第185話「タイツを穿かせて」
風呂から上がった俺たちは、適当に涼んだあとで髪を乾かしたり、いつでも寝られる状態にしてから、厚手の毛布を抱えて採石場のキャンプに戻った。
「サキさんは今日はどこで寝るんだ?」
「わしはこの者たちのテントで適当に寝るわい。毛布もあるから気にせずとも良い」
サキさんは随分中身の減った酒樽から果実酒をすくって飲んでいる。七人の兵士たちと焚き木を囲って、思い思いの武勇伝を語り合っている様子だ。
今あるテントは三張り、一張りが四人用なので、兵士とサキさんで二張りを使い、残りの一張りは女性陣に充てがわれている。
ちなみにカルカスは、自分専用の屋根付き馬車の中で横になるそうだ。
「それじゃあ俺はもう寝るけど、サキさんも程々にな」
「うむ」
「私はもう少し飲んでから寝ます」
「そう? 酒臭いテントは嫌だから、エミリアはその辺で勝手に寝てくれ。はい毛布」
「私はもう少しカルカス様を手伝ってから寝ますね」
「うん、あまり遅くならんようにな」
「じゃあ、私も寝るわね。今朝は早かったし、もう眠くて限界よ……」
俺とティナは、自分たちのテントに入ってそのまま寝た。
もう必要になることは無いと思うのだが、念を押してユナのカスタムロングボウをテントの出入り口に立て掛けておく。
一応ホルダーには、炎の矢と水の矢を2本ずつ取り付けている状態だ。
翌朝、俺とティナが目を覚ますと、テントにはユナとサキさんが寝ていた。
「なんでエミリアじゃなくて、サキさんがここにいるんだ? まあいいけど……」
俺はテントの外を覗いてみたが、まだ誰も起きてくる気配はない。それでも時折、土を踏む靴音が聞こえてくるのは、誰かが早朝のトイレにでも行っているからだろう。
──奥の空は青みがかっているが、まだ日の出には早い。獣除けを兼ねた焚き木と篝火の明かりが、何とも言えない安心感を与えてくれる。
「外は冷えるなあ。昨日の昼間はそうでもなかったけど、これはちょっと厳しい感じだ」
「一度家に帰って朝の支度をしましょう」
ティナは自分の毛布をユナの足元に被せて、テレポーターの先に消えた。俺もサキさんの腹に自分の毛布を乗っけてから、テレポーターで家に戻る。
家に戻った俺とティナは、顔を洗ったり歯を磨いたりしたあと、二階の部屋に移動した。
「ほら、こっちにきて。ミナトもタイツ穿きなさい」
「うん」
ベッドに腰掛けたティナの横に座って、俺はティナがタイツを穿くところを見ている。
ティナの白い脚がタイツの色に染まっていく光景は、脚フェチの俺としては非常に興味深い現象に映る。足首付近の色の濃さに較べると、膝や太ももの透け具合が際立って実にいいと思っていたら、結局穿き方がわからないまま終わってしまった。
「ちょっとよくわかんなかった。ティナが穿かせて」
「……仕方ないわね」
ティナは俺の体に密着してから、黒いタイツの片側を両手でくしゃくしゃと縮める。
「はい、ここにつま先を入れて……」
「こう?」
「この時点でつま先とタイツの縫い目をきれいに合わせて……タイツのつま先が前後逆になっていたら、途中で捻じれちゃうから気を付けてね」
俺がタイツに足のつま先を入れると、ティナはそれを前後に動かしながら、膝上のところまでたくし上げた。
「じゃあ、反対の足も」
「うん……」
俺はティナに言われるがまま、もう一方の足をタイツに通す。
両脚の膝上まで持ち上がった黒いタイツとスカートの合間に見える白い肌は、我ながら感心するほど手入れが行き届いていると思う……。
「ここからは立って持ち上げるのよ」
「はーい」
俺が腰掛けていたベッドから立ち上がると、ティナは左右の太ももに掛かるタイツを交互に持ち上げていく。
どうやってタイツを穿くのか理解しやすいようにと、ティナは俺のスカートを完全にめくった状態にして、ドレッサーの三面鏡に映しながらやっている。
……鏡越しに見ていると、無防備な俺の下半身にティナが抱き付いているように見えて少しドキドキしてしまうなあ。時折りティナの手が内ももに当ってこそばゆいし。
「ミナト、ちょっと脚を開いてみてくれる?」
「こう?」
「んー、恥ずかしいかもしれないけど、ガニ股っぽい感じでお願い」
「……こうかなあ?」
タイツを脚の付け根まで持ち上げたら、股を開いたりして少し馴染ませるのか……。
「それじゃあ、お尻を少し突き出すようにして」
「こっちのほうが恥ずかしいなあ……」
俺が尻を突き出すようにすると、ティナはするりとタイツを持ち上げた。
「最後に前を持ち上げて完成だけど……ここを見て。穿いたときにタイツの股がぴったりくっ付いてないと、歩いてるうちにズレてくるから気を付けてね」
そう言ってティナは、俺の股間や内ももの付け根を指でなぞりながら教えてくれる。
真面目に教えてくれているんだろうけど、絶妙な力加減で触るものだから、くすぐったくて仕方がない。
「うん、ありがとう。何ていうか、脚の色が変わるだけでも雰囲気が違って見えるなあ」
「そうね、色とか厚みとかを色々変えて楽しんでみて」
それからティナは朝食を作りに戻ってしまったが、俺は初めて穿いた黒いタイツの感触がもの珍しくて、暫く間、鏡の前で納得するまで自分の姿を眺めていた。
腰から下が吸い付くような感触に包まれているのは、わりと嫌いじゃないかも……。
肝心の寒さ対策としては正直微妙かなあ。何も無いよりは全然いいと思うけど。
しかしこれ、トイレに行くたびに自分で上げ下げしないといかんのか。まあ、何度も繰り返して慣れていくしかないな……。
ちなみにこの黒いタイツは、先日フワフワの店で買ったやつだと思う。透け感といい触り心地といい、あの店の商品はどれも凄いと改めて感心する。
俺が一階に下りると、サキさんが朝の支度をしていた。
今日は珍しくユナが寝坊しているらしい。昨日遅くまで作業していたのかもしれないな。
「そいや、なんでサキさんが俺たちのテントにいたんだ?」
「わしが兵士たちとテントで寝ておったら急にエミリアが入ってきて、酒の臭いが云々とのたまわった挙句、わしをテントから追い出して自分がそこに居座ってしもうたのだ」
「ひどい話だなあ……」
ということは、エミリア嬢は兵士のテントで寝ているのか? ご愁傷様……中にいる兵士たちは、エミリアどんの寝相の悪さで酷い目に会っているだろうな。
俺とサキさんが話をしていると、キャンプで朝食を作っていたはずのティナが、家の調理場に戻ってきていた。
どうやら、家にある食材を持って行こうとしているようだ。
「寝ぼけたエミリアが使い物にならん状態か。ここにあるので食材足りそう?」
「よくわかったわね。朝ごはんは家にある物で何とかなりそうよ」
ティナは家にある材料を手際よく仕込み終えると、それをもってキャンプに戻るつもりのようだ。今朝はユナが寝坊しているので、朝食は俺が手伝うことにする。
キャンプに戻った俺とティナは、早速、朝食の準備を始めた。とはいえ俺の方は、相変わらず何かをかき混ぜる程度の簡単な手伝いしかできないのだが……。
ちなみに今は、砂糖と塩で味を付けた卵を溶いている。
ティナがカチカチのパンをスライスしてフレンチトーストを作り始める頃には、朝の支度を済ませた兵士たちも甘い匂いに誘われて、自然と焚き火に集まってきた。
む? そういえば、ここの兵士たちは自分で食事を作っているんじゃなかったっけ?
何となく昨日の流れで朝食もティナが勝手に作り始めてしまったが、兵士たちは誰一人それに突っ込みを入れようとはしない。
「できたものから出していかないと、トレーの置き場がないわね」
「だなあ……すいませーん、食べられる人から持っていってくださーい」
キャンプ用の小さな調理台では、出来上がった食事を置いておくスペースなんて存在しない。俺が兵士たちに声を掛けると、全員が駆け足で整列した。
「申し訳ありません! カルカス様はキノコが苦手なので、自分の方に移して頂けると幸いであります!!」
先頭に立った兵士が盆の上のサラダを見て言った。カルカスのおっさん、キノコ嫌いなのか。そういえば昨日のシチューには入ってなかったな。
「しょうがないなあ…………はい」
「ありがとうございます!」
俺は箸でキノコをつまんで、もう一方の盆にキノコを移す。一人目から面倒な注文が入ったので苦戦するかと思ったが、面倒なのはカルカスだけ……だと思ったら、いつの間にか列に割り込んで並んでいたエミリアが、当たり前のように三人前を要求し始めた。
「家じゃないんだから、わがまま言うのやめなさい」
「はい……」
ティナがぴしゃりと言い放つと、エミリアは大人しくそれに従った。が、やはり不満なのか、飯を食っている間もフォークをがじがじと噛みながらこっちを見ている。
「おはようございますー」
兵士たちに朝食が行き渡って一息ついた頃になると、寝坊していたユナもサキさんと一緒に朝食を取りにきた。
やはり随分遅くまで作業していたのか、ユナはまだ少し眠そうな顔をしている。
一番最初に朝食を用意していたはずのカルカスも、一番最後に食べ始めた俺たちと同じタイミングで食べ始めている。どうやらカルカスの方も相当眠そうな感じだ。
ちなみに今日の朝食は、フレンチトーストにウインナーとサラダを盛り付けて、飲み物にはユナが作り置きしているお茶を出した。
それにしても、カルカスのおっさんがキノコ苦手だとは思わなかったな。次からは一番偉い人の好き嫌いをちゃんと調べてから作るようにしよう。