第29話「ミナトの長い一日②」
最初の店で買い物を済ませた俺たちは、少し離れた場所にあるフワフワした服の店にやってきた。
店の前に置かれた木製プランターにはこれでもかと言うくらい色とりどりの花が植えられており、この店のスタンスを物語っているようだ。
「嫌な予感しかしない」
店の中に入ると俺の予感は的中した。置いてある服は総じてフリフリの少女趣味を全力で振り絞ったような物ばかりが並んでいる。
俺はめまいがしそうになった。
「あのー。まだ決まらんのでしょうか?」
店に入ってから相当な時間が経ったと思う。俺は胸が強調されるデザインのかなり恥ずかしいワンピースを着せられたまま、店の中で放置されていた。
頭の横に付けられたヒラヒラリボンの大きなバレッタを弄りながら、二人を待っている状態だ。
「もうちょっと待って欲しいわ」
「迷ってるなら二着買ってもいいぞ。俺はもう少しで心が折れる」
普段は直感で買い物を済ませるユナも今回は遅い。上下合わせた服とワンピースを手に取って悩んでいるので、もう両方とも買わせることにした。
「パジャマもかわいいのがありますよ」
「買え買え。早く帰ろう」
「ミナトにはこれが似合うかしら?」
「良しそれにしよう」
俺は何も見ずに答えた。今のままでも恥ずかしい恰好で精一杯なのに、寝癖防止にとフワフワでヒラヒラのナイトキャップまで被せられてやりたい放題にされている。
「見て。ワゴンなのに結構良い下着みたいよ」
「ほんとですね」
「ミナトも選んで」
「何を選べばいいんだ?」
「かわいいと思ったのを選べばいいんですよ」
いつも通っている服屋で買った素っ気ない無地の下着と違い、ここにある下着は手に取っただけでも心がへし折れそうなものばかりだ。
無意味に小さいリボンが付いていたり、わざわざレースの中に色違いのラインを通していたり……布の面積もえらく少ないし、これだと半ケツになったりせんのか?
ティナが以前計った俺のサイズを覚えていたので、俺は自分が良かれと思う下着を七着くらいセットで選んだ。
だんだん二人に毒されてきた俺は、ティナとユナに対して謎のライバル意識が芽生え始め、二人よりも大胆でかわいい下着を選ぶのに必死になっていた。
「う……ミナトさんもやりますね。じゃあ私はこれにします」
「私は一枚くらいこの細い下着を……」
結局店での買い物は四時間近く掛かったような気がする。なるほど自分から積極的に選べばこれはこれで楽しいものだな。
今回買った三人分の服はとても持って帰れる量ではなかったので、荷物は店の人に家まで運んでもらうように頼んだ。結構買ったので配達はサービスしてくれるらしい。
「この店は良かったわね」
「そうですね。今度から下着を買う時はここがいいです」
二人は相当満足したようだ。帰りに寄った靴屋では、ユナはローファーっぽい靴とミュールのようなサンダル、ティナは今履いているのと色違いのパンプスと踵の付いたサンダルを選んでいる。
俺は色々迷った挙句、ティナと同じようなパンプスと、ユナと同じようなミュールにしてみた。二人が楽しそうに選んでいるのを見ていると、俺もちょっと女物の履物に興味が沸いてしまった。
しかし今穿いている男物っぽいハーフパンツには全く合わんデザインだな……。
「二人はズボンとか買ったりせんのか?」
明日辺り家の周りの草むしりをしたいと思うので、俺は二人に聞いてみた。
「学校のジャージくらいしか買ったことないですよ」
「自分で買ったことはないわ」
「家の草むしりで虫に刺されそうだから作業着を一枚買って帰らんか?」
『あー……』
俺に言われて気付いた顔だな。俺たちはいつもの服屋で作業着を四着買うことにした。
作業汚れで思い出したのか、ユナは自分用のエプロンを選んでいる。これからはユナも調理場に本格参戦する気なのだろう。
いつもの道順になったついでに、雑貨屋で草刈り鎌と鉈も買っておいた。
俺とティナとユナが家に帰ると、今日は珍しくサキさんが先に帰っていた。今日買った大荷物が二階の廊下に置かれているが、受け取ったサキさんが運んでくれたのだろう。
「わし今日は銭湯には行かん」
「具合でも悪いのか?」
「今着物を縫っとるからの。ミシンが無いと時間が掛かるわい」
本当に自分で縫っているようだ。一応履物も買ってきたらしい。普通の靴と草履のようなサンダルだった。
「サキさんの作業着買ってきたから渡しとくわ。明日は草むしりやるからな」
「うむ」
俺たち三人は荷物を女子部屋に運んで、今日買った服をクローゼットに収めた。今までの服を含めると十数着ある。
いずれ秋物の上着や冬服も増えるだろうから、この大きなクローゼットが手狭になる日も来るのだろうな。
「服が増えると嬉しくなるわね」
「そうですねー」
ティナとユナが下着だけは一度洗って使いたいと言うので、俺とユナは今日買った下着四十着あまりを洗濯している。ティナには夕飯の支度に掛かってもらった。
しかしこれだけエロかわいい下着ばかり干されていると盗まれないか心配だ。まあ元が隠れ家なので誰も来ないだろうけど。
俺とユナは、昨日の夜から干しっ放しだったレースのカーテンを取り込むと、二人でベッドに取り付ける作業をした。
「やっぱりレースが付いていた方がいいですよね?」
「金持ちのお嬢様が使うようなベッドだよなあ」
部屋の窓から見える空はまだ明るい。ユナは今日買ったエプロンをして調理場に向かってしまった。
俺はお茶を冷やす氷を桶に入れたほかには仕事もないので、白髪天狗とハヤウマテイオウに餌をやっていた。
この二頭は性格が大人しいので世話をするのが簡単で助かる。
夕飯の仕込みが終わり、今日は俺とティナとユナの三人だけで銭湯に行った。
途中で魔術学院の門番にエミリアへの伝言を伝えようと思ったが、あの女は呼んでもないのに朝飯をたかりに来たくらいなので、多分勝手に来るだろうと思って無視した。
俺たちは二頭の馬を銭湯の横に繋いでから、込み合う前の風呂場に入る。
「今日はいっぱい買ったなあ」
「普段着で寝なくても良くなったのは嬉しいわね」
「早く下着が乾いて欲しいですね」
「そうよね」
俺たちは全員が洗い終わるのを待ってから湯船に浸かり、今日の成果を話し合った。
思えば最初の頃は洗うのも湯に浸かるのもバラバラにやっていたが、いつの間にか三人みんなでというのがパターンになりつつある。
心の中ではいつもとろ臭いなあと思ってはいるのだが……。
銭湯から上がって家に帰ると、広間にはエミリアが居た。まだ夕暮れ前だと言うのに何とも食い意地の張った気の早い奴だ。
ティナとユナは夕食の準備を始めたので、俺はエミリアを放っておくわけにもいかずに広間の椅子に腰かけている。
「そういえば引っ越しのお祝いがまだでしたので、今日は面白い物を持ってきました」
「こっちの世界にも引っ越し祝いとかあるんだな」
エミリアは持参した木箱をテーブルの上に出して蓋を開けた。木箱の中にはチェスのルークのような形をした駒が八つ丁寧に並べられていて、その横のスペースには大量の水晶玉が収められていた。
「なんだこれは?」
「私の部屋に眠っていた魔道具なんですが、この駒の上に精霊石を置くと勝手に精霊力を解放し続けるアイテムなんですよ」
そう言って水晶玉を一つ手にしたエミリアは、光の精霊石を作ると駒の上にそれを載せてみせた。
「おお! この駒に載せたら自動で解放し続けるんだ」
駒の上に置かれた光の精霊石は自ら光を発して照明になっている。
「駒は二種類あって、駒の頭の切り欠きが小さい方は弱く、切り欠きが大きい方は強く解放します」
エミリアがもう一つの駒に光の精霊石を載せ換えると、今度は眩しい照明になった。
「偽りの指輪に集中しなくても精霊力が尽きるまで照明になるし、精霊石さえあれば誰でも使えるってことだよな」
「魔術師にとっては意味のない物ですが、一般の方は精霊石を作れないので使えないという、かなり微妙な魔道具なのです。でもミナトさんなら使いこなせるでしょう?」
「確かに俺のパーティーならこれ以上便利な物はない」
「今は光なので良いですが、火や水や土を部屋の中で使うと大変なことになりますので使い方には注意してくださいね」
「これはいい。ありがとうエミリア」
俺はエミリアから微妙な魔道具、名前は「解放の駒」を貰った。これは後で色々テストしてみたい一品だな。
小さく解放する駒が五つと、大きく解放する駒が三つ。冒険中にも使えるが家の中ではどう割り当てるのが良いだろうか?
俺は夕食が出来るのを待つあいだ、大量の水晶玉に精霊力を溜め込んでいた。




