第28話「ミナトの長い一日①」
階段を昇ったところでサキさんと別れた俺とティナとユナは、三人でベッドに転がっている。レースのカーテンは夜の洗濯で洗ってしまったので、骨組みだけになったベッドは少し寂しい感じだ。
「明日は朝から服を買いに行くかなあ」
「二着だとローテが早すぎるわ」
「洗濯中に汚れたら着る物がなくなって困りますよ」
「いつもの服屋かな?」
「外周一区の近くに婦人服の店もあるみたいですよ」
「じゃあそっちに行ってみよう」
「楽しみね」
ベッドでの並びは、俺、ティナ、ユナの順だ。俺はずっとサキさんと一緒に寝ていたので、こうやって二人と寝るのは初めてのことだ。
今日まで気付かなかったが、ユナは毎日ティナにぺったりくっ付いて寝ているようだった。これが一番安心するらしい。こっちで色々あったせいかもしれないな。
俺はなるべく二人から距離を置いて寝ることにした。
翌朝、俺は何とも香ばしい匂いで目が覚めてしまった。ベッドにティナの姿はなく、俺とユナだけが寝ている状態だ。
俺はユナを起こさないようにベッドから出ると、一階の広間から調理場まで移動した。
「あら、おはようミナト」
「お、おう。おはよう……」
調理場で朝食の準備をしているティナと挨拶をして、俺は隣の洗い場で歯磨きをして顔を洗った。朝からティナの飯が食えると思うと心なしか朝の支度にも気合が入る。
「おはようございますー」
俺が顔を洗い終わったところで、ユナも起きて洗い場に入ってきた。いい匂いで目が覚めましたと言いながら、歯磨きと洗顔をしている。
俺はユナの準備が終わるのを待ってから、二人で洗い場を出た。
我が家の洗い場は、調理場を経由しないと行けないのだ。ちなみに離れの馬小屋とトイレも調理場の勝手口から移動する感じだ。
「二人とも髪をとかして。ついでにサキさんを起こして欲しいわ」
「はーい」
「俺が起こしてくるからユナは先に髪してていいぞ」
長い後ろ髪をポニーテールにして、エプロン姿で調理場に立つティナは様になっているな。もうずっと昔からここに居るような錯覚がするくらい違和感がない。
俺はサキさんの部屋をノックしたが、返事がないので勝手にドアを開けた。今更プライバシーもへったくれもないから問題ないだろう。
やはり昨日のハードワークが祟ったのか、サキさんは掛け布団の上で力尽きるように寝ている。
……ズボンとパンツを膝まで下げた状態で。
「はよ起きろ! ハサミで切り落とすぞ!!」
このバカは一人で遊んでいる最中に力尽きたのか。こいつには一人部屋を与えるべきじゃなかったかもしれん。
俺とサキさんとユナが朝の支度を済ませて広間のテーブルに揃うと、ティナが朝食を並べてくれた。
今日の朝食は、コーンを練り込んだ焼きたてのパンと、肉と野菜を千切りにした小さなサラダ。その上に崩したゆで卵と調味料を混ぜた独自のソースが掛けられていて、ハーブを浮かせた熱いスープが並んでいる。
宿の朝食とは何もかもクオリティが違い過ぎた。
「あれだけパンに飽きていたのに、これはうまいなあ」
「ええ、とってもおいしいです。こっちのスープも……」
上座の席でパンを頬張るエミリアもご満悦だ。
「………………」
俺は突っ込みたくて仕方なかったが耐えた。サキさんは気にしていないし、ティナは初めから五人分の朝食を用意していたようだ。
ユナと目が合った。困った顔をしている。俺は仲間がいたことに安心した。
「エミリアはここまでワープで移動しているのか?」
「ふぁい、ほうへふほ(はい、そうですよ)」
「便利だな。やっぱり魔術師しか使えんのか?」
「……そうですね。あと、一度行ったことがあるくらいじゃだめです。何度か訪れて完全にイメージできる場所じゃないと失敗しますし、テレポートした先に新しい建物が作られていて、壁に埋まった魔術師もいるようです」
「怖いですね……」
「家の前にロープを張り巡らせていたら……」
「やめてください!」
導師なのは知っていたが、テレポートまで使えるエミリアは相当凄いんじゃないだろうか? 若干引き籠りっぽいニオイがするので冒険には連れ出せそうにないが。
朝食の後はユナのハーブティーを飲みながら、俺は今日の予定を全員に伝えた。
「わしは今のが破れるまで服はいらん」
「今の普段着は寝間着にして、ちゃんとした普段着買えよ」
「サキさん自分で着物でも縫ったらどうなの?」
「……名案である」
「俺たち三人は女物の店しか回らないから別行動になるな」
「うむ」
「あと履物を何足か買って来い」
サキさんは自分の着物を縫うと言って、今日は反物と帯になりそうな物を探しに行くことにしたらしい。
「私たちは外周一区の近くにあるらしい服屋さんね」
「どんな服があるのか楽しみですね」
「そいや、エミリアはずっとその服だよな」
「魔術学院に籠っているので着替えるのが面倒臭くて……」
エミリアはやっぱり引き籠り体質だった。買い物に誘われては敵わないというようなオーラを発して、そそくさと退散した。
サキさんは一人で白髪天狗に乗って出かけてしまったので、俺たち三人はのんびり歩いて外周一区の周辺まで行くことにした。
「こうやって王都を散策するのは初めてだな」
「そうね。ゆっくりできそうな広場もあって良い街だと思うわ」
「あっちで旅芸人っぽい人が何かやってますよ」
王都の広場では、食い物屋台や流れの芸人達が自慢の芸を見せて街ゆく人たちの足を止めている。広場には馬に乗った警備兵が見回りをしているので治安も良さそうだ。
何か摘まんで行くかと二人に聞いたが、ティナもユナも服の方が楽しみなようで、俺たちは寄り道もせずに服屋へ向かう。
「普段俺たちが買い物してる並びとは雰囲気が違うな」
「落ち着いた通りですね。大声で呼び込みしている人もいませんし」
「昨日はここまで来なかったのか?」
「こっちまでは来てないです。家具屋さんは別の通りなので……」
俺たちは通りを突き当りまで歩いたあと、どの店が良かったなどと話し合った。
「流石にドレス専門の高級店には入れないわね」
「紳士服の店も俺たちには関係ないな」
「普段着にできそうなお店は少ないですね」
「通りの途中で見掛けたフワフワした服の店と、すぐ手前にあるカッチリした感じの服屋の二軒だな」
「そうですね」
三人で話し合った結果、フワフワした服とカッチリした服を一着ずつ、パジャマと下着を適当に、普段履く靴とサンダルっぽいのを一足ずつ買うことにした。
「最初は手前のカッチリした服屋に行くか」
三人でカッチリした服屋に入って思ったのだが、雰囲気的にはスクールカジュアルやオフィスカジュアルという言葉が似合いそうな服の多い店だ。
「見てください。これとこれだと女子制服みたいですよ」
「ユナが着ると似合うわね」
半袖のブラウスと薄い折り目の付いたミニスカートを体に当てたユナが俺たちに見せてくる。確かにそれっぽい感じだ。
ユナはそれが気に入ったのか、胸元に飾る大きなリボンと一緒に店のカウンターへ持って行った。
「私は普段選ばないような服にしてみたわ」
「わあ……わあ……」
ティナは黒くて丈の短いタイトスカートに、長袖のブラウスと赤っぽいベストを試着していた。
なんというか、エロい。特に後ろ姿は襲われそうなくらいにエロい。細い体から脚の付け根にかけて大きく広がって行くラインがそのまま出ているし、黒いスカートが白い脚を余計に強調している。
「ヤバいな。色気がありすぎる……」
「もう……ミナトが言うならこれにするわ」
俺の感想を聞いたティナは、短いスカートの裾を押さえながら恥ずかしそうに笑った。
ここ数日一人で悩んでいるのだが、もしかしたら俺はロリコンで脚フェチでマザコンなんじゃないかという気がしている。
その理想を完璧なまでに備えているのがティナだ。
だから俺は、初めて会ったときからティナのことが気になっていたのだ……。
こんなことを真面目に相談できるのは……そう、あの男しかいない。俺は自分の感情が手遅れになる前に、サキさんに相談しようと心に決めた……。
「ミナトさんはどんな服にするんですか?」
「え? あー、スーツっぽい感じで……」
「これなんてかわいいですよ」
試着した服を店のカウンターに持って行ったティナに代わって、俺はユナに捕まっていた。
「ミナトさんはやっぱり青系の服が似合いますよね」
「やっぱそうか?」
死ぬほど丈の短いスカートを俺の腰に当てながら、ユナはあれこれと俺の服を選んでいる。この流れはヤバいが、俺は早く買い物を済ませたかったので素直に従ってしまった。
ユナが選んだのは、下着が見えそうで心配になるくらい丈の短い巻きスカートと、ケープとセットになったノースリーブのブラウスだった。
 




