第19話「おっぱいとリンゴ」
夕方近くまで戦闘訓練をした俺たちは、帰りに武器屋で選別用の矢を入れる矢筒を二つ買い、使い切った矢の補充もして冒険者の宿に帰って来た。
「今日は汗をかいたし洗濯した方がいいわね」
「そうですね」
「では洗濯してから銭湯に行くか」
俺たちは洗濯板と石鹸を持って洗い場へ向かった。もはやお馴染みの光景である。ユナの参入を機に洗濯板は三枚に増やしたので、俺とティナとユナが洗って、サキさんが脱水するという流れ作業だ。
「流石に手馴れてきたな。最初はティナ任せだったが、四人でやると結構早いな」
「はよ銭湯に行かねば」
こんな日に限って銭湯はめちゃくちゃ混んでいた。俺とティナとユナは三人で銭湯の一角を占拠している。こんなときでもティナはマイペースでとろ臭かった。そしてユナもとろ臭い部類に入っていた。
しかも二人できゃいきゃい話しながら洗っているので、とろ臭さに拍車が掛かっているようだ。
さらに気になる部分があるのか、お互いに肌を見せ合ったりするものだから、そのたびに二人の手が止まる。
この世界の入浴事情からすれば、もう正直バカとしか言いようがないほど石鹸を使いまくっているので、周りからは大ひんしゅくであろう。また因縁を付けられても困るし、俺も二人から離れないように黙々と体を洗っている。
「ミナトさん胸大きいですよね」
今度は俺がターゲットになってしまった。
「そうか? 普通だと思うが」
ユナから解放されてようやく髪を洗い始めたティナの手が止まった。勘弁してくれ。
「大きいですよ。ちょっと触ってみてもいいですか?」
「別に構わんけど自分のじゃ駄目なのか?」
俺は14歳の女の子に自分のおっぱいを揉まれながら複雑な気分になっていた。しかもこの、なんというか揉むのが上手い。
自分で触っているときとはまるで違う感覚だ……人に揉まれていると変な気分になる。
んあっ。ちょっと疼いてくるからやめて……。
「やっぱり大きいですね……私のも触ってもらえませんか?」
そういって俺の手を自分の胸に当ててくるユナ。もうこれどうしたらいい? 俺はティナに助けを求める視線を送ったが無視された。
……ユナのおっぱいはとても柔らかかった。俺は自分の胸と触り比べてみたが、同じような気もするし、違うような気もするし、いまいち良くわからない感じだ。
「ティナ、俺とユナのおっぱい触って感触が同じか確かめてくれんか?」
不安になった俺はティナに頼んだが、ティナは自分の小さな胸に両手を添えて泣き出してしまった。泣くほど気にしていたのか……。
俺はユナに怒られてしおらしく湯船に浸かった。
またしても風呂に二時間くらい掛かってしまった……。
女三人恐るべし。これではサキさんのことを言えなくなってしまうな。
なかなか機嫌を直してくれないティナに平謝りしながら部屋まで戻ると、バカ侍はまだ帰っていなかった。はよ帰ってこいバカ野郎。
結局サキさんが帰ってきたのはそれから一時間ほど経ってからだった。俺たちは日課の下着洗いをしてから一階の酒場へ向かう。今日は冒険の依頼を受けるぞ。
「ご主人、いつものように四人前を頼む。あと今日は冒険の依頼を受けたい」
「いいだろう。適当に見繕ってやるから、まずは飯を食いな」
「わしらは前回ゴブリン退治を引き受けたが、あんな雑魚では困る」
今回は少し強敵を相手にしてみようという段取りだったので、サキさんにはその方向で交渉するよう言っておいた。
冒険者の宿での交渉はいつの間にかサキさんの役割になっている。
「ほう。言うじゃねえか。ゴブリンと言えども下手な人間では苦戦するのだがな」
「わしはゴブリン二匹を同時に斬っても十秒掛からぬ。一匹なら三秒で済む。このティナでさえ一匹なら十秒と掛からぬぞ?」
「ハッ、それは盛り過ぎってもんだぜ!」
ティナを見ながら強面の親父は返した。間近で見ていた俺でも信じられないのだから当然だろう。でも確かに十秒も掛かっていなかったと思う。
「その上、軍馬を駆る毒使いの追いはぎ五人を無傷で殲滅した。しかも依頼主の荷馬車は傷一つ付いておらん。わしらの馬二頭はそのときの戦利品である。カナンの町の冒険者の宿に確認すればわかろう」
「うーむ……」
「さらに付け加えよう。このユナと言う娘は50メートル先の的も射貫く弓の使い手だ」
「この嬢ちゃんがかい?」
「実演を望むなら見せても良い」
「おもしれぇじゃねえか。酒場の端から端までいっぱい使ってこのリンゴを射貫いてみな。そうしたら、その大口も信じてやろう」
おかしな流れになってきたな。サキさんの言うことは本当の事だが、見た目的に舐められているのか、それとも親父なりの親心なのか、そのお鉢はユナに回ってきた。
「私がやるんですか? できませんよ! 絶対無理ですっ!!」
「こんなクソ狭い酒場、屁でもなかろうが」
「クソ狭いとか言うな!」
ユナは両手と頭を横に振りながら拒否する構えだ。
下手に当ててろくでもない魔物と戦わされたんじゃ堪らないから、当たらない前提で遊んでみろと言ってみたら、ユナは渋々弓と矢を取りに部屋へ戻っていった。
暫くすると、弓を持ったユナが戻って来た。矢は一本しか持っていない。
「他の奴は邪魔すんじゃねぇぞ!」
そう言って酒場の端へリンゴを投げると、冒険者風の男がそれをキャッチしてランタンを吊るすフックに無理矢理ねじ込んだ。
リンゴが壁に固定されると、ユナは馬鹿正直に一番リンゴから遠くなる位置まで移動する。
「では……行きます!」
さっと弓を引いて、一呼吸も置かずに矢を放つ。放たれた矢は当然のようにリンゴを貫通した。
狙いを定める緊迫の時間があるのかと思ったら、特に何もなくて拍子抜けした。
「……とびきりのやつを用意してやるから、覚悟しておけよ」
そのセリフを聞いた他の冒険者たちが一斉に騒ぎ立てた。暇を持て余す時間に降って沸いた強面親父の賭けが良い見世物になったようだ。
「ごめんなさい当たってしまいました……」
面白い物が見れたからと、きっぷのよい冒険者数名が差し入れてくれた皿をつんつんとつつきながら、ユナは申し訳なさそうに言った。
「見事であった」
「あれを当てるのは凄いことよ」
「変な依頼だったら断ればいいから」
ユナは自分のせいでとんでもない依頼がくることを心配しているようだ。
「魔法の話まで出さなかったのは良い判断だったな」
「手の内は隠しておいた方がよかろう?」
サキさんも満更アホではないようだ。確かに今は知られない方が良いかもな。
俺たちが飯を食い終わるのを見計らったように、強面親父が店のカウンターから手招きしている。俺たちはカウンターの前に並んで移動した。
「お前らにやってもらうのはミノタウロス討伐、半人半獣の化け物だ」
「悪さをしておるのか?」
「人を食う。コイス村って所で毎年生贄を捧げていたらしいんだが、最近その土地に新しい領主が着任してな。実態を知って討伐を試みたようだが、失敗した」
「領主とやらは村人相手でも対応してくれるものなのか?」
「当然だ。領民を守るのが義務だからな。今回は領主からの正式な討伐依頼だ。報酬は銀貨2万4000枚。やるか?」
いまいち相場がわからん。ゴブリン退治で銀貨800枚だったから……報酬金額が30倍じゃないか。これは危険かもしれないぞ。
「ミノタウロスと聞いてビビったか?」
「報酬金額の方にビビった。ゴブリンで銀貨800枚だったからな」
「今回は領主様直々のご依頼だから報酬はケタ違いだ。解決できなかったら責任問題だからな。相当焦っているんだろうよ」
「なるほどな。問題なさそうなら引き受けるが、どうか?」
一応他の三人も聞いてみるが、特に問題はなさそうだ。
「では引き受けます。ここにサインだったな?」
「そうだ。物覚えがいいやつは助かるぜ」
こうして俺たちはコイス村へミノタウロス討伐に向かうことになった。
部屋に戻った俺たちは明日の準備をしていた。サキさんとティナは荷造りを、ユナは矢の選別を、俺は精霊石のテストをしていた。
部屋の中で新しい精霊力を発見したので封じ込めておく。ランプの火から火を3つ、バケツの水から水を3つ、暗い場所から闇を3つだ。
光があるのだから暗闇もあるだろうと思って試したら成功してしまった。
「ちょっとテストしてみたいからランプ消していいか?」
「うむ」
ランプが消えると火と光の精霊力も消えていく。俺は光の精霊石を使って頭上に蛍光灯を思い浮かべながら解放してみた。
「うおぅ?」
「あ……」
「わあ! なんですかこれ!?」
部屋がフワッと明るくなる。まるで昼間のようだ。先程までランプの暗い明かりに慣れていた俺たちは、互いに良く見える顔を確認し合ったあと、噴き出してしまった。
「消えたわね」
「笑ったら集中が切れた」
俺が噴き出した瞬間、部屋の明かりが消えてしまった。指輪の集中が途切れると使えなくなるのか……何度かテストして、俺は再びランプに明かりを灯した。
「あらかじめ込めておいた精霊石があれば、その場にない精霊力も使えるな。でも集中が途切れると駄目だ。つまり同時に複数の精霊力は扱えないということだな」
「手放しには行かぬか……」