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第242話「ミラルダの町①」

 ティナのテレポートを使い、一瞬にしてミラルダの町まで移動した俺たちは、少し小高い丘の上に立っていた。


「ここは?」

「王都から続いている、北の街道よ。ここは少し高い場所だから、ミラルダの町を一望できるわ」


 ティナに言われて見渡すと、眼下に見えるのはミラルダの町並み。

 辺りは常緑樹じょうりょくじゅの緑と、白く分厚い雪に覆われた山岳に囲まれ、その先には広大な海が見える。

 ミラルダの町は、海と山の境界にある、ごくわずかな平地に広がっていた。


「何とも馴染みの深い地形であるな?」


 サキさんは、街道に積もった雪を踏みしめながら言う。

 ここは王都のずっと北に位置しているせいか、すでに十センチ以上の雪が積もっている。



「あれ? 西側の山には、あまり雪が積もっていないんですね」

「あの山の斜面には、いたるところに間欠泉かんけつせんがあるのですよ。そのせいで、雪が解けてしまうんですね」


 レスターに言われて意識すると、西側の山から立ち昇る白いモヤが、たちまちお湯の湯気に見えてしまうから不思議だ。

 というか、ミラルダの町は、通路という通路から、白いモヤが立ち昇っている。

 そのせいか、町全体が薄い霧に覆われているような感じだ。


「西の山から流れて来る水が温かいので、町全体に行き渡るように整備されていると、以前聞いた覚えがあります」

「へー……」


 どうやら、町中の通路に沿う形で、小さな用水路が設けられているらしい。

 そこに雪を捨てれば、たちまちそれが溶けて、海の方へと流される仕組みなのだろう。





 まず俺たちは、レスターに勧められた温泉宿で部屋を取ってから、宿には手荷物だけを置いて、町の中を散策することにした。


「ここも随分くたびれてしまいましたが、350年前は奇麗な建物だったのですよ」

「まさかと思うが、350年間も通っているのか?」

「またまた御冗談を。ここには滅多に来られません。私はテレポートが使えませんからね」


 それは新事実だ。レスターほどの存在になれば、人間が使うような魔法は全て使えるものだと考えていたが、どうもそうではないらしい。


「いずれ気が向いたら、もっと色々なことを教えて差し上げます」


 レスターは意地の悪そうな顔をして、俺にウィンクをして見せた。

 そこはやはり吟遊詩人、その仕草が妙に自然で、気色悪さを感じさせないのは役得だな。



「民家やお店は、山の東側に集中しているんですね」

「そうね。西側の山には火山があるし、海の方には水産業が集中しているから、何も無い東側に追いやられちゃった感じね」


 大きな温泉宿を壁伝いに歩いていると、やがて玄関にたどり着く。

 この建物は、コンクリートのような素材の壁に、薄い木のパネルを張り合わせた外観をしている。

 レスターが言うように、随分くたびれて見えるのは、いたる所で化粧板がめくれているせいだろう。

 所々新しいパネルになっている部分もあるが、経年劣化けいねんれっかによる交換作業は追い付いていない様子だ。


「さあ、ここですよ。早速、中に入りましょう」

「部屋割りは、どうするのだ?」

「男と女で、二部屋取ればいいんじゃないかな?」


 俺が適当に答えると、サキさんは一人でカウンターまで歩いて行き、勝手に部屋を取り始めてしまった。

 すると、レスターもそれに続いて、サキさんに何かを説明し始める。

 どうやら、見晴らしの良い部屋を教えているようだ。

 この温泉宿は、ミラルダの町の少し高い位置にある。海に面した二階の部屋を取れば、町を一望できるかもしれない。





 サキさんが部屋を取って来たので、俺たちは早速、それぞれの部屋に手荷物を置きに行った。

 温泉宿と聞いていたので、勝手に日本の旅館を想像していたが、やはりここは異世界、女将もいなければ、浴衣姿の宿泊客も見当たらない。


「二階の八号室……ここかな?」


 俺が部屋の扉を開くと、入り口のすぐ脇には、ランプと火口箱ほくちばこが置いてあった。


「真っ暗ですね……」

「今明かりを点けるわ」


 ティナは、魔法の杖を一振りして、部屋の中に明かりを灯す。

 明るくなった部屋を見渡すと、扉の先には、椅子と小さなテーブルの置かれた、三畳ほどの狭い空間があり、その奥には、小振りのベッドが二つ並んでいた。


「ちょっと、狭くないですか?」

「狭いよなあ……」


 確かに狭いが、古い建物のわりには、木窓の隙間から日の光が差し込むこともなく、魔法の明かりを灯すまで、この部屋は真っ暗だった。

 気密性は良いのかも? これなら、隙間風に悩まされることもないだろうな。


「ここは寝るだけの空間みたいね。下の共有スペースには、大きな暖炉もあったから、寝るとき以外はそこで過ごすのかも?」

「そういうことか」


 俺とティナとユナの三人は、部屋に手荷物を置いてから、一階の共有スペースに向かった。





 この宿の共有スペースは、結構な広さだ。

 やはり古い建物のせいか、一定の間隔で太い柱も生えているが、大型の暖炉や、背もたれの緩い椅子など、思いのほか快適に過ごせそうな設備が揃っている。


「サキさんたち、遅いな……」


 男二人で何をやっているのか知らんが、ちょっと手荷物を置いてくるわりには、時間がかかっているじゃないか。

 くそう、こんなことなら、部屋から外の眺めでも確認しておくんだったわ。


「ねえ、あれ……サキさんとレスターじゃない?」

「ホントですね。二人とも、お風呂セットを持っていますよ? ……うわ、信じられません! 本当にお風呂の方へ行きました!」

「やっちゃったかー」


 サキさんとレスターの二人が、何を思って風呂場に直行したのかは不明だが、どう考えても、まずは町を散策する流れだと思っていたので、俺は少しイラっとした。



「もう、あの二人は夜まで出てこない。俺たちだけで散策しよう」

「仕方ないですね」

「せめて晩御飯はどうするのかくらい、決めてから行動して欲しかったわね」


 俺とティナとユナの三人は、サキさんとレスターの身勝手な行動に文句を言いながら、とりあえず宿の外に出た。


「うーっ、宿の中って暖かかったんですね……」


 言ってるそばから、ユナの息が白くなる。心なしか、先ほどよりも気温が下がったような気もする。


「ミラルダの町に詳しそうなレスターが、いつの間にかサキさんの側に付いてしまったのは痛い」

「仕方ないわね。ここには何度か来ているから、わかる範囲で案内するわ」





 ミラルダの町は、海と山に挟まれているので、自然と横長に発展している。

 町の西側にあたる、山沿いの傾斜には温泉宿が並び、王都からの街道かいどうをまたいだ東側には、この土地に住む人々の町並みが続いている。

 海側の一面は、殆どが水産関係の土地や建物で埋まっているような感じだ。


「いつも魚を買っている場所は、港の正面にある建物の裏側よ。あの路地に並んでいる露店なら、その日に揚がった魚を扱っているわ」

「ほー……」


 雨よけのテントも雪化粧をしているくらいなのに、露店の商人たちは、ろくな防寒具も身に付けないで、大きな声を張り上げている。

 威勢も活気も凄まじいな。興味はあるけど、冷やかしであの通りを見学するのは、やめておいた方が良さそうだ。



「これだけ海岸線が長いのに、釣りをしている人を見かけないですね」

「やっぱり、釣り具の出来が悪くて、誰も釣ろうとはしないみたいよ。それに、普段から波が高いせいで、危なくて海に近寄れない日もあるそうなの」


 海を見渡せば、そこには広大な水平線が広がっている。

 島の一つも見当たらないし、遮るものが何一つないので、一度荒れたら大変だろうな。

 その危険性を証明するかのように、桟橋さんばしの横にある広いスペースには、船を海から引き上げて、地面に固定しておく装置が、いくつも並んでいる。

 初めて見た装置の役割を、知識がない俺でも理解できたのは、実際に上架じょうかしている船があったからだ。


「それにしても、俺たちが知っている船とは、少し形が違うようだな」

「船底が深いですね」


 船の大きさは大小様々だが、どの船も船底が深い作りで、例えるなら、マンボウから上下のヒレを切り取って浮かべたような形をしている。

 この形状に、何の意味があるのかは知らないが、きっと何か理由があるのだろう。



「うーん、冬の海では泳げないし、釣りをするのも危なそうだ。ここの海には近寄らない方がいいだろうな」

「そうね。市場いちばの漁師さんから聞いたことがあるけど、海は海で危険な怪物が多いみたいよ」


 俺たちが海の近くを散策していると、港に帰ってくる漁船の一団が見え始めた。

 こうなると、陸の方も慌ただしくなる。

 水揚げの様子を見学しようか迷ったが、遠巻きに見れるようなポイントも無かったので、俺たちは海辺を離れることにした。


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