第27話「ごはん」
俺は銭湯に行く途中、今日使った予算を一人で計算していた。
サキさんの部屋は裁縫道具を入れても銀貨450枚くらいで収まったが、俺たちの部屋は銀貨3100枚もかかった。そこから更に三面鏡の予算を使うことになる。
広間は銀貨1700枚ほど。見られても恥ずかしくない家具を買ったらこのくらいの値段にはなるのだろう。実際に品質はかなり良かった。
調理場は銀貨1800枚を超えた。食器だけで銀貨1000枚だ。俺たちにはタダ同然の箸っぽい物を買ってきたのだが、客人用のナイフやスプーンだけは銀製だ。
その他、物干しやランプなどは銀貨700枚程度で収まった。総額で銀貨8000枚近くの出費だ。そろそろ冒険をしないといけないだろう。
銭湯に着くと建物の横にハヤウマテイオウがいたので、おれはすぐ横に白髪天狗を繋いで女湯に入った。昨日もこのパターンだったような気がする。
「ミナトさんこっちですよ」
昨日と同じくユナが脇とおっぱいを丸出しにして手を振っていた。女湯だから良いのかな? ティナも特に注意はしていないようだ。
「エミリアには話を伝えておいて貰った。あとで門番に結果を聞いてから帰ろう」
「私もティナさんの料理は初めてなので楽しみです」
そうか。ティナが料理を振る舞ったのは、ユナが入ってくる少し前だったよな。女行商人のシャリルとキャンプをした時だっけ?
俺は体と髪を洗い終わるとユナを待って、ユナが洗い終わると今度は二人でティナを待っていた。やっぱり髪が長いと大変だな。すすぐだけでも物凄い量のお湯が必要だ。
俺は昼間にティナの脚が艶めかしかったことを思い出して、隣に座っているティナの太ももをじーっと見ていた。
「どうしたんですかミナトさん?」
ティナを挟んだ先にいるユナが俺の目線を覗き込んでくる。誤魔化しても仕方がないので、俺は14歳のユナにティナの脚が艶めかしくて仕方がないと言ってみた。
「……確かにきれいですよね」
ユナもまじまじとティナの脚を見始めてしまった。俺も一緒に見ていると、髪をすすぎ終わったティナは俺たちの目線に気付いて、何もない股間の辺りを両手で隠した。
「どこを見てるの……」
「……あっ、いえ違うんです」
二人で股間を見ていると勘違いされてしまった。俺たちは湯船に浸かりながら、明日は普段着でも買いに行くかなあという話をしながら風呂から上がる。
銭湯から出た俺たち三人は暫くサキさんを待っていたが、出てきそうにないので先に帰ることにした。サキさんだけ徒歩になるが仕方がない。
帰る途中に魔術学院の門番に話を聞くと、エミリアは必ず行くと言っていたらしい。そんなわけで夕食は五人分を作ることになった。
「ちょっと暗いですね」
「魔法の明かりを使おう。ユナは俺と交代してくれ」
王都にいたときは気付かなかったが、周りに明かりがない外壁の外は暗かった。しかも隠れ家にするような場所に家があるので、森に入ると真っ暗だ。
これは危険すぎる。夜の外出用にランプを買い足さないとダメだな。
家に帰ってきた俺たちは広間と燭台の蝋燭に火を灯して回った。何本も灯さないといけないが、魔法でさくさくと付けて回れるので特に苦になることはない。
「エミリアはそろそろ来るのかしら?」
「どうだろうな?」
「窯に火を入れて準備しておくわね」
「私も手伝います」
時計が無いからアバウトなんだよな。俺が木窓から玄関の辺りを窺っていると、玄関の前の景色が揺らいで、そこからエミリアが現れた。
なんだ今の?
そのまま玄関がノックされたので、俺はエミリアを家の中に招待する。このあと靴のまま家に入ろうとしたエミリアとお約束のような展開をしたのは言うまでもない。
「家の中では靴を脱ぐんですね。面白い習慣ですが、どうしてですか?」
「まあ一言で説明すると生活の知恵だな。俺も詳しくは知らんが、足が殺人的な臭さにならないのもポイントが高い」
エミリアは片足立ちの体勢で自分の足の臭いを嗅ごうとしたが、体が硬すぎて失敗した。きっと思い当たる節があったのだろう。
俺も自分の足が気になり始めた。女の子なのに足が臭かったら大変だ。
そんなやり取りをしているとサキさんが帰ってきた。
「暗かったわい。道に迷いそうになった」
「俺たちもやばかった。明日から銭湯に行くときはランプを持参しよう」
エミリアには上座の席に座って貰い、俺たちは夕食が出来るのを待っていた。
「できましたよ。お待たせしました」
「おお!」
ティナとユナが運んでくる料理を見て、俺は懐かしさのあまり思わず声が出た。
「肉うどんと天ぷらだ……」
「引っ越しそばにしたかったけど、そば粉が無かったからうどんにしたわ」
「これは懐かしい。もう食えんと思うておったわ」
うどんには味付けして煮た干し肉と天かす、ネギのような薬味が添えられている。
天ぷらの方は店で出てくるようなサクサクの衣で揚げた野菜と、薄くした鶏肉のようなものも一緒に揚げられている。
うどんのつゆはやはり素材が無いのか、チキンスープに近い味付けになっているが上手くまとめている。触感は完ぺきにうどんだ……。
「うまいな。素材が足り無くても違和感がない……」
「よかったわ。エミリアはフォークに巻き付けて食べると良いわよ」
「あ。なるほど! みなさん木の棒で食べているので、どうしたら良いのかわかりませんでした」
サキさんは空気を読まずに一人無言でバクバク食ってるが、俺もエミリアの事なんか完全に忘れて舌鼓をうってしまっていた。客人を前にしてこれは良くなかった。
「これは……食感が凄いですね。この白い紐のような食べ物は見たことがないです」
「エミリアがいつも食ってるパンの素材だよ」
「そんなまさか……スープも一緒に飲むんですか? 薄いスープなのに物足りなさが無いですね……」
エミリアは頭の中で分析に夢中といった感じだ。葉っぱの天ぷらを食ったときには頭の上にクエスチョンマークを浮かべたような顔をしていた。
一口食うたびに味の正体を理解しようとしているようで、一番最後まで食っていたが遂に理解が追い付く前に食い終わってしまったようだ。
「何だか良くわからないまま、ただ美味しいと思っただけで終わってしまいました」
「ありがとう。それだけでいいのよ」
「おいしかったです。明日は何を作ろうか迷ってしまいますね」
ユナもやる気みたいだ。やっぱり宿の食事には飽きていたんだろうな。最初の頃はろくなものも食べてなかっただろうし。
食器を片付けたあとは、ユナがお手製のハーブティーを振る舞った。
和食の後にハーブティーというのも面白い組み合わせだが、果実のような香りにねっとりとした風味があって微かに甘いという、ハーブティーというよりは高級ジュースに近い飲み物だ。
「あら。おいしいわね」
「凄いな。ナカミチにもこれ渡したのか?」
「ナカミチさんには大人向けの渋い調合をしましたよ」
「ミナトよ、酒で割ると幾らでも行けそうだわい」
幾らでも行って二人で正座させられた夜の思い出は俺のトラウマなので、俺はサキさんを無視することに決めた。
「あの、ユナさん。これ持って帰っても良いですか?」
エミリアは気に入ったのか、グラスの半分ほどを残してユナに訴える。
「冷やした方がおいしいと思うので、水差しに入れてお渡ししますよ」
そう言ってユナは調理場の方へ行ってしまった。少しして湯気の立つ水差しを持ってきたユナは、テーブルに敷物をしてエミリアの前に置く。
「ありがとうございます。大切に飲みますね」
「本当は氷か冷蔵庫で冷やせると良いんですけど……」
「ああ、それなら問題ない」
俺は氷の精霊石を使って自分のグラスに小さな氷を出す。
「なんですかこれ? これも魔法で出せるんですか?」
「出せる。エミリアならもっと凄いのが出せるぞ」
「凄いです! 氷がいるときはお願いしますね」
「氷を入れた桶に水差しごと入れて冷やせば良いのでしょうか?」
「そうですね。あと、風味が変わってしまうので早めに飲んでください」
「帰ったら魔法で保存を……」
そんなことを話していると随分時間も経ってしまったので、エミリアも学院に戻ることにしたようだ。すっかり満足して大切そうに水差しを抱えている。
「今日はありがとうございました。とても満足できましたよ」
「いつでも食いに来ればいい。そのために五人分の椅子と食器を買ったんだからな」
「ありがとうございます。明 日 も ま た 来 ま す !」
おい。まじかよ。
エミリアは俺たち四人に見送られながら、目の前の歪んだ空間へ吸い込まれていき、ふっと姿を消してしまった。
「今のなんですか?」
「わからん。来るときもあんなだった」
「ワープしたのかしらね?」
「明日また来るようだから、そのときに聞こう」
エミリアが帰ったあとは分担して鍋と食器洗いと馬の世話をして、いつものように全員で洗濯と歯も磨いてそれぞれの部屋に戻った。




