第174話「広間を横断する者」
今の姿で剣を振り回しても似合わないことが良くわかったので、俺は仕方なく新しい鎧に合わせる服を見つけるため、一人で着せ替えごっこをやっている。
──基本的に鎧とマントは相性がいい感じだ。手持ちにあるのは夏場に買った丈の短いマントだが、もう少し厚手のプレーンなマントがあると良さそうだな。
この時期はもう辛いが、鎧の下にノースリーブのブラウスとミニスカートを組み合わせたら、なかなか可愛い感じになった。次の夏まで覚えていたらこれで決まりだ。
ブラウスは長袖でもそこまで印象が変わらないのだが、スカートの丈を変えると全く印象が変わって見える。この辺りはその時の気分でいいかな?
ある程度鎧に合わせやすい服を確認した俺は、先日ティナから貰った髪飾りを取っ替え引っ替えしながら試す。どうせならアクセントになるような小物も付けていきたい。
何度も繰り返し着替えたり、ティナから貰った髪飾りを色々試していると、自分でも気付かないうちに随分と時間が過ぎてしまった……。
俺が一階の広間に移動すると、ソファーに寝転んでいたヨシアキの姿はもう無かった。
玄関にあった靴が無くなっているから帰ったのだと思うが、スマホの充電は無事に終わったんだろうか?
……もう日が傾いてきたな。
俺は勝手口から外に出て、今朝干しておいたサキさんの冬服を家の中に取り込む。
「ティナ、ヨシアキはもう帰ったのか?」
「帰ったわよ。不思議電池ごと持って帰ったみたいだけど、大丈夫かしらね?」
「家に着く頃には液も溢れて無くなってるだろうから、また来るかもしれんな……」
一度日が傾き始めると、辺りはどんどん暗くなっていく。
俺がサキさんの服を畳んで部屋の前に置いた頃には、外もすっかり暗くなっていた。
暫くするとサキさんが帰ってきて、ユナも帰ってきて、サキさんが馬の世話をしている間にエミリアも現れた。
「ユナの依頼って結局何だったんだ?」
「南街の市場から少し東に行った所にレストランがあるんですけど、試しにお茶を出してみないかという話しでした。収穫祭の期間限定ですけどね」
おー、期間限定とはいえ着実に噂が広まっているみたいだな。
ユナがビジネスの話しをしているときに、俺は一人部屋に篭って着せ替えごっこをしていたのか……。
年上としてもリーダーとしても肩身の狭い気分になった俺が俯いていると、ティナとサキさんが夕食を運んできた。
今日の夕食はさつま揚げだ。まさかのさつま揚げオンリーかと思ったのだが、中に練り込んである食材が色々違うようだった。
イカ、大豆、ネギ、野菜……結構色々ある。
特にサキさんとエミリアが狙い撃ちのように食べている物は、ウインナーの周りに練り物を巻いたやつだ。おでんを買うときには主役級となる具材だな。
俺はこの二人が未だノーマークにしている、イカ入りのさつま揚げを食うことにした。
「なんかそれっぽい感じでいいから、おでんが食いたいな」
「そうねえ……また今度作ってみようかしら?」
「おでんならわしも食いたいわい。どれ、今日は酒が進みそうだの」
食事の途中でサキさんとエミリアが酒を飲み始めたので、俺は二人の酔いが回る前に、強面親父の宿でメモしておいた依頼について話をすることにした。
「実は今日、強面親父の宿に寄ったら冒険の依頼が来ていたぞ。依頼主はカルカスさんだ。サキさんの魔槍グレアフォルツを贈ってくれた領主のおっさんだな」
「ほう、あの砕けた領主殿か……」
「今回も討伐依頼みたいなんだが、返事は明日の朝まで保留にしておいた。トロールっていうモンスターらしい。エミリア、何だかわかるか?」
「もちろんです。では簡単に説明しましょう……」
エミリアの説明によると、トロールというのは大きな岩のような姿をした巨人型のモンスターらしい。
その見た目と同じように、皮膚の硬さは岩そのもの、硬い装甲に見合った腕力まで兼ね備えている強力な相手だ。
その大きさは最低でも2メートルから、最大では4メートル近くになる個体もある。
主な生息地は、自然にできた洞窟や、大量の岩が転がっているような場所など。
普段はあまり動かず、回りの岩と同じように擬態しているのだが、うっかり近寄るといきなり襲い掛かって来るので大変危険なモンスターらしい。
分類としては巨人なのだが、精霊や妖精に近い存在なのか、トロールの食事や生態などについては未だに多くの謎を残しているそうだ。
「強そうな相手だな。一応報酬についてだが、必要経費込みで銀貨1万8000枚だ」
「……これは石のゴーレムみたいなものなの?」
「むっ? 手持ちの武器でも通用するかの?」
ティナの質問にサキさんが反応する。俺もサキさんと同じことを思った。鋼のゴーレムみたいに、普通の武器が通じないとか言われたら困るからな。
「トロールは普通の生き物ですよ。岩のように硬いのは皮膚の表面だけですので、通常の武器でも通用します。ただし確実に刃こぼれしますから、刃の付いた武器には保護や強化の魔法を掛けておくことをおすすめします」
エミリアの言葉に一安心した俺たちは、この依頼を引き受けることに決めた。
今日もサキさんとエミリアは酒を飲んでいる。
ティナとユナは風呂に入ったが、俺はいつものように食事の後片付けを済ませてから風呂に入った。
……そういえば俺は昨日の晩から物凄い紐パンをはいていたが、昨日あれだけ悩んだ紐の違和感も、一日中はいているとすっかり慣れてしまった。
むしろこの、ずっと股に食い込んでる感覚が妙に癖になるというか……。
……いやいや、俺は紐パンを脱いでからブラジャーを外すと、風呂に入って体を洗った。
「今日もサキさんは下で飲んでいるんでしょうか?」
「たぶんな。エミリアはもう帰ったと思うが」
どうしたのかとユナに聞いたら、やはりサキさんがいる横を風呂上がりの格好で通り過ぎるのは抵抗があるらしい。
元が腐れオバンとかは心底どうでも良くて、とにかく今のサキさんは男なんだから無理だと言う。
俺にはちょっとその辺の心境が理解できないが、毎晩そんな思いをしているのだったら何とかしないといかんな。
「風呂のたびにテレポーターの親機を脱衣所に移動させるのは、現実的に厳しいか……」
「ここで涼んで行くのも手狭だし、サキさんを退かせるのはかわいそうだし……」
「やっぱり難しいですよね」
家の構造上仕方ないのだが、風呂上がりにいきなり服を着るのは結構しんどいと思うし。
「バスローブを使ってみたらどうかしら?」
「あ……」
「ん? 解決しそう?」
ユナが納得したような感じになったので、とりあえず俺たちは風呂から出た。
俺がバスタオル一枚で広間を覗くと、サキさんは本を読みながら一人で酒を飲んでいた。
「サキさん、今からそっち通るから、ちょっと後ろを向いててくれんか?」
「うむ」
サキさんが後ろを向いたところで、俺とティナとユナの三人はぞろぞろと広間を横断して自分たちの部屋へと戻った。
「ううん……俺は別にサキさんなら少々見られても平気なんだけどな」
「すみません。わかってはいるんですけど、やっぱりどうしても慣れなくて……」
「いいのよ。明日はユナのバスローブを探しに行きましょう」
ユナには悪いけど、やっぱり俺には良くわからないな。まあ、思春期と乙女心が程よくミックスされた感情なんだろう。
もし興味津々にチラ見したり、茶化してくるような相手だったら俺でも嫌だけどな。
部屋で汗が引くまで涼んだ俺たちは、髪を乾かすついでに真っ赤な顔でいかがわしい本を読んでいたサキさんを誘って、四人で歯を磨いてから寝ることにした。
翌朝、いつものように朝の支度を終えた俺は、日課の洗濯をユナと一緒にして、今日はサキさんが起きてこないので、俺も一緒になって洗濯物を干した。
洗濯物を干すのは、最近ではユナとサキさんに任せっきりなので、何だか久しぶりにやった気がするな……それはそうと、今日は曇っているようだ。
「大丈夫かな? 今日は一雨来るかもしれんぞ」
「オーニングテントを広げておきますね」
「うん」
テントを張るのはユナに任せて、俺は広間で放置プレイを堪能しているエミリアの相手をしに行った。
俺が広間に行くと、今日もエミリアは年甲斐もなくフリルとリボンがいっぱい付いた、恥ずかしいワンピースを着ている。
本人が好きで着ているのだから俺が文句を言う筋合いはないのだが、最近ちょっと、明らかに食い過ぎで腹が出てきたエミリアが着ているせいで、何とも痛ましい感じのマタニティウェアに見えてしまって仕方がない。
口には出さないが、ユナ辺りは絶対にそう思っているだろう。今度ユナと二人きりになったときに、こっそり打ち明けてみるか……。
「今日はバスローブを買いに行こうと思うんだが、ああいうのってどこの店で売ってるんだ? イメージ的には葉巻をくわえた貴族のデブ親父しか使ってなさそうだけど」
「ええと……確かああいうのは紳士服のお店にあったと思いますよ」
「え? バニースーツと同じ感じなのか? ユナが使うんだから卑猥なのは困るぞ」
俺は思わず小声でエミリアに質問を返した。
王都のとある紳士服の店には裏メニューがあって、その店では紳士の嗜みとしてバニースーツが売られているのだ。
俺もティナに着て貰うために、サキさんに頼んで買ってきて貰った事があるし!
そんな紳士のお店で売っているようなバスローブがまともな訳がない。もしも尻の部分が刳り抜いてあるようなエロいバスローブが出てきたらどうするつもりだ。
「いえいえ、ミナトさんが思っているような物ではありませんよ。バスローブは男性しか使わない物なので、紳士服のお店で買うのが普通なのです」
「それは初耳だな。女は使わないのか?」
「あんな格好で家の中をうろつけるのは男性だけの特権ですよ」
なるほど。こっちの世界ではそういう感じなのか。それならサキさんに頼もうかな。
俺がサキさんにおつかいを頼もうか考えていると、寝坊したサキさんがのっそのっそと起きてきた。
サキさんは調理場の出入り口で、歯磨きと洗顔か、それともトイレが先かと右往左往したが、トイレの方を優先した様子だ。
今日はサキさんが朝の支度を終える前に朝食が並んだ。
エミリアは遠慮なんかせずにモシャモシャ一人で食べ始めたが、俺がサキさんを待っててやろうと朝食に手を付けないでいると、ティナとユナもそれに続いてくれた。
「やれやれ寝坊したわい」
滑り込むように席に着いたサキさんは、俺とティナとユナのことなんか全く気にした様子もなく、大きなパンを無理やり口の中に突っ込んだ。