第181話「討伐開始!」
ティナが飛行の魔法を使って偵察に出てから暫くが経つ。一番知識の深いエミリアが偵察に加わってくれると助かるのだが、エミリアは物体を動かす魔法──つまり浮遊や飛行の魔法が苦手だと言ってそれを拒否した。
まあ、苦手なものは仕方がない。無理をさせて何かあっても困るからな。そういえば、以前にも同じようなことをエミリアの口から聞いたような気がしないでもない。
カルカスたちは、偵察に行ったティナが戻ってくるまでの時間を使って、採石場の朽ちた建物を調べている。採石場に関しては殆ど資料が残ってないらしく、現地に残されている記録がないかと探っているところだ。
エミリアもカルカスたちと一緒に朽ちた建物の内部を調べている。なにせ朽ちているので、天井や床が崩落して怪我をすることもあるだろう。その時の保険である。
しかしカルカスのおっさんを見ていると、貴族なんてただの貧乏くじに思えてしまうな。
あれやこれやと調べ回っている姿は、要するに引き継ぎが上手く行われていなかった証拠だ。一体前の領主は何をやっていたんだろうか?
今現在、作戦用のテーブルを囲んでいるのは、俺とユナとサキさんの三人だけだ。
「確か一番大きな個体だと4メートルはあると言ってたなあ……」
「大きさも問題ですけど、トロールの特徴からして、魔法の矢は効果が薄いかもしれません。倒しきれない可能性が高いので、突進されるのだけは防がないとだめです」
「む?」
ユナの話では、トロールに魔法の矢を射っても、岩のような皮膚で矢尻が弾かれてから効果が発動すると思うので、結果的にはあまり効かないと見ているらしい。
それから、トロールの生態を想像するに、体内の水分が少なそうだから雷の矢とか、氷の矢では足止めにもならない可能性を指摘された……。
なるほど、言われてみれば納得できる話だ。
「廃村で使った石化の矢も、基本的に効かないと思った方がいいかもです」
「石と岩の化け物だから効きそうにないよな……」
「むう。風の矢も意味が無さそうだの」
「巨大な岩に突風が吹いても、特に意味は無いだろうな」
やはり無難なところで炎の矢かな? 巨大ミミズのときに使った、火と風の精霊力を合わせた爆炎の矢を使えば、適当に1本撃ち込んで終了のような気もするけど。
「ミナトさん、せっかくの石が高温で変質したら台無しになります」
「うーん……」
「いっそ水の矢でも作ってみたらどうですか? 怪しいと思った岩に水を浴びせてやるんです。びっくりして飛び上がるかもしれませんよ」
十分に離れた場所から水の矢でちょっかいを出して、ただの岩とトロールを見極めるのは有効かもしれん。個人的には最初から炎の矢を撃ち込みたいが、間違ってだたの岩に当てたら高温で変質させてしまいそうだしな。
カスタムロングボウのホルダーには矢を4本セットできる。ホルダーは全て炎の矢にして、合計16本作っておけばいいかな?
水の矢は現地で必要な数だけ作ろう。あらかじめ水筒をぶら下げておけば、水の精霊力に困ることもない。
俺が荷馬車の裏で魔法の矢を作っていると、偵察に出ていたティナが戻ってきた。空を飛んでいる姿を見ていて思ったが、毎回スカートを内股に挟んで飛ぶのは大変そうだ。
いっそのこと、箒にでも乗ればいいのに。魔女っぽくていいと思うけどな。
「おつかれ。どうだった?」
「特に荒れた様子はなかったわね。やたら大きな岩の塊が二つと、そうでもないのがこの辺にいくつか……こっちの左側に密集している感じよ」
「中央や右側には何もないのか?」
「上から見た感じだと左側だけよ。あと、動いているものは見当たらなかったわ」
ティナはテーブルの上に広げている採石場の全体図に、適当な小石を置きながら状況を説明した。
「今日はこのまま討伐に向かうのかの?」
「向かおう。今朝は早かったからな、まだ昼になったばかりだ」
今なら採石場を回り歩いても十分すぎるくらいの時間的余裕があるはずだ。俺は今回の基本方針をみんなに伝える。
「まず、怪しい石や岩を見つけたら十分離れた場所から水の矢を撃って様子を見よう。水の矢はその都度俺が用意する」
「水の矢に反応しなかったらどうするの?」
ティナに聞かれて初めて気付いたが、水の矢に反応しなかった場合のことなんか、考えてもいなかった……。
「一応目に付いた岩は全部、水の矢を撃って回ろうと思う。全く反応が無かったら作戦失敗だ。一度引き返して新しい方法を考える方向にしたい」
「うむ。潔く引くことも、時には必要だわい」
いつもなら突撃以外の選択肢がないサキさんも、危うく廃村で死に掛けたのが堪えたのだろう、今日は俺の慎重論に賛成している。
「怪し気な岩がトロールだと判明したら、弓のホルダーに挿してある炎の矢で攻撃するぞ。炎の矢は一人につき4本あるから、独自の判断で撃ってくれ」
「今回は全部炎の矢ですね……わかりました」
「トロールがこっちに向かって走って来たら、その時はサキさんが前に出て応戦だ」
「よかろう」
「仮に矢が届かない場所にトロールが逃げたら、ティナが飛行の魔法で追いかけてくれ。採石場は逃げ場なんてないから、確実に倒さないと安全が確保できない」
「わかったわ」
「じゃあ、行こうか……」
俺は自分のカスタムロングボウと魔法の矢が入った矢筒を背負って、採石場の奥へと歩き始めた。
道中は左右にそびえる岩山で大渓谷を成していた地形だが、左右の岩山は採石場の一番奥でぶつかるようにして繋がっている。
つまり、渓谷の終わり、完全に地形が閉じた部分が採石場になっているわけだな。
面白いことに左右の岩山は完全に材質が違うようで、向かって右側は角の立った四角い岩が採れるみたいだ。反対に左側は、丸みを帯びてゴロゴロとした岩が多い。
最終的には両方確認しないといけないのだろうが、とりあえず俺たちはティナの報告にあった左側へと向かう。
「思ったよりも広いですね……」
「微妙に馬が欲しくなる感じだな。まあ、あらかじめ偵察しておいたお陰で、全部を練り歩かなくていいのは楽だが……」
俺たちはティナを先頭にして進んでいたが、ふと、ティナの足が止まる。
「この道から横に逸れて、ちょっと茂みになってる所に大きな岩が二つあったわ」
「じゃあ、そこに行ってみよう」
俺たちは、サキさんを先頭に変えて岩のある場所まで進んだ。
少し丘のようになっている部分を迂回すると、確かにやたら大きな岩が二つ並んでいる場所に出た。
どちらもたまご型をした大きな岩だ。一つは横倒しになっているが、もう一つはダルマのように鎮座している。
両方ともサキさんの倍以上あるぞ。これだと4メートル近くありそうだな。
俺は背中の矢筒から魔法の矢を1本取り出して、腰の水筒から水の精霊力を集めて水の矢を作った。石化の矢に続いて、水の矢を作るのも今日が初めてだ。
どうせトロールに水を浴びせる程度にしか使わないと思ってテストしなかったが、果たして上手く機能してくれるのだろうか……。
「これはユナに任せる。どっちを狙ってもいいぞ」
「私がやるんですか? じゃあ立っている方を狙うと思わせて、寝てる方に当てます」
擬態するトロールの裏をかくつもりか? ユナらしいな。
「俺とティナは炎の矢を構えておこう」
「わしはどうするんかの?」
「今回はちょっと距離が近いから、サキさんは何時でも前に飛び出せるよう、しっかり身構えておいてくれ」
「うむッ!!」
「あ! ミナトさん、今、立っている方の岩が動きましたよ!!」
『えーっ!?』
ユナが指を差しているのは、ダルマのように鎮座している方の岩だ。
「サキさんの大声に反応したようです。私も炎の矢に持ち替えますね……」
「うん。そうして……」
ユナは炎の矢を弓のホルダーから抜き取って、代わりに水の矢をホルダーに戻した。
「間抜けなトロールだな。討伐するのが可哀想に思えてくる」
「依頼じゃなかったらこのまま立ち去ってたわね……」
「サキさん? いつまで槍なんか構えてるんだ? サキさんにも炎の矢を撃ってもらうぞ」
「………………」
魔槍グレアフォルツを構えて得意げに舌舐めずりをしていたサキさんは、めちゃめちゃ嫌そうな顔をしながら、渋々と武器を弓に持ち替えた。
ユナが指差した方の岩は、俺たち四人が弓を構えても動く気配はない。
とはいえ、のこのこ近寄って確かめる訳にもいかないだろう。せっかく一方的に攻撃できるチャンスなんだから、動き出す前に片付けるべきだ。
「一斉に撃つの?」
「隣の岩を巻き込んでしまうが仕方ない。やろう。一斉に撃つぞ」
「いつでも良いわい」
「大丈夫です」
「行けるわよ」
「じゃあ狙うぞ……3、2、1、撃てっ!!」
俺たちが放った炎の矢は狙い通り、全てトロールが擬態している方の岩に命中した。
ダルマのように鎮座していたトロールは、四つの大きな炎に焼かれながら──立ち上がろうとした途中で力尽きたのだろう、バランスを崩して前のめりに倒れ込んだ。
……トロールを包んでいる激しい炎が収まるよりも早く、誰かが第二射を放つ。
何事かと思って矢が飛んだ先を目で追うと、トロールではない方の岩──横倒しになっている方の岩も、魔法の炎に包まれている。
射ったのはユナか? 流石にやりすぎだと思ったが、それまで横倒しになっていた方の岩も、ゆらゆらと起き上がり始めた。
「おーう。両方トロールだったかあ……」
俺が慌て気味に弓のホルダーから炎の矢を取り外していると、俺の両隣りから、さらに2本の矢が放たれた。