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第168話「毛皮のコート」

 翌朝いつものように目が覚めた俺は、ユナと一緒に朝の支度をしてから洗濯をしている。


「今日は天気がいいな」

「ですね」

「昨日ティナと冬服を買いに行こうか話してたけど、ユナは大丈夫?」

「大丈夫ですよ。そろそろ防寒具も揃えておきたいですよね」


 今日はフワフワの店で買い物だな。途中まで同行させて、サキさんの冬服も一緒に揃えさせるのがいいだろう。金だけ渡しても面倒臭がって買ってこないだろうからな。



 洗濯の途中で起きてきたサキさんに脱水を任せた俺は、広間に鎮座しているエミリアに声を掛けた。


「今日はみんなで冬服を買いに行くんだけど、エミリアも来るか?」

「フェアリーケープですか? あの店は一人で入りづらいので是非行きたいです」


 エミリアはあの看板の文字を正確に読めていたようだ。俺たちはずっとフワフワの店と呼んでいたから、いざフェアリーケープと言われると馴染みがないな。

 ともあれ、今日はエミリアも買い物に同行するらしい。最近はちょくちょく服装が変わっているし、風呂にも入っているようなのでいい傾向だと思う。






 俺とエミリアが世間話をしていると、ティナとユナが朝食を運んできた。今日は朝からアップルパイを三枚も焼いていたみたいだが、サキさんとエミリアには一枚ずつ、俺とティナとユナは一枚を三等分にしている。


「美味いけどこの半分で良かったなあ……」

「ちょっと多かったわね。ユナも無理して食べちゃだめよ」

「じゃあ、ごめんなさい。一度には無理です」


「ふがががふがごふ!(私が食べます!)」


 エミリアは意地汚くティナとユナの皿から、食いかけのアップルパイを奪い去った。サキさんでさえ一枚で満足しているというのに、エミリアは左右のおっぱいにも胃袋が付いているのだろうか? それなら人の三倍食える理由にも説明が付くな。






 朝食と後片付けを済ませてから、俺は今日の予定をみんなに告げる。


「今日はフワフワの店に行って冬物を買おうと思う。あと、今後のことを考えて最低限の防寒着も揃えたい」

「ねえエミリア、この辺りは雪が降るの?」

「降ります。毎年収穫祭の最終日あたりで初雪になる事が多いですね」

「む、初雪にしてははようないかの?」

「もっと南へ行けば殆ど降らない地域もあるのですが……」



 王都での収穫祭と言えば11月の終わりなんだが、そんな時期から雪が降るのか。北国のようにダイナミックな積もり方をしたら洒落にならんぞ。

 そういえば、冬の宿無し生活は悲惨だとか、冬場は遺跡組の冒険者も王都に戻って大人しくしているとか、確かバリバリの行商人をやっているシャリルでさえ、冬の間は王都に居る事が多いと言ってたな。


 何だか嫌な予感がする……。


「もしかして、積もるんですか?」

「はい。荷馬車も立ち往生するくらいなので、除雪のために冒険者を雇う業者も多いです」

「それじゃあ街の方も大変だな」

「石畳が凍るので危険ですよ。大通りや主要な施設の周辺では雪が積もる度に軍が出動しますけど、それ以外の場所は住民たちで何とかするしかありません」



「……今日の予定の続きだが、エミリアの話を聞いていると防寒対策は真剣に考えた方が良さそうだ。今日ばかりはサキさんも面倒がらずに買い揃えて貰うぞ」

「フワフワの店は勘弁してくれえ!」

「ちょっと着せてみたい気もするが、サキさんの服は普通の店だから安心してくれ」


 俺たちは、家の戸締まりをしてから街へ出る。

 白髪天狗にはサキさんと俺、ハヤウマテイオウにはユナとティナ、そして白髪天狗のリヤカーにはエミリアが乗っている。






 まず俺たちは、東街の大通りにあるいつもの服屋に足を運んだ。この店は通りの向かい側に靴屋があるので、トータルコーディネートなら便利な場所にある。


 王都を一周したときにも服や靴の店はちょくちょく見掛けたが、服屋と靴屋がこんなに隣接した店は一軒もなかった。

 そういえば、西街は武器屋と防具屋も隣接していて便利なんだよな。王都の中では俺たちがホームにしている西街の南側が一番整備の進んでいる地区だと思う。



「大通りが騒がしいのはいつもだけど、今日は裏通りも騒がしいな」

「昨日もこんな具合だわい」

「そろそろ収穫祭の準備が始まるんでしょうか?」


 収穫祭まであと二週間あまり。実際には神事が行われる最終日までの三日間が正式なお祭り期間らしいのだが、実際にはそれぞれが好き勝手に盛り上がるので、最終日の一週間前からお祭りムードになるそうだ。


 前にサキさんから聞いた話によると、剣技大会も含めて参加者が多いイベントでは最終日の一週間前から予選が始まるので、恐らくその流れで一週間前から盛り上がってしまうのではないかと予想される。


 俺たちは二頭の馬を服屋の裏側に繋いでから、店の中に入った。






 以前服屋のおじさんと話したときは、完全に冬物に切り替わるのは収穫祭が始まる直前だと聞いていたのだが、見た限りではもう殆どの商品が冬物に切り替わっている様子だ。


「何着か買ってよ。冬用の冒険着も必要だからな。雪に突っ込んでも大丈夫なブーツとかも向かいの靴屋で選んできて。防寒着も必要だぞ」

「うむ。今回ばかりは面倒がってもおれんわい。相当寒そうだからの」


 サキさんはそのまま冒険にも着て行けそうな冬服を二着と、靴とブーツを一足ずつ、今着ている秋物よりも厚手のジャケットを一着選んでから、毛皮の防寒着と防寒用のブーツも一緒に選んでいた。



「防寒着と言うよりは毛皮のコートだな……っていうか、サキさんが選んだのはけもの臭くてかなわん。もう少し高い方にせんか?」

「店主の話では臭いさえ我慢すれば一番安くて丈夫らしいがの……」


 何の動物かしらないが、サキさんが選んだ毛皮はとにかく臭いがキツかった。他の物にまで臭いが移ったら困るので、俺は変な臭いがしない毛皮のコートと帽子のセットを選んで、サキさんの体に当ててみせた。


「かなり高いけど、こっちの方がいいな。手触りもいいし軽くて動きやすそうだ」

「なんでもいいわい」


 サキさんは適当に羽織ってサイズだけを確認すると、姿見なんか一切見ずに店のカウンターへ持って行った。

 せっかく俺が似合いそうなのを選んでやったのに、なんだこのやろう。






 サキさんの買い物が終わったので、俺はティナたちの様子を見に行く。

 ユナは既に買うものを決めているらしい。こちらもサキさんと同じく、毛皮のコートに毛皮の帽子を合わせている。

 ティナは相変わらず悩んでいるようだが、大きなフードの付いた毛皮のコートを選んだ。


「エミリアはいらんのか?」

「私は毎年冬場の薬草取りで使っている防寒用具があるので大丈夫ですよ」


 ──前にそんなことを話していたな。まあ、実績のある防寒用具を持っているなら無理に買わなくてもいいだろう。



 サキさんの面倒を見ていたら、まだ自分のを選んで無かった……とはいえ、毛皮のコートなんてそんなに種類はないので、俺はティナと同じように大きなフードが付いている毛皮のコートを選んだ。

 俺とユナは身長と体格が似ているので、ユナとは違う種類の物を買っておけば、気分次第で取り替えっこできるのが最大の強みだ。


 俺とティナとユナの三人も、向かいの靴屋から靴とブーツを一足ずつ、それに加えて防寒用のブーツも一緒に選んで買う。

 服やジャケットはフワフワの店で買うから、ひとまずこの場での買物は終了だ。



「さっきから探しているんだけど、手袋はどこにあるのかしら?」

「そういえば見てないな」


 店主のおじさんに聞くと、防寒用の手袋は雑貨屋に行けば置いてあるそうだ。






「では、わしは歩いて帰るとするかの」

「悪いなサキさん。途中、雑貨屋で防寒用の手袋を買って帰れよ」

「うむ」


 買い物を済ませた俺たちは服屋の前でサキさんと別れ、いつものように女の子メンバーだけでフワフワの店へ向かうことになった。

 ここから先は、白髪天狗に俺とエミリア、ハヤウマテイオウにティナとユナの構成で進む。


 ちなみにサキさんは自力で荷物を持ち帰ろうとしたが、毛皮のコート四着に靴十二足ともなると、重量以前にサキさんが荷物に埋まってしまうので配送を頼んだ。

 今回は結構な金額の買い物をしたので、配送は無料でやってくれるらしい。



「毛皮のコートなんて俺には一生縁が無いと思っていたが、王都だと実用品の扱いなんだな。今回は値段の高いやつを買ったから、実用品の枠は超えたけど……」

「やっぱり、防寒と雨具に関しては化学繊維が欲しいですよね」


 俺たちは一度、外周一区側の環状通りまで移動してからフワフワの店を目指す。今の時期は下手な裏道を通ると返って移動が遅くなってしまうからだ。






 ほどなくしてフワフワの店に到着した俺たちは、店の前に馬を繋いで店内に入った。


「いらっしゃいませ。どうぞごゆっくり見ていってくださいね」

「ん? あれ?」


 挨拶に釣られて愛想笑いを返すと、店のカウンターには女主人のミゼルさんではない別の女性が店番をしているようだった。


「ミゼルさんは休みなのかな?」

「あら? お祖母ばあ様のお知り合いの方でしたか?」


 ん? 何となくミゼルさんと似ているような気がしたが、なるほど、この人がミゼルさんの七人いる孫のうちの一人か……。

 見た目は二十歳くらいだと思うのだが、この女性のお婆ちゃんにあたるミゼルさんも見た目は二十歳くらいなんだよなあ。エルフ族恐るべし、だな。



「一応、知り合い……になるのかな? 今日は冬服を買いに来たんだけど。あと、まだ奥に下げてなかったら秋服もちょっと見たいかな」

「そうでしたの……あ、もしかしてニートの冒険者の方でしょうか? 少し前からお祖母様が話していらしたので……」

「ニートブレイカーズです……」


 アサ村といい、この店といい、どうにも不名誉な覚えられ方をしているなあ。

 この世界にはニートなんて言葉は無いので言ってる本人は意味がわかってないと思うのだが、あまりニートニートと言われると心が痛む。

 そもそもニートをブレイクしているのだから、ニートではないのだが……。


 ──まあ気を取り直して、俺たちは冬服を見て回ることにした。


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