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第177話「水滴攻撃をくらえ!」

 風呂上がり、十分に涼んだサキさんが髪を乾かしてから服を着た頃、少し早めの夕食をティナとユナが運んできた。

 今日の夕食は天ぷらと吸い物だ。ティナが揚げた天ぷらはふわっと広がった薄い衣がサクサクしていて、いくらでも進みそうになるからやばい。


「そういえば王都散策の前夜は鍋だったし、ごちゃまぜ中華丼はやめたのか?」

「中華丼は最後の手段よ」


 言ってる意味はよくわからないが、余っている食材が微妙なときは中華丼になるっていうことだろうか?



「明日の朝は早いから、酒はやめておけよ」

「…………」


 俺が釘を刺すと、軽く尻を浮かせていたサキさんは、諦めたようにして座り直した。


「今日は俺たちも手早く風呂を済ませよう」






 ティナとユナが先に風呂に入ったので、俺はいつものように夕食の後片付けをしてから風呂に入る。しかし雨が降ると、焼却炉には屋根がないので不便だなあ……。


「明日も雨だったら嫌だな。せめて現地では止んでいて欲しいが」

「そうねえ……」

「ユナのバスローブはどんな感じだ?」

「袖が少し余る感じですけど、いいと思いますよ」


 ユナはバスローブのえりを閉じて、こちらに向き直った。バスローブは膝より少し丈が長い。バスタオルと同じような生地なので、濡れても透けたりはしないだろう。


「うん、じゃあ部屋に戻ろうか」



 ──ユナがバスローブ姿でサキさんの目の前を横断しても恥ずかしく思わないか試したかったのだが、この日に限ってサキさんは一階の広間にいなかった。

 いないものは仕方ない。俺は二階の廊下に干しておいた洗濯物をまとめてから、自分の部屋に入る。


「普段なら今頃風呂に入ったところだな。今日は全体的に一時間くらい早い感じだ」

「寝付きが悪くて結局いつも通りにならないようにしたいですね」


 痛いところを突いてくるなあ。こういうのは意識しだすと本当に眠れなくなるから困る。


 普段より少し短めに涼んだ俺たちは、パジャマを着てから寝る仕度をしたが、結局このあと、自分の部屋に閉じ籠もっているサキさんと顔を合わせることはなかった。






 翌朝、ティナに起こされた俺とユナは、三人揃って朝の支度を済ませたあと調理場で朝食の準備をしている。

 結局雨は止まなかったみたいだ。今もしとしと小雨こさめが降っているので、今朝は洗濯しないことにした。


「ミナトはジャガイモを潰しておいて」

「うん」


 久しぶりにティナの手伝いをした俺は、相変わらずバカでも出来るような仕事を任されている。それにしても量が多いな……。

 ジャガイモを潰しながらユナの方を見ると、ユナは日頃からちょいちょい手伝いをしているせいか、ティナが何かを言わなくても自分の判断で動いているようだ。


 いつも思うが何とも肩身が狭い。居心地が悪くなった俺は、エミリアの相手をしてくると言い訳をして、潰し終わったジャガイモを調理台の上に置いた。






 俺が広間に戻ると、椅子に座ったまま寝ているエミリアがいた。今日は冒険をするので魔術師のローブを着ているみたいだ。

 それはそうと、サキさんが起きてこない。とりあえずエミリアは放っておいて、俺はサキさんを起こしに行くことにした。


「サキさん起きてるか?」


 サキさんの部屋のドアをノックするが返事はない。不用意にドアを開けて、またチンチンを出したまま寝ていたら嫌なのだが……仕方ない、開けてみるか。



「開けるぞー」


 俺はドアの隙間から部屋の様子を伺いつつ、ゆっくりとドアを開いて部屋の中へ入る。


 部屋の文机ふづくえには酒瓶、肝心のサキさんは鎧を磨きながら途中で酔い潰れて寝てしまった感じだった。

 俺が酒を飲まないように注意したから、自分の部屋で隠れて飲んでいたのか?


「サキさん、起きろ。置いていくぞ」

「う……む…………」


 サキさんは肩を揺さぶったくらいでは起き上がらない。

 夜遅くてまだ眠いのか、単なる二日酔いなのか良くわからないので、俺は水の精霊石を取り出して、サキさんの顔にポタポタと水滴を落とすことにした。



「……う……ううぅ…………」


 俺の水滴攻撃を嫌ってか、サキさんは腕で顔面をカバーするが、片腕だけではどれだけカバーしてもカバーしきれていない隙間ができる。

 俺がサキさんの腕の動きに合わせながら水滴を垂らし続けると、流石のサキさんも怒って飛び起きた。


「やめんか! うっとおしい!!」

「いつまでも寝てるからだばかやろう」


 サキさんが勢い良く起き上がったので、俺は逃げるようにして広間へ戻った。






 俺が広間に戻ってエミリアを揺さぶっていると、着替え終わったサキさんがトイレだか脱衣所だかに駆け込んで行く姿が視界に入る。

 これから出発だと言うのに、こんな調子で大丈夫なんだろうか……。


 空はまだ暗い。雨雲に覆われているので星は見えないが、夜が明けるにはもう暫く時間が掛かりそうだ。



 ティナとユナが朝食を持ってきた瞬間に、飯の匂いで目を覚ましたエミリアと、朝の支度を済ませたサキさんが席に着くことで、俺たちは軽めの朝食を取り始める。


「あの……ティナさん、今日の朝食は随分と量が少ないんですね」

「であるな」


 飯の量が足りないと素直に言えばいいのに、エミリアは遠回しに腹が膨れないことをアピールする。


「寝ぼけていると食欲も沸かないでしょう? 途中で食べられるように、いっぱい作ってあるから安心して」


 今朝は朝食の材料が多いなと思っていたが、そういうことか。






 軽めの朝食を済ませた俺たちは、ティナが後片付けをしている間に防具を身に着けて出発の準備を終える。


「では、私が一足先にテレポートしてから、テレポーターを置いてきますね」

「頼む」


 家のガレージの中、全員揃ったところでエミリアがカルカスの屋敷にテレポートした。



「向こうも雨かな? 前から思っていたが、鎧や雨具に保護の魔法を掛けたら錆止めとか撥水効果とかにならんのかな?」

「……なるかも? みんな横に並んでみて」


 俺とユナとサキさんが横一列に並ぶと、ティナは古代竜の角の杖を振って俺たちの鎧に保護の魔法を掛けた。

 見た目は何も変わってないが、これで水を弾いてくれたら御の字だ。持続時間がいまいち不明だが、それは追々(おいおい)わかってくることだろう。



 鎧の他に、雨具兼防寒用の外套にも保護の魔法を掛けていると、エミリアが戻ってきた。


「向こうの天気はどうだった?」

「あまり良くありません。雨が霧状になっているので視界も悪いです」


 エミリアが着ている魔術師のローブは全体的に湿っていた。

 これはもう外套を被ったまま行く方がいいだろうな。同時にフードも被っておかないと、延々と霧吹きをされた様になって髪の毛がペタンコになりそうだ。






 テレポーターの親機に乗ってカルカスの屋敷の前まで移動した俺たちは、目の前に整列している兵士たちの姿を確認した。

 兵士の数は七名、エミリアが言った通り、テレポートした先は霧雨きりさめのような状態になっている。

 並んで出発を待つ兵士たちも兜は外して、全員外套を頭から被っていた。


 兵士たちの後ろには、屋根付きの乗合馬車を一回り小さくしたような馬車……この世界の高級車とでも言えばいいのだろうか?

 それに続いてほろを張った二頭引きの荷馬車が二台。荷馬車の一台は空に近い状態だが、おそらくこれに討伐したトロールを載せて王都まで行くのだろうな。


 あとは整列した兵士の一人が馬を一頭引き連れている。この兵士は偵察や馬車同士の連絡を行う騎馬兵なのだろう。



 俺たちの姿を確認した兵士の中から数名かは、こちらに軽く手を挙げて挨拶をしてくる。俺は顔も名前も覚えていないが、きっとコイス村で会った兵士に違いない。

 俺が名も知らぬ兵士に手を振り返していると、馬車のドアを開いた中からカルカスのおっさんが手招きをしてくる。


「おはようございます」

「うんむ。今朝はあいにくの天気であるな? 馬車は四人しか乗れんので、これはエミリア嬢とニートの女性方で使うと良い。私と戦士の御仁は後ろの荷馬車へ移動しよう」


 カルカスは初めて会った時の派手派手な衣装で登場しつつも、紳士の鏡のような言動で俺たちに馬車を譲ろうとした。

 とはいえ、女というだけで一介いっかいの雇われ冒険者が、貴族の領主を差し置いて馬車に乗り込んだとあっては、心証しんしょうが悪いにも程がある。


 カルカスのおっさんが部下の前で恥をかかないように、もっともらしい言い訳を考えて断るのが最善だろう。


 ──俺では上手く説得する自信がないので、情けないがここはユナの袖を引っ張って助けを求めた。



「……カルカス様、お気持ちは大変嬉しいのですが、私たちが馬車の中にいると、いざという時に戦うことができなくなります。武器を持って待機するのは荷馬車のほうが有利ですので、今回はカルカス様とエミリアさんのお二人で馬車をお使いください」

「ふむ……ではエミリア嬢、道中お相手願えますかな?」

「はい、喜んでお相手致しますわ」


 ユナの言葉に納得する態度を見せたカルカスは、エミリアの手を取って馬車の中へと入った。それを見ていた兵士の一人が馬車のドアを閉めると、俺たちを後方にある空の荷馬車まで案内する。



「こんな荷台で申し訳ないのですが……」

「いえ、俺たちも仕事なので気にしないでください」


 俺たちが武器と手荷物を持って荷馬車に乗り込んだのとほぼ同時に、整列していた兵士たちも馬車や荷馬車の御者席に乗り込む。

 全員の配置が完了したのを確認すると、早馬に跨った兵士が大きな声で号令を掛けた。


 俺たちは一路、南東の採石場へ向けて出発した。


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