第169話「ガラスの窓と風習」
俺たちはフワフワの店の店内で、自由気ままに冬服を選んでいる。
店の隅っこで言い訳程度に売れ残った秋服も見ているが、流石に数が少なすぎて色もサイズも満足に選べない状態だ。
ここは冬服に絞った方が良さそうだな。ティナやエミリアのように、標準のサイズから少し外れていると在庫もやや余り気味になるのだが。
「片方だけ売り切れて上下合わせられなくなった秋服は安くなってるな」
「こういうセール品の中に、後々気に入る物が眠ってたりもするのよ」
ティナは数少なくなった秋物から、気になった物を何着か買っているようだ。値札を見ると殆ど捨て値に近い。俺も適当に見ていたら、こげ茶色で落ち着いた柄のロングスカートがあったので一着買うことにした。
「やっぱり、冬服の生地なら冒険に使えるくらいの厚みがありますね」
「使えるでしょうけど、少し勿体ないわね……」
「俺たちは前衛のサキさんみたいに転げ回ったりしないからな。あまり気にしなくてもいいだろう」
基本的には一人につき普段着と冒険用で上下二セット揃えることにした。冒険用といっても特別に丈夫な服を選んでいるわけではなく、あくまでも気持ちの問題である。
ティナは俺やユナと体格が違って服を共有できないので、いつものように一着多めに選んで貰う。本当は三人で着回せるのが一番いいんだけどなあ……。
ちなみに今回選んだ服は、エミリアを除いた全員がトップスとボトムスに分けて選ぶという珍しい事態になった。
「俺の方は革の鎧を付けるから、仕方なく上下分けて選んだけど」
「私も防具がありますし、ミナトさんと交換しやすいように上下を分けました」
「私は冒険で汚れたときのことを考えて上下を分けたわ」
エミリアの方は相変わらず頭がおかしいんじゃないかと思うくらい、リボンやらフリルやらで埋め尽くされたワンピースを二着も選んでいた。
こいつは普段から魔術師のローブを着ているので、まあワンピースタイプの方が自然なんだろうけど。それにしてもピンクとイエローなんていう、季節感まるで無視のカラーコーディネイトは何とかならなかったのか?
「忘れていたが、上に羽織る物も一着選んでおいてくれ。俺たちが以前買ったのはサキさんのと違って、あまり実用的ではなかったからな」
俺は鎧の上からでも羽織れるように、バスローブ状のゆったりした上着を選ぶ。籠手も付けるから、袖口も広い方が有り難い。
ティナとユナもそれぞれ使いやすそうな上着を選んでいるようだ。
以前の俺はティナとユナがどんな服を選んでいるのかを参考にするため事細かく観察を続けていたが、最近は自分で服を選べるようになったのであまり見なくなった。
姿見で服を合わせながら、自分に似合う物を選ぶのは結構楽しい。最初は女の子の服を着るのが恥ずかしかったし、そんな服を着た自分の姿を直視できなかったけど、今ではすっかり馴染んでしまっている。これはティナの影響が大きいのだろうが……。
自分で可愛いと思える姿を維持して行くと言うのは大変だが、結果として自分に自信が持てるようにもなる。周りから舐められない為にも、やっぱり見た目は大事だと思う。
「俺はこれくらいでいいかな。ティナの方は決まった?」
「大丈夫よ。あとはこれを十足ほど……」
ユナとエミリアは随分前に決まっていたようだが、ティナの方は冬用のタイツをいくつか買い込んでいるようだった。
俺が選んだ服の色とも合わせながら決めているようなので、どうやら俺のも混じっている様子だ。タイツならいくつか持っているが、そういえばまだ使った試しがない。
……必要なんだろうか?
全員の買い物を集めて長い会計を済ませた俺は、買った服を余った木箱と麻袋に入れて貰って、それをリヤカーに積み込んでいる。
「生地が厚いから、夏服の時のようにはいかんな。まさか木箱ごと持ち帰る羽目になるとはなあ……」
「ここの服は毎回生地が薄いと思っていたんですけど、冬服になると下手なお店の服よりもしっかりしていましたね」
「ただ不思議なことに、あれだけ生地の薄い夏服が一度も破れてないのは奇跡だと思うわ」
ティナに言われて初めて意識したが、確かにここで買った服はまだ破れた事がない。
下着の方も、毎日洗濯しているからわかるのだが、生地がびろんびろんに伸びたりもしていない。
普通の服屋で買った繊維とは肌触りからして違うように感じるし、前にエミリアが言っていたようにエルフ族が使う特別な繊維が使われているのかもな。
「このまま家に帰って、部屋でファッションショーでもやろうか?」
「ミナトさん、帰りに雑貨屋に寄って防寒手袋を買わないといけませんよ!」
「……忘れてた」
俺たちは帰る途中で雑貨屋に寄り、内側がウールでモコモコになっている手袋と、毛皮のコートに使う太めのハンガーを人数分買ってから帰路に就いた。
俺たちが家に帰ると、服屋に配送してもらった荷物は一階に置かれたままで、サキさんと白髪天狗の姿はなかった。薪の近くに置いてある木剣が無くなっているし、また適当な場所で戦闘訓練でもしているのだろう。
「サキさんの服は一度洗って干した方がいいけど……これは明日の朝ね。とりあえず毛皮のコートはハンガーに掛けておきましょう」
「なあティナ、もう靴の置き場がないけど、どうしようか?」
夏から冬まで靴を買い揃えていたら、何だかんだで二十足くらいにはなる。靴は今でも玄関横の壁伝いに並べて置いてある状態なんだよな……。
「ちょっと街に出て適当な下駄箱を買ってきます。ついでにサキさんのお酒を収める棚も見てきますね」
「うん、全部任せるからいい感じに頼むわ」
家に帰ったばかりだと言うのに、ユナはハヤウマテイオウに荷車を繋いで街へと出掛けて行った。毎度のことながら、家の中の物は殆どユナに任せっきりになっている。
「エミリアは暇なのか?」
「今日はわりと暇です」
「ふうん……」
服を買ったらその場でテレポートして魔術学院に帰るのだと思っていたが、なぜか家に帰るまで一緒にいたエミリアは、単に暇なだけだったようだ。
俺とティナは、サキさんの冬服を洗濯かごへ全部突っ込み、毛皮のコートはハンガーに掛けてクローゼットへ、フワフワの店で買った服もそれぞれの衣装ケースに収めた。
「すぐに溢れ返ると思っていたクローゼットだが、なかなかしぶとい」
「こうして見るとやっぱり広いわね。まだまだ余裕がありそうよ」
この調子だと春物を入れてもまだ余裕がありそうだ。クローゼットを丸々潰して無駄に剣だの鎧だのを置いているサキさんの部屋は、毛皮のコートで隙間すら無くなったが。
それにしてもユナは街に出てしまったし、本日のファッションショーはお預けだなあ。
ティナが夕食の準備を始めたので、俺はエミリアとソファーで対面しながらチェスで遊ぶことにした。オルステインにも似たようなテーブルゲームはあるようだが、リアルな戦争シミュレーターとして考案された複雑すぎるルールのせいで、一度対戦が始まると一週間以上も勝負が付かないと言うから大変そうだ。
あまりにもルールが複雑なので、対戦前には十分な話し合いによってローカルルールを制定する必要があるらしい……もう一から作り直した方がいいんじゃないか?
「ミナトさんの世界では、このルールで統一されているのですか?」
「俺の知ってる限りではこれが世界共通のルールだな。嘘か本当か知らんが三億人くらいのプレイヤーがいるそうだ」
「三億ですか……想像も付きませんね……」
オルステイン王国の総人口がどのくらいなのかは知らないが、この世界で億単位の人口は馴染みがないと思うから、いまいち実感が沸かないのは無理もない。
──ちなみに俺は、つい今し方ルールを覚えたエミリアにも負けてしまった。ユナと遊んだときも散々だったが、流石にこれでは自信を失う。
「そういえば、この世界に来た日からずっと気になっていた事があるんだが」
「はい?」
「この世界にガラスの窓はないのか? どこへ行っても木窓ばっかりだ。高級宿も木窓、そういえばジャックの家も木窓だったな。金持ちですら木窓なのはどうしてだ?」
俺は今までずっと気になっていた事を聞いてみた。もしガラスの窓があるなら二階の部屋くらいは全部ガラスにしたい。
酒瓶や調味料の入れ物など、一応ガラスの製品はあるので板ガラスもありそうなんだが。
「王城や内周区まで行けばガラスの窓もありますけど、あまりおすすめはしないです」
「一応あるんだな。値段が高いのか?」
「まず耐久性に問題が……ガラスの窓は寒い日の朝によく割れているのです。ガラスは温度差に弱いですからね。それ以外にも魔物が徘徊していた時代の名残りで、今でも木窓を選ぶ風習があります」
風習なら仕方ないが、寒い日に割れるってなんだ? 確かに温度差でガラスが熱割れする現象なら知っているが、オルステインの冬はそこまで厳しいのか?
単にガラスの製造技術が低いせいだと思いたいが……。
その後も俺は、エミリアとゲームをしながら時間を潰した。チェスでは散々だったが将棋ではさらに酷い負け方をしたので、今度は運の要素が強いゲームを用意したいと思う。
何度やっても勝てないゲームに疲れていると、ユナが街から帰ってきた。荷馬車にはロープで固定された大きな家具が積んである。
「大きい……これじゃあ家の中に入らんかも」
「お酒の棚は三分割できるので大丈夫ですよ」
ユナに言われて棚を見ると、確かに分割線が見えた。運搬中に崩れないよう、連結した状態で運んできたのだな。とりあえず俺はエミリアに運ぶのを手伝って貰うことにした。
「物を動かすのはあまり得意ではないのですが……」
確か前にも同じ台詞を聞いたが、やはり導師だけあって苦手な魔法でも一通りは使えるようだ。
エミリアには浮遊の魔法だけを掛けて貰い、宙に浮いた棚を俺とユナの二人で家の中に運ぶ方法をとる。ティナが浮遊の魔法を覚えた直後もこんな感じだったか。
「お酒の棚は二階廊下の真下に置くのが良さそうです」
「なるほど」
壁の向こうが風呂場になる位置か。以前はこの辺りにエミリアが買ってきた食材を積み上げていたが、次第に調理場も最適化されていき、最近ではこのスペースも空いている。
酒の棚を設置した俺たちは、玄関の横に下駄箱を置いた。下駄箱の方は背が低くて横に長いので、天板の上には色々な物が置けそうだ。
「あとで各自のスペースを割り振ってからでないと、適当には収められないな」
「そうですね。靴は部屋の隅に寄せておきますか……」
一人でチェスをしているエミリアは放っておいて、俺とユナが全員の靴を部屋の隅に寄せているとサキさんが帰ってきた。
サキさんはいつものように風呂を済ませて来たようだ。帰ってくるなり髪を乾かしに脱衣所の方へ移動したと思ったら、今度は馬の世話をしに馬小屋の方へ向かっている。
──サキさんが広間で一息ついたタイミングで、今晩の夕食となった。