第16話「ユナ」
ユウナはこっちに来てからろくに飯を食っていなかったようなので、消化の良さそうなスープなど、軽く食えるものを注文してから簡単な自己紹介をすることになった。
「飯を食いながら聞いてくれ。俺がニートブレイカーズのリーダー、ミナトだ」
「ティナよ。困った事があったら何でも相談してね」
「わしはサキと申す。わしは現実世界ではデブでオタでニートで、腐女子を拗らせ婚期も逃し……」
サキさんが初めて会った時と同じ自己紹介を始めた……こいつは人生観音開きじゃないと気が済まないのだろうか?
「ユナ……じゃない、ユウナだっけ? また気分が落ち着いたら色々と教えて欲しい」
「はい……ユナでいいです……」
「ユウナじゃなくって?」
「……サキさんの話を聞いて、私も新しい自分で生きてみたいと思いました」
「そうね。色々あったと思うし、いいんじゃないかしら」
自己紹介が終わる頃、ユウナ改めユナの食事も済んだところで、俺はユナを観察していたが、フード付きのボロマントの下は部屋着というか女の子のパジャマ姿で、足元は草で編んだ履物だった。俺たちがエミリアの所で貰ったどうでも良いような履物だ。
本当に金貨12枚を全部取られていたようだ。明日は買い出しかな?
「ユナはいつこっちの世界に来たの?」
「……二週間くらい前だと思います」
「そう。頑張ったわね……」
ティナがユナを抱擁すると、それまで気丈に振る舞おうとしていた感情の糸が切れたのか、ユナは人目も気にせず大声で泣き出してしまった。
それを見ていた俺も思わず泣いた。こういうの、ほんと弱いからな。
ユナは、ティナのエプロンがぐちゃぐちゃになる頃になってようやく落ち着いた。
「銭湯に行きましょう」
俺たちはティナの一言で銭湯に行くことになった。風呂も洗濯もさせてもらえなかったのだろう、ユナからは結構きつい感じのニオイがしていて、俺は少し引いてしまう。
それでも眉一つ動かさずに抱擁しているティナを見た俺は、ティナを天使から女神に格上げした。
銭湯の入り口でサキさんと別れ、俺とティナとユナの三人は女湯へと入って行った。
冒険者の宿から銭湯までは距離がある。すっかり遅い時間になってしまったので客は殆どいない状態だ。
相変わらずとろ臭いティナは、自分が洗い終わるまでユナを手伝うようにと俺に指示を飛ばした。俺はちぇと思いながらもユナが体を洗うのを手伝う。
女の子の体を間近で見ながら隅々まで体を触るなんて……俺はふつふつと湧き上がる自分の性欲に負けそうになる。
しかし本能的に自分の股間を確認しても、そこに元気な姿で返事をしてくれる将軍様は居なかった……。
「いいわよ。こっちに来て」
ようやく自分の事が終わったティナは、頭と体を二回洗って湯船に浸かっていたユナを呼ぶと、もう一度頭と体を洗い始めた。
一度湯船に浸かったのが功を奏したのか、三回目には随分と泡立ちも良くなる。
「ティナさん……これ以上は……ん……自分で……はう」
俺はティナに頭と体を洗われながら、こそばゆさを堪えるユナの顔が妙にエロいなあと思いつつ、まじまじと二人の胸の大きさを確認している。
ユナの胸は俺とティナの中間より少し大きいくらい、なんとも慎ましい大きさだ。
俺は自分の胸の大きさをもう一度触って確認すると、三人の中で一番の座をキープできたことが嬉しかった。
「んー。もう一度軽く洗えば良さそうね」
ティナはユナの頭や体を嗅いで確認すると、四回戦目が始まった。
「もう良いんじゃないのか? ユナも限界っぽいぞ」
「女の子は匂いにも気を付けないとだめなの。気にしなくなったら……」
『サキさんの始まり!』
俺とティナはくすくすと笑った。
「あの、あの、ありがとうございます。お風呂にも入れてもらって。こんなにきれいにしていただいて……」
三人で湯船に浸かると、顔を真っ赤にしたユナが恥ずかしそうに言う。
結局二時間くらい風呂に入っていた気もするが、洗っている時間が長かったのでそれほど暑くもなく、すぐに汗も引いた。
ユナは下着の替えも持っていないので、まだ使っていない俺の下着を一枚渡すことにした。ティナがまめに洗濯するので新品が余っていたのだ。
ちなみにパンツは俺もユナも同じサイズみたいだ。ブラジャーのサイズは俺の方が一つ上のようだが。
「……私のじゃ小さいからミナトの貸してあげて」
普段あまり不満を顔にしないティナだが、胸の大きさには不満があるようだ。
俺のではサイズが大きいからティナのブラジャーを貸してみたのだが、ユナが付けるとティナの物では小さくて収まらなかった。
靴の予備はないので今日はそのままということにして、上着は俺の普段着を、下はティナのスカートをユナに着せたあと、カウンターに置いてある洗面用具を一式買って銭湯を出た。
ユナの服を見て初めて気付いたが、俺の上着とティナのスカートを合わせると同じ色と素材で統一感がある。もしかして元はこれがセットだったのかとティナに聞いたら、そうよという答えが返ってきた。なるほどなあ。
俺とティナとユナが一列に並んで銭湯を出ると、入り口の横でサキさんが待っていた。
「今日は早いじゃないか」
「先程の事もある。早めに切り上げて待っておった」
男湯よりも仲間の安全を優先してくれたようだ。肝心なときに頼れる男は頼もしいな。
宿の部屋に戻ってきた俺たちは、日課の下着洗いをしに行く。
ユナのボロマントは拾い物らしくて汚かったのでそのまま捨てた。パジャマや下着も汚れが酷く、これはどうしようもないからと廃棄することにした。
「明日は雨が降るそうだから、下着は部屋に持ち帰りましょう」
四人並んで歯磨きを終えたあと、ティナは雨を気にしだした。夕食の時に宿の主人が言った冗談を真に受けているらしい。
空を見上げても雲一つない星空が見える。
「案外本当に降るかもしれぬ」
サキさんまで冗談交じりに言い出したので、その場のノリで部屋干しすることにした。
さて、メンバーが増えたのは良いが、ベッドは二つしかない。悩んだ結果、今後は俺とサキさん、ティナとユナに分かれてベッドを使うことに決定した。
物凄い音で目が覚めた。朝の早い時間である。
「起きたかミナト」
「なんだこの音?」
「雨である。先程見たが、物凄かったわい」
俺は木窓をそっと開けて外を確認してみた。まさに滝のような雨が降っていた。全く先が見えない感じだ。
こっちの世界の雨は強烈だな。一応雨具の外套は買ってあるが、この雨では役に立ちそうもない。
まるでゲリラ豪雨のような雨の音を聞きながら、俺はランプに火を灯した。ちなみにこの宿の廊下は外壁で仕切られているので、開けっ放しの小さな木窓はあるものの、一応雨風は凌げている。
俺が廊下の様子を窺っていると、奥の方から重い足取りのティナが歩いて来た。
便所にでも行ってきたのかなと思ったが、力なくおはようの挨拶を言うと、そのままベッドに横たわってしまう。
「あれ? みなさんおはようございます……雨が降っていますね」
「ユナは知っているのか? 凄い雨だ」
「はい。ここに来た初日に降られました。裏路地で雨宿りしていると……」
「この雨、どのくらいで止むんだろうな」
俺は慌てて話をすり替えた。結構トラウマになっているだろうから、暫くの間は気を使ってやらないといけないな。
俺とサキさんとユナは、雨の音を聞きながら、ランプの火を見つめている。
「バケツに水を汲んで来よう」
背負い袋の下の方を漁っていたサキさんは、取り出した外套を被ると外へ出て行った。そうか、この雨では外でのんびり歯磨きなんかできないもんな。
それから数分して、バケツを持ったサキさんが戻ってくる。
「酷いわい」
「そっか。今日はもう出れんな。そう言えばティナはどうした?」
まだ起き上がって来ないティナが気になるので、俺はティナを揺さぶった。
「ミナト止めい」
「病気だったらどうするんだ。ティナ大丈夫か? おい、この世界の病院とかどうなっているか知らんか? 小冊子あったろ? 書いてないか?」
いつも笑顔で明るいティナらしくないので、俺は慌ててしまった。
「……生理よ。言わせないでちょうだい」
枕に顔を埋めて答えるティナ。ユナはティナの腰をさすっている。サキさんは特に気にした様子もない。
俺は察しの悪い男を地で行ったような気がして、恥ずかしくなった。
「わしは酷かったからの。まあティナなら問題なかろう」
「そういうもんなのか……」
何だか女の子談義から仲間外れにされたような気がした。それと同時に活動不能な日が存在するという問題も浮上してくる。
もしかして女三人ともなると、冒険者としては不利になるんじゃないのか?
「あ。私は軽いから大丈夫ですよ」
俺の心配を見透かしたのか、ユナはふるふると頭を横に振った。どういう意味だ?
やはりこの雨のせいか、一階の酒場に下りても客はあまりいなかった。宿に泊まっている連中だけが朝食を取っている感じだ。
俺はカウンターでもう一泊の料金を支払うと、自分の朝食を持って部屋に戻った。サキさんとユナは一階で食うようだ。
ティナは今は欲しくないと言って朝食を頼まなかった。俺はティナが横になっている部屋のテーブルで一人朝食を食っている。
俺にはどうにもできんが、それでもティナの傍にいたかった。
しかし一人増えたから、その分生活費も増えてしまったな。
現在の総資金は銀貨4550枚だ。まだ余裕があるとはいえ、馬二頭に銭湯や石鹸など、一日平均銀貨150枚は飛ぶ計算だ。
明日には雨も上がってユナの服と装備と道具も買うだろうから、エミリアに預けた指輪の結果次第で、少し報酬の良い冒険でも受けてみるか……そんなことを考えている。
雨は昼頃には勢いを衰えはじめ、夕方頃には止んでいたが、地面の水が捌けるのを待っていると結局翌日になった。