第172話「ヨシアキのスマホ」
さて、広間のソファーには俺とヨシアキが対面して座り、横長のソファーにはティナとユナが二人並んで腰掛けている状況だ。
「リリエッタは料理の修行中だし、ウォルツとシオンは剣の稽古だ。今日は珍しく一人になれたからな……この世界の人間には伏せておきたい相談をしに来たんだ」
そう言いながらヨシアキは、革の手帳のような物をテーブルの上に置いた。
俺もティナもユナも、この場にいる者は皆それの正体を知っている。ヨシアキが革のカバーを開くと、使い込まれた少し古めのスマホが姿を表した。
保護シートに気泡がいっぱい入っているのが気になるが、まあ俺のも似たような感じだったから何も言わないでおいてやるか。
「気泡多いですね」
「俺も気になってる。風呂場で貼ったのに、なぜか埃だらけでなあ……」
ヨシアキに言われて目を凝らすと、確かに小さい埃がいっぱい挟まっていた。
「でも懐かしいです」
「そうだな。もう一度見れるとは思わなかった。俺はこっちに来る時、手元に置いてあるはずのスマホに何故か手が届かなかったんだよな」
俺は自分の部屋で魔法陣を発動させた時のことを思い返した。あの時上手く掴むことが出来ていれば、俺もヨシアキのようにスマホを持ってこれたのかもしれないな。
「……もう何カ月か経っていると思うけど、まだ使えるのかしら?」
「無理だ。充電器に挿していたからこっちに来た直後は使えていたが、流石にもうバッテリーが切れてる」
ヨシアキは充電器の先っぽが付いたケーブルも取り出した。ケーブルは途中で引き千切られたようになっていて、電源アダプターの本体側は失われている。
「これ、なんとかして充電できないものだろうか?」
「んー……どうだろうなあ。実は俺たち四人ともこういうのは苦手なんで……」
「不思議電池じゃだめなの?」
「なにそれ?」
不思議電池は、二種類の金属片をレモンとかに刺して電気を発生させる原理を利用して、雷の精霊石が作れる程度の電気を取り出せるように作った物だ。
俺がガレージの棚から現物を持ってくると、ヨシアキは腹を抱えて笑い始めた。
「悪い悪い。これなら中学で実験したぞ。その時は豆電球を光らすのが精一杯で、玩具のモーターすら回せなかったよ。確かこれ一つで1ボルトくらいだっけ? 電流は忘れたけど、こんなのが何百個あっても満足に充電できるとは思えないぞ?」
うーん。俺も無理だと思ったけど、これでだめなら魔法しか無いんだよな。
「ティナ、ちょっと電気玉を出してくれる?」
「いいわよ」
俺が頼むと、ティナはテーブルの上に小さなプラズマの玉を魔法で発生させた。
「電気玉!? 何だこれ? 触っても平気なのか?」
「バカ待て!! いや、感電死するかもしれんから、触るのはやめてくれ」
「お、おう……」
興味本位で手を伸ばしたヨシアキを慌てて制止した俺は、魔法から直接電力が取り出せることを説明した。
「その電気玉だと極性はどうなるんだ? プラスとマイナスがわからないと充電できないだろ? そのくらいの常識は持ってるぞ」
「それもそうか……コンセントみたいに交流なんじゃないの?」
残念ながら、適当に聞きかじった程度の知識ではどうすることも出来ないのが辛い。
仮に電気玉が交流だとしても、交流を直流に変換するような知識も技術も持ち合わせてはいないのだ──。
「ちょっといいですか? 乱暴な方法ですけど、不思議電池の中にギリギリまで魔力を抑えた電気を流し込んだらどうなるでしょうか? 電気が流れる方向を強くイメージ出来れば、最初から直流の電気を作り出せるかもしれませんよ」
「はあ? 魔法ってそんなにアバウトなのか?」
ヨシアキは少し呆れたように言うが、実際そんなもんだから仕方がない。
特に俺みたいな魔道具の力で魔法を使う人間だと、アバウトにアバウトを重ねた状態になる。慣れもあるけどイマジネーションだけで魔法が使えるようなものだからな。
「ところで、不思議電池ってどっちがプラスなの?」
「ちょっと自信ないけど銅の方がプラスだったかなあ。一つにつき1ボルトくらいだから、5ボルトならとりあえず五つ直列に繋いで……って、最初から三つ直列なのか」
「ああ、こっちで実験した時に繋いだやつだけど、もう使わんから繋ぎ変えていいよ」
「じゃあ遠慮なく……」
ヨシアキは器用に針金を繋ぎ変えて、五つの直列を作った。そういえば以前、盗賊の仲間から色々技術を教わったと話していたな。こいつは元々器用なんだろう。
「千切れてるけど充電器のコードがあって助かったな。そっち側の極性はわかるのか?」
「赤と黒だから、普通に考えれば赤い方がプラスじゃないかな?」
こうして理系不在の憶測と勘だけで、不思議電池とスマホを繋ぐ準備は整った──。
配線が終わった不思議電池にティナが用意した酸っぱい果汁を満たして、いざ計測もテストも何もないぶっつけ本番の実験が開始された。
「よし、じゃあ充電開始してくれ!」
「ホントにやるの? 困ったわね。壊れたらもう二度と手に入らない物だし……」
「今のままでも壊れているのと大して変わらんよ。壊れたら壊れたで諦めも付くからやってみてくれ!」
やる気十分のヨシアキに対して、ティナは困った顔でこちらを見た。
「乾電池一本のイメージから初めて、充電が始まるまで一本ずつ追加していくような感覚で大丈夫なんじゃないか?」
「でも……」
「どうせヨシアキの事だから、スマホに保存してあるエッチな画像が見たいだけだろう。気にせずやってしまえ」
「どうなっても知らないわよ」
ティナは覚悟を決めたのか、ゆっくりと深呼吸をしてから魔法の杖をかざした。
『………………』
ティナが電気の魔法を使っている隣で、スマホを手に持ったヨシアキは、充電ランプがあるだろう場所を真剣な面持ちで注視している。
充電ランプがどの位置にあるのか知らないが、俺とユナも何となくヨシアキを挟んだ左右隣りからスマホの画面を覗いている状態だ。
「むぅ、これは……」
「どうした?」
「……両手に花だ!」
俺はヨシアキの頭を叩いてツッコミを入れた。
「あ! 何か今、一瞬赤いランプが点きませんでした?」
「ミナトのせいで見えなかった」
「ヨシアキのせいで見てなかった」
俺とヨシアキが互いに相手のせいにしていると、今度は確かに赤いランプが点灯を始めた。
「ティナ、そこだ。その威力で魔法を持続してくれ」
「…………固定したわよ」
ヨシアキは、この場にいる全員の注目を集めながらスマホの電源を入れた。
……早速スマホで遊び始めたヨシアキの姿を、最初は懐かしくもあり、魔法でスマホを充電している様子が滑稽でもあり、俺とティナは暫くその様子を眺めていたのだが、ユナが俺の袖をつまんで防具屋に行きたいと言い出した。
まあ、スマホで遊んでいる男を眺めていてもつまらないか。俺はティナに留守番を頼んで、ユナと一緒に防具屋へ行くことにする。
「じゃあ悪いけど留守番頼むわ。ヨシアキが変な事したら適当にシバいていいからな」
「やらねえって! でも、ありがとうな。もう二度と見られないと諦めてた記録もあったから嬉しかった!!」
余程大事なデータだったのか、こんなに喜んでくれるとこっちも嬉しくなってしまうな。
上機嫌のヨシアキはスマホに熱中し過ぎて暫く帰りそうにない。それも仕方ないか。
ユナがハヤウマテイオウを連れてくる間に、俺はガレージからリヤカーを出す。
玄関前で合流した俺とユナは、ハヤウマテイオウにリヤカーを繋いで街へと出掛けた。
「真っ直ぐ防具屋に向かいますね」
「うん」
俺はユナの後ろに乗っているのだが、今日はいつもと少し違うルートで防具屋に向かっているようだ。いまいち実感は無いが、新しい最短ルートでも発見したのだろうか?
何となく遠回りをしたような気がしないでもないが──防具屋に到着した俺とユナは、馬の手綱を適当な木に結んでから店の中に入る。
「すみませーん、前回頼んでおいた防具が仕上がったと聞いて来たんですけどー!」
「あー、はいはい! できてますよ!!」
俺が店の奥で作業している店主に声を掛けると、防具屋の店主はユナのスケイルアーマーならぬスケイルベストを持ってカウンターまで戻ってくる。
「まずはこれを渡しておきます。ピッタリだと動いたときに金属の鱗が痛むので、普通のレザーベストより若干大きめに作ってあります。一通り動いて突っ張る部分があれば教えてください」
スケイルアーマーを手渡されたユナが、店舗の試着場所でストレッチのように体を動かしている横で、俺もレザーアーマーを試着することになった。
「腕や足は伸び縮みさせて筋肉が圧迫されないか確認してください。腕の方は、拳を反転させたりもしてください」
「……うん。きっちり閉めた所が一番いいみたいだ」
流石オーダーメイドと言うところか。籠手や脛当てはモナカのようにパーツ分割されているが、片側は調整用のベルト式で、もう片側は革紐の輪っかに結び目の付いた革紐を通して固定するようになっている。
最初の調整はベルト側で行い、普段は革紐の輪っかに結び目の付いた革紐を……。
「まるでチャイナボタンですね。紐の輪っかにもう片方の結び目を通して引っ掛ける方法は、カンフー着やチャイナドレスにも使われていましたよ」
「そうなのか。こんなので外れないか心配だったが、実績がある方法なら安心した」
サキさんの鎧は四カ所全てがベルトになっているので脱着が面倒だが、俺の方は慣れてしまえば一人でも簡単に脱着ができそうだ。