第269話「作業部屋②」
夕食を食べながら、俺はテレポーターの現状を、ユナとサキさんにも説明した。
「……そういう訳で、今日改めて試してみたが、やはりテレポーターは反応しなかった」
「私も試したけど、テレポーターの魔力が消えかかっていること以外、今の段階では何もわからないわ」
──使えなくなったテレポーターは、親機、子機ともに暖炉の脇に立て掛けている。
「不思議ですね。やっぱり、親機のテレポーターを遺跡から取り外したのがいけなかったんでしょうか? 取り外した後は、性能がガタ落ちしていますし……」
どうなんだろう?
一応、テレポーターを遺跡から取り外すときに、そういう仕掛けがないか、エミリアが念入りに調べてくれたはずだが……。
「わからんものは仕方あるまい。弄り壊さぬよう、今は放っておくのが良い」
サキさんの言葉に、それもそうかと思った俺たちは、テレポーターの問題を一時保留という結論で落ち着かせた。
食事が終わると、ティナとユナが風呂に行ったので、俺は調理場の後片付けを始める。
「…………」
実は微妙に腹が痛むのを我慢していた俺だが、湯たんぽに入れる熱々のお湯が欲しかったので、湯を沸かすついでに、ここで歯磨きも済ませた。
波もなく、ただただ鈍い痛みが続くというのは、色々と気が散ってしょうがない。
みんなには悪いが、今日は早めに寝てしまおう……。
翌朝、いつもより早くに目が覚めた俺は、ティナと一緒に朝の支度を済ませてから、広間の暖炉に薪をくべていた。
「おはようございます」
大体いつも通りの時間に起きてきたユナは、そのまま脱衣所に向かっていく。
それから少しして、まだ眠そうな顔のサキさんが、のそのそと階段を下りてきた。
「…………」
今日もエミリアは現れないな。
ユナとサキさんが、二階の廊下で洗濯物を干している姿を眺めながら、俺は少し心配になった。
──洗濯物を干し終わったユナとサキさんが広間に下りてきたところで、ティナが朝食を運んでくる。
「……今日は何をするかな」
朝食のフレンチトーストに付いてきたサラダにフォークを刺しながら、俺はポツリと呟いた。
「わしは防具屋で、チェインメイルやらを受け取ってくるわい」
そういえば修理に出していたな。
あと、俺たちの防具がどのくらいの攻撃に耐えるのか、それをテストするための素材も頼んでいたっけ……。
「私はガレージの奥で、昨日の続きをやります」
結局、昨日のうちには決まらなかったらしい、作業机やら棚の位置。
ユナは引き続き、作業部屋の整理をするようだ。
「棚を動かすなら、私もいた方がいいわね」
サキさん不在で重い棚や机を動かすには、ティナの浮遊の魔法が必要になる。
この世界には、木枠にベニヤ板を貼り付けて作る、中身が空洞の化粧合板は存在しない。
基本的には全て無垢材の家具なので、その重さは半端ではない。
初めの頃は殆ど全部サキさんが運んでいたが、まあ……よくやったと思う。
しかし俺はどうするかな。
ちょっと気になるし、ティナとユナの作業でも眺めていようか。
朝食を終えて一息ついたところで、サキさんは防具屋に行った。
開けた玄関から外を見ると、今朝は止んでいた雪が、また降り始めている。
ここ数日の粉雪ではなく、今日の雪は一粒が大きい。
これは積もるかもしれんなあ……。
ティナとユナは、早速ガレージの奥で作業を始めた。
俺は朝食の後片付けをしてから、その様子を見に行くことにする。
「上手く行きそう?」
「棚の位置は決まったわよ。次は机の番ね」
ガレージの奥の部屋は、実際にはガレージの一部だ。
普段はスライド式の引き戸を複数枚用意することでパーティションを作り、ガレージの奥を別の部屋として独立させている。
日本でも襖で空間を仕切っている和室があるが、それと同じ要領だ。
これは将来、ガレージが手狭になったら、パーティションを外して拡張できるようになっていたのだが、ここをユナの作業部屋に充ててしまったので、もう本来の目的でガレージを拡張することは出来なくなってしまった。
結局、二つの棚は外壁側に並べて設置したようだ。
……それにしても、自分の好きにしていいスペースなのに、どうしてここまで時間が掛かるんだろう?
「もしかして、ユナって自分の部屋を持つのは初めてなのかな?」
「実は……そうなんです」
何となく当てずっぽうで言ってみたが、ユナは今まで、自分の部屋を持ったことが一度もなかったらしい。
自分だけの部屋で、ましてや作業部屋ともなれば、自分一人で良し悪しを判断する事になるわけだが、一度迷い始めると、どちらが良いのかわからなくなってしまうみたいだ。
とは言え、理にかなった理由さえ見付ければ、無難なところに落ち着くようで、結局三人であれこれ話し合った結果、作業机は引き戸側に寄せて設置することに決まった。
「棚と机を最大まで離しておけば、棚の周囲で物が溢れ返っても、作業の邪魔になることはないだろう」
「あー……、何だか絶対、そうなって行くような気がしますね……」
すでに棚の下には、箱買いしたハーブの木箱が並んでいる状態だ。
本当は棚に収めればいいんだが、いちいち重い木箱を出し入れするのが面倒だったので、木箱は最初から床置きになってしまった。
これはいつか、パーティションを破ってガレージを侵食していきそうな気がするな……。
ユナの作業部屋が落ち着いたので、俺とティナは広間で本を読みながら、適当に時間を潰している。
「サキさんが帰って来たわね」
「うん」
サキさんは白髪天狗を走らせてきたのか、家の前を慌ただしく横切っていった。
まあ、木窓も閉め切っているので、外の様子なんて見えないのだが。
「やれ、参ったわい!」
暫く馬小屋でゴソゴソしていたサキさんは、玄関ではなく階段横の引き戸から現れた。
毛皮のコートには、手で払っても払いきれなかった雪が残っている。
「そんなに降っているの?」
ティナが広間の木窓を開けると、家の前の森が見えなくなるほどの吹雪……。
当然、視界は一面真っ白になる。
パタン……。
特に何かの感想があるわけでもなく、ティナは無言で木窓を閉じた。
「──夕飯の買い出し、どうしようかしら?」