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第305話「二人の留守番」

 夕食と風呂を済ませた俺たちは、各自思い思いの時間を過ごしていたが、やがていい時間になってくると、一人また一人と寝床についた。

 バラバラのタイミングで寝るなんて珍しいことだが、今日は特に寒いので、一番乗りして冷たい布団には入りたくないという心理が働いてしまったのだろう。


 今夜もこんな具合なら、布団に湯たんぽでも入れておかないとダメかな……。





 翌朝になっても雪は止まず。

 視界に映るものすべてが、白い世界に覆われていた──。


 心なしか、昨日よりも降っている雪の密度が上がったような気がする。

 いつもは見える森の奥が、暗くぼやけて今は見えない。


「ティナさん、後でナカミチさんの工房までテレポートしてもらえませんか?」


 朝食の席で、ユナがティナにテレポートを頼んでいる。

 今日は弓の仕上げをしにいくようだ。


「わしも、生地を買いに行きたいわい」


 雪の日くらい家に居ればいいのに、サキさんまで行きたい場所があるという。


 結局、ユナはナカミチの工房にテレポートで送られ、ティナとサキさんは二人で生地の店に出掛けてしまった。

 俺はレッサーデーモンのグレンと一緒に、今日は家の中で留守番を決め込む。





 暖炉の前に陣取っているグレンの後ろで、俺は暗黒神殿から持ち帰った本を読むことにした。

 あまりにも悪趣味な内容の本が混じっているため、もう封印しておくつもりだったのだが、正攻法では知りえない禁断の知識は、不思議と俺の興味をかき立てる。


 怖いもの見たさが半分、俺はまた、禁断の書物を手にしているという訳だ──。


 今読んでいるのは、人の魂を魔道具に定着させて、意思を持った魔道具を作るという内容の本だが、その手順から人の魂うんぬんの部分を取り除けば、純粋に魔道具を作る技術にならないかと考えている。


 現在の魔法では、古代遺跡から出土する魔道具のように、複雑かつ永続的に力を放ち続けるような魔道具は作れない。

 例えば、武器や防具を一時的に強化するような魔法なら簡単に使えるのだが、どんなに魔力を込めても魔法の効果を永続させることはできないし、魔道具のように複雑な効果を付与することもできないということだ。


 現代と古代の魔術師の決定的な差は、魔法の発動に関する制限と、長い歳月で著しく魔力が衰えてしまったことの二点だが、それにしても、魔法の付与に関する技術が、不自然なほど退化していることには違和感を感じてしまう。


 謎を紐解いたからと言って、大手を振って発表なんてしないが、手を伸ばせば届きそうな謎が転がっている現実に直面すると、その誘惑を断ち切るのは難しい……。





「………………」


 俺が本を読みふけっていると、何を思ったのか、突然グレンが暖炉の中に手を突っ込んだ。


「おい、やめろ! 火傷するぞ!!」


 俺は思わず飛び上がって、グレンの体を力任せに引っ張った。


「もう、何やってんだ……」


 俺はグレンの腕を持ち上げて、火傷をしていないか確認する。


「オレ、ヒノ、アクマ」


 グレンはそう言って、再び暖炉の火の中に腕を入れる。

 信じられない光景だが、いくら火にくべても、グレンの体が焼ける気配はない。


「……凄い。どんな火でも効かないのか?」

「ダイジョウブダ!」


 グレンは誇らしげに胸を張る。

 ならばと思い、俺はグレンに、火の精霊石を解放の駒に置かせてみたが、精霊石から燃え上がる炎に触れても全く熱さを感じていないようだった。

 魔法の炎でも効かないということか?

 原理はわからないが、どうやら完璧な耐火能力を持っているらしいな。



 グレンの能力に興味が沸いた俺は、暇つぶしを兼ねて、本人から色々と聞いてみた。


 まず、レッサーデーモンには様々な種族がいて、下級の悪魔をひとまとめにしたものが、レッサーデーモンと呼ばれる存在らしい。

 グレンの種族は火の悪魔で、自由に火を吐き、いかなる炎や熱に晒されても、その身が焼かれることは決してないそうだ。

 空を自在に飛び回り、暗闇でも活動を阻害そがいされず、それなりの冒険者でなければ互角に戦うことが出来ない程の戦闘能力に加えて、魔法まで使える──。


 下級の悪魔と聞けば、何だか弱そうなイメージが付きまとうが、やはり悪魔は悪魔か。


「レスターの話だと、火を吐くには、もう暫くかかるみたいだな」

「ジュウネンゴニハ、ハケルヨウニ、ナリマス」

「十年後かあ……」


 その頃には、みんな二十代も後半に突入しているな。

 流石に四人とも冒険者を続けているとは思えないから、火を吐くグレンと一緒に化け物と戦うなんてことは、恐らくできないだろうな……。



「カラダヲ、アツクナラ、デキルゾ」


 そう言ってグレンは、全身をわなわなと震えさせる。

 何をするのか見守っていると、赤褐色せっかっしょくの肌がみるみる赤みを帯びていき、グレンの全身から湯気が昇り始めた。


 ……と思ったのは数秒で、体力が尽きたのか、グレンは元の状態に戻る。

 離れていても熱気が伝わってきたから、かなりの高温になっていることは確実なんだが、すぐに終わってしまったせいで、状態を調べる余裕すらなかった。


「湯たんぽくらいの温かさで十分なんだけどな」

「ユタンポ?」


 魔界では湯たんぽなんて使わないか……。

 俺は調理場でお湯を沸かしてから、湯たんぽの現物をグレンに持たせてみた。


「コンナノデ、イイノカ?」


 俺が用意した湯たんぽに張り付きながら、グレンが馬鹿にしたような口調で聞く。


「今日もサキさんの部屋で寝るなら、このくらいの温度で布団の中に入ってやるといい」

「オボエタゾ!」


 そんなことをしていると、ティナとサキさんが街から帰ってきた。





「よう降っておるわい!」


 頭に雪を乗せたサキさんが、広間の中で雪を払う。


「ちょっと、かなわないわね……」


 ガレージで雪を払っていたティナが、少し遅れて広間に戻ってくる。

 サキさんの用事が済んだあと、市場を回っていたせいで雪まみれになったらしい。

 そのわりには、手荷物が少ないようだが。


「もう冬なんでの、夏場に並ぶような食材は売ってなかったわい」

「そうなのか」

「少しだけなら入ってくるみたいなんだけど、市場には並ばないらしいのよ」


 なるほど。いわゆるプレミア価格になっているんだな。

 大方、高級レストランや、貴族階級の調理場にでも流れて行くんだろう。


「まあ、無いものは仕方がない。上手く工夫して乗り切ろう」


 野菜にも季節があるなんてこと、俺はすっかり忘れていた。


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