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第164話「少しだけ違う日常の朝」

 家に帰った俺とユナは、もう一度二人で家中いえじゅうの増築箇所を確認して回ってから、撤収作業を終えたガオラさんたちを見送った。


「二階はひとまずいいとして、ガレージの方に何を置くかだな」

「冒険に必要な物を全部置きたいですけど、革製品を置くのは少し様子を見てからですね」

「革製品はダメなのか?」

「湿気がこもらないか暫く様子を見ないと、革製品にカビが生えたら台無しです」

「なるほど……」


 その後、ユナが背負い袋の片付けを始めたので俺も手伝おうとしたのだが、ティナから風呂に入るように言われたので、俺は一人で先に風呂を済ませた。






 髪も乾かして広間で暇を潰していると、街から帰ってきたサキさんの姿が目に入る。

 木窓からその様子を眺めていると、わらを積んだ荷馬車は迷わずガレージの反対方向へと進んでいく。

 サキさんのやつ、いつもの調子で早速方向を間違えたなと思ったが、よく考えたら馬小屋に藁を敷き詰めるから間違いではないのだと、俺は一人で納得してしまった。



 家の裏側からは、ふぁさふぁさと藁同士がこすれ合う音が聞こえてくる。どちらかといえば都会育ちの俺であるが、これは何とも気分の安らぐ音だと思う。


 ──俺は部屋の木窓を閉じてから、馬小屋の様子を見に行くことにした。



 俺が馬小屋に行くと、素手で藁を移動させているサキさんは、シャツを藁のくずだらけにしていた。汗で濡れた腕にも藁のくずがへばり付いている。

 広間から聞こえた小気味いい音とはかけ離れた、男臭いビジュアルだな……。


「牧場とかで使っている、でっかいフォークがあればいいのに」

「この程度で使うにはいささか大げさよの」


 俺はサキさんに笑われながら家の中に入る。そろそろ日が落ちる時間だ。この時期、パジャマに上着を羽織った程度では冷えてしまって仕方がない。



 調理場ではティナが夕食の仕上げに掛かっている。荷物の片付けを終えたユナもティナの手伝いを始めたようだ。

 ……そろそろエミリアが湧いてくる頃か。俺は二人の邪魔をしないように広間へ移動した。






 俺が広間に移動すると、いつもの様にテーブルの椅子に腰掛けているエミリアがいた。


「なんだか冒険から戻って来たときよりも懐かしい感じがするなあ」

「そうですね。私は連絡用の木筒を毎日確認しに来ていましたけど、ミナトさんたちの居ない家は何とも寂しいものでした」

「そうかあ……」


 俺も椅子に座って、飯が来るまで暇を持て余しているエミリアと適当な会話を始める。



「今回王都の宿を回って酒場なりを何件か利用したが、どうして王都では簡単な料理が多いんだ? 正直その辺の貧しい村より飯が不味いような気がするんだが」

「そうですね……これは古代エスタモル王国の終わりと、オルステイン王国の建国の歴史とでも言いましょうか……今よりも魔物の数が多くて外壁なしでは安全に暮らせなかった時代、王都の建設や魔物との戦いで疲弊ひへいしていく中で、次第に食糧難にも襲われて、いつしか手の込んだ料理をする文化を失ってしまったのです」


「でも王都以外の町や村には、その土地に根付いた料理があるじゃないか。一度は文化が途絶えても、いずれまた似たような文化に戻ると思うけどな」

「それに関しては私の持論なのですが、王族や貴族の食文化がその当時のまま残っているのが問題の一つかもしれません」


 なるほど。言われてみれば、カナンの町の高級宿でステージに上った時も、金持ち向けの食事は料理と呼べる代物しろものではなかった。食材は高級品のようだったが……。

 オルステインの北方領主を務めるカルカスのおっさんも食事は簡素だったし、何より圧倒的に貴族が多い魔術学院のメシが不味いと文句を言って毎朝毎晩ウチに通うエミリアを見ていると、その持論もあながち間違いではないのかも知れない。



 ……学校のメシが不味いなら、自分の家で好きなだけ貴族メシを食ってろよと内心思っていたのだが、これは考えを改める必要がありそうだな。


「今日は家の増築記念だから、思う存分美味いメシを食えよ」

「はい!!」


 水で汚れを流したらしいサキさんが、上半身裸のままで広間に戻ってきたのと同時に、今日の夕食が運ばれてきた。






 今日の夕食は海鮮かいせん尽くしだ。俺がエビー! と言ったのでエビがメインである。


「そういえば、甘エビ以外の刺し身なんて初めて食ったわ」

「わしも」

「私が開けたときにはまだ生きていたから、お刺身でも大丈夫よ」


 丁寧に皮剥きしてあるエビは、そのまま食っても美味かった。口の中で溶けていく食感が堪らない。できれば刺し身しょう油が欲しいところではあるが。


「エビフライにタルタルソースとか、天ぷらに荒塩だと馴染みのある味になるわよ」

「美味いなあ。やっぱり食い物だけは妥協できん」


 前にムニエルで失敗した白身魚も、今日は本命の天ぷらとして再登場している。

 他には見たことも無い形をした貝のバター焼き──これはエミリアがハマってお持ち帰りすると駄々をこねたが──とか、サキさんが酒のツマミにリクエストしたチーズのフライなど……。



「ついでにタコを買って来て貰えば良かったですね」

「たこ焼きの鉄板か。すっかり忘れていたなあ。そもそもタコは売ってるのか?」

「オクトパスのことですか? あれは漁で取れても海に捨てるんですよ」


 エミリアの話では、普段殆ど市場に並ばないので、欲しい時は前もって漁師に頼んでおく必要があるそうだ。

 ポップコーンの時もそうだったが、食えると思わなくて食材にされていない物がまだまだ沢山ありそうだな。


「海の生き物だと、見た目で捨てられる魚がいっぱいありそうね」

「魚に関してはナカミチが詳しかったの。趣味で釣りをしよったらしいわい」

「そういえば川魚の燻製を作った辺りから、釣り針や釣り道具を作っているのを何度か見ましたよ」

「じゃあ収穫祭が終わった頃にでもミラルダの町に行くか。海釣りだと言えばナカミチも来るだろう」

「たぶん二つ返事で参加するんじゃないでしょうか?」






 海の話題で盛り上がったあと、エミリアは貝のバター焼きを持ち帰り、サキさんは白髪天狗に乗っていつもの銭湯へ、ティナとユナは風呂に入ってしまった。

 俺は食後の後片付けと、焼却炉で生ゴミを焼いてから、家の中に入る前にハヤウマテイオウの様子を見た。


 今までは馬小屋に入れるとそれきり動かなかったハヤウマテイオウは、幾分スペースに余裕があるせいか、マゴマゴとせわしなく動いている。

 俺が声を掛けると、俺の方に寄ってきてピタッと動かなくなるのだが、俺が勝手口から家の中に入ろうとすると、また馬小屋の中をぐるぐると動く。


 これは動けるスペースがあるからじゃなくて、単に落ち着いてないだけかも知れん。

 上手い対処法がわからない俺は、とりあえず適当な野菜を食わせて様子を見る……が、あまり効果はないようだった。


 ユナかサキさんが居ないとどうにもならないと思った俺は、精神の精霊石を乗せた強駒つよごまを馬小屋のそばに置いて、とりあえず家の中に入る。



 俺が広間のソファーで横になっていると、まずはユナが風呂から上がってきた。暫くしてティナも風呂から上がってくる。

 二階の部屋で涼んだ二人が髪を乾かしに降りて来るが、今日は二人が髪を乾かし終えてもサキさんが帰ってくる様子はない。


「サキさん遅いなあ。ハヤウマテイオウの様子が変だから相談しようと思ってたのに」

「……もしかしたら蹄鉄ていてつかもしれません。心当たりがあるので明日直してきます」

「ん? ちゃんとはまって無いのかな?」


 まあユナが何とかしてくれるのなら任せておこう。俺はティナとユナの三人で歯を磨いていつでも寝られる準備をしていたが、サキさんが帰ってくる様子がないのでこの日はもう寝ることにした。

 どうせまた冒険者の宿で気の合う男連中と騒いでいるのだろう。






 翌朝ユナといっしょに朝の支度を終えた俺は、遅れて起きて来たサキさんと三人で、朝から洗濯をしている。


「宿のクリーニングを使ったお陰で、洗濯物が少なくて済んだのは助かるなあ」

「これからはクリーニング屋を積極的に使って行きませんか? 特に毛布は大変なのでプロに任せた方がいいですよ」

「言えてるな……」


 サキさんが脱水作業を済ませた所で、洗濯物を干すのはユナに任せて俺は広間で待つエミリアの元へ向かった。



 広間ではいつものようにエミリアが椅子に座っている。


「今日はサキさんをお借りしてもよろしいですか?」

「なんだ急に?」

はがねのゴーレム討伐の報酬だった騎馬試合への段取りですが、代役の手続きや先方との顔合わせもしておきたいので」

「そうか、半ば冗談だと思っていたが、サキさんも喜ぶだろう」


 俺とエミリアが話をしていると、ティナとユナが朝食を運んできた。サキさんもそれに続いている。



 朝食を食べながら、エミリアは先程俺にしたのと同じ話をサキさんに聞かせた。


「エミリアさん、オルステイン王国の貴族の家にお邪魔する時は、どんな格好で行けばいいんですか?」

「そうですねえ……着るものはそれほど重要ではないですね。上等な物を着ていないと笑われるようなこともないですし……ただ、非常識な格好はいけません」

「騎馬試合の代役だから、完全武装でやる気をアピールする必要はないのか?」

「玄関のホールで召使いから、鎧を脱いでおくつろぎくださいと言われるでしょうね。ちなみに屋敷内へ武器を持ち込むのは、その家を信用していないと見なされるので気を付けてください」

「そうなのか。前もって聞いておいて良かった」

「うむ」


 どうせサキさんの事だ、赤マントまで付けた完全武装で行くのだと思っていたので、飯を食っている段階で踏みとどまれたのは良かった。

 今日は無難な普段着で行ってもらおう。






 朝食が済んで後片付けも終えた俺たちは、今日の各自の予定を確認している。


「わしとエミリアは、今から白髪天狗で出るわい。帰りは銭湯に寄るかの」

「わかった」

「サキさん、帰りはいつもの工房に寄って白髪天狗の蹄鉄ていてつを確認して貰えますか?」

「良かろう。では行ってくるわい」


 サキさんはいつものラフな格好のまま、白髪天狗の後ろにエミリアを乗せて家を出た。

 いつもは護身用のダガーを肌身離さず持っているのだが、今日は手ぶらで出かけた様子だ。愛用のお風呂セットだけは脇に抱えているように見えたが……。


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