第191話「自然過ぎる食材」
買ってきた食材を調理場に運んだあとは、木箱の中でごちゃ混ぜになっている食材を一度全部取り出して、それらを選別する作業を行う。
俺は虫が苦手なので、こういう作業はティナに任せきりなのだが……。
最近ではユナも手伝っているようだ。
「スーパーに並んでいる、きれいな食材が懐かしく思えるな」
「こっちの世界は、よほど酷いもの以外は平気で置いてますからね。一応きれいなものを選んでいるんですけど……打ち付けた痕があるのは優先的に使わないと、そこから傷んでしまいますから」
ユナは傷のある食材をこっちに向ける。
なるほど、今まで気にしたこともなかったが、水分が多かったり、柔らかいものは特に傷みやすいらしい。
そういえば、バナナの傷んだところが黒くなっているのを何度も見たな。それと同じ理屈だろう。
他には、表面の硬い皮に2ミリか3ミリの小さな穴が開いたものや、根元の葉をめくると、虫のフンだか卵だかよくわからない物体がビッシリと付いている野菜もあった。
……うえぇ、見なければ良かった。
「きゃあっ」
「どうした!?」
突然ティナが飛び退いたので、とっさに俺はユナの後ろに隠れて様子を伺った。
「──普通のトカゲですよ。噛みついたりはしません」
木箱の底を覗いたユナは、小さなトカゲを掴もうとするが、トカゲは木箱の中をぐるぐると走り回っている。
ユナは怖くないんだろうか? トカゲの見た目は少しかわいいと思うが、素手で触るとか正気の沙汰じゃない。怖すぎるだろう。
「尻尾が切れたらかわいそうだから、木箱ごと逃がしてあげて」
「そうします」
ユナはトカゲが入ったままの木箱を抱えて、裏の河原へ逃がしに行った。
「毒虫よりはいいけど、あんなのも混じってるんだなあ……」
「初めてよ、びっくりしたわ」
その後も食材の選別は続いて、それが終わると、ティナはそのまま夕食の支度を始めた。
ユナがハーブの調合をすると言って部屋に籠ったので、一人になった俺は、ガレージに置かれている武器を眺めていた。
「…………」
俺は自分のサーベルを抜いてみたが、やはり本物の刀身を見ても「血湧き肉躍る」という気持ちは湧いてこない。
元の世界では本物の銃や剣に憧れのような感情を持っていた俺だが、いざこれで化け物を斬り殺せという世界になると、とたんに現実味を帯びてきて、気分の方が重くなる。
一人でこの世界に投げ出されないために、成り行きで冒険者を始めてしまったが、やはり俺には冒険者なんて職業は向いてないのかもしれん……。
やむを得ずの戦闘は仕方ないが、最初から討伐ありきの依頼に関しては、しばらく控えたいと思う気持ちでいっぱいだ。
まあ、退治しないと人間側に被害が出てしまう依頼が殆どだが……。
そんなことを考えていると、サキさんがガレージにやってきた。
馬の音には気付かなかったが、銭湯から帰ってきたようだ。
「武器の手入れであるか?」
「いや、ただ眺めているだけだが」
「守るも攻めるも、あるに越したことはないからの。大切にしておけい」
「うーん……」
サキさんはガレージに置いてある道具箱を持って、広間の方へ戻っていく。
元々ガレージなんかに用がなかった俺も、サキさんに続いて広間の方へ移動した。
俺とサキさんが広間に戻ると、エミリアが一人放置プレイを楽しんでいた。
色々やることに追われていたのか、エミリアの目の下には青紫のクマが張っている。この女は冒険から帰ってくるたびに、過労で酷い顔を晒しているなあ。
「一段落はついたのか?」
「もう少しです。明日は人と会う約束があるので、今晩中に終わらせるつもりですが……」
「そんなに化け物の研究が好きなのか……」
エミリアは冒険の度に珍しいモンスターの死骸を持ち帰っては、何かを調べているようだが、生物学でもやっているのかと聞いたところ、どうやらそうでもないらしい。
「私の専門は儀式魔法ですよ。危険指定されているモンスターの研究は、なんと言いますか……前にも説明したと思うのですが、真面目に働いていますというアピールなんですけど……」
後半の方はごにょごにょ言い始めたので良く聞き取れなかったが、確か以前にも同じような話を聞いた記憶がある。
「まあいいや。ずっと召喚魔法の専門家だと思ってたけど、違うんだな」
「儀式魔法は召喚や送還に関する魔法が多いですから、そういうイメージを持たれても仕方ありません。魔法陣を描いて複雑な結界を張るとか、複数人で行う魔法も儀式魔法ですし、何らかの準備や期間が必要な魔法は、儀式魔法に分類されるのです」
なるほど。ということは、エミリアは俺が思っているよりも遥かに魔法の知識が広いのかもしれない。
いわゆる天才肌というやつかな? 天才と言えば紙一重のイメージだが、完全にアウトな生態を幾度となく見てきたので、間違いなく天才なのだろう……。
俺がエミリアと話している間、サキさんは黙々とミシンの手入れをしている。
「調子が悪いのか?」
「たまには油をさし直して、動きを馴染ませておかねばならん。家が建つほど高い買い物だからの」
「大変だな」
最近はミシンの出番はないが、収穫祭が終わって雪でも積もれば、暇潰しに使う機会も増えるだろう。
俺がサキさんの整備をボンヤリ眺めていると、二階の自室で作業していたユナが調理場の方へ通り過ぎて行った。
「そういえば、エミリアは明日、誰かと会うんだろう?」
「はい……」
「じゃあ今日は風呂に入って行くか? きれいにしておいた方がいいだろう?」
「結構です」
「でも、髪の毛とか、ちょっとベト付いてないか? 顔もテカっているぞ」
「大丈夫です」
大丈夫じゃないと思うが、きっぱり断られたら流石にこれ以上は言えないな……。
俺が諦めムードに浸っていると、ティナとユナが夕食を運んできた。
今日の夕食は、具沢山のシチューに、タコスみたいな肉と野菜の包み物だ。
この野菜は確か……根元が虫の何かで酷いことになっていたやつだ。ダメなところはきれいに取り除かれているのだろうが、元の状態を知っていると少し抵抗がある。
ううむ。俺の虫嫌いは何とかしないと、この世界では一生料理なんかできないぞ。
俺がそんな思いを巡らせている間にも、エミリアとサキさんは親の仇のような勢いで飯を食べ続けている。この二人は似た者同士だなあ。
いつになく静かな食事が終わって、エミリアは学院に戻り、サキさんは暖炉にあたりながら酒を飲んでいる。
俺は調理場で後片付けをしてから、ゴミを燃やしたあとで風呂に入るという、いつもと変わらない行動をしている。
「もう夜は冷えるから、燃やすのはしなくていいわよ」
「今の時期だと、朝まで置いていても腐ったりはしないか……」
「ゴミ入れ用のバケツに適当な蓋を乗せていれば、虫が寄ることもないと思うわ」
最近は上着を忘れたまま夜の外に出ると、なかなかに辛いものがある。
夜に燃やさなくてもいいなら、それに越したことはない。
俺たちはのんびりと湯船に浸かってから、風呂を出る。
広間ではサキさんが本を読みながら酒を飲んでいるが、俺とティナはバスタオル一枚のまま、ユナは先日買った白いバスローブを体に巻いて、自室まで戻った。
「ほんと、全く見向きもされんのは、それはそれで気分が悪い」
俺はバスタオルを巻いて出来た、胸の谷間を三面鏡に映しながら、下の広間で酒を飲んでいるサキさんに対しての不満を言った。
「じゃあ、もしもサキさんが興味津々に見てきたらどうします?」
「いやらしい目で見られたら、たぶん嫌になるだろうな。ティナはどう思う?」
「ミナトくらいスタイルが良かったら、少しくらい見られても平気だと思うわ」
ティナは俺の体からバスタオルを取って、自分の胸と見比べている。俺は小さい方が好みなのだが、それは大きい人間の余裕だと、ユナに突っ込まれてしまった。
その後も俺たち三人は、何だかよくわからない妙なノリのまま三面鏡の前で色っぽいポーズの練習をした後、脱衣所で寝る準備を整えてから寝た。
翌朝、少し早めに目が覚めた俺とユナは、いつもより念入りに髪をとかしている。
とは言っても、俺がユナの髪をとかしているだけなのだが──。
「やっぱり長い髪はいいな。俺もユナくらいの長さだったらよかったのに」
「長いと大変ですよ。それに、ミナトさんは短い方が色気があっていいと思います」
「そうなのか。でも、その日の気分で髪型を変えているのを見ていたら、羨ましい気分になるんだよなあ……」
そんなやり取りをしながら脱衣所まで移動して、顔を洗ったりした後は、いつもの洗濯を済ませるといった具合。
途中で起きてきたサキさんに脱水を任せた俺は、そのまま広間に移動した。
広間ではエミリアが、朝食までの暇な時間を、ひたすら眠そうな目をして耐えている。
心なしか昨日よりも顔がやつれている気がしないでもない。恐らく昨日も徹夜だったのだろう、髪はベタベタ、顔はギトギトである。
今日は人と会う約束があるようだが、そんな身なりで大丈夫なんだろうか?
他人事とはいえ、ここまで酷いと少し心配になってくるな。