第195話「魔法の矢について」
家の中に戻った俺とユナは、暖炉の前のソファーに座って、魔法の矢に関する名称について再確認している。
「まず魔法の矢だが、リピーターボウの矢が加わったから、混乱しないように呼び方を変える必要があると思う」
「弓の方は今まで通りに『魔法の矢』でいいと思います。リピーターボウの方は……」
俺とユナは二人で色々考えたが、リピーターボウの矢は「魔法の弾」と呼ぶことにした。
リピーターボウ自体が、火薬こそ使わないまでも銃と似たような構造だし、専用の矢といえば、矢の特徴である返しの付いた矢じりや羽もない。
先を尖らせた鉛筆のような形状は、矢というよりは、むしろ弾丸に近いのではないかと結論付けたからだ。
「ちょっとすっきりしたな」
「ですね」
「あと、精霊力を封じ込める前と後で、魔法の矢の呼び方を変えるのはどうかな?」
「と、いいますと?」
「精霊力を封じ込める前の、矢じりの部分がだたの水晶石の状態の時と……」
「……そこは変えなくていいと思います。魔法の矢を自作できるのは私たちだけの秘密ですから、具体的な呼び方がヒントになる可能性も考えないといけません」
「そこまで考えてなかったな。じゃあ精霊力のあるなしに関係なく、魔法の矢と魔法の弾、この呼び方は変えないようにしよう」
続いて俺とユナは、魔法の矢の効果と、それぞれの呼び方について話し合うことにした。
「火の精霊力を封じ込めた矢は、着弾地点を中心に直径5メートルほどの火の玉ができる」
「はい、まさにファイアボールという感じですよね」
「特に理由もなく『炎の矢』と呼んでいたが、オオタウナギで判明した『石化の矢』も含めて、具体的な効果のわかる呼び方は避けるべきかな?」
「石化の矢と言い出したのは私ですけど、私たちが効果を認識していればいいだけの話ですし、ここは『土の矢』でいいと思います」
「それなら炎の矢も、これを機に『火の矢』と改めるかな……」
個人的には効果のわかる呼び方の方がカッコいいと思うんだが、機密性を考えると精霊力の種類をそのまま当てはめる方が無難かもしれない。
「氷の矢も、着弾地点から一定範囲内を全部凍らせていたな。白い霧に覆われた範囲が全部凍ってしまうから、火の矢と同じように対象までの距離に注意しないといかん」
「そういえば、魔法で石化させた生き物は、それを解けば元通りになるようですけど、魔法で凍らせた生き物はどうなるんでしょうか?」
「もう少ししたらエミリアが来るだろうから、後で聞いてみよう。流石に生き物で実験する気は起きんからな」
俺は羊皮紙の欠片にメモを取った。
「雷の矢は物伝いに感電していましたけど、ティナさんの電気玉とは違うようですし、あれは範囲じゃないですよね?」
「電気を通す物に触れると、感電するように効果が伝わっていく感じだったから、電気の特性で限りなく範囲攻撃に近い感じになっていたけどな」
雷の矢が猛威を振るったのは、ジャックと一緒に潜った古代遺跡で、動く甲冑に一撃を加えた時だな。
相手が金属鎧だったおかげで、横一列に並んだ7体全てを一度に倒せたくらいだ。
もっとも、あらかじめ甲冑の足首をロープで縛りつけて「七人八脚」の状態にしておいたから、はからずしも足伝いに感電して現れた効果なのだが。
「風の矢はどうだった? 俺は直接効果を確認してないんだよな」
「発火しない爆発というか、爆風でしたよ。効果範囲は目に見えませんけど、ハーピーの群れがまとめてショック死するくらいですから、かなり強い衝撃波が発生していたのかも……」
なるほど。風の矢は距離が離れていても強い風が襲ってくるから、余程の理由がないと使いたくないと思う。安全にテストするには広い場所が必要だろうし。
でも、やり方次第では火を使わない発破として使えるかも。例えば土砂を吹き飛ばすとか──。
「先日の冒険で初めて使った、土の矢と水の矢だが、これはどちらも対象は単体だな」
「その二つは単体ですね。中でも土の矢は相当強いです。オオタウナギには2本使いましたけど、恐らく1本で足りていたと思います」
「うん。ただ、いくら単体とはいえ、対象の大きさにも限度はあるだろうから、例えばモロハ村にいた巨大ミミズのサイズになると効かない可能性があるな」
「うーん、部分的に石化してしまうのか、全然効かないのかで随分変わってくると思うんですけど、これも生き物で実験するわけにもいきませんしね……」
確かに、いくら石化を解除すれば元通りになるとはいえ、だからといって生き物で実験するのは気が引ける。
土の矢に関しては、あまり大きな対象には効かないという認識を持っておいた方が無難だろう。
「よくわからんのは水の矢だな。結局、ティナが言っていた通りの効果なんだろうか?」
「トロールの体内で猟銃の実包が爆発したようなイメージでしたよ。貫通した方は矢傷に近いと思いましたけど……」
「もう一度使って良く調べた方がいいな。水の矢は後日検証しよう」
しかし猟銃とか実包とか、よく知ってるな。
「そういえば、まだ作ってない種類の魔法の矢がありますよね」
「光と闇だな。あれは目潰しみたいなフラッシュとか、その範囲が暗闇になるとか、そういう感じになりそうだな。恐らく物質には作用しないだろう」
光と闇の二つも、今のうちにテストしておくべきかな?
「あえて触れないようにしてきたんですけど、生命とか精神の精霊力を封じ込めると、どんな効果が出るんでしょうか?」
「俺も口に出さないようにしていたけど、効果の見当が付かんな。これこそ生き物で実験するしかないが……何となく怖い結果になりそうだから、今まで考えないようにしてた」
……俺とユナは二人で話し合った結果、生命の矢と精神の矢に関しては、興味本位で作ったり試したりしないという決まり事を作った。
魔法の矢に関する確認と話し合いも終わり、ユナが自室に戻った後、俺が洗濯物を取り込んでいるとサキさんが帰ってきた。
いつもなら日が落ちてから帰ってくるはずだが、今日はいつもより早めに帰ってきたようだ。
「銭湯がごった返しての。いつまでもおるなと追い出されたわい」
「カナンの町の銭湯でも追い出されてなかったか? おまえはもう、このさい銭湯を経営するべきだ」
「男専門の銭湯であるか……それも良い。わしは将来、男のエステを作ろうと考えておったが、確かに銭湯があると捗りそうだわい」
何が捗るのか知りたくもないが、サキさんはブツブツと将来のイメージを妄想しながら馬の世話をしている。
先月までは英雄になりたいだの何だのと言ってなかったっけ?
──まあいいか。夢が多いのは悪いことじゃない。
俺が取り込んだ洗濯物を暖炉の前のテーブルで畳んでいると、馬の世話を終えたサキさんも広間に戻ってきた。
「先に髪を乾かしておかないと冷えるぞ」
「うむ」
サキさんが髪を乾かしている間に洗濯物を片付けた俺が、二階の部屋から広間に戻ろうとしたとき、広間のテーブルの椅子に見知らぬ女が座っているのが目に付いた。
……一瞬何者かと思ったが、座り方を見ればエミリアだと判別できる。
着ている服は、絵に描いたような貴族の女性が身に纏っているドレスで、腹の脂肪は何処にやったのかと言わんばかりにウエストを締め上げている。
髪はいつものボサボサ頭ではなく、きれいに梳いて後ろ髪を上げていた。
俺は出てきたばかりの自室に引き返して、何らかの作業をしているユナに異常事態を宣言した。
「エミリアが変なコスプレをしている!」
俺がユナに報告すると、ユナは作業の手を止めて、俺と一緒に広間へ下りることになった。いわゆる怖いもの見たさである。
「うわあ……」
階段を下りながら、ユナが小声でつぶやく。エミリアの後姿は、大胆にも背中の開いたデザインだったからだ。それは、背もたれの隙間からでも確認することができた。
あれ? 背中が丸出しなら、あの腹はどうやって絞っているんだ? 全くわからん……。
「今朝とは違って、随分おめかししているじゃないか。デートでもしてきたのか?」
「デートではないんですけど、途中で逃げ出してきたと言うかですね……」
エミリアはごまかすように、歯切れの悪い返事をしてきた。
やっぱりあれから風呂にでも入れられたのだろう、化粧もしているようで、目の下の酷いクマも見事に消えている。
いつも小綺麗にしていれば、エミリアも良い所のお姉さんに見えるのだがなあ……。
「じゃあ私は作業に戻りますね」
エミリアのコスプレ姿を見て満足したユナは、さっさと自室に戻ってしまった。
今度はユナと入れ違いに、髪を乾かし終わったサキさんが戻ってくる。
「……誰かと思うたわい」
サキさんは本気で興味が無さそうに言った。せっかくちゃんとしているんだから、何か一言、言ってやればいいのに。
……俺とユナもノーリアクションだったな。
今更褒めてもわざとらしい気もするし、どうしたものだろうか? こういうのはタイミングを逃したら言い出せなくなってしまう。
「あの、サキさんにお願いがあるんですけど……」
「いやである」
「……………………」
「サキさん、話だけでも聞いてやればいいのに」
「大方、こやつの男のフリをせいなどと言う、下世話な話であろう?」
「だめでしょうか? 今から私の実家に……」
「だめである」
サキさんはきっぱりと断った。サキさんの言い方でだんだんエミリアの状況が呑み込めてきたが、俺はどちらかと言えば、サキさんの察しの良さに驚いてしまった。
「おいエミリア、さっき逃げ出してきたとか言わなかったか? まさか……」
「はい、実は……」
エミリアは観念して、今の状況を説明しはじめた。