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第170話「紐パンと乙女心」

 今日の夕食は、ミートパスタに海鮮サラダときのこのスープが付いた洋食セットだった。


「もうパスタは完璧だなあ」

「あとはトッピングを増やして行けるといいわね」

「ペペロンチーノは作れんかの?」

「私辛いの苦手だから、サキさんが味見してくれるなら作るわよ」

「私も辛いのは苦手です」

「この勢いだから言うが俺も辛いのはダメだ」

「ではやめておくわい」


 それほど食いたい物でも無かったのか、サキさんはあっさりと諦めた。


「私は激辛でも構いませんよ?」


 そんなに辛いのが食いたいなら、エミリアは唐辛子とうがらしでもかじっていればよろしい。






 夕食が済んでエミリアも魔術学院に戻ったので、俺たちは下駄箱に靴を収めるための場所決めを考えている。


「玄関に一番近い所には、四人分の靴を二足ずつ、合計八足入るスペースを確保しよう。あとは残りのスペースをどう分けるかが問題だ」

「サキさんは一番手前でいいと思います。以前から靴の汚れを払わずに収めているのが目に付きましたし、そういう人は手前を使ってくれた方が掃除もしやすいです」

「そんなことがあったのか。じゃあサキさんは手前側だな」

「うむ……」


「私は一番奥のスペースでいいわよ。普段は外に出る回数も少ないし……」

「そういう理屈なら、俺はティナの隣にしよう」

「わかりました。私の靴はミナトさんとサキさんの間に置きますね」


 下駄箱のスペースは玄関に近い方から、サキさん、ユナ、俺、ティナの順でスペースをあてがうことに決まった。



「次はサキさんの酒だな。もう気付いていると思うが、二階廊下の真下に設置してある大きな棚はサキさんが酒を入れて自由に使っていい」

「わし専用の酒棚さかだなにして良いのであるか?」


 ……酒棚さかだなって言うのか。


「うん。俺たちが風呂に入ってる間に、二階の大広間から酒を移動しておいてくれ」

「サキさん、テレポーターを酒棚と二階の大部屋に設置してください、酒棚に収めるだけの簡単作業で済みますよ」

「うむ。ではそうするかの……」


 サキさんがテレポーターを設置し始めたので、俺とティナとユナの三人は風呂に入ることにする。まあ、俺はいつものように洗い物とゴミの焼却を済ませてから風呂に行くわけだが。






 遅れて風呂に入った俺が髪と体を丁寧に洗っても、湯船に浸かるタイミングは大体ティナと同じくらいだ。

 最近では暇を持て余したユナが、ティナの体を触って遊ぶようになってしまった。


「これでようやく家の方も一段落付いた感じになるのかな?」

「あとは今の毛布で足りなくなったときに、掛け布団を見に行くくらいでしょうか?」

「思いのほか今の毛布で寒くないから、掛け布団はもう少しあとになりそうだな」


 俺たちは十分温まってから風呂を出たが、俺が広間を覗くと酒棚の酒を取っ替え引っ替えしながら悩んでいるサキさんの姿が見えた。

 辺り構わず色んな酒を買い込んだせいで、棚への収まり具合が悪いのだろう。


「サキさん、部屋に戻りたいから、ちょっとあっちを向いててくれんか」

「うむ。見えた所で何とも思わんがの」



 サキさんが背中を向けている隙に、俺とティナとユナの三人はバスタオル姿のままで自分たちの部屋に戻る。

 俺とティナはサキさんに見られても平気なんだが、やはりユナは恥ずかしいらしい。


「元が女の人でも、その……ああいうのを何度も見せられてしまうとちょっと……」


 ユナが言っているのは、サキさんのチンチンのことだろう。あのバカ侍は自分にチンチンが生えたのが余程嬉しいらしく、元気になっても全く隠そうとしない。バカだから。






 部屋で涼んでいた俺は、ようやく汗が引いたのでパジャマを着ることにした。


 ──先日ティナと話をして決めた事だが、今日は俺も小さい下着に挑戦したいと思う。


「…………」


 俺は衣装ケースの中から、畳むことすら出来ないほど面積の少ないパンツを取り出した。

 これは紐パンとでも言うのだろうか? 前の方は小さな逆三角形の布に合わせてフリルが付いているのだが、サイドには細い紐で結んだリボンがあるのみ。

 後ろはていの字になる部分が補強してある以外は、紐のように細い布地だ。


 何で俺はこんなにえっちな下着を買ったんだろう。何かの勢いとはいえ、自分で使うという実感が希薄だったせいもあるが、何にせよ酷すぎる。



「………………」


 俺はティナとユナから注目される前にはいてしまおうと、紐パンに両足を通す。

 この下着をはくのは勇気が必要だが、これをはいた自分がどんな感じになるのかの方に興味が湧いて、好奇心が羞恥心を上回ってしまった。


 多少ドキドキしながら、両足を通して横に伸びた紐パンを上から見下ろすと、そのあまりにも少ない布面積に何とも言い難い心細さを感じてしまう。


 ──股の真ん中の部分ですら、普段はいている下着の半分くらいの細さしかない。


 なるほど……これは女じゃないと何もかもがはみ出してしまうな。ティナが言っていたのはこういうことか。



 俺は両サイドから紐をつまんで引き上げて行く。

 膝を超えた辺りから、次第に大きさを増す太ももに引き伸ばされて、はいている途中で紐が切れてしまわないかと不安になりながらも、俺は紐パンを引き上げていった。


 一番横に広がっている太ももの付け根を少し超えた辺りで、お尻の割れ目に紐が食い込む。これより上には行かないのか……。

 引き上げるのを止めた俺は、そこからパンツの前後を確認して……これは普通の下着と同じように、後ろが前よりも若干高い位置でいいのかな?


 ……最後に股の部分が左右に偏っていないことを確認した。


 しかしこれ、はく前だともう少し布面積があるように感じたのだが、実際にはいた後では前側が浅すぎて、自分の目線から見下ろすとノーパンみたいな印象だ。

 まあ、ちゃんと処理しているおかげで助かったが、何もしていなかったらパンツよりも面積が広い股の毛で大惨事になるところだった……。



 それにしても、この尻に挟まった紐の感触はどうにかならないのか?


 俺は自分の尻を両手で持って擦り合わせてみたが、紐パンは股の部分からぴったりと吸い付いているような感触がして微動だにしない。相変わらずフワフワの店の下着は品質が高いなあと思う。



「ミナトさん、今日は大胆な下着ですね!」

「……うん、今日はちょっと勇気を出して大人っぽい感じにしてみた」

「凄いです。私はまだこういう下着を持っていないので……お尻の部分はどうなっているんですか?」

「ひゃあっ! あっ、ちょっとユナ、痛いって!」

「あ……すみません、ごめんなさい、やり過ぎました……」


 いきなりユナが俺の尻に食い込んでいる紐を引いたものだから、前の方がキツめに食い込んで思わず変な声が出たわ。そして痛かったわ。


 ……一人だけお尻丸出しの下着姿でうろうろするのは心細いので、俺はさっさとパジャマを着た。

 本当ならティナにじっくり見て貰いたかったのだが、今日の所はしまっておこう。






 俺たちが髪を乾かしに一階へ下りようとした時も、まだサキさんは酒棚の前でウンウン唸っていた。

 一応念のため階段を下りる前に二階の大広間を覗くと、そこにはテレポーターの子機だけがポツンと置かれていた。酒は全部酒棚の方へ移動し終わっているようだな。


 不注意で誤動作しないように、俺はテレポーターを元の位置に収めてから髪を乾かしに向かった。


「サキさんも寝る準備だけは済ませておけよ」

「うむ」



 俺たちは髪を乾かしたり歯を磨いたりして寝る準備をしてから、一階の広間で時間を潰している。


「サキさんは何が気に入らないの?」

「酒棚が立派ゆえの、表を飾る高い酒が思うたより少ないせいで格好が付かんのだわい」

「随分贅沢な悩みじゃないか」


 一階の広間は客間としても機能するので、家具や調度品はそこそこ値の張る物を買い揃えている。当然、酒棚もしかり。それがサキさんを悩ませている原因のようだ。



「私はそろそろ寝るわね」

「じゃあ俺も寝るわ」


 ティナが寝ると言うので俺も寝ることにした。

 しかし紐パンで椅子に座っていると、尻に直接パジャマの感触が伝わるのでノーパンでいるみたいだ。

 しかも股に挟まった紐が、座って潰れた尻の肉で圧迫されるから、どうにもむず痒い。やっぱり慣れていないせいか違和感がある……。


 ユナとサキさんはもう暫く起きているようなので、俺はティナに手を引かれてベッドに潜った。






 ……何だか股が気になって寝付きが悪い。どうにも股と尻に紐を挟んで締め付けているような感触が違和感になっている。

 ユナに紐を引っ張られたとき、痛かったけど変な刺激があったせいで、変にそれを意識しているのかも知れないが……。


「んっ……うーん……」

「……寝付きが悪いの?」

「ちょっと股の部分がきついと言うか、その……」


 俺は太ももをすり合わせてみたり、脚を開いてみたり、はたまた脚をくの字に曲げてみたりしながら、紐の落ち着く場所がないかと試行錯誤しているのだが……。

 しかし、これだけモゾモゾ動いても全く下着がズレないのは凄いことだ。もっとも、今の俺にはズレてくれた方がいいんだけど。

 いっそパジャマの中に手を入れて、直接紐を引っ張りたい衝動に駆られるだけだし。



 やっぱりまだ難しいな。もう二度と元の姿には戻れないという確証があれば、俺も吹っ切れて女として生きて行く道を選べるのだがなあ……。


 俺は何とも言えない気分になったので、とにかく気を紛らわせようと、ティナに抱き付いたまま眠ることにした。


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