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第187話「婚約話と学校イロイロ」

 馬車の中には俺とティナ、エミリアとカルカスの四人が座っている。


『………………』


「エミリア嬢、そろそろ良い返事を聞かせて貰えませんかな?」

「それはちょっと、まだ…………」


 帰りの道中、俺たちは他愛もない話をしながら退屈な時間を過ごしていたのだが、いつの間にかエミリアの婚約話になり、馬車内の雰囲気が一気に微妙な空気へと変わってしまった。



「お父上も是非貰って欲しいと賛成してくれておる」

「お申し出は嬉しいのですが、私にはまだ研究の続きがありますし……」

婚儀こんぎの後も魔術学院には在籍したままでよろしい」

「魔法と研究以外は、本当に何もできませんし……」

「優秀な侍女を付けるので問題ありませんぞ」

「……ミナトさぁん!」


 エミリアがどれだけ言い訳をしても、カルカスはその全てを肯定する。いよいよ逃げ道が無くなったエミリアは、俺に助けを求めてきた。



「親が賛成していて、相手からも好かれていて、その上結婚しても自由気ままに生きられるなんて、一体どこに断る理由があるんだ? 贅沢は腹の肉だけにしとけよ」

「そんな……」

「あの、エミリアの相手はその……カルカスさんなの?」

「とんでもない、相手は私の一人息子じゃ。今年で21歳になる……城勤しろづとめで女気おんなけもなく、将来どうするのだと尋ねたときに、幼馴染みのエミリア嬢しか考えてないと言うておったのでな」

「あらまあっ……」


 なんだ、俺はてっきりカルカスのおっさんと結婚しろとか言う闇の深い話だと思っていたんだが、どうやらまともな婚約話のようだ。



「異性の幼馴染みなんて羨ましい限りだ。今年で21なら、まだハタチか……それだとエミリアよりも随分年下の旦那になってしまうな?」

「私も20歳なんですけど!!」

「はいはい」

「まあ、そういう話なんじゃ。どちらにせよ息子とも暫く会っておらんだろうから、近いうちに一度会って貰いますぞ?」

「はあ……まあ……」


 エミリアは観念したのか、項垂うなだれたまま力のない生返事をした。

 幼馴染みで地方領主の一人息子なんて、絵に描いたような優良物件だと思うんだがなあ。俺たちでもわかりやすい例えをしたら、大名の跡取りと結婚するようなものだ。

 しかも、自由気ままな好待遇を約束されている。一体何が気に入らんのだろうか?






 俺がエミリアに自由恋愛の過酷さをいていると、程なくして馬車の歩みが止まった。


 どうやら休憩地点に到着したらしい。ここは昨日立ち寄った古井戸の前だ。ざっと時間を計算すると、なかなか絶妙な位置に休憩地点を作ったものだと思う。

 ここで休憩を挟んでおけば、カルカスの屋敷を抜けても暫く前に進めるだろう。次の休憩ポイントになりそうな場所にも、ここと同じような井戸があるのかな?



「んーーっ!」


 馬車から降りた俺は、思い切り手足を伸ばした。今回初めて馬車に乗った感想だが、正直狭くて窮屈だった。手足を伸ばせる空間が殆どないのだ。

 電車でよくある向かい合わせの四人席を、そのまま木の板で囲ったような狭さ。そして路面の状態がゴツゴツと伝わる乗り心地は、荷馬車のそれより酷いと感じた。


 大きくて重い分、荷馬車の方が安定性が高いような気もするなあ……。



 俺は御者席のユナと場所を変わって貰おうと考えたが、休憩中もサキさんを護衛に付けて辺りを散策しているユナを見ていたら、変わって欲しいと言い辛くなった。


 馬車の中は結構キツいけど、我慢するしかなさそうだな。まさか荷馬車の方が快適だなんて、夢にも思わんかったわ。






 三十分ほどの休憩を挟んで再び出発した馬車の一団だが、結局俺は馬車の中で揺られる方を選んでしまった。


 ──エミリアが面白い言い訳を思いつくんじゃないかと期待していたにもかかわらず、婚約話の件についてはもう終わった話題のようで、それ以上の進展はない。

 こんなことならサキさんと場所を代わって貰えばよかったと、激しく後悔している。


 変な色気は出すものじゃないな……。



「エミリア、王都には魔術学院以外の教育機関はいくつあるんだ?」


 俺は馬車のシートに座っている辛さを紛らわせるため、適当に思い出した話題をエミリアに振ってみた。


「一般的な教育という話であれば、神殿の施設が使われていますよ。普段は司祭様や神官が交代で教師役を受け持ちますが、定期的に外部からも講師を募っています」

「うんむ、私も若い頃は何度か講師に呼ばれたものじゃ」

「魔術学院からも手の空いている魔術師が交代で通っていますね」

「ほう……」

「あと、生徒にはパンとミルクが毎日出るんです」


 食べ物が出るのはともかく、話を聞いている限りでは小学校レベルの教育機関という感じだな。大体6歳から12歳までの子供が対象になるらしい。


 ちなみに外周二区で七カ所、子供なら誰でも通えるし、学費も掛からないそうだ。



「神殿の学校よりも上の教育はないのか?」

「それ以上になると、貴族や富裕層ふゆうそう向けの学園があります。こちらは4歳から16歳までの12年間ですね。途中から入る場合は学力を見て判断されます」

「金持ち向けの学校だと授業料が高そうだな」

「いえいえ、ミナトさんの経済力なら特に問題ないでしょう。それに、生徒の中には神殿から推薦された外周二区の生徒も多いと聞いています」


 なるほど。こっちは神殿と違って、幼稚園から中学校くらいまでのエスカレーター方式になっているのだな。



「ですが、この手の学園は12歳以上になると全寮制になるんです。自由に帰宅することが難しくなるので、家の手伝いをしながら通っている生徒には厳しくなります……」

「そういう事情もあるのか……」






 次にエミリアが教えてくれたのは、各ジャンルの専門家から直接指導を受ける方法だ。

 しかし話を聞いていると、就職先の新人教育に近いような印象を受ける。


「専門学校みたいなノリかと思ったけど、職場に弟子入りする感じなのね」

「だなあ」

「あとは……純粋に何かを研究したり、学問をきわめたいのであれば魔術学院に潜り込むしかないですね」

「あら? 魔術師じゃなくても入学できたの?」

「生徒としては入れませんが、導師以上の魔術師なら自由に助手を雇えますし、個人的な弟子を持つこともありますから、その関係で学院に出入りできる一般人もいます」

「なるほど、専門家から直接指導を受ける方法の一つに、魔術学院も含まれているというわけだな」



 学問の最高峰だと思われる魔術学院が一般人に開放されていないのは残念だが……それを差し引いても、オルステイン王国の教育は想像以上に行き届いていると思った。


 ちなみに王都以外の町や村でも、神殿が教育機関として大きく機能しているそうだ。

 神殿がないような小さな村や集落では、村長の家や公民館などを教室代わりに活用しているという。



「ティナさんなら無条件で魔術学院に入学できますよ。もし不都合がないようでしたら、私としては是非、学院に籍を置いて頂きたいと思っています」

「ティナを学院に取られたら、殺人料理長の俺が毎日の食卓をいろどることになるかもしれんぞ」

「今の話は忘れてください。ティナさんが学院に在籍しても、恐らく何のメリットもないような気がします」


 ティナの飯が食えなくなると分かった瞬間、エミリアは手のひらを返した。



 まあ、俺とティナとサキさんに関しては、もう学校なんてどうでもいいんだけどな。


 楽しくなかったとはいえ、俺は一応大学まで通えた。金さえ払えば誰でも入れる大学だったから、何の自慢にもならないが……。

 ティナとサキさんは、学歴なんか吹き飛ばせるほどの凄い特技や高い技術を既に持っているし、人生経験では俺よりも遥かに先を行っているはずだ。


 俺とティナとサキさんの場合は、いわゆる話のネタで学園生活を送ってみたい気持ちはあっても、正直なところそれ以上の実りはないだろう……。



「問題はユナだ。今のままだと中学校を中退したことになってしまう。学歴に関してはもう関係ない気もするが、人生経験とか思い出的な意味でも、何かしらの教育を受けた方がいいと思うときがある。まあ、本人が希望すればの話なんだけど」

「そうねえ……でも全寮制で残りの二年間、自由に家にも帰れないような学園だと、それはそれで問題があるわね」

「何とかならんのかなあ?」






 俺が自分の黒タイツをまんでパチパチ音を立てていると、馬車のペースが落ち始めた。


「到着したようじゃ」


 カルカスに言われて馬車の窓穴を覗いたら、少し先の方に大きな建物が見えた。


 最初にカルカスの屋敷に入ったときは、テレポーターを使って直接建物の中に移動したし、昨日はまだ暗いうちから出発したこともあって、こうして屋敷の外見を見るのは今日が初めてになる。



「でかい建物だなあ……別館まであるのか」

「うんむ。兵たちが寝泊まりする施設もあるし、物資保管の場所も必要になる。ああ見えても、私が自由にできるスペースは書斎と寝室くらいなのじゃ」


 学校の校舎くらいある大きな建物なのに、当のあるじが好きにできる部屋は殆どないと言う。

 なんだか苦労してばかりで、俺が想像していた貴族の生活とはかけ離れているな。



 ──今は昼を過ぎた頃か、夕方までにはもう少し時間がある。ここでようやく馬車の一団はカルカスの屋敷まで戻ってきた。


「やっと戻ってこれた。俺たちの依頼はこれで終わりかな?」

「大変ご苦労であった。結局、今回も戦うところは見れなんだが、それは二週間後の騎馬試合で見せていただくとしよう」


 カルカスは腰にぶら下げていた革袋を俺に手渡すと、なおも話を続けた。


「残りの報酬はエミリア嬢に持たせておくので、のちほど受け取って貰いたい」

「わかりました」

「ミナトさん、あとでテレポーターを使わせて貰えませんか?」

「ん? じゃあ俺たちはこのまま家に帰るとするか。その後なら自由に使って構わんよ」


 カルカスの屋敷に着いて早々だったが、依頼を達成した俺たちはカルカスとその兵士たちに別れの挨拶を済ませてから、早足にテレポーターを使って家に帰った。






「では、テレポーターを借りていきますね」

「うん。大体何をするのか見当は付くけど、これから行動して夕食に間に合うのか?」

「……もしかしたら、今晩はちょっと怪しいかもしれません」


 エミリアはハッキリしない答えのままテレポーターの親機を抱えると、自らの魔法を使ってテレポートした。


 恐らく魔術学院に戻って、儀式テレポートに必要な人数を集めてから、テレポーターを使ってカルカスの屋敷に行くんだな。

 そしてトロールを積んでいる荷馬車二台を、儀式テレポートでまるごと王都まで飛ばすつもりなのだろう。


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