第306話「全裸王サキさん!」
家に帰ってきたサキさんは、グレンの全身を採寸してから、手際よく何かを縫い始めた。
今日、街へ買い出しに出掛けたのは、これのためか……。
グレンが寒さに弱いことを知って、手縫いの服でも作っているのだろう。
ただ、先ほどのように全身をマグマのごとく発熱されたら、服なんてすぐに燃え尽きてしまいそうだが……。
ああ、だからグレンの種族には、体毛が無いのか……。
ちなみに、グレンはいつも猫背なので小さい印象を受けていたが、しっかり背を伸ばすと、その身長は約45センチほどもあった。
エミリアのベッドにうずくまっていたときは、本当に小さく見えたんだけどなあ。
サキさんがグレンの服を作っている横で、俺は精霊石の補充を始めた。
精霊石のストックは、何個あっても十分とは言えない。
特に火と水と光の精霊石は、定期的にナカミチにも分けているから、そのぶん数量が多くなる。
今の季節は、ずっと木窓を閉じているものだから、光の精霊石の消費が特に激しい。
「そろそろユナを迎えに行ってくるわね」
「それなら出来立ての精霊石を持って行ってくれ」
調理場から出てきたティナに精霊石を渡した俺は、ティナがテレポートするのを見送ってから、また作業に戻る。
「ソノタマ、ホシイ」
サキさんの手縫いを興味深そうに見ていたグレンが、今度は火の精霊石に興味を持ったようだ。
まあ、グレンなら何かあっても燃えることは無いだろうし、一つ与えてやるか。
「家の中で火を出したりするなよ」
「ワカッタ」
グレンは火の精霊石を腹に抱えて、またサキさんのミシン台まで戻って行く。
「……風呂に入るかの」
「珍しいな。今日は銭湯に行かんのか?」
「うむ」
流石のサキさんも、銭湯のために吹雪の中を行く気にはならなかったのか、グレンを連れて風呂場へと向かった。
ティナがナカミチの工房にテレポートしてから暫く経つが、一向に帰ってくる気配がない。
そのうちサキさんとグレンが風呂から上がってきて、どちらも素っ裸のまま広間をウロウロし始めた。
「ちょっとサキさん。ユナが帰ってきたらどうするつもりだ?」
「減るもんでもあるまいし、わしなら一向に構わん」
サキさんはティナが居ないのをいい事に、大股を開いて椅子に座る。
俺は無視して精霊石を作り続けたが、目を動かしただけでチラチラと視界に入るサキさんの股間の辺りがどうしても気になって、集中の糸が切れてしまった。
「あー、もーだめ! やめだ、やめ!」
俺は精霊石を作るのは諦めて、馬小屋の方を見に行くことにした。
馬小屋は、サキさんが作ったシートのおかげで、屋根の雪が多少落ちてきても、馬小屋にまで雪が流れ込まないように機能している。
せっかくなので、俺は馬に餌を与えながら、馬小屋の地面も清掃した。
ついでに家の裏側でも覗いてみようと思ったが、もう日が落ちてしまっているので、今日のところはやめておこう。
俺が馬の世話をしていると、家の方から笑い声が聞こえてきた。
女の声で間違いないと思うが、ティナやユナの声ではない。
俺は急いで広間に戻った。
俺が広間に戻ると、相変わらず素っ裸でいるサキさんと、それを指さして笑っているレレがいた。
「あはははは! エミリアから聞いてはいたけど、まさか本当に素っ裸とはね。私も一応、女だよ? せめて隠すとかさ……ぷっ、くくくっ……」
サキさんは堂々と腕を組み、大股を開いたまま隠そうともせず、レレはレレで、目を背けるどころか悲鳴の一つも上げないで、股間を指さして笑っている始末。
ある意味お似合いの二人だが、いい加減ティナとユナが帰ってきそうだ。
「サキさん、いくら何でも常識がないぞ。ティナに知れたら怒られるだけじゃ済まないから、パンツだけでもはいてくれ」
「よかろう……」
サキさんは渋々といった具合に、ゆらゆら立ち上がると、自分の部屋まで戻って行く。
「すごいものだね。いつもあんな調子なのかい?」
「いつもは銭湯に通っているからな。男湯だとあんな調子なんだろうな」
「全く、信じられないね。隠そうともしないなんて、肝の据わった男だよ」
「酷いだろう? もう、レレが貰ってやってくれよ……」
俺が冗談交じりに言うと、それまであっけらかんとしていたレレの目が、急に泳ぎ出した。
……あれ? そういう事なのか?
それにしても、いつもは導師のローブを着ているレレだが、今日は大人っぽいドレスを着て、薄いながらもばっちりメイクで決めている。
普段はこの性格と短髪が仇となって、下手をすれば男に間違われることもあるレレだが、こうして見ると、大人の女性にしか見えないから不思議だ。
しかしながら、男のチンチンを指さして大笑いしている姿は、とてもじゃないが淑女とは程遠い存在であることがわかる
普段の言動で大損をしている意味では、エミリアと似たようなものか──。
「今日は気合が入ってるな、家でパーティーでもやっていたのか?」
「柄じゃないけどね、まあ、そんなとこだよ」
何かを含んだ口調に違和感を覚えた俺は、レレの視線の先に、グレンがいることに気付く。
「あ……」
「いや、いいんだ。君たちが保護してくれているなら、特に問題はないよ」
レレはグレンを見ても特に追及することはなく、薄いドレスで肌寒いのか、暖炉の前のソファーに座って足を組んだ。
「さて、何から話せばいいだろうね……」
「エミリアの事かな? アサ村の古代遺跡は壊されているし、魔術学院の部屋も引き払ったみたいだし、今どうなっているんだ?」
「うん、そうだね。自分の使い魔にインプを召喚して、自宅謹慎になったまでは以前伝えた通りなんだけど、まあ……、諸々(もろもろ)の不祥事を揉み消す意味も含めて、ペペルモンド卿の嫡男と予定していた、婚礼の儀を早めたと言うか……」
エミリアのやつ、この機に結婚したのか?
相手はカルカスのおっさんの一人息子だよな。前にエミリアから聞いていたのでわかる。
というか、あれだけここに入り浸っていたくせに、一言あってもいいんじゃないかと思ったが、謹慎中の身のまま進んだ話なら、それもやむを得ないか……。
俺とレレが話していると、服を着たサキさんが二階から降りてきた。
しかし、他人の結婚にはまるで興味がないのか、作りかけの服と裁縫道具をまとめると、グレンを連れて二階の自室に閉じこもってしまった。
何か気に入らないことでもあったのか?
避けるようにしなくてもいいと思うんだが……。
「………………」
サキさんのわざとらしい態度を見たレレは、少しの間黙って何かを考えていたが、何処からともなく魔法で呼び寄せた導師のローブを広げて、頭から被り始めた。
「やっぱり、柄でもない格好はするもんじゃないね……。ええと、どこまで話したかな……」
何か勘違いをしているような気もするが、話がややこしくなりそうなので今は黙っておこう……。
それにしても、グレンがレッサーデーモンだという事実は、レレも知らないようだな。




