第197話「穴場の訓練場」
朝食を終えて、エミリアも学院に戻ったので、俺は家の裏に設置してある焼却炉で生ごみを焼いている。
ティナは調理場の後片付けをしているし、サキさんは昨日の昼からずっとミシンで何かを縫っているようだ。
ユナも昨日から何か色々と作業をしている。
自分が暇だからという訳ではないが、ごみ焼きを終えて広間に戻った俺は、全員を集めてある提案をした。
「昨日ユナと一緒に、魔法の矢の効果や名称について色々調べたり話し合ったりしたんだが、その中でも効果がはっきりしていない水の矢を検証したいと思う」
「うむ。では、また壊れておった巻き藁をのせる台座も買ってくるかの?」
「またダメにしたの?」
まあ壊したのは俺だが。しかし通常の矢を射るのとは話が違うので許して欲しいところだ。
「どのみち明日、サキさんは剣を引き取りに武器屋まで行くんだろう。台座はその時に頼む」
「よかろう」
「それから今日は、まだ作ったことのない光の矢と、闇の矢のテストもしたいと思う」
「家の裏でするの?」
「ここでやってもいいんだけど、どんな効果が現れるか分からんから、どこか広い場所がいいな」
「ならばわしらが稽古場にしておる原っぱが良かろう」
「じゃあ、そこでやろう」
俺たちは装備や的にできるような物とテレポーターの子機を荷馬車に積んで家を出た。
いつものごとく、荷車はハヤウマテイオウが引いている。
白髪天狗にはサキさん一人を乗せている状態だ。
サキさんは用事が済み次第、一人で銭湯に行くだろうから、この方が都合がいい。
俺たちは家を出てから、先導するサキさんに続く。今日は王都の門をくぐらずに、そのまま街の外壁に沿って南下している。
王都の南門がある手前辺りで右折して、南の街道の脇道に入ったところに、少し広めの原っぱがあった。
魔術学院のグラウンドとは比べるまでもない狭さだが、チャンバラをするくらいなら十分すぎるほどの広さがある。
随分前に俺たちが戦闘訓練と称して練習をしていた場所は、街道から丸見えになっていたが、ここは街道から逸れた場所なので人目に付かないだろう。
天下の往来で魔法の矢を放つわけにもいかないから、ここは穴場かもしれない。
「馬は端の方で休ませておけば良かろう」
「うん。じゃあ、さっそく始めようか」
俺は家から持ってきた丸太の輪切りを、魔法で作った適当な石の台に立て掛けた。なんてことはない、直径30センチ程度の丸太を輪切りにした、弓の練習用に使われる的だ。
木の的の隣には、石の的も作った。
これからテストする水の矢は、貫通したりしなかったりするので、素材の違う的が必要だろう。
「とりあえず水の矢を2本作る。1本は木の的を、もう一本は、俺が魔法で作った石の的に当ててくれ」
「任せよ」
俺は水筒の水から、水の精霊力を集めて水の矢を2本作り、それをサキさんに渡した。
いつもはユナに射ってもらうのだが、無駄にやる気を出したサキさんが一番に弓の準備を始めたので、ユナもサキさんに役目を譲った形だ。
「では、行くわい」
まず最初にサキさんが放った矢は、木の的に当たる。
矢が的に当たった瞬間、木の的は真っ二つに割れて、その後方で豪快に水が弾けた。
……相変わらず威力だけは凄いな。
しかしこの、最後に水が弾ける原因がよくわからない。
丸太の輪切りは、厚さ5センチ以上もある。普通は何年も的として使える物だと聞いていたが、いとも簡単に割れてしまったから、その威力が凄まじいことだけは間違いない。
このくらいの厚みになると、斧の一撃にも耐えられるからな。
「確認するのは最後でいい。次は石の的を狙ってくれ」
「うむ」
続いてサキさんが狙った石の的は、先ほど俺が土の魔法で作ったものだ。
──結論から言えば、サキさんが放った水の矢は、石の的を粉砕した。
硬い石に当たった水の矢は、全て水しぶきとなって跳ね返されると想像していたのだが、まさか粉砕してしまうとは……。
「変ですね? 採石場の岩には効かなかったと思いますが……」
「あそこのバカでかい岩と比べたら、俺が作った石の的は小さいからな。強度が低かったのかもしれんが、相手が石や岩でも効果が出ることはわかった」
とはいえ、俺とユナは好奇心丸出しで的の状態を確認しに向かう。
まず丸太の輪切りだが、こっちは先ほどから見ていた通り、真っ二つに割れている。割れた部分を観察すると、強い力で強引に割ったような感じに見えた。
対して石の的は、バラバラに砕けた石の破片が後ろに散乱している。
「後ろ方向にしか破片が散ってないですね」
「単純に爆発したわけでもないみたいだ。昨日ユナが言ってたように、ショットガンの弾を直接押し付けて爆発させたようなイメージがするなあ」
後から来たティナとサキさんにも見せて考えたが、大体ユナが言っている通りの効果で間違いないだろうという結論になった。
「トロールの時にはよくわからなかった水の矢だが、これで効果がはっきりしたな」
「これならば狭い場所でも使える気がするの」
「最後にティナが持ってきたフライパンを試そう。純鉄製で金属鎧と同じくらいの厚みがあるから、このフライパンを突破できるかを一つの目安にしたい」
俺は木の的を立てかけていた場所に、今度は純鉄のフライパンを置いた。
このフライパンは以前、ティナが鉄切りナイフで底の部分を貫通させて使えなくしたフライパンだ。
家の裏に投げていたので錆も浮いているが、こんなところで役に立つとは。
俺は再びサキさんに水の矢を渡す。
「下の方は鉄切りナイフで切れた場所になるから、なるべく違う場所にしてくれ」
「難しいわい」
「自信が無かったら、ユナと変わってもいいんだぞ?」
「む!? 任せておけい!!」
サキさんは気合を込めて、水の矢を放つ。
水の矢がフライパンに命中すると、その後ろで豪快な水しぶきが上がる。
「うわ、貫通しましたよ」
「これはつまり、サキさんが全身鎧を着ていても全く意味がないってことになるな」
「考えとうもないわい……」
サキさんは心底嫌そうな顔をした。
それはさておき、俺とユナは早速フライパンの確認に向かう。
「穴の裏側は……鉄が裂けているな。もしこれが鎧だったら、内側に裂けた鉄の部分が刺さったりして致命傷になりそうだ」
「よく考えたら、トロールの巨体を一瞬で貫通する威力ですからね……」
正直なところ、採石場の岩に歯が立たなかったので、それほど大した威力ではないんだろうと考えていたが、鎧を貫通するくらいの威力があるなら話は別だ。
「……カルカスのおっさんは良質な石材の採れる採石場なんて言っていたが、あそこの岩が特別だったのかもな」
「ありえますね。トロールがあんなにいたのも、あの場所に何か特別な理由があったのかもしれません」
俺は土の魔法で作った石の台を崩して、魔法の矢の残骸とフライパンを回収した。
水の矢のテストはこれで十分だろう。
「さて、光の矢と闇の矢はどうするかな?」
「闇の矢はこのままテストしても大丈夫だと思うんですけど、光の矢を試すときは日食グラスが欲しいですね」
「目が潰れるようなフラッシュ効果だったら、洒落にならんからな」
「それなら、私が闇の魔法でドームを作るわ」
ティナが古代竜の角の杖を振りかざすと、俺たちは半球状の薄暗いドームに包まれた。
まるで辺り一面が濃い色のサングラスで覆われたような状態だが、これなら強烈なフラッシュ効果が起きても、ある程度は眩しさを軽減できるだろう。
──俺は光の矢を作ろうとしたが、闇のドームの中では光の精霊力が集まらなかった。
「ちょっと外で作ってくる」
俺は闇のドームから出て光の矢を作ったのだが、このドームは外から見ると完全に真っ黒だ。マット調というか、光を全く反射していない。
ドームの中からは外の様子が見えるのに、器用な魔法を使うものだ。
ふと思い出して、馬の方は大丈夫かと確認したが、俺が心配するまでもなく馬を繋いだ場所にも闇のドームが作られていた。
俺は光の精霊力を封じ込めて、光の矢を1本作った後、再び闇のドームに入る。
「お待たせ。これもサキさんがやるのか?」
「うむ、的が無いようであるが、どうするのだ?」
「一番手近な木の幹にでも当てたらいいんじゃないかな?」
「では、そうするわい」
サキさんは、少し離れた位置にある木に狙いを定めて矢を放った。




