第173話「新しい防具」
籠手と脛当ての確認が終わった俺は、今度は鎧の胴体を確認している。
胴体部分も基本的にはモナカ方式だが、前面はハードレザーで背中はソフトレザーに切り替えられていた。
背中の方は肩甲骨の部分がハードレザーに切り替わっていたりして芸が細かい。
サキさんが一番最初に買った鎧も、前面は鉄で背中はソフトレザーだったが、今回はあの時のように「金がなくてそうなった」仕様とはわけが違う。
籠手や脛当ては、肘とか膝の部分が別パーツになっていて、裏打ちのソフトレザーが繋ぎの役割を果たしているが、これは胴体部分でも同じ方法で作られている。
まず初めに胸とみぞおちのパーツが別れていて、左右の脇と下腹、そして骨盤の側面といったパーツがそれぞれ分割されているので、鎧を地面に置けば形状を保てずに半分潰れてしまう感じだ。
「胴体は肩と脇の下と、それから腰のベルトで調整します。脱着は脇と腰の四カ所で行ってください。全体的に指が入るくらいの隙間を作っておくのがいいですよ」
「……こんな感じかな?」
適切に調整した鎧は殆ど動きを阻害しない。まあ着てない方が動きやすいに決まっているんだけど、品質も含めて今まで使っていた安物の胸当てとは雲泥の差だ。
「……いいな、これは、かなりいい。これでユナが買ってきたサーベルを差しておけば、かなり冒険者っぽい感じに見えるぞ」
防具屋には小さな鏡しか置いて無いので上半身しか映せないが、今はサーベルも持ち歩いてないし、全身を確かめるのは家に帰るまで我慢しよう。
「ミナトさん、腰の後ろに何か付いてますよ?」
ユナに指摘されて後ろに手を回すと、腰の辺りに幅の広いベルトが付いていた。
「そこはナイフやダガーを横向きに固定するベルトですよ。この職人が作った防具には必ず付いてくるんです。面白いでしょう?」
こだわりの部分か。ここには武器以外の物も取り付けできそうだ。また何か思い付いたときは活用することにしよう。
「ところでユナの方は問題なかった?」
「大丈夫でしたよ。見てください、新品なので鱗の部分もピカピカです」
ユナはスケイルアーマーを着た状態を俺に見せた。
前回見た時はあまり興味が無かったので気にしなかったのだが、改めて見ると体の正面は全て鉄の鱗で覆われているので、実際のボタンは背中にある。つまり、普通のベストとは着る方向が前後ろ逆なのだ。
……普通に考えたら前面にボタンや切れ目があると防御面で不利だな。俺は一人で納得してしまった。
それにしてもユナのスケイルアーマーは凄い。ちゃんと体のラインに沿って鉄の鱗が敷き詰められているし、上から撫でるとツルツルしているが、逆撫ですると引っ掛かる。
「よく見ると凄い作りだなあ。胸の下側も鉄の鱗がきれいに揃ってあるし……」
「もう、ミナトさん、ここではちょっと……」
俺がいつもの調子でユナのおっぱいを触ったり、持ち上げたりしていたら、ユナが目配せをするので、何かと思ってその方向を見ると……。
「…………」
──こっちをガン見していた防具屋の店主と目が合って、何とも気まずい空気になってしまった。
「……うん、仕上がりも問題なかったし、俺たちはこれで帰ります」
「あ、ああ……うん、そうかい? また何かあればいつでもお越しください」
俺とユナは防具を付けたまま、恥ずかしさのあまり逃げるようにして防具屋を出た。
俺たちは、とりあえず馬に乗って帰路に就こうとしているところだ。結局防具を着けたまま家に帰るのなら、リヤカーは必要なかったな。
「どうしましょうか? このまま家に帰ります?」
「うーん……あー、そういえば強面親父の宿にも随分行ってない気がするな。最後に行ったのはいつだっけ? そろそろ依頼が溜まっているかもしれん」
「じゃあ冒険者の宿に行きますね」
王都の外壁に向かって馬を走らせていたユナは、適当な脇道から反転して「強面親父と冒険者たちの宿」に進路を変えた。
最後に強面親父の宿に行ったのは──ティナとヨシアキの三人で駆け出し専門の宿へ行った時だったかな?
防具屋から強面親父の宿までの距離はそれほど離れていない。宿の前まで来た俺とユナは、馬の手綱を繋いで宿の中へと入る。
「流石にこの時間帯だと客は少ないなあ」
依頼書が張り出された掲示板を見ている冒険者はいるが、酒場自体はガラガラだ。強面親父には悪いが、閑古鳥が鳴いている時の方がゆっくり話ができて助かる。
「なんだその鎧は? まるで冒険者みたいじゃねえか?」
「冒険者だよ!!」
俺がカウンターに肘を置くと、以前よりも不機嫌さ五割増しの顔付きで、強面親父が嫌味を言ってきた。
ヨシアキから聞いているので大体の察しはつくが、不機嫌さの原因は奥の厨房に居るであろうリリエッタのせいだろうな。
……とばっちりを受けたくないので、ここは知らないフリをしておこう。
「今日は何か依頼が来てないか見に来たんだけど!」
「おう、あるぜ! と言っても、殆どホモなんとかの兄ちゃんの分だけどな」
強面親父はカウンターの下から、乱暴に丸めて紐で縛っている依頼書の束を取り出した。
「いつも思うけど雑だなあ……」
俺が依頼書の束を広げると、中身は全部で六枚、そのうち四枚がサキさん宛の依頼のようだ。内容までは読まないが、差出人だけ確認すると全て女性の名前だった。
「相変わらずだな。しょうもない依頼なら蹴ってもいいけど、本当に困っている依頼主にはちゃんと応えているのかな?」
「あの兄ちゃん、たまに確認させてるが依頼主が女だと徹底して断りやがる。とは言え依頼主の方にも変な奴が多くてな、どれだけパーティー案件だとアドバイスしても全く聞き入れやしねえ……」
あのホモ戦士は存在そのものが迷惑になりつつあるな。確かに強くてなかなかのイケメンだと思うが、そんなにいいのだろうか? あんな男が──。
俺はサキさんがチンチンを出したまま途中で力尽きて寝ている姿とか、便器の前でゲロを吐きながら倒れている姿を思い出してゲンナリした。
もしこの世界に動画サイトがあったなら、サキさんの失態の数々を編集して全世界に公開したいところだ。
サキさんの依頼はまともではないから全部無視しておいて……残り二枚のうちの一枚はユナ宛だ。変な依頼だったら断らないといけないのだが、まあユナなら大丈夫だろう。
「それは南街のレストランからだ。まともな依頼だぜ」
俺の表情を読んだのか、強面親父が説明を始めた。やっぱり、まともじゃないのはサキさんの依頼だけか。
「最後の一枚は……これはパーティーへの依頼だな。依頼主は……カルカス・ペペルモンド? 領主のおっさんが何の用件だ?」
「何か事件が起きたんでしょうか?」
カルカスのおっさんは、王都の北にそびえている山脈の一帯を任された地方領主だ。
「今朝クソガキと入れ違いに来た依頼だな。それほど急ぎでは無さそうだったが、お前らが断るなら改めて掲示板に張り出す段取りだぜ。どうする?」
「内容を読んでから、パーティー全員と相談して決めないとだなあ。返事は明日の朝でもいいかな?」
「かまわねえよ」
俺はユナに依頼書の内容を写して貰ってから、その依頼書は一度親父に返した。今日持って帰るのはユナ宛の依頼書のみだ。
サキさん宛の依頼は変なのばかりで、下手に触ると負のオーラで呪われそうだから、本人がここへ立ち寄ったときに直接渡して貰うようにした。
強面親父の宿を後にした俺とユナは、特に行きたい場所もないので帰路に就く。
「なんか領主の仕事も大変だな。人口が少ないのにモンスターばかり出るような地域を任されると、金がいくらあっても足りなくなりそうだ」
「ほんとですよね……」
家に着いた俺とユナは、そのままの状態で馬小屋まで行き、リヤカーは勝手口の横からガレージに入れた。
「リヤカーはガレージの裏側に収めておこう。馬小屋の隣に置く方が便利だ」
「こっちから出し入れできるならその方が楽ですよね」
荷馬車にも人力車にもできる大きな荷車は、ガレージの表側から出入りさせるので、何となくその流れのままリヤカーも表側から出し入れしていたのだが……。
えらく非効率なことをやっていたなあ。早めに気付いて良かったと思う。
俺が家の中に入ると、ヨシアキはまだスマホを弄っていた。横長のソファーに寝転んで足を組み、ここが俺の指定席だと言わんばかりにリラックスしている様子だ。
「まだやってるのか?」
「別にいいじゃないか。それに充電が終わらないと帰れない。大抵このパターンで放ったらかしにすると誰かに壊されるのがオチだからな」
「……何となくわからんでもない。そいや、電波ってどうなってるんだ?」
「ここに来た日からずっと圏外だ。ネットにも繋がらんよ」
やはりダメなのか。わかってはいたが、元の世界との繋がりは完全に途絶えているんだなと、この時になってようやく現実を受け入れられたような気がした。
時間はまだ昼を過ぎた頃か……。
容器の液が溢れそうな不思議電池を持ったまま帰るのは難しいかもしれないが、スマホの存在をこの世界の人間に教えない方針なら、エミリアが来るまえに引き上げて貰わないと困る。
──こういうことは、一人でも例外を認めると必ず話しが広まってしまうものだ。
話を聞いた相手がさらに「この人なら話しても大丈夫」を繰り返して行く危険性があるからな。
ティナは調理場で何かの仕込みをしているし、ユナは先程貰ってきた依頼のために、荷物を抱えて再び街へと出掛けてしまった。
我が物顔で寛いでいるヨシアキはスマホに夢中なので、俺はガレージの棚からサーベルを持ち出して、自分の部屋に引き篭もることにした。
せっかく鎧を買ったので、この鎧に合うインナーでも探すことにしよう。
俺はドレッサーの鏡に自分の姿を映して、鎧姿のままサーベルを抜いたり身構えたりと色んなポーズを取ってみた。
……控えめに言っても全然似合ってない感じだ。キリリとした表情で剣を構えても様にならないというか、剣を持つ手もフラフラしていて力強さの欠片もない。
まるでアイドルタレントが時代劇で剣客を演じているような、何とも言えない頼りなさが滲み出ていると思う。
これはもう、人前では剣を抜いたりしない方が良さそうだな……。