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第171話「サキさんの選択」

 翌朝圧迫感を感じて目を覚ますと、ユナが俺の腕を掴んだまま眠っていた。


「…………」


 おしっこに行きたかった俺は、空いた方の手でユナを起こそうとしたが、随分気持ち良さそうに眠っているので暫くその寝顔を眺めることにした。


 普段から頼りにしているせいで忘れてしまいがちだが、こうして寝顔を見ていると、ユナは普段の言動からくるイメージよりもずっと幼い印象を受ける。

 確か日英のハーフだっけ? はちみつ色の金髪に幼い顔つきは文句の付けようが無いくらいに可愛い。

 うちのパーティーではユナだけが元の姿のままこっちの世界に飛んできたわけだが、向こうの世界でこれだけ可愛いと、悪目立ちして周りからの嫉妬も凄かっただろうな。



 ……俺とティナとサキさんは、こっちでの見た目はともかく一応成人まで経験しているからまだいいが、やはりまだ14歳のユナにはきちんとした保護者とか教育とか、そういうのが必要なんじゃないかと思ってしまう。


 ユナの今後に関しては前からちょくちょく考えてはいたが、ようやく自分の考えがまとまったような気がした。


「……おはようございます」

「ん、おはよう。昨日は遅かった?」

「サキさんより早く寝ましたけど、ちょっと遅かったです」


 俺はユナと一緒に朝の支度を済ませてから、日課の洗濯をすることにした。






 今朝は昨日服屋で買ったサキさんの服を、一度全部洗っている。冬服の上下二セットに厚手のジャケットが一枚だが、これがどうにも洗いにくい。


「生地が分厚いとゴシゴシできん。次からは素直にクリーニング屋へ出した方がいいな」

「今回は仕方ないですけど、次から厚手の物はクリーニング屋に持っていきますね」

「……この辺で一番近いクリーニング屋はどこにあるんだ?」

「銭湯と雑貨屋さんの間にありますよ」


 思ったより近い場所にあるな。これなら毎日銭湯に通うサキさんに頼んでも良さそうだ。


 俺とユナの二人が脱水作業をしていると、ようやく起きてきたサキさんが顔を洗い始める。俺は待ってましたと言わんばかりに、力任せの脱水をサキさんに押し付けた。






 後の作業をユナとサキさんに任せた俺は、広間でセルフ放置プレイを楽しんでいるエミリアの元へ移動する。

 広間で朝食待機中のエミリアは、さっそく昨日買った少女趣味全開のワンピースを着ているのだが、対象年齢が小学生くらいのデザインを大の大人が着ていることもあって微妙だった。


 しかもこいつ、最近急に太り始めたと思う。明らかに食い過ぎが原因だと思うが……。


 椅子から立ち上がって挨拶をしたエミリアの腹が微妙にふっくらしているのを見て、俺も将来中年太りには気を付けようと肝に銘じた。



「エミリア、魔法の事で質問なんだが、物理的に自分以外の何かに変身する魔法はあるのか? 例えば性別も含めて全くの別人になったり、動物になったりとかだ」

「そうですね……肉体そのものを別人に変えるような魔法は難易度が高いので、使いこなせる魔術師は少ないと思います。異性の姿となれば尚更です」


 異性は難しいのか……。


「やはりその……普段見えない部分とかもありますから。あと、動物に変身したら知能まで動物並みになってしまって、元に戻れなくなった魔術師もいます」


 確かに、あの棒と玉がどんな形だったのかをイメージするだけで精一杯だなあ……。


「しかし知能まで動物になるのは酷いな。その魔術師はどうなったんだ?」

「これに関しては、実験に立ち会った仲間の魔術師が魔法の解除を試みて事なきを得ました。使い方によっては永続の効果がありますから、そのまま野外に出てしまったら大変なことになっていたでしょうね」


 うーむ……魔法と言えば変身魔法というくらい、俺にとってはごくありふれたイメージなんだけどな。

 エミリアの話を聞く限り、人間よりも知能が低い生き物に変身するのだけはやめておいた方が良さそうだ。あとでティナにも教えてやらねば。



「今よりずっと強力だった古代の魔術師ならどうだろう?」

「古代の魔術師はごく普通の魔法として使っていたようです。刑罰として罪人を小動物に変えたなんて話も残っていますよ。随分前に話したと思いますが、古代竜が人間の姿に化けて人里に下りてくることもあったようですし、神が人間や動物の姿で現れたり、悪魔が虫や爬虫類に化けて何かの契約を持ち掛けたり……あら? 改めて考えると、魔術師の魔法以外でも変身の能力は多いですね」


「ということは、そういう効果を秘めた魔道具があってもおかしくない話だな……」

「そうなります」

「もしも古代の魔法や魔道具の効果で姿形が変わってしまったとしたら、その変身を解除するような魔法はあるのか?」


 俺が質問すると、エミリアは暫く考えてから答え始める。



「掛かっている魔法が強力すぎると手に負えない可能性もありますが、神殿にある『真実の鏡』という魔道具なら、解除はできないまでも真の姿を映し出せると思いますよ」


 神殿かあ。そういえば宗教に関してはあまり詳しく調べて無かったな。


「一度見てみたいが、その鏡は一般に公開されているのか?」

「普段は厳重に管理されているので、特別な理由がないと見学はできませんね。例えば悪魔の疑いを掛けられた人間がいたら、司祭様の立ち会いで使われることはあります」

「……普通に見せてもらうのは無理っぽいな」

「正当な理由があれば力になれますが、興味本位だと難しいです」



 俺は昨晩つくづく思ったのだが、このまま女として生きるのかどうかを考えたとき、まず最初に思い付く心配事は、何かの拍子に元の姿へ戻ってしまう可能性だ。


 もう女として生きて行くぞと決心したあとで、例えばある朝目が覚めたら男に戻っていたとか、古代遺跡の冒険中に謎の魔道具に触れて男に戻ったとか、そんな事件が起きるのだけは勘弁して欲しいと思う。


 そういう訳だから、神殿にあるらしい「真実の鏡」を覗けるならば覗いてみたい。その鏡に映った自分がミナトちゃんのままだったら、俺は安心して今の状況を受け入れられる。

 これはティナやサキさんにとっても他人事ではないはずだ。


 次に学院関係者から何かを頼まれた時は、報酬として神殿への口添えを頼んでみるか?


 こういう交渉こそユナに頼みたいが、この問題はなるべく当事者だけで片付けたいんだよな。つまり俺とティナとサキさん、それにエミリアを加えた四人だけで何とかしたい。


 俺がそんなことを考えていると、ティナとユナが朝食を運んできた。






 今日の朝食はマスタード抜きのホットドッグとコーンスープだ。

 ホットドッグには千切りにして炒めたキャベツも挟んであるから量が多い。俺は一本食べれば十分満足したが、サキさんは三本、エミリアは五本も食っている。

 サキさんとエミリアは大体同じ量を食っていたはずだが、最近はエミリアの方が多く食うようになってしまった。


「今日は何するかな?」

「わしは白髪天狗と騎馬試合の訓練をしてくるわい」

「サキさん、剣技大会と騎馬試合は両立できるんですか?」

「できんの。昨日シオンとウォルツの三人で話しうたが、今年は騎馬試合に出るべきだと言われての……」

「なるほど。今回の騎馬試合を蹴ったら、二度と機会が巡って来ないだろうからな」

「うむ。二人にも散々それを言われたわい」


 サキさんはシオンとウォルツに背中を押される形で騎馬試合を選んだようだ。俺もそうするべきだと思う。せっかくだから行ける所まで行ってみて欲しい。






「……わしはこれから二週間ほど毎日訓練する予定であるが、訓練は魔術学院のグラウンドでやっておるから、何かあれば知らせて欲しいわい」


 エミリアが学院にテレポートしたあと、部屋に戻って完全武装をしたサキさんも白髪天狗に跨り出掛けていった。



「聞きそびれてしまったが、何で学院のグラウンドなんだろうな?」

「いつもは何処にいるかもわからないから、居場所がわかっているだけ今回はマシよ」

「それもそうか……」


 とりあえず、サキさんは収穫祭の前日まで訓練にいそしむのだな。それはそうと、仲間が頑張っている時に何もできる事が無いのは少し寂しくもある。

 確か収穫祭の期間中は、俺とティナとエミリアの三人は回復魔法の使い手として魔術学院から王都に駆り出される予定だし、ユナはハルと一緒に観光遺跡のイベントに参加する予定がある。


 もしかしたら途中からユナが応援に行ってくれるかも知れないが、完全にアウェーな空気の中、一人で試合に望ませるのは何とも気が引ける話だな。



「ねえ、誰か来たみたいよ」


 木窓から身を乗り出した状態で、花壇の花に魔法の水をかけていたティナが人影を見つけたようだ。

 こんな隠れ家のような場所までやってくる客人は少ない。俺とユナが木窓の外に目を向けると、ヨシアキが一人で歩いてくる姿が目に映った。向こうも俺たちに気付いたらしく、軽く手を上げて合図を送ってくる。






「おはようさん……ってか、でっかい家に住んでるんだなー!」

「うん、まあ上がってくれ。家の中で話そう」


 ヨシアキは家の外見を見渡しながら玄関の扉を開けると、そこで靴を脱ぎスリッパに履き替えた。毎回恒例になっている土足禁止の突っ込みを入れなくていいのはやっぱり楽だ。


「うお! 家の中もひれぇ……じゃない。強面親父からの伝言だが、防具屋から注文の品が届いたので、いつでも取りに来て欲しいとのことだ」

「ありがとう。わざわざ知らせに来てくれたのか。じゃあ俺たちは防具屋に行くからこれで……」

「ちょっ! 俺の用件がまだっちゅーに!!」


 ヨシアキは手を振り上げてから突っ込みをした。やっぱり女相手だから体に触れないように気を使っているのか? 俺はそこまで気にしないのだが。



「そういえば前回別れたあとに、エミリアが泣きながらうちに来たんだが、大丈夫だったのか?」

「あれなぁ……」


 それまで調子の良かったヨシアキの顔から、血の気が引いて行くのがわかった。


「あれから調べたら、リリィは地獄メシを作る危険人物らしくてな。あの宿では『鍋焦がしのリリエッタ』と言われて超有名なんだと。キャンプ中でも容赦なく食材をダメにするから、毎回パーティーを追い出されていたようなんだが……」


 あのエミリアが泣きながら逃げてくるレベルだから相当なんだろうな……。



「それで、リリエッタはどうなったの?」

「本人にやる気があるから、冒険のない日は強面親父の宿で料理の修行をしてもらうことになった」

「あのツンデレ親父が良く引き受けてくれたなあ」

「そう思うだろう? あんまりしつこく頼み過ぎたせいで、ブチ切れた強面親父を止めに入ったウォルツが、俺の代わりにぶん殴られていたけどな」


 ヨシアキはその時の状況を思い出したのか、今度は声を上げて笑う。なるほど、こいつは他の連中と違ってリリエッタを見捨てなかったわけだ。


「結構美人だし、あのおっぱいは惜しいからな!」


 ゲスだった。


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