第198話「光の矢、闇の矢」
サキさんが放った光の矢は、原っぱの端の方に生えている大きめの木に当たって、数秒の間、眩しく輝き続けた……と思う。
「闇のドームに守られているせいで、全然眩しくなかったな……」
「そうだの」
とはいえ、光が辺りを照らしているとき、その周囲の景色は何も見えなくなっていた。
それ程までに強烈な光が出ていたということだろう。
「これはちょっと、難しいですね。魔術師の人が目を守る魔法を使ってくれないと、危なくて使い物にならないです」
「そうね。直接あの光を見ていたら、失明したって不思議じゃないわ」
ティナが遮光効果のある闇のドームを消すと、視界の景色も元に戻った。
「最初に想像していた通り、光の矢の効果は強烈なフラッシュだったな」
「あれだけ光った割には、どこも焦げておらんの」
「魔法の光だし、熱量がなくても不思議じゃないわね」
ただまあ、こんな効果だから、光の矢が有効なのは一人で敵に囲まれた時や、最初から作戦に織り込まれた奇襲攻撃に使う時くらいだな。
「次は闇の矢を試してみますか?」
「そうだな……じゃあサキさん、どっか適当に撃ってみてくれ」
「うむ」
俺はその辺の影から闇の精霊力を集めて、闇の矢を作った。今日のテストで消費した魔法の矢は、これで4本目だ。
「光の反対ですし、これで数秒間暗くなるだけだったら、それはそれで使い物になりませんね」
「だなあ」
「では、あの先の木を狙ってみるわい」
サキさんが放った闇の矢は、少し離れた場所の木に命中して──闇の球体を出した。
『………………』
闇の球体は、大体5メートルほどの範囲に広がっている……。
火の矢で出てくるファイヤーボールと同じくらいのサイズだ。アウトラインがはっきりしている分、闇の球体の方が若干小さいように感じるが、恐らくは気のせいだ。
「消えんな」
「そうですね」
俺たちは暫く待ってみるが、闇の球体は消える気配がない。それどころか、本当に真っ黒なので、その部分だけが闇に切り取られたかのように見える。
「ちと、わしがあの中に入ってみるかの……」
「やめとけ、やめとけ」
ずかずかと闇の球体に近付いていくサキさんを、俺は止めた。
「石を投げてみて、何の抵抗もなく反対方向に抜けるでしょうか?」
「じゃあ、俺が横から見ておこう」
俺が闇の球体の横に移動して合図をすると、サキさんは大きめの石を拾って力任せに投げ込んだ。が、闇の球体の中で、ゴン! という鈍い音が響いて、石が反対側に抜けてくることはなかった。
「途中の木に当たった音ですね」
「もう良い! わしが直接入って、確かめてやるわい!!」
こうなったらもう止まらない。サキさんは俺の制止も聞かずに、大股を開いて闇の球体の中に入ってしまった。
水の矢のテストから随分慎重にやっていたので、サキさん的には我慢の限界だったのかもしれんが……。
いかんな。以前の俺なら無理にでも止められたはずなんだが、ここ最近はなかなか強く振る舞うことが出来なくなっている。
サキさんの方も、以前のように俺が強く言えば大人しく従うような性格では無くなってきたと思うし──。
……薄々勘付いてはいたが、やはり性別が変わると、性格や物の感じ方まで体に影響されるのは間違いない。
現状を受け入れていなかった頃は男としての強がりもできたんだが、もう女でもいいかなと思い始めた頃から、こうなってしまった気がする。
気分的にはもう、以前のようには戻れないと思うし、無理に男であろうとするのはとにかくしんどい。精神的にも不安定になるから危険だ。
恐らくそのせいだと思うが、ティナには何度も泣きつくハメになったし……。
けど、本当にやばいと感じた時に、ちゃんと止められなかったら、それはそれで問題がある。
ここは男とか女とかの言い訳は抜きにして、何とかしないといけない部分だな。
サキさんが闇の球体に入ってから、何度か小さな呻き声が聞こえてきたが、暫く待っていると、闇の球体が徐々に薄れ始めた。
「時間切れでしょうか?」
「そんな感じね」
徐々に薄れ始めた闇の球体は次第にその速度を上げて、あれよあれよという間に消滅していく。
闇の球体が消えた後には、額を押さえながら呻いているサキさんの姿があった。
暗闇の中で頭をぶつけてしまったのだろうか? 他には特に何の影響も受けていなさそうに見えるが……。
「何も見えなんだ。目を開けておるのに完全な闇というのは、初めての体験だわい」
俺もそんな体験をしたことはないな。サキさんが楽しめたようで何よりだ。
「時間にしたらどのくらいだったかなあ」
「十分くらいですかね? もう少し長いかも?」
闇の矢は、直径5メートル程度の闇の球体が出てくるみたいだな。その内部は完全に光を遮断した闇の空間になっていて、効果時間は約十分程度か……。
「闇の矢は色々と使えそうだな。球体の中は暗いだけだったか?」
「全く光が見えんのと、気のせいかも知れんが、水平感覚や方向感覚が狂う気がしたわい」
目を開けているのに真っ暗の空間に迷い込めば、そりゃ感覚も狂うだろう。
魔法の矢のテストも無事に終わったので、俺たちは魔法の矢の残骸を回収して帰り支度を始めた。
「こっちに誰か来ますよ」
「おー?」
ユナが指差した方向を見ると、確かにこっちへ向かってくる一団がいた。
先ほどは光の矢のテストで強烈な光を出してしまったので、それを確認しに来た冒険者かと思っていたが、その正体はヨシアキたちのパーティーだった。
俺たちは、大体同じようなタイミングで気が付いて、互いに手を振りあう。
向こうのメンバーは、先頭にヨシアキ、ハル、リリエッタの三人、その後ろにウォルツとシオンの二人が並んでいた。
先日冒険者の宿で会ったときに、ヨシアキとシオンのパーティーが共同で依頼を受けたという話を聞いていたが、今も一緒にやっているみたいだな。
「ようサキさん、ミナトたちも。サキさん以外の面子がここに来るなんて珍しいな」
「うむ。今日は色々と試したいことがあったのだ」
「何だ、何だ? おもしれえ事か!?」
サキさんとヨシアキが挨拶を交わしているところへ、ハルが割り込んでくる。
先頭グループは何かと賑やかだな。
「これから先も五人で続ける感じなのか?」
俺は後ろにいるシオンとウォルツに声を掛けた。
「そうだよ。ハルと二人で続けていても、いつかは限界が来るからね」
「我々のパーティーも増員を望んでいたから、一度に二人もメンバーが増えて助かっている。我がパーティーは問題ばかり起こすから、最近では誰も近寄って来ないのでね」
「僕たちの方も、ハルが選り好みをするから、ちっともメンバーが集まらなかったけどね」
「そっちはそっちで大変そうだな」
落ち着いた者同士、シオンとウォルツは気が合うように見える。
「ミナト! これから全員で勝負をしようぜ!!」
突然ハルが、そんなことを言い始めた。
「何の勝負だよ? 俺たちは要件も済んで、これから帰るところだったのに」
「どうせ帰ってもやることは無かろうが?」
「やらないんですか? ティナさんは木剣を取りに行きましたけど……」
どういう話になっているのか分からないが、俺とシオンとウォルツの三人が話している間に、他のメンバーが色々と話を進めてしまったようだ。
ヨシアキたちは武器と荷物を置いてから、防具だけを身に着けている。サキさんもわざわざ全身鎧を身に着けて、やる気満々の様子だ。
「木剣のチャンバラであるが、それ以外は実戦と同じようにせねばの」
「後衛組の俺とハル、ミナトとユナは弓の腕で競おう。今回は個人戦だ」
前衛のチャンバラ組はサキさんが仕切って、後衛の射撃組はヨシアキが仕切るらしい。
「パーティー同士のチーム戦じゃないのか? こっちはユナがいるから楽勝だと思っていたのに」
「ちょいちょい、このハル様がいることを忘れてもらっちゃ困る。それに、ヨシアキみたいな下手くそと同じチームなんて、一体何の罰ゲームだよ。どうせ組むならユナとがいいな」
「くそムカつく。今日ばかりは本気を出してやるよ!」
元々細い目をさらに細くして悪態を付いたハルに、ヨシアキは虚勢を張ってみせる。
俺も弓は下手くそな部類なので、俺とヨシアキのワースト争いは避けられないだろうな。