第199話「後衛組・弓矢対決!」
さて、急にヨシアキのパーティーと勝負することになった俺たちだが、ヨシアキ側の本来の目的は、リリエッタに剣術を教えるためだと言う。
先の冒険において、剣の腕はからきし雑魚いヨシアキに代わって、仕方なくリリエッタが戦ったところ、実はヨシアキよりも強かったらしい。
「うわ、なさけなー」
「仕方ないだろ、もう何年もまともに家から出ない生活してたんだから」
……それは仕方ないな。自分の境遇と少し被ってしまったので、俺はそれ以上深く突っ込むのをやめた。
ヨシアキたちの基本陣形は、前衛の真ん中にシオンを置き、その左右にウォルツとリリエッタが展開して、後衛にはヨシアキとハルの二人が弓を構える感じになるらしい。
俺たちの場合は、サキさんを前衛にして、残りは全員後衛という、なんとも偏った陣形だ。しかも四人全員が弓を引くのが基本戦術となっている。
木剣でチャンバラをするのは、ティナ、サキさん、シオン、ウォルツ、リリエッタの五人だ。
いくら何でもサキさん一人はかわいそうなので、数合わせの気分でティナが駆り出されてしまっている。
ティナは普段トロそうに見えても運動神経自体は悪くないので、チャンバラに参加するのは別に構わないのだが、特に防具を持っているわけでもないし、そこが心配である。
まあ、シオンとウォルツなら上手く手加減してくれるか……。
逆に怖いのは、サキさんとリリエッタが打ち合ったときだろうな。まともな神経の男なら本気で女に殴り掛かるような事はできないが、ほんの数カ月前まで女だったサキさんにそれが期待できるかは分からん。
「それじゃ、こっちはこっちで始めようぜ」
前衛の五人組を横目にして、ハルとユナが的の設置を始めた。
どうやら的は、遠・中・近距離の三カ所に設置していくみたいだ。
ちなみに今設置している木の的は、俺たちが持ってきた丸太の輪切りである。
「ミナトたちが使ってる弓は、アーチェリーみたいにゴテゴテしてるんだな」
「ユナに改造して貰ったやつだけど、普通の弓よりは狙いやすいぞ。まあ、使う人のクセを見て調整する必要はあるけど」
ヨシアキは俺の弓を引いてどこかに狙いを付けていたが、照準になる部分の調整ができないと使い物にならないことを悟ったのか、自分の弓を取り出して用意した。
ヨシアキの弓は小型で張りの硬そうなタイプだ。本来は狩りに使う弓で、雑木林や獣道のような場所でも取り回しが利くように小さく作られている。
見た目は小さいが、十分な威力を確保しているぶん、引くためには腕力が必要だ。
確かハルも同じ弓だったな。リトナ村で見たハルの弓は相当使い込まれていたので、故郷の村で使っていたものを、そのまま冒険に利用しているんだろうけど。
それに比べたら、俺たちが使っているカスタムロングボウは、長距離を狙うタイプの弓なので、普通に売られている弓よりも少し大柄だ。
しかもユナが色々取り付けてくれているから、取り回しは限りなく最悪だと思う。
「設置、終わりましたよ」
「いよーし、じゃあレディーファーストってことで。ミナトとユナが先でいいよ」
ヨシアキのやつめ、俺たちを先に撃たせて様子見するつもりだな?
「いいんですか? それじゃあ、私からいきますね」
ユナは自信があるのか、一番乗りを決めた。ということは、自動的に二番手は俺だな。
弓の採点方法だが、なるべく面倒くさくない方がよろしいという話になり、5射した合計点で争うことになった。
木の的は三つ、約20メートル先の的が1点、約30メートル先の的が2点、約50メートル先の的が4点だ。
三つの的から好きな的を自由に選んで、5射したときの合計点数で順位が決まるという勝負になる。
ちなみに木の的は全て同じサイズなので、50メートルも離れると小さすぎて見付けるだけでも苦労する。
目立つ塗料があるわけでもなし、森の木々の合間を縫った場所に設置してあるものだから、木の的にピントを合わせるだけでも難しい。
……50メートル先の的は、最初から無視する方が賢明だな。
「では、行きますよ」
ユナはいつもの調子で、30メートル先の的に当てた。
「お、やるな、ど真ん中じゃん」
ユナは一射目の状態から微動だにせず、もう一度30メートル先の的に当てる。
どうやら30メートル先の的に絞る作戦のようだ。
「──これで最後ですね」
あれからユナは、三射、四射と安定して30メートル先の的に当て続けていた。
「うん。気を抜くなよ」
ユナが放った最後の1本は、的には当たったものの、そこへ刺さることなく地面に落ちてしまった。
「あ……外してしまいましたね」
少し苦笑いをしながら、ユナは木の的に刺さった矢を回収しに向かう。
矢の回収なんて最後にすればいいと思ったが、どうやら先に刺さっている矢が邪魔をすると、先ほどのようなアクシデントが起こるらしい。
「ユナくらいの腕になると、先に撃った矢に当たることもあるんだろう」
「逆にそっちの方が凄い。最後のは当たったことにしてあげたいな」
「……別にいいぜー」
ヨシアキがハルの方を見ながら言うと、ハルは仕方がないという感じで承諾する。これはユナの点数が10点になったという事でいいのかな?
俺がヨシアキの提案に感心していると、ヨシアキは小さくガッツポーズを取った。
……まさかこいつ、ハルに下手くそだと言われたのを根に持っていて、ユナを勝たせる算段でこんなことを言い出したんじゃないだろうな?
ユナが矢を回収して戻ってきたので、次は俺が弓を引く番だな。
「勝負になると緊張するなあ」
「適当でいいんじゃねーの? 賞金が出るわけでもないしさ」
「それもそうか……」
俺はハルに言われるまま、一番近い20メートル先の的を狙った。
20メートルでも自分で狙うと相当遠いし、直径30センチ程度の木の的なんて、下手したらダーツで使うボードの直径より小さいんじゃないかと思う。
一射目は何とか当てた。この体制と角度を保ったままなら、そうそう外すことはないだろう。
「──ミナトさん、上手くなりましたね」
「不思議と今日は調子がいい。勝負なんて言うから勢いがついたのかな?」
俺は今、20メートル先の的に4本の矢を当てている状態だ。
最後の1本を当てても合計で5点しか手に入らない訳だが、ここは一つ、30メートル先の的にチャレンジしてみようか?
「…………」
俺は無言でターゲットを変えて、30メートル先の的を狙う。
「……あーっ! もおーっ!!」
外れました。
「最後は惜しかったな。あのまま5点でも悪くなかったのに」
「うーん、気分に流されてしまったかなあ……」
俺はカスタムロングボウを地面に置いて、自分で撃った矢を回収しに行った。
次はハルの番だ。普段から落ち着きのないハルは、俺が矢を回収して戻ってくるまで待てないのか、しきりに手招きをしてくる。
仕方がないので、俺は小走りでハルの後ろまで移動した。
「俺は50メートル先のを狙ってやるぜ」
「無理無理、ハルにできるわけないだろ? ユナでさえ30メートルで止めたんだから、もう少し現実を見た方がいいんじゃないかな?」
「うるせえ! 見てろよぉ……」
俺が矢を回収している間に何があったのか知らないが、すっかりヨシアキに乗せられたハルは、50メートル先の的に狙いを付けて、矢を放った。
「やり!」
「おおっ!?」
ハルの一射目は、50メートル先の的に当たったようだ。
本当に当てるハルも凄いが、ハルが使っている小さな弓でもそこまで届くというのはある意味脅威だと思った。
「見ろよ、見てろよ! もっかい行くぞー!!」
ハルはそのあと、二射目を外して、三射目は当てて、四射目を外した。
「大丈夫なのかーぁ? 最後の1本だぞーぅ?」
「黙れ! 気が散る!!」
ヨシアキはわざとハルにプレッシャーを与え始めた。こいつはこんなしょうもないことをする奴だったかなあ?
「ぶふっ……」
いちいちバカみたいな言い方をしているのがツボに嵌ったのか、後ろの方でユナが吹いている。
「てめえ覚えてろよ……気分は削がれたけど、俺は狙いを変えないぜ!」
ハルが放った最後の矢は、50メートル先の的を射止めた。
『わーっ!』
これはすごい。俺とユナは思わず黄色い声を上げて拍手をしてしまった。
「ま、まあ、ざっとこんなもんよ……」
本当なら飛び跳ねて喜びそうなハルだが、なぜか照れ臭そうにして下を向く。
「相変わらず勝負になると強いやつだな。まあいい、最後は俺だな……」
ヨシアキの成績は、50メートル先の的を2回外して、30メートル先の的に1回当てたあと2回外すという散々な結果だった。