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第179話「廃村の中の遭遇戦」

 速度を落として廃村を横切っていた俺たちの真横で、大きな鹿しかのような野生動物が宙を舞った。


 ──いや、よく見ると鹿の胴体には何かが巻き付いているようだ。それはむちのようにしなって、大きな鹿をレンガ造りの壁に弾き飛ばした。


「エミリア! あれは何だ!?」

「大蛇でしょうか? どちらにせよ、あれは放置出来ません!」


 それはそうだろう。あんなのが潜んでいる廃村を毎回横切るなんて危険すぎる。行き掛けの駄賃に討伐するべきなんだろうな。



「全員外へ!! エミリアはおっさんの護衛をしながら馬車の退避を頼む!」

「わかりました!」


 俺たちは一斉に荷馬車の後ろから飛び降りて、モンスターの気配をうかがった。


 馬車の一団は回頭かいとうせず、そのまま廃村を突っ切る方針のようだ。廃村を抜けた先に別の何かが潜んでいても困るが、まずはこの場から確実に避難させることが望ましい。

 大きな鹿を軽々と弾き飛ばすようなモンスターに攻撃されたら、木製の荷馬車なんて簡単に壊されてしまうだろう。そうなったら先の行動に支障が出るかもしれんからな。



 俺が偽りの指輪に精神を集中させて辺りの精霊力を探ると、前方から感じる大きな生命力の塊は、馬車の一団が退避した方向へと進んでいるように思えた。


「いかんな。馬車が進んだ方向に動いている感じだ……」

「音のする方へ向かう習性があるのかしら?」


 ティナも俺と同じ方向を見ている。自前の精霊力感知でモンスターの動きを把握したのだろう。

 俺たちが立っている辺りは、倒壊した家や廃屋はいおく、散乱した瓦礫のおかげで見通しが悪い。道から外れて村の内部に入ろうとすると、途端に足場が悪くなる。


「馬車を追っておるのか? 回り込んで頭を押さえてやるわい!!」


 サキさんは鉄兜のバイザーを跳ね上げて、馬車が走り去った方向に全力疾走した。



「仕方がない。ティナは魔法で上空からサキさんを誘導してくれ。俺とユナは走って化け物に追い付くぞ!!」

「はい!」

「わかったわ!」


 俺はユナの手を取ってサキさんの後を追い、ティナは自分の体を魔法で空中に浮かせた。






「わぁー……」


 視界から障害物が消える高さまで上昇したティナが、モンスターを視認するなり口元を押さえて目を逸らした。


「どうした!?」

「ヘビじゃないかも知れないわ。ウナギに近いモンスターかも……?」

「何でも良いわい。大きさを教えてくれえ!」


 重い装備でドッタンバッタンと前方を走っているサキさんが叫ぶ。



「一番太い部分で30センチくらいよ。長さは10メートル以上あるわね……サキさんの方に頭を向けたわよ! だめ! 止まらないで!!」

「……っ!?」


 サキさんが足を止めた瞬間、今にも崩れそうな廃屋はいおくの壁を貫通して、突然何かがサキさんに襲い掛かった。

 あまりにも速くてよくわからなかったが、お互いに見えない場所からモンスターだけが正確にサキさんの位置を読み取って攻撃を加えてきたようだ。


 サキさんは不意打ちのように横っ腹を殴られて、その場に崩れ落ちたまま動かない。吹き飛ばされることもなくその場に倒れる様子が生々しくて、俺の顔から血の気が引いた。


「サキさん!? くそっ、離れすぎだろ!」


 サキさんの足が想像以上に速かったせいで、俺とユナからの距離は50メートル近く離れている。動かないサキさんを前に、ゆらゆらと体を揺らしながら、長くて太いモンスターの体が廃屋の隙間から姿を現した。


 距離にして約50メートル、それでもなお、大蛇のように大きいことがよくわかる。近くを浮遊しているティナの胴回りよりも太いからだ。

 モンスターの上空では、ティナがレイピアに手をかけている。いつも使っている衝撃の魔法では倒せないと踏んだのだろう。






「ティナ! 今行くから早まるなよ!!」

「待ってください! 魔法の矢に精霊力を込めてください!!」

「こんな時に何を……」


 ユナはカスタムロングボウのホルダーから取り外した魔法の矢を俺に押し付けた。

 何の前準備もなく、ティナも隣に居ない状態なので、今俺が込められる精霊力は、土、風、光、闇、生命、精神の六種類だ。

 いつも戦闘で使っている火、いかづち、氷の精霊力は近くに存在しない。


「今すぐだと、土か風くらいしか込められんぞ」

「土でお願いします。風だと二人を巻き込みますよ」


 俺が考えている間にも、ユナは通常の矢をモンスターに向けて放つ。距離は50メートル近く離れているが、放たれた矢は一直線にモンスターの胴体へ突き刺さった。



 ユナの矢が刺さった瞬間、大蛇のようなモンスターは激しく動き始める。胴体をぐるぐる巻きにしながら、八の字を描くように暴れだした。


「ティナ! サキさんを回収してくれ!!」

「わかったわ!」


 暴れるモンスターの脇をかすめて、ティナがサキさんの回収に成功する。

 サキさんにも浮遊の魔法を使ったのだろう。腰の革ベルトを両手に掴んで強引に移動させたおかげで、グレアフォルツはその場に置き去り、腰にぶら下げていたロングソードも鞘から抜けて地面に落っこちてしまったが……。


 その瞬間、大暴れしていたモンスターはピタリと動きを止め、頭の部分を持ち上げてから、地面に落ちたロングソードに頭突きを入れた。






「ユナ、できたぞ……」


 俺はモンスターから目を離さないまま、ユナに土の精霊力を込めた魔法の矢を手渡した。

 ユナもモンスターの動きを注意深く観察しているのか、それを無言で受け取った。


 あれだけ痛がる素振りを見せていたモンスターだが、地面に落ちたロングソードに頭突きを入れて以来、目的を失ったかのように頭の部分を右へ左へ回している……。


「やっぱり音に反応するのか?」


 俺は小声でユナに言った。


「音ならさっきのティナさんを狙ったはずです。地面に伝わる振動のような気もしますが、今はそんな検証をしている余裕はありませんね」


 ユナはモンスターに狙いを定めて、魔法の矢を放った。



 ユナが放った魔法の矢は、モンスターの頭の下辺りに突き刺さり……遠目からではハッキリしないが、何か効果があったのだろうか? 頭の部分は動かなくなった。


「念のためにもう一発入れておくか?」

「そうします」


 ユナは再度、魔法の矢をモンスターの胴体付近に当てる。この一撃も特に何かが変わったような感じはしない。



「なんか動かなくなったけど気味が悪いな。普通の矢を撃ってみるか?」

「そうですね……」


 ユナは普通の矢をつがえて、もう一度モンスターの頭の下辺りを狙うが、当たったはずの矢はゴリっという乾いた音を立てて、あらぬ方向に弾かれた。



「……ちょっと見に行ってみませんか?」


 俺はモンスターを挟んでさらに遠くへ退避しているティナに状況の確認を頼もうとしたが、サキさんに回復の魔法を使っているようだったので、ユナと一緒に確認することにした。


「やっぱり念には念を押そう。少し時間はかかるけど、残った魔法の矢で氷の矢を作っておきたい」


 俺はスカートのポケットに入れてある氷の精霊石から魔法の氷を出して、さらにその氷から氷の精霊力を集めて魔法の矢に封じ込めた。


「精霊石から精霊石に、直接精霊力を移せないのは不便ですね……」

「だなあ。偽りの指輪は、精霊力を封じ込めるか開放するかのどちらか一つしか出来ないからな」


 俺は氷の矢を2本ユナに渡して、今回はいかづちの精霊石を用意してモンスターに近づく。いつもは土の精霊石で咄嗟とっさのバリケード戦法をとる俺だが、今回はやられる前にやる方向で行こうと思う。






 俺とユナはなるべく足音を立てないようにモンスターに近づいていたのだが、ある程度距離が近くなった所でモンスターに起こった異変に気が付いて、普通に歩き始めた。


「これは、石化しているのか?」

「ちょっと石を投げてみますか……」


 ユナが投げた石は、カチンと石同士がぶつかる音を立てた。



「大丈夫そうですよ? 土の精霊力を込めると石化の矢になるみたいですね」

「俺は砂塵が爆発するような感じだと思っていたんだけどな。開放の駒に土の精霊石を乗せた時とは随分勝手が違うんだな」


 とりあえずモンスターの方は大丈夫そうだ。精霊力を感知しても殆ど土の精霊力しか感じなくなっている。確実に息の根を止めたと思う。


「サキさんの所へ行こう。死んではないと思うが、結構ヤバイ感じだったから心配だ」


 俺は地面に落ちている魔槍グレアフォルツを、ユナはロングソードを拾う。

 結局モンスターの正体はわからないままだが、頭の形を見る限りでは、ティナが言ったようにヘビではなさそうだった。うろこもないのでやはりウナギとかに近いのかも。


 しかしこれだけ見た目が気持ち悪くても、害虫を見た気持ち悪さから来るような怖さは殆ど感じない。純粋に生命の危機を感じるような恐怖の方が強いな……。






 モンスターの息の根が止まっているのを確認した俺とユナは、急ぎ足でサキさんの元へと移動した。


「サキさん大丈夫か?」

「なんとかの」

「相変わらず頑丈ですね……」


 サキさんは中途半端に鎧を脱がされて、ティナの回復魔法で治療を受けている。鎧のベルトを外して上に開いている姿が、車のボンネットを開いているようで妙な笑いを誘う。


 ──まあ無事だったから笑い事で済んでいるのだが。


「鎧の方は特にへこんでないな。傷もなしか」

「ガレージで保護の魔法を掛けたときに、強化の魔法も掛けておいたのよ」


 ティナは古代竜の角の杖を振るいながら、いたずらっぽい笑顔で言った。


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