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第24話「おじ様、夢潰える……」

「……では精霊力の種類から教えますね。精霊力は火水土風の基本元素、光と闇、生命と精神、氷といかずちの十種類があります。細かい分類はあっても大抵はこの中のいずれかに属しています。魔術師ならそれに加えて魔力を扱えます」


 なるほど。俺が認識できていない残りの精霊力は、精神力と氷と雷の三種類か。


「精神力なら私が魔法を使って見せますので、感覚を覚えるといいですよ。どうせですから魔力で氷を作ってみましょう」

「本物の魔術師なら精霊力がなくても魔力で作れるのか。便利だな」



 エミリアが意識を集中し始めたので、俺も精神力の感知に意識を集中させた。

 目を閉じて集中していると、エミリアの体から生命力とは別の力が高まっていくのがわかる。これが精神力の感覚なのかと理解できた。


 俺が精神力の感知に集中していると、エミリアの前に別の精霊力を感じたので目を開けて正体を確かめる。


「これが魔法で作った氷ですよ」

「氷だな……」


 エミリアの足元にはバケツくらいの大きさの氷ができていた。氷を感知してみると、水とは全く別の精霊力を感じる。これだけ違うとまず忘れないだろう。



「次はいかずちを出してみますね。一瞬なので認識できないかもしれませんが……」


 一瞬だけ閃光と破裂音がしていかずちの魔法は終了した。本当に一瞬なので認識できなかった。何度か試してもらったが、やはり難しい。


「ありがとうエミリア。雷はちょっと無理みたいだ」

「そうですね。一瞬なので精霊石に封じ込めるのも困難ですし、雷は魔術師でないと扱う機会がないと思います」


 折角なので、俺はエミリアが出してくれた氷から精霊石を3つ作った。魔法で出した物からでも精霊力を吸えることが判明したのは大きな発見だ。

 普段のテストは風や光や闇といった物質として残らないもので行うことが多かったので、これに気付くのが遅れてしまった。



「次はティナさんが偽りの指輪を使えない話ですが、もしかしたら魔法に対する抵抗力が高いのかもしれません。古代の魔道具まで無効にするなら相当なものです」

「便利道具が使えないのは問題だな」

「魔法が一切効かない可能性もありますから、凄いことですよ」

「そんな能力が役に立つ日が来るんだろうか……」


 別に偽りの指輪が壊れているわけではないらしい。エミリアの話ではティナの特異体質だという結論に落ち着いた。



「あとは魔槍グレアフォルツの価値についてなんだが」

「ミノタウロスの角二本の代わりですよね? 槍の方が高いと思いますが、良い取り引きだったと思いますよ。武器に関しては純粋な威力上昇よりも、特殊な効果を持つ物の方が良いのではないかと思います」

「そうなのか」


 確かに、威力があっても一度刺さると引き抜けない槍よりは、一瞬で抜き去って再攻撃できる方が便利だろう。これには納得がいった。

 サキさんなら二級品の槍でもあの威力だから、末恐ろしいことになるかもな。






「今日はありがとう。疑問も解けたし助かった。また何かあったら頼む」

「私もミナトさんの冒険を聞くのがちょっと楽しみになっているので、いつでも来てくださいね」


 もしかしてエミリアは暇なのだろうか? いつも学院内にいるので外の世界の話に飢えているのか? どちらにしても歓迎されているのは良いことだが。


「次に来るのは住む家を探したあとくらいかなあ……」

「家を探しているんですか?」

「冬になって慌てる前に何とかしたいと考えているんだ」


 俺は宿の親父から聞いたことを説明した。



「……確かに。特にミナトさんのパーティーは女の子が多いので安心できる場所が欲しいですね」

「そうなんだよ。それに宿暮らしだと調理場が使えないから、ティナの手料理が食えないんだよな。食い物だけは元の世界の味が恋しくなることもあるし……」

「えっ!? ミナトさんの世界の食べ物ですか?」

「お、おう。ティナの手料理は美味いぞ」


 食い物の話になった途端、エミリアが食い付いてきた。そういえば偽りの指輪の鑑定報酬も食い物を要求してたっけ。


「ちなみにユナはお茶の趣味があったみたいで、これからは色んなハーブティーが楽しめそうだ。あの二人に任せておけば飲み食いに関しては問題ない。この世界では絶対に食えない料理を楽しめるグルメなパーティーになる予定だ」


 エミリアの食い付き方が面白かったので、俺はわざとエミリアの食い意地を掻き立てるように言ってやった。



「私も! 私も食べてみたいです!」


 俺が煽ると、エミリアは胸の辺りで指を組んで、まるで神様に懇願するかのような目をしながら訴えてきた。あんまり必死なので流石の俺でもちょっと引いた。


「家を何とかしたらな。予算の都合もあるので何時になることやら……」

「うぅ……街の外の別荘でも良ければ手配できるのですが……」


 どうしても異世界の料理が食べたいのか、エミリアは別荘の話を持ち出してきた。

 そういえばこいつは貴族のお嬢様だったな。街の外に別荘を持つ貴族は多いと聞いていたので特に驚きはしないが……。



「私のおじ様が隠れ家として建てた小さな別荘です。数年前に愛人を連れ込んでいたのがバレて以来放置しているんですよ。この学院の近くなので、おば様から処分を押し付けられているのです」

「おい。キナ臭い別荘だな。殺人事件とか起こってないだろうな?」

「殺人事件は起こってないです。おば様はその別荘が酷く気に入らない様子なので、私がいくらで処分しても文句は言わないでしょう」

「一度見てみたいな」

「すぐ近くなので案内しますよ」






 エミリアは喜々として俺を別荘まで案内している。恐らくこいつの頭の中はすでに食い物の事でいっぱいだ。

 煽った俺にも問題はあるが、やっぱりいいですとは言えない感じになってしまった。


 魔術学院の正門を出て城壁とは反対方向にある森に入って行くと、少し開けた敷地に別荘が見えてきた。なんというか、嵐の中で森に迷った旅人が無人の屋敷に入って……みたいなホラー系の話に出てきそうな雰囲気がある。


 手前の森に隠れているので、建物に気付く者は少ないだろう。見事な隠れ家だ。



「草が酷いな」

「魔法で建物の管理はしていたのですが草までは手が回らなくて……」


 エミリアの言う通り、別荘の外観は数年間放置していたとは思えないくらいきれいな状態だった。

 建物をぐるりと一周してみたが、日本の一般的な家の倍くらいの大きさはある。外観からは二階建てのようだ。


 家の裏手には川が流れている。この川は森の奥の山から直接流れてきているらしい。


「では中に入ってみましょう」

「おうおう」


 エミリアは玄関のドアに手をかざすと、鍵なんか使わないでそのままドアを開いた。魔術師にとっては鍵なんかいらないようだ。


「どうぞ」



 建物の中は、玄関を抜けると二階まで天井をぶち抜いた二十畳くらいの広間がある。広間の片側には階段が伸び、ロフトのような廊下の奥に部屋が二部屋見える。


「この広間はリビングを兼ねているのか?」

「そうですね。本来はここが玄関なのですが、一人用の別荘なので暖炉を設置してリビングも兼ねている状態です」

「さいですか……」


 しかし建物の外観といい、中の雰囲気といい、落ち着いた装いで変に飾っていないのは好感が持てる。調度品が撤去されているので、余計にそう見えるのかもしれないが。


「二階は部屋が二つか」

「四人だと最低八部屋は欲しいですよね……」

「はいそうですね」


 階段を昇って二階の部屋を覗くと、片方が細長い感じの六畳部屋、もう片方が十二畳くらいの大部屋になっていた。どちらも角部屋なので木窓は二面にあって風通しが良さそうだ。

 お互いの部屋に向かい合うようにして大きなクローゼットも備えられている。こちらは大部屋の方が倍ほど大きい感じだ。



 余談だが俺のハンドアックスは柄の部分が50センチ程度あるので、それを二本分×四本分で一畳として数えている。正確には一畳+αだが目安にはなる。


 初日に冒険者の宿に泊まったときから、いつもこれで測っているのだ。


 小さな部屋の方には何も無かったが、大きな部屋の方にはダブルベッドよりも大きな屋根付きのベッドが鎮座していた。全体を覆っている可愛らしいレースがまさにそれっぽい雰囲気を醸し出している。


「まったく、いかがわしいベッドしかないのか。この別荘の生い立ちを物語っているようだ……」

「こ、これは解体しないと部屋から出せなかったので、仕方なくそのままなんです!」



 続いて広間の奥、二階部屋の下辺りの部屋を見ると、かなり広い石畳の調理場があった。井戸もここにあるようだ。


「これならティナも存分に腕をふるえるだろう」

「私も楽しみです!!」


 エミリアは興奮している。この女は……調理場の横は何もない石畳の部屋だ。


「ここはなんだ?」

「浴室を作る予定だったと聞きました。作る前にバレてしまったのですが……」

「未完成のまま夢の時間が終わったのか。切ないな……」


 調理場の勝手口を出ると、馬小屋とトイレまでの渡り廊下がある。離れになっているのだな。渡り廊下は石畳で屋根もあるが、壁はないタイプだ。

 馬小屋とトイレは同じ建物に収まっているが、掘っ立て小屋ではなく、家と同じように作られたちゃんとした建物になっている。


 勝手口の側面は建物から屋根が突き出していて、薪などを置けるようになっているようだ。

 別荘ではあるが、日常生活に必要な最低限の設備は揃っているみたいだな。



 ……個人的には悪くないな。この距離なら馬がなくても生活可能な範囲だ。街の外だから税金も掛からない。見ず知らずの奴からボロボロの家を買うより良いだろう。


「予算次第だなあ。街の外の相場なんて知らんけど」

「銀貨1枚です」

「よく聞こえなかった」

「銀貨1枚でお譲りします。未だに怒りが収まらないおば様なので、冒険者に銀貨1枚で売り払ったと言えば手を叩いて喜ぶでしょう」

「おじ様の方は泣くかもしれんな」


 エミリアさん結構えげつないよ。浮気は絶対に許さない派なのだろうか?

 俺は銀貨1枚を支払って家の鍵と譲渡書を書いてもらい、おじ様の夢の跡を手に入れた。さて、みんなにはどうやって説明しようか?


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