第190話「地味な所に落ち着く」
「ミナトからは何かないのか?」
ユナがカラビナの詳細を説明し終わると、今度は俺にもお鉢が回ってきた。
「いくつか思い付いた物はあるけど、よく考えたら全部電気で動く物ばっかりなんだよな。いっそのこと、蒸気機関でも作ってみるか?」
「そいつは面白そうだが、あいにく蒸気から動力を取り出す仕組みがわからねえ」
無理か。まあ、作ったところで有効な使い道が思い浮かばないけどな。
「うーん、それなら……地味な話になってしまうが、馬車の車軸にバネがあるといいよな。今ある馬車にも後付けできるような改造パーツも売り出せば、わりと受けそうだが」
「んんっ? 馬車に懸架装置を付けるってことか?」
俺は昨日、馬車の乗り心地がすこぶる悪かったことを思い出して、その解決策の一つをナカミチに提案してみた。
「なるほど、なるほど、そうすると、問題は台車側の強度だな……」
「そんなに大きなバネも作れるの?」
「ぐるぐる巻きの圧縮バネだと難しいが、板バネを重ねたやつなら作れるんじゃねーかな」
それからナカミチは、一人でブツブツ言いながら、暫く何かをメモしていたが──。
「ありがとう。いろいろ出揃ったし、これから帰って作業に移るわ」
「あれ? もう帰るのか?」
「おう。出来たやつから持ってくるから、あとで感想を聞かせて欲しい」
そう言うとナカミチは、本当に帰ってしまった。
「何か閃いたのかな?」
「うむ。居ても立ってもいられなくなったのであろう。わしもそういう時があるわい」
「もう少し居てくれるとよかったのに、帰るのも早かったですね……」
「話も終わったみたいだし、市場で買い物してこようかしら。途中でナカミチを拾って、工房の近くまで送り届けてもいいわね」
「あ、それなら私も行きます」
ナカミチが玄関を出てすぐに行動したティナとユナは、ハヤウマテイオウに荷車を取り付けて、街へと出かけてしまった。
「うむ。わしは家の前で剣の型でも練習するかの」
「俺はどうしようかな。一人で街に出てもすることがないし、家の掃除でもしようか……」
サキさんが家の前でロングソードを振り始めたので、俺はバケツに水を汲んで家の中を掃除することにした。
──俺が家中の掃除をして回っても、まだ昼にはなっていない。
普段から、気付いた所は気付いた人が掃除をしているので、こう改めて掃除するぞと気合を入れても、汚れが酷い箇所は殆どないような状態だ。
実際に掃除をしている時間より、汚れた場所を見つける作業に時間が掛かっている。
サキさんの方は、あれからずっと剣を振っているようだ。よく飽きないなあ。
「ミナトよ、剣の相手をせい!」
「ばーか」
俺はサキさんの無茶振りを謹んでお断りした。
「──剣の相手は無理だけど、幻影の相手なら出せるかもな」
「ほう? たとえ夢幻でも、目に見える方が気分も盛り上がるわい」
「それじゃあ相手をする前に布団を裏返すから、サキさんも手伝え!」
「うむ!!」
俺とサキさんは家の裏に回って、朝から干している布団を全部ひっくり返した。
今日はいつになく天気がいい。そよ風に吹かれて、シーツやタオルはもう乾いている。
「うん、じゃあ、どういう感じでやる?」
「とりあえず人の形で頼むわい。わしが攻撃するから、まずは全力で避けてみせい」
「わかった。じゃあ避けに回ってみるかな」
俺は光の精霊石を握りしめて、幻影の魔法で相手役の甲冑を出した。今回は幻影を動かす事に集中したいので、鎧の見た目は形も含めてかなり適当だ。
ちなみに甲冑の背丈は、サキさんと同じくらいにしてある。
「では、参る!」
「…………」
下手に返事をすると魔法の集中が途切れるので、俺は幻影の甲冑を頷かせてから構えを取る。サキさんにはそれで伝わったようだ。
「せい!」
「……」
「はあっ!」
「…………」
「うりゃあっ!!」
「………………」
俺は幻影の甲冑から斜め後ろの位置で様子を見ているのだが、今のサキさんは以前のような力任せのゴリ押し一辺倒ではないことを、改めて思い知った。
しかも、とにかく動作の早い攻撃を仕掛けてくるので、それを連続で避け続けるのは正直無理がある。
「ミナト、途中から瞬間移動になっとる。これでは練習にならんわい!」
「悪い。でも避け続けるのは無理だ。剣や盾で受け止めることができんから、後ろに下がるか、怪しい動きで横に回り込む感じになる」
「むう……」
「こっちが攻撃に回ったら、今度はサキさんが後ろに下がっていくだけだろうな」
「やはり実体が欲しいところであるな」
相手の武器を受け止めることができないのでは、まともな練習にはならんか……。
「まだ昼だし、シオンやウォルツと遊んできたらどうだ?」
身近な存在でサキさんの相手が務まるのは、今のところ、あの二人しかいないんだよな。
「昨日、冒険者の宿に行ったときには、二人とも街の外に出ておったわい」
「そうなのか。ああ、そういえば、人探しの依頼がどうとか言ってたなあ……」
ヨシアキとシオンのパーティーが合同を組んでから、今日で三日くらい経つのかな?
詳しい話は聞いていないが、街の外に出ていたら当分帰ってこない可能性もある。
「……わしはこれを手入れに出して来るかの。前の剣より頑丈ではあるが、そろそろ研ぎ直さんとダメだわい」
サキさんは抜いたままのロングソードに親指を当てて、刃先の確認をしながら言った。
「では、わしは武器屋に行ったあと、その足で銭湯に行くわい」
「うん……」
いつものお風呂セットを持って白髪天狗に跨ったサキさんは、俺の返事をろくに聞きもしないまま、街の方へと駆けていった。
……しょうがない。結局俺は、一人で家に残されてしまった。
まあ、特に行きたい場所があるわけでもなく、会いたい人がいるわけでもなく、日が落ちる前には布団と洗濯物を取り込まないといけないし……。
──うーむ、風が冷たくなる前に、取り込んでしまおうか?
俺は毛布と敷布団を適当に叩いてから、それらを二階の部屋まで運んだ。
魔法を使えばすぐなのに、洗ったシーツや洗濯物まで取り込んでいたら、結局俺は家の階段を四往復もするハメになってしまった。
しかもサキさんは布団を床に敷いているので、部屋の床が汚れたままでは問題がある。
俺は箒と塵取りを用意して、サキさんの部屋の床を軽く掃除してから布団を敷いた。
布団の方は新しいシーツに替えて、洗濯物もきれいに畳んだのだが、サキさんの部屋を掃除した時間を入れても、一時間も掛からなかった気がする。
こっちに来るまで家事なんて一切やらなかった俺だが、この短期間で、すっかりやるのが当たり前になってしまった。
あとは飯が作れるようになれば完璧なんだが。
畳み終わった洗濯物を、それぞれ決められた場所に置いていると、木窓の外から荷馬車の音が聞こえてくる。
あの音はうちの荷馬車だろう。ティナとユナが買い物から戻ってきたんだ。
俺はガレージの扉を開けるため、急ぎ足で階段を下りた。
俺がガレージの扉を開けて待機していると、ユナは荷馬車をハヤウマテイオウごとガレージに突っ込ませてきた。
「……随分買ったなあ」
荷馬車には食材が入っているであろう木箱が、いくつも並べられている。
「毎日七人前くらい作っていると、このくらい必要になるのよ」
「一から買うとすごい量ですよね」
殆ど食材が尽きた状態から買い物に行ったので、このくらいの量になるのは仕方ないのかもしれん。これで一週間分くらいはあるのかな?
「サキさんはいないの?」
「ロングソードの研ぎ直しを頼みに武器屋へ行ったな。あとはそのまま銭湯らしいわ」
「……飽きない人ね」
ハヤウマテイオウの世話はユナに任せて、俺とティナは食材を調理場まで運んだ。
ガレージから調理場に移動していて気付いたが、ガレージの奥にはテレポーターの親機と子機が並べられている。
いつ来たのかは知らないが、俺が一人で留守番をしていたときに、エミリアが返しに来たんだろう。
どうせなら、一言声を掛けてくれても良さそうなものだが……。