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第186話「太田ウナギ」

 俺とティナが朝食の後片付けをしていると、全て任せきりでは申し訳ないからと言って、手の空いている兵士が後片付けを引き受けてくれた。

 後片付けから解放された俺が周囲を見渡すと、畳んだテントや調理台が上手く荷馬車に収まらないようで、作業が難航している。

 二台の荷馬車に収容したトロールの死骸が、想像以上にスペースを食い潰しているのが主な原因だ。


「テントは建物の中に置いてゆけ。篝火かがりび台も置いてゆけば良い。下の廃村が蘇るまでは、何度でも必要になる物じゃ」

「はっ! そう致します!!」


 俺たちも荷物を限定した方がいいな。毛布や背負い袋、装備品もサキさんの武器以外は、テレポーターを使って家のガレージへ戻しておこう。



 結局、二台ある荷馬車の空いたスペースに荷物を押し込んでいたら、もうそれだけで荷台はパンパンになってしまった。


「困ったな。荷台が使えないと俺たちが乗るスペースがないぞ」






 人が乗るスペースがないのは問題なので、先ほどからカルカスが再編成を考えている。


「お前と……お前も後ろの荷馬車に移れ」


『はっ!』


 カルカスは、屋根付き馬車の御者席にいた兵士二人を、後ろの荷馬車へ移動させた。

 これで騎馬兵が一人、真ん中の荷馬車に三人、最後尾の荷馬車に三人の合計七名だ。荷馬車の御者席には、詰めれば四人まで乗れそうだが、鎧を着た兵士の体格だと三人でもきつそうに見える。



「女性方四名は馬車の中へ、私と戦士の御仁が御者席に座るとしよう。これで十三名全員が乗れるであろう」

「うーん……」


 昨日の朝もこれと似たような状況になっていたと思うが、今回は荷馬車の空きがなくなったことによるカルカスの指示だから、素直に応じるべきだろうか……。

 どうにもこの、最近の俺はレディーファースト的な好意を受け取ることに後ろめたさが残るというか、何とも複雑な気分になる。



「カルカス様、私も御者席がいいです。この地方の景色をゆっくり見ておきたいです」

「ふうむ……では、私と場所をかわりますかな?」


 ユナはカルカスに申し出て、遠慮なしに場所をかわってもらった。


 ──そういえばいつだったか、ユナは色んな場所を見て回りたいなんてことを言っていたな。確かにこの地方の景色は、日本では見られない感じの地形で面白いと思う。






 かくして帰路にいた馬車の一団であるが、先頭を走る屋根付き馬車の車内には、俺とティナ、エミリアに加えて、ユナに御者席を譲ったカルカスの四人が座っている。


「ユナがわがままを言ってすいません」

「よいよい。心ゆくまで我が領土の景色を楽しんで貰えれば良い」


 カルカスは満足そうにうんうんと頷きながら、馬車の窓穴を塞いでいるシートをめくった。

 今日は日が昇ってから出発したので、昨日のような濃霧のうむに悩まされることもなさそうだ。空は薄い水色で、視界には雲の一つもない。



 現在は採石場から坂をくだった辺り、もう少し進めば昨日の廃村に差し掛かるといったところだ。


 流石に昨日のような化け物はもういないと思うのだが、カルカスは廃村の手前で一度馬車を止めてから、兵士たち全員に廃村の調査を命じた。


「俺たちも行きましょうか?」

「申し出は有り難いが、彼らだけで十分じゃ」



 ──とはいえ、何もせずにただ待っているのは退屈で仕方がない。

 ティナとエミリアはいつの間にか姿が見えなくなってしまったし、ユナは人間が近づいても逃げようとしないヘンテコな小動物に構っている様子だ。


 サキさんは剣の素振りをしながら暇を潰していたようだが、気が付くとカルカスが剣の指導をしていた。

 カルカスの見た目は、デブでチビでハゲで派手な服を着たおっさんなのだが、これがひとたび剣を振るうと様になる。

 とにかく力任せのサキさんと違い、カルカスの方は洗練されているというか、剣術の決まった型なんだろうけど、動きに迷いがなくてカッコいい。



「ふぁふがへへうもんおこう(流石ペペルモンド卿)」

「はしたない。口の中、無くなってから喋れ」


 俺がカルカスの剣技を眺めていると、ハムスターのように両頬を膨らませたエミリアが、キリリとした表情で何かを言ってきた。

 エミリアがひじにげている小さなバスケットの中には、サンドイッチが詰まっている。大方、朝食が足りんだのと文句を言って、ティナに作ってもらったのだろう。



「若いころのペペルモンド卿は騎馬試合の上位常連だったんですよ。ちなみに昔はもっとスマートで、髪の毛は女性のように美しいロングヘアでした」

「まじか。時間ときの流れは残酷だなあ……」


 俺が若き日のカルカスを想像していると、いつの間にかティナが俺の後ろに立っていた。


「調理場の後片付けをしていたら遅く……まだ調査は終わってなさそうね」

「うん。それはそうと、実は今、あのおっさんの意外な過去を知ったところだ」






 カルカスに剣の型を教わるサキさんの練習風景を、俺とティナとエミリアの三人で眺めていると、野生動物との触れ合いに飽きたユナもこっちに戻ってきた。


「サキさんは覚えるのが早いな。ああ、最近ウォルツたちと一緒にいるせいかな?」


 最近サキさんが戦闘訓練をするときによくつるんでいるシオンとウォルツの二人だが、ウォルツの方は元貴族、当然身に付けている剣術は正規の型だろうから、基本くらいは教えてもらっている可能性が高い。



 とはいえ、いつまでも二人が剣を振るっていられるわけではない。廃村の調査を終えて戻ってきた兵士たちが、カルカスの前に整列して調査報告を始めた。


「村の中に危険なモンスターはありませんでした!」

「建物内部に人の姿はありませんでした!」

「利用可能な建物は二割程度だと思われます!」

「通りにあるモンスターの石像は撤去の必要があります!」


 やばい。昨日の戦闘で石化させたウナギみたいな化け物は、村の通りに放置したままだ。



「とりあえずその場所まで進んでください。撤去は俺たちでやります」

「では、そのようにしよう」


 俺たちは石化させたモンスターがいる場所の近くまで、馬車の一団を進めた。






 昨日見たときも大きなモンスターだと思ったが、今日改めて見てもやはり大きい。

 長さはティナが言っていたように10メートルはあるだろう。

 胴回りは一番太い部分で1メートル近くあるかもしれない……どちらにせよ、俺たちの胴体よりも太いことは確かだ。


「……これはタウナギに似ておるの」


 昨日は相手を見る前に倒れてしまったサキさんが、憎らし気な表情で言う。


「やっぱりウナギなのか?」

「ウナギとは別物だわい。こやつが田んぼのあぜに穴を空けると、一晩で水が抜けることもあるのだ。農家の敵である」


 ますます意味がわからん生物だ。もしもこの大きさで田んぼに出てこられたら、農家の人は困るだろうな。

 サキさんの説明を聞いていると、なるほど、ウナギ特有のヒレも見当たらなかった。


 これからはウナギじゃなくて、タウナギみたいなモンスターと、呼び方を訂正しよう。



「エミリアならこいつの正体がわかるよな?」

「はい。タウナギの仲間のオオタウナギです」

「そのまんまじゃないか」


 どこかのツボに入ったのか、ユナがくすりと笑った。


「このまま太田おおたさんの石化を解除したらどうなるのかしら?」

「魔法で石化したものに関しては、石化を解除すれば元の状態に戻ります。石が崩れ去って砂になることはないんですよ。もしも生きた状態で石化していた場合は、解除と同時に蘇生しますから、モンスターが相手のときには気を付けてくださいね」


 そうだったのか。普段は砂を固めるだけに使っていた石化だが、石化させる対象は別に何でもいいらしい。石と金属以外なら大抵の物は石化できるようだ。

 それにしても太田さんは酷い。オオタウナギも変な名前を付けられたな。



「まずサキさんの剣を、ティナの魔法でレーザーソードに強化してくれ。太田おおたさんは石化したままブツ切りにして、道の端に転がしてしまおう」

「うむ」

「わかったわ」


 サキさんは魔法で強化された剣で、太田さんをブツ切りにする。ブツ切りになった太田さんは胴体の断面まで石化していて、見た目は気持ち悪いが生物学の研究に役立ちそうだなと感じた。



「ちょっとすみません。オオタウナギの頭の部分を縦に割って貰えますか? 学院に持ち帰って資料にしたいです」

「……面倒だが、まあよかろう」


 エミリアも考えることは同じだったみたいで、頭部と胴体の輪切りをいくつか持ち帰るべく、それを持ってテレポーターに乗り……。


「ちょっとエミリア! そんな物をうちのガレージに置いて来ないでちょうだい」

「すみません……学院の方に置いてきます……」


 早速ティナに怒られていた。石になっているとはいえ、化け物の輪切りなんて気持ちのいい物ではないからな。まあ、普通の神経なら嫌がって当然だろう。



 エミリアが学院まで資料を運んでいる間に、細かくブツ切りにした太田さんをティナの浮遊魔法で浮かせて、それらを全部道の端まで蹴り飛ばしてやった。


「これで片付いたかな? うん、大丈夫だ。あとはカルカスの屋敷に戻るだけだな」


 学院から戻ってきたエミリアを馬車に乗せて、俺たちは再び帰路にいた。


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