか、古代遺跡が壊されたことでテレポーターがゴミになったり、尻拭い的にグレンの面倒を見ることになったり、エミリアには一言言ってやらないと気が済まないことが山ほどあるんだが、そういう不満が凝縮されて言葉に出たんだなきっと。
サキさんはグレンを連れて部屋に籠ったきりだし、俺は大人しくティナとユナの帰りを待つことにした。
暖炉の火を眺めたり、無意味に天井の梁を目で追ったりしていると、ガレージの奥から、ティナとユナの声が聞こえてくる。
随分遅かったが、話し声から察するに、何かトラブルがあった訳でもなさそうだ。
最近のテレポートは、そこそこ広い空間を確保できて、なおかつ土足で準備ができるガレージの中で行われている。
ガレージと広間を仕切る横開きのドアが開いて、二人が広間に戻ってきた。
「すぐに晩御飯の支度するから、サキさんを呼んできてちょうだい」
ティナはそれだけを言うと、急いで調理場の方へ駆けて行く。
「随分遅かったけど、何かあった?」
「それがですね……」
俺がユナに訊ねると、暖炉の前に手をかざしていたユナが説明を始めた。
「二週間くらい前に、王都の共有倉庫で火事があったじゃないですか」
「あったな。紙物が大体燃えたせいで、隣国まで仕入れに行ってるんだよな」
「そうです。先週から配給制に切り替わったんですけど、結局、王都の在庫が先に尽きたようなんです」
エミリアから火事の話を聞いた時、商会の荷馬車が王都に到着するよりも先に、物資が枯渇するかもしれんと予想はしていたが、案の定、枯渇してしまったようだ。
「工業区でも随分揉めていましたよ。この雪ですから、途中で立ち往生なんてことになると、王都に帰ってこれなくなりますからね」
今降り続いている雪が積もると、東西の街道も怪しくなってくるだろう。
踏み固められた雪の上なら、荷馬車の車輪をソリ板に変更すればいいのだが、馬が足を取られるような積雪になってしまうと、完全に立ち往生だ。
「役所の人がナカミチさんの工房にも来て、雪かき用の道具を作れって言い始めたんですけど、今から作っても遅いって反論したウォンさんと言い合いになって……」
なるほど。工房で揉めたから遅くなったのか……。
幸い家には買い置きしてある日用品が残っているので、余程の事がない限りは平気だ。
最悪、知り合いに限定するなら、数日分を配っても大丈夫だろう。
俺は木窓を少し開けてから、外の様子を確認した。
真っ暗闇の地面を家の明かりが照らすと、今朝よりも明らかに状況が悪化していた。
つまり、順調に雪が積もり続けているということだ。