第26話「続・引っ越し作業」
サキさんとユナを見送ってから、俺とティナの二人は引き続き掃除を続けている。
「この何もない石畳の部屋は何かしら?」
「風呂場を作る予定だった部屋だ。調理場の井戸から直接水を引ける構造だし排水口もあるみたいだから、当面は洗い場の部屋だな」
「そうね。調理場の床も同じ石畳だし、私がブラシで擦るからミナトは魔法の水で一気に流してみて」
「わかった。強めの水圧で流してみよう」
ティナは三つ編みにした長い髪を胸の方に回すと、スカートの裾を結んで短くまとめている。水が飛び散っても気にしないでと言っているが、俺は短くまとめたスカートから延びるティナの脚がえらく艶めかしいと思ったので暫く見惚れていた。
「どうしたの?」
「脚がきれいだなと思って」
「もうミナトったら……」
ティナに勘付かれたので俺は咄嗟に言い訳をしてしまった。
照れ臭そうに頬を赤らめるティナを見ていると、やっぱり俺はロリコンなのではないかという気がして心に葛藤が生まれるのだった。
……今度ユナに相談してみよう。
いつまでも脚に見惚れていても仕方ないので、俺は水の精霊石を使って調理場の床を洗い流す。こういうときに魔法が使えるのは便利だ。
調理場と洗い場の掃除が終わったので、次は離れの馬小屋とトイレに取り掛かった。
馬小屋とトイレは同じ建物内にある。馬がギリギリ三頭入るスペースの向かいに、ドアなしの男性用トイレと、ドアの付いた普通のトイレが設置されている。
「こっちの男性用はサキさん専用だから、サキさんに掃除させても良いんだぞ」
「私がやるわ。ミナトは馬小屋をきれいにして」
普通のトイレは殆ど使っていなかったのか、三十分もせずに掃除が終わった。しかし問題は男性用トイレの方だ。
おじ様が汚したのだろうが、足元から排水口の部分までとてつもなく汚かった。便器も水もなく、ただ溝に小便をするだけの構造なので余計に汚れが目立つ。
日本でも古い観光地にはこういう感じの男子便所が残っていたのを思い出した。
「サキさんにやらせろ。見てるだけでも吐き気がしてしまう」
俺はあまりの汚さと鼻をつく刺激臭に直視できないでいたが、サキさんだと気にせず使い続けるからと言って、小さなブラシで掃除を続けるティナの姿はお母さんのような頼もしさがある。
もし嫁にするなら絶対こういう子の方が良いよ。
俺は時折魔法の水を頼まれながら、馬小屋の草むしりをして地面を均している。二時間以上掛かっただろうか、ようやくトイレの掃除も終わったようだ。
「酷いシミは落ちなかったわね……」
「良くやったよ。俺やユナでは無理だっただろう」
正体不明の茶色いブヨブヨした物まで丁寧に取り除いたサキさん専用トイレは見違えるほどきれいになっていた。
家の掃除が終わったのはそろそろ昼に近付いた頃だ。
俺とティナが朝から干しておいたマットを裏返しながら叩いていると、人力でリヤカーを引いたサキさんが帰ってきた。
「自力で運んで来たのか? ユナはどうした?」
「あとから戻ってくるわい。水をくれえ」
「お疲れさま。あら……着替えを取ってくるわね」
家具屋で借りたリヤカーに荷物を積んで運んできたサキさんは汗だくになっていた。俺が元の世界で普段着に使っていた服も汗でびしょ濡れだ。
ティナから着替えを受け取ったサキさんは裏手の川で汗を流してくると言い残して、川の方へ歩いて行った。
試しに俺もリヤカーを引いてみたが、少し動かすくらいは出来ても街から運ぶなんてできそうもない。良く運んで来れたものだ。
これだけキツイと文句の一つも言いたくなるが、肉体労働でサキさんが文句を言ったことは無いんだよな。この辺は尊敬する。
パンツマンになったサキさんが戻ってくる頃には、白髪天狗に荷物を満載したユナも帰ってきた。こっちはシーツやサキさんの布団とかを積んでいた。
サキさんが復活するのを待ってから、俺たちは全員で家具を運び込んだ。
まずはサキさんの部屋からだ。床にござのような敷物をして、文机と大きな座布団、落ち着いた柄の布団を部屋に運んだ。
クローゼットは扉を外して床の間風に仕立てる感じだ。そこに武器と鎧のスタンドを並べて、余ったスペースには衣装ケースと新しく買ってきた裁縫箱を収めた。
裁縫箱? そういえばサキさんは、初めて会ったときに衣装が作れると言っていたな。
「グレアフォルツは何処に置くんだ?」
「下の広間に置こうと思うてな」
「なるほどな」
文机の上にランプを置いて、サキさんの部屋は完成した。和風っぽく仕上げてきたな。
なかなかセンスが良いと思った。これで床の間に掛け軸でも飾れば完璧だろう。
続いて女子部屋だ。干したマットを運んだあとベッドの位置を動かしてから、上品なカーペットを敷いた上に白くて大きなローテーブルを置いて、その周りにはいかにも女の子が選んできたようなクッションを四つ置く。
いかがわしいベッドには新しいシーツを敷いて、それぞれ色が異なるパステルカラーの薄い掛け布団とフリルの付いた枕を三つ……あれ? 全員ここで寝るつもりか?
クローゼットにはハンガーをいっぱい掛けて、三人分の衣装ケースを納める。
今回一番のデカブツだった白いドレッサーには小さな椅子を三つ並べていた。
この小さな椅子は上のクッションを開けると中が小物入れになっていて、髪留めとかリボンとか色々入れられるらしい……。
俺は無心のまま予備の髪留めを一つ入れた……。
ローテーブルとドレッサーには可愛らしいクロスを掛けて、ランプは二つ備えた。夜に誰かが部屋を出るときに一つは持って行くから、ランプは最低二つ必要だ。
三本買って来た弓のスタンドは部屋の外、廊下の突き当りのスペースへ追いやる。ユナは全力で女の子部屋にしたいらしい。俺もここで寝るんだけど……。
「肝心のドレッサーに鏡が無いようだが予算不足か?」
「大丈夫です。三面鏡の部分はナカミチさんに頼んでおきました」
「あっそう……」
「毎日大きな三面鏡で確認できるのは助かるわね」
この二人が本気を出したら、そのうちパステルピンクの酷い部屋になる。俺もサキさんと同室の方が良かったのか?
サキさんの部屋は落ち着いていて良かったな。あのセンスは羨ましい。
二階が終わったので一階の広間へ。まずは食事用にも使う大きなテーブルを置いて、椅子を五脚並べた。テーブルも椅子も落ち着いた大人の雰囲気がある……。
テーブルクロスも真っ白で清潔感のある物だ。
このテーブルにはランプではなく燭台を二本置いた。広間の柱に付いている蝋燭台と同じようなデザインを探してきたようだ。
玄関のドアから丸見えの広間は、それを隠すための立派な衝立を置いて、調理場へ続く側には壁に溶け込むような色合いのパーティションを立てる。
最後に槍を掛けるフックを壁に打ち込んで、サキさんの魔槍グレアフォルツを飾った。
「槍の上にカーペットを掲げておくと雰囲気が出そうね」
「広間の家具もユナが選んだのか?」
「そうですよ。お客さんが来ることもあるでしょうから、恥ずかしい物は置けないです」
女子部屋の惨劇を見て一時はどうなる事かと思っていたのだが、この14歳は物の分別がわかる14歳だ。どこかのサキさんとは大違いだな。
「広間の家具は暖炉を使うようになるまではこの状態で行きましょう」
「そうだな」
家の中が終わったので俺たちは一度家の外に出ると、物干し台を調理場の勝手口の横に設置して、折り畳みではない普通の物干し竿を二本掛けた。
洗濯用の大きなたらいと脱水用の板は洗い場に置く。今はただの洗い場だが、そのうち風呂を設置する予定だ。どうやって湯を沸かすか、知恵を絞らないといけないな。
「これで全部か? 調理場の家具が一つもなかったような気もするが」
「これから買いに行くのよ」
「う、うむ……」
サキさんがちょっと後ずさったのが見えた。
「今回は私も出るわ。ユナとサキさんにも来てほしいから、ミナトはサキさんの服を洗濯しておいてくれる?」
「わかった。俺は留守番だな」
ティナとユナはハヤウマテイオウに乗り、サキさんはリヤカーを引いて再び街へ繰り出して行った。サキさん過労死するぞ……。
俺はティナに言われた通り、サキさんの普段着を洗濯して新しい物干し竿に干した。今までは二枚の服で凌いでいたが、普段着の方は何枚か持っていないと不便だな。
家に一人残された俺は、仕方なく自分の部屋にいた。自分の部屋なのにどこからどう見ても知らない女の子の部屋に居るようで落ち着かない。
俺はあまりにも暇なので勝手口付近の草むしりを始める。結局三時間半くらい草むしりをしていると三人が帰ってきた。
そういえば白髪天狗がいるんだし、洗濯が終わったらみんなの後を追えば良かったな。
「みんなおかえり。サキさんは過労死か?」
「今回は問題ないわい」
「ただいまミナトさん。食材も買ってきましたよ」
「ただいま。窯に火を入れながら設置しましょう」
食器と調味料を入れるための食器棚と調理台を全員で運んで、あとは色んなサイズの鍋と水瓶が二つ、食器の入った木箱、それから買ってきた食材を俺とユナで運び込んだ。
今回は薪が無かったので、街で買ってきた薪をサキさんが細かく割っている。このまま俺のハンドアックスは薪わり用になってしまうのだろうか?
ティナとユナは夕飯の支度に掛かってしまったので、俺は買ってきたばかりの新しい食器を、水瓶の1つを使って洗いながら食器棚に収めている。
「広間の椅子も食器も五人分あるのか」
「ご飯の時はエミリアも呼んであげればいいと思ったのよ」
「ああ、そういえばそうだったな」
洗った食器を片付け終わった俺がサキさんの薪わりを眺めていると、ティナとユナは仕込みが終わったと言って早めの銭湯に行くことになった。
今日は冒険でもないのにえらく働いた気がする。引っ越し作業も何日か掛かると思っていたのだが、四人で協力すれば一日で済んでしまったな。
流石に日は傾きかけているが。
サキさんはリヤカーを返すため先に徒歩で街まで行ってもらい、ティナとユナにはハヤウマテイオウに乗ってそのまま銭湯に行ってもらった。
俺は白髪天狗で銭湯に向かう途中、魔術学院のいつもの門番にエミリアへの伝言を伝えてから銭湯へ向かった。
今日は五人で食卓を囲むことになりそうだ。




