第17話「ポップコーンである」
雨上がりの朝、俺たち四人は並んで歯磨きをして顔を洗い、朝の準備を整えた。
昨日は動けなかったティナも今日はだいぶ具合が良いらしく、普通に動けるくらいには持ち直している。
横一列に並んだユナは、俺と同じくらいの背丈がある。155センチ程度といったところだ。元の年齢を聞いたら14歳だと答えた。
今の見た目も同じくらいの年齢なので、ユナはこの世界でも14歳という事になった。
ちなみに現実世界でも普通の女の子だったようだ。我がパーティーにもようやくまともな人間が入って来た。
何より目を引くのはきれいな金色の髪だ。背中の辺りまで伸びていて、日の光が当たるたびにキラキラと輝いている。ティナの深く艶やかな銀髪とは髪質が違う。
瞳は深い青色で、同じ青でも俺のミントブルーのような色とは印象がまるで違った。
朝の準備を終えた俺たちは、一階の酒場で今日の宿代を払うついでに朝食を注文する。
今日の朝食はベーコンぽい肉と野菜とチーズを挟んだ大きめのパンだった。そろそろパン以外の物も食べたくなってくる。
「今日は私たちが最初に行ったお店を回りましょう」
まあ無難だなと思ったので、そうすることにした。服屋から回る感じだな。
今の俺たちには馬があるので町中の移動も楽だ。流石に人通りの多い場所では使えないが、上手く裏通りを使えば歩くよりも遥かに早く移動することが可能である。
前回の服屋にはすぐに到着した。相変わらず路上に商品をはみ出させているが、服の品揃えは随一だろう。
「先日のお嬢ちゃんたちじゃないか。新しい服が入ったので是非見て行ってくれ」
「覚えていてくれたんだな」
「そりゃそうさ。おじさん……ふふ、女の子の顔は忘れないよ」
前回もティナの服を高額で買い取っていたし、なんだかこのおっさん危ない気がする。
俺とは違ってユナは本物の女の子なので、自分の服は自分で選んでいるようだ。
俺は冒険に使える服と普段着の二着、下着を数枚、隣の靴屋から靴を一足選んで買うように促した。
「決まったかな?」
「えっと……ありがとうございます」
ユナが選んだのは薄黄色の長袖ブラウスに、ワインレッドのミニスカートだった。足元はティナと同じくタイツにするようだ。黒っぽい暗い色と、緑っぽい明るい色の二枚を選んでいる。靴は普通のレザーシューズにしたようだ。
普段着の方は白いロングスカートの袖なしワンピースにしていた。
俺やティナと違って、タイツ以外あまり金が掛からなかったな。遠慮しているのだろうか?
次に訪れたのは武器屋だ。今日は以前とは違う兄ちゃんが対応してくれた。街の自警団の仕事もあるので、普段からローテーションで勤務しているらしい。
ユナは親の趣味でアーチェリーをやっていたらしく、武器はロングボウにしていた。即戦力になるかもしれないので、好きなように改造させて少し高い……いや、かなり高いやつに仕上げた。
俺の弓は木製なのだが、ユナの弓は金属や革の複合素材を使った強力な弓だ。本来は弓の部品ではないが、バランス用に使えそうな物とかを探して取り付けている。
店の兄ちゃんも意味が分からんと首を傾げていた。
弓の他には矢筒と護身用のダガーを持たせてある。矢は俺と共有できるので、練習で使うぶんも合わせて多めに買い込んだ。
隣の防具屋ではソフトレザーのベストと革手袋を買っていた。革手袋は指の部分を切って使うと言うので、俺も一つ買って同じ仕様に改造して貰った。
最後は雑貨屋である。ユナの衛生日用品と外套や背負い袋、他に足りなくなった雑貨の補充をした。
「そろそろテントや毛布も買えそうだな」
「うむ。買ってしまえ」
四人用のテントと毛布を四枚買った。
俺とサキさんがテントと毛布を馬に背負わせる袋を選んでいる間、ティナとユナはリボンやら裁縫箱やらを選んでいる。
俺もそろそろ新しい髪留めが欲しいと思っていたので、三人揃ってあれやこれやと選んで夢中になった。
あと、女三人に櫛一本では朝の準備に時間が掛かるので、新たに櫛を二本買って一人一本ずつ持つことにした。
またもや笑えないくらい予算がゴッソリと減った。
「今日一日で銀貨2800枚くらい使ってしまった……」
「また冒険に出れば良かろう」
「私のせいですみません……」
「いいのよ。でもそうねえ……いっそ四人でバンドでも組んでみる?」
確かに、最悪の場合は吟遊詩人四人組の珍道中でも面白い生活ができるだろう。
初日からの流れで資金管理は俺がやっているが、今日の大物はカスタムロングボウとテントと毛布四枚の購入費用だ。リボンとか髪留めは無視できる金額だろう。
何というか、冒険で銀貨千枚単位の収入があっても、必要経費で出ていく額が同じく銀貨千枚単位では、いつまで経っても余裕ができないな。
「そういえば、エミリアに渡す珍しいお菓子は何が良いと思う?」
「難しいわね。酒場や銭湯で聞いてみたけど、私たちが考えるようなお菓子の話は出てこなかったわ」
一応調べていたのか。庶民の間だと、俺たちでいうところのお好み焼きとか、たこ焼きとか、そういうのがお菓子の感覚らしい。
あとは貴族階級ならそれっぽいのがあるようだが、普通の人にはそこまで情報が降りてこないようだ。
例えばシャリルなら貴族を相手に商売することもあるだろうから、金さえ出せば珍しいお菓子でも何とか手配してくれるかもしれないが……。
「ミナトさん、何の話なんですか?」
そう言えば話のタイミング的にユナは知らないか。
俺はミスリル銀の指輪の鑑定料代わりに、エミリアが珍しいお菓子を要求していることを説明した。
「んー。エミリアさんってお嬢様っぽい感じがするし、実はもう大抵のお菓子は食べたことがあるんじゃないですか?」
「そうなのか?」
「そんな気がします。もしかしたら私たちの世界のお菓子を食べてみたくてそう言ったのかも……」
うーむ。ユナに言われるまで気付かなかったが、あり得るな。腐っても魔術学院の導師だし、言葉の裏に隠された真実を当てる課題、みたいな……?
「そうなると自分たちで作らないといけないわけだ。ティナ、何とかならんか?」
「自由に使える調理場と材料が欲しいわね」
「わしは家のコンロでポップコーンくらいなら作ったことがある」
ポップコーンか。乾燥させたトウモロコシと油と、あとは塩だけで行けるな。調理道具は鍋一つと焚き火だけでも作れるんじゃないか?
「爆裂種を探しに行きましょう……」
『なにそれ?』
「ポップコーンはコーンスープに入ってる種類じゃ爆発しないのよ」
「あ。それ私も料理の本で見ました」
「良くわからんが市場に行こう。何種類か集めたら当たりがあるかも」
食料市場は露店の集まりのような場所だ。通路も狭く人がひしめいているので一度宿に戻り、馬と荷物を置いてから徒歩でやってきた。
「乾燥させたコーンはあるかな?」
「この笊にある奴だよ」
王都の買い物は基本的に銅貨を使わないので、銀貨1枚分の乾燥コーンを買うハメになる。最初の店では食用油や干し肉と一緒に買った。
「これとは別の種類の乾燥コーンはあるかな?」
「うちにはないね」
最初に買ったコーンを見せながら店を回るが、なかなか別種のコーンが見つからない。
「話を聞きながら市場の端まで探すしかないわね」
「それしかないか」
結局市場の端から端まで探して、二種類の乾燥コーンを手に入れることができた。基本的にすり潰したり粉にして使うらしく、ごくありきたりな材料らしい。
「むう? 向こうにも何かある……」
サキさんが何かを見つけたらしく、市場から少し離れた露店の方へと歩いて行く。
「主人よ、ここに置いてある乾燥コーンはこの二つとは違う種類か?」
「んあ? 違う種類だよ。もっとも、うちにあるのは家畜の餌だがなあ」
「人間が食っても毒にならんか?」
「毒にはならねえが、家畜の餌だぞ? 俺は食いたくないね」
「ではそれを貰おう」
「あんちゃん物好きだね。まいどありー」
……嫌なやり取りが聞こえたが突っ込まないでおいた。
馬で王都の外壁の外まで移動した俺たちは、火を起こして鍋に油を垂らし、三種類のコーンを試すことにした。
「まずは普通のコーンね」
熱したコーンは数分もすると鍋の蓋から煙をだして焦げてしまった。
「普通のではだめなのか」
「次はわしが見つけたやつを試すのだ」
今度はサキさんが見つけた動物の餌を入れて試してみた。三、四分もした頃、小さな音でポンポンという破裂音が鳴り、やがて喧しい程の音が響き出して、あっという間に鍋の蓋を押し上げて溢れるポップコーンが出来上がった。
「おー。できたぞ」
「凄いですね。でも動物の餌なんですよね……」
「ついでだから最後の一種類も試してみよう」
最後の一種類に火に掛けると、こちらもポップコーンができた。少し弾け方が弱い気もしたが見た目はポップコーンである。ううむ……。
片方は動物の餌だが、モノは試しと塩を振って四人で試食会をした。露店のおっさんは毒は無いと言っていたので、それを信じよう。
「先入観なしだと餌の方がポップコーンだと思う」
「こっちの方は歯触りが良くないわね」
「わしも餌の方が良いと思うわい」
「でも餌なんですよね……」
そういうわけで、餌の方が良いことに決まった。餌じゃない方のポップコーンは、なんだか歯応えがネチネチしていてあまり食べる気が起こらない。
現実世界でもそれまで食べなかった物が調理で食べられるように変化することもあるので、こちらの世界ではまだ動物の餌として利用しているだけだと思うことにした。
エミリアには俺たち特製のポップコーンをプレゼントしよう。動物の餌だけどな。