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第183話「炎の矢、水の矢」

「うおおおおぉぉーーっ!!」


 俺の知らないところでストレスでも溜まっていたのか、もはや魔法の援護も誘導もいらんと言わんばかりの雄叫びを上げて、サキさんはトロールの元まで一心不乱に走る。


「ティナ、万が一があるかもしれん。空の上からサキさんを援護してくれ」

「いいわよ。弓はここに置いて行くわね」


 ティナは古代竜の角の杖を取り出して、サキさんの後ろ上空を追って行った。



「俺たちも少し間を詰めるか。なるべくサキさんの位置と直線上にならない角度まで移動しよう」

「わかりました」


 俺は魔法の矢が外れてもサキさんに当たらない角度まで移動してから、ユナと一緒に残りの岩を警戒している。


「トロールがこっちに向かってきたら、俺が魔法で足止めする。ユナは魔法の矢で攻撃を続けてくれ」

「はい」


 俺とユナが配置についた頃には、サキさんとトロールの戦闘も始まっていた。






 物凄い勢いでトロールに向かって行ったサキさんは、すっかり立ち上がったトロールに飛び蹴りを食らわせている。


「ぬおぅ!!」


 流石に無理があったか、2メートルをえる大きなトロールは、足を半歩後ろに下げた程度でその場に踏みとどまり──。

 地面に着地したサキさんがグレアフォルツを振り下ろすよりも早く、まるで格闘家のような俊敏しゅんびんさで、トロールが体当たりを繰り出した!


 しかし、サキさんは体当たりをしてきたトロールの肩を振り下ろしていたグレアフォルツで叩き込み、自分が横に飛び退く勢いに変える。

 いきなり槍で叩こうとした動作は、グレアフォルツをボートのオールのように使って、トロールの体当たりを避けるための予備動作だったようだ。



 これはシオンやウォルツとトレーニングをしてきた成果だろうか? 今までのように攻撃一辺倒こうげきいっぺんとうではない。

 引いて突く、誘って突く、一突きでは倒せない相手を前に、自分が受ける攻撃を限りなくゼロにしていく戦い方は、いつぞやのワイバーン戦とは戦いの質がまるで違う。


「凄いな。素人の目でも安定してるのがよくわかる」

「安心して任せられる気がしますよね……」


 サキさんが何度めかの攻撃を行った辺りで、一番奥の岩と山側の……一番下の段に転がっている岩が動き始めた。






「ユナは山側を頼む。俺は奥の方をやる」

「はい」


 サキさんと対峙している俊敏しゅんびんな動作のトロールを見る限り、相手が動ける状態になってからではこちらが不利になる。俺とユナは炎の矢をつがえて、それぞれの目標に矢を放った。

 ……が、俺の方は外れてしまった。微妙な位置に命中しそうになったところで、運悪くトロールが起き上がってしまったのが原因だ。


 俺が外した炎の矢は、奥の山肌に当って虚しく燃えている。



 以前の俺なら確実にパニックになっていたと思うが、大丈夫、まだ巻き返せると心に強く念じながら、2本目の炎の矢をつがえて放った瞬間……トロールがこちらに向けて走り始めた。


 ある程度距離がある状態で、矢を放った瞬間に動かれたものだから、俺は二回続けて炎の矢を外してしまった──。


「私がやります!」

「足止めしたところを狙え!!」



 信じられない話だが、トロールは全力疾走のハヤウマテイオウと同じくらいの速度で迫って来る。炎の矢は、ユナがつがえているもので最後だ。絶対に外すわけにはいかない。

 俺は土の精霊石をポケットから取り出して、迫りくるトロールの足元を隆起りゅうきさせた。


 突然隆起りゅうきした地面に足を取られて、大きくバランスを崩したトロールが大地に踏ん張ろうと足を伸ばしたとき、すかさず俺はトロールの足の着地点に魔法で穴を掘った。

 本来あるはずの地面が突然なくなって、足元の空気を踏み抜いたトロールはそのままの勢いで倒れてしまう。


「今ですね!」


 倒れたトロールに向けて、ユナは炎の矢を放った。



 炎の矢から吹き出した炎はトロールの全身を包んだが、1本では倒し切れないようだ。

 俺が火の魔法で追撃しても、炎の矢ほど強力な火力は出せないだろうし……。

 本来なら矢がれることも考慮に入れるべきなのだが、心の余裕がおごりとなって慎重さをいてしまった事実は否定できない……。


 俺が悩んでいる間に炎は消えた。目の前のトロールはまだまだ動けるようだ。ティナとサキさんが置いていった弓までの距離は……恐らく途中で追いつかれるだろうな。



「ユナ、水の矢で濡らしてくれ! いかづちの魔法を使う!!」

「はい!」


 俺はいかづちの精霊石をポケットから取り出して、ユナの攻撃を待たずに最初の一撃を放つ。トロールの頭上から落ちた電撃は、起き上がろうとするトロールの動きが一時的に止まった。

 これなら手持ちの精霊石だけで何とかなる──そう俺が確信したとき、ユナの放った水の矢がトロールの胴体に命中した。


「!?」


 水の矢がトロールの胴体に命中した瞬間、トロールの背中から激しい水しぶき……いや、無数のトゲのような水が噴出ふんしゅつする。

 ……やはり水の矢は安定しないな。間髪入れることなく、俺が二撃目の電撃をトロールの頭上に落としたのと同時に、トロールは大地に倒れた。






 俺はユナの手を引いて、即座にトロールから距離を取る。恐らくあれで倒せている筈だが、ティナとサキさんのカスタムロングボウがある場所に戻って炎の矢を補充したい。


「ミナトさん、向こうはもう終わっているみたいですよ」

「えーっ? あっちは早いなあ……」


 ユナに言われてサキさんの方を見ると、ユナが炎の矢を1本打ち込んでからやむを得ず放置していたトロールを、青白い光に包まれたロングソードで一刀するサキさんの姿が目に入った。

 最初にグレアフォルツで戦っていた方のトロールは、既に倒してしまったようだな。



 俺はティナとサキさんのカスタムロングボウを回収してから、炎の矢と水の矢を取り外した。


「ユナ、とりあえず山の段々になっているところ、上から順に岩を撃ってくれ」

「上の段に二つ、真ん中の段に一つ、下の段に残った二つ……」

「水の矢は足りてる?」

「ちょうど残り5本ですね。地面の方に確かめてない岩が一つありますけど、あれは後回しでもいいでしょう」


 ユナが水の矢をつがえたので、俺は風の精霊石を使ってスターターピストルのような音を出した。よーいドンで鳴らす、あのピストルの音だ。

 馴染みのある音は気付きやすい、ティナとサキさんも同時にこちらへ注目する。


 俺がユナを指差すと、意味を察したティナはサキさんの側に降り立って、水よけ代わりに障壁の魔法を張った。



「じゃあ始めますね」

「うん」


 ユナは高い場所にある岩から順に水の矢を当てて行く。岩に当たるたびに真正面から豪快な水しぶきを散らせて、五つの岩全てが水浸しになった。


「さっきまで安定しなかった水の矢の効果が、急に安定し始めたな」


 山の段々にある岩を全て水浸しにする作業を終えると、今度は再び浮遊の魔法を使ったティナが岩を調べて回り始めた。






 俺とユナは、先程倒したトロールが確実に討伐できているかを確認してから、ティナとサキさんがいる場所へと向かう。


「上の方は全部、普通の岩だったわよ」

「地べたに残った岩も問題なかったわい」

「ただ、地面にあった五つの岩のうち、トロールが三体いたわね」

「起き上がったのは二体だよな?」


 ティナは一つの岩を指差す。それは一番最初にサキさんが水の矢を当てた岩だ。



 実際に岩を確認しに行くと、見た目も形もただの岩だが、岩の裏側には無数の穴が開いていた。試しに精霊力を感知すると、これがトロールであることがはっきりとわかる。


「俺の方に走ってきたトロールも、水の矢を当てたら背中から水を噴いてたな……」

「もしかしたら水流の勢いで、対象の体を貫通してしまうとか……」


 ティナが怖い事を言い始めた。


「確か水圧の力でブロック塀を崩したり、鉄を切断するような機械もあるくらいよ。一瞬で水が吹き出すような強い爆発をしたら、それに近い状態になるのかも?」



 まさかなあ……でもトロールは水を嫌がるみたいだし、水の精霊力が体内で爆発したせいで、それが致命傷になってしまったと考えるのが自然かもな。

 そして、自然の岩石には通用せずに、水の爆発する力が全て跳ね返される形で、真正面からの豪快な水しぶきとなったわけだ。


 それにしても不思議なモンスターだ。動き出す前の手足がどこに収まっているのか不思議で仕方なかったのだが、こうして動き出す前の状態を観察してもさっぱりわからない。


「これと、サキさんが倒したやつには保存の魔法を掛けておいてくれ」

「わかったわ」

「そんなに時間は掛かってないけど、今から安全確認をしてたら夜になりそうだなあ」

「日帰りというわけにはいきませんでしたね」


 ティナが保存の魔法を掛け終わるのを待ってから、俺たちはもと来た道を引き返した。






 俺たちが採石場の入り口に戻った頃には、すっかりキャンプの設営も終わっている状態だった。

 先程まで地図を広げていたテーブルの上には、回りの建物から持ち出した資料らしき物が置かれていて、エミリアとカルカスのおっさんがそれを調べている。


「トロールは全部討伐したと思うんですが、確認も含めて、これからどうしますか?」

「ぬぅっ? 見回りに出たと思って兵を待機させておったのじゃが……」

「偵察したあと擬態ぎたいしているトロールを見極めて、恐らく全部討伐してきたんですが……」

「なんと! 今回は私も同行してその戦いぶりを見たいと願っておったが……いやはや、流石はニートの冒険者、想像以上の働きである」


 カルカスはひょいと椅子から立ち上がると、大袈裟な手振りで俺たちを褒め称えた。


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