第161話「王都散策終わり」
全員が揃った宿の部屋、外はまだ明るくて、夕方には今暫くの猶予がある。
「朝食の後にエミリアから報告があったんだが、魔剣の用意ができたんで鋼のゴーレムを回収する依頼を進めたいそうだ」
「まだ言ってたの?」
ティナにとってはどうでもいい案件だったみたいだ。高価な魔剣を手配する訳だから、それなりに時間が掛かったのは仕方ないと思うのだが……。
「どちらにしても一度家に帰らないと駄目ですね。明日の夕方には家の増築作業が終わっていると思うので、王都散策はこの辺りで切り上げにしますか?」
「そうだの。収穫祭も迫っておるし、やるなら早い方が良かろう」
勢いで始めた王都一周企画だが、南街は手付かずになってしまった。まあ、南街の東側はナカミチの工房があるエリアだし、その西側にはヨシアキの家や市場もある。わりと頻繁に足を運んでいるエリアだからまあいいか……。
「んー、じゃあ明日は南街の散策は中止にして、そのまま家に帰る感じでいいのかな?」
「うむ」
「それなら今のうちに、サキさんは不要な荷物と一緒にお酒を家に運んでちょうだい」
「うむ……」
サキさんは大量の酒を持って、テレポーターを一人で往復させられた。ちゃっかり調味料の袋まで一緒に運ばされているようだ。
飯時までに時間があるので、俺以外の三人は宿の浴場へ行ってしまった。夕食前に風呂を済ませるパターンは、最近では珍しい。
結局また一人になった俺は、ちょっと自分の部屋に帰ってみることにした。
「………………」
テレポーターで自分の部屋に戻ると、俺の部屋……女子部屋の床は酒と調味料で埋まっていた。ユナが移動させた武器は部屋の奥に並べられているのだが、先程サキさんが渋々移動させられていた物は、テレポーターを中心に滅茶苦茶な置かれ方をしている。
せめて自分の部屋まで移動させるくらいはやれと思った。
これは後でちゃんとやらせんとダメだなあ。どうせ俺が注意しても言うことを聞きそうにないから、ティナかユナに指導してもらおう。
俺が宿の部屋に戻ってベッドの上でゴロゴロしていると、今日も一番乗りのユナが風呂から戻ってきた。早速俺は自分たちの部屋の惨状をユナに報告する。
「あのバカ侍、テレポーターの周辺にまんべんなく荷物を置いてあるから、部屋のドアまで辿り着けん状態だぞ」
「ホントですか?」
ユナは髪を乾かすより先に、テレポーターで俺たちの部屋を確認しに行った。
「大丈夫です。後で片付けさせますよ」
暫くして風呂から戻ってきたティナも、部屋の様子を確認しに行った。
宿の部屋では、俺とユナと……夕食時を見計らって現れたエミリアが待機している。
ティナとユナから散々お叱りを受けて女子部屋の酒を片付けに行ったサキさんと、それを監督しているティナが不在のため、二人が戻ってくるのを待っている状態だ。
「やっと終わったわい」
「最初からちゃんとやらんからだぞ。酒は自分の部屋に移動させたのか?」
「私たちの部屋に置いたままよ。家の様子は明日みんなで見たいんですって」
「言わんでくれえ……」
サキさんは恥ずかしそうに顔を隠した。そういうことなら仕方がない──。
俺たちは五人揃って宿の酒場に下りてから、今夜も適当な夕食をつまんでいる。
「明日はどうするかな?」
「当初の予定ですと、儀式テレポートで遺跡と家とを往復する話でしたが……」
「今はテレポーターがあるので、子機を持ったエミリアさんが遺跡の内部にテレポートしてくれるだけでいいですよね?」
「あまりバタバタせずに済みそうね。のんびりやりましょう」
「いえ、それが……魔剣は戦闘の直前に借りてきて、使い終わったらすぐに返さないといけないので、あまりのんびりとはしていられないのです」
「色々と事情があるんだろうけど、借りてくるのに手間取って士気やら勢いやらを台無しにされるようだと困るぞ」
借りてくる魔剣がどの程度の代物かは知らんが、エミリアのことだ、他所様の家から家宝の魔剣をコッソリ借りてくるなんて算段じゃあないだろうな……。
夕食が終わって宿の部屋に戻った俺たちは、移動時にかさばるドライヤーをテレポーターで家に戻してから寝る準備をしている。
「子機さえ持ち歩けば、着替えすら家に置いたまま冒険できそうだな」
「……このテレポーターの最大移動距離はどのくらいなんでしょうか?」
「距離に関してはエミリアは何も言わなかったな。魔法のテレポートなら距離は関係ないみたいなんだが」
「遺跡から取り外して効果が弱くなっているみたいですから、移動距離も短くなっている可能性はあります。また時間のあるときにテストした方がいいですよ」
エミリアがテレポート先を知っている一番遠い場所はミラルダの町だ。日頃夕食に使う魚介類はこの港町で買って来て貰っている訳だが、テレポーターの最大移動距離を調べるテストの第一弾は、ミラルダの町にしようか。
港町には一度行ってみたいと思っていたが、なんせ王都から移動するのに一週間近くも掛かると聞いては、とても気軽に行ける場所ではない。
「魚介類と言えば酒のツマミの宝庫であるからの。一度は行ってみたいわい」
「そろそろ海が見える場所にも行きたいわね」
「ミラルダの町は北の海らしいですよ。もしかしたら北海道の港町みたいな感じかもしれませんね」
「楽しみが一つ増えたな。とりあえず今の依頼を済ませる為に、今日の所はもう寝よう」
「うむ!」
──この日、俺とティナとサキさんは、何故だかソワソワして寝付きが悪かった。
翌朝、宿を発つ準備を終えた俺たちは、エミリアと一緒に宿の酒場で簡単な朝食を頼んでから、今日の予定を話し合っているところだ。
「このあと俺たちは、どこにも寄らずに真っ直ぐ家へ帰るから、エミリアはテレポーターの子機を持ってゴーレムの部屋の前に設置しておいてくれ。そうすれば学院まで行って儀式テレポートを使わないで済む」
「わかりました。どのみちゴーレムの運び出しには儀式テレポートを使うんですけど、その段取りはどうすればいいでしょうか?」
「回収可能な状態になったあとは、そっちで勝手に作業すればいいと思う。後ろで魔術師が何人も待っていたら気が散るから、片付くまでは俺たちだけでいい」
「一つええかの?」
珍しくサキさんが手を挙げた。
「いつものように壊して構わんかの?」
「壊すつもりでやってください」
「エミリア、結局のところ、依頼人からはどんな報酬が貰えるんだ?」
ユナが俺の顔を見ていたのに気付いて、俺は依頼の報酬についての話を進める。
──報酬は銀貨3万枚、鋼のゴーレムを相手にするには些か安すぎる報酬額らしいが、その埋め合わせとして依頼人の家の名義で馬上試合に出られるという。
「なんだそれは?」
「収穫祭のイベントの一つです。貴族や騎士団による馬上試合なんですが、文官や魔術師は参加しても仕方ないので、家の代表として代役を立てる制度があるのですが……」
「それに何のメリットがあるんですか?」
「メリットと言われると笑うしかないのですけど、普通は辞退という形で代役を立てる事は稀なので、平民が代わりに出場するとなれば注目は浴びるでしょう」
「……注目は浴びるかも知れないけど、悪目立ちして反感を買わないかしら?」
「誰でも代役になれる訳ではないんです。サキさんなら身なりは問題ないですし、今回は古代遺跡のゴーレムを倒したという肩書きが付くので、誰も文句は言えないでしょう」
「なるほど、名を上げるチャンスと言うわけか。その馬上試合、金で買えるチケットでは無さそうだし、サキさんがその気なら悪い材料じゃないな」
「サキさんは出たいの?」
「出たいわい。わしにチャンスをくれえ!」
まあ、サキさんたっての頼みでもあるから誰も反対はしなかった。実際に魔剣を持って戦うのは、どう考えてもサキさん一人な訳だし……。
朝食の後、一度宿の部屋に戻って荷物を持ち出した俺たちは、スカスカの背負い袋を馬に括り付けたり、クリーニングに出しておいた洗濯物を受け取ったりして、宿を発つ準備を終えた。
「今日は寄り道なしだ。最短ルートで帰ろう」
「うむ!」
サキさんはやる気十分な様子で白髪天狗を前に出す。俺はドライヤーを家に戻したことで空になったリヤカーの座席に乗り込んだ。
「出してくれ」
「はい」
ハヤウマテイオウにはユナとティナ、そしてリヤカーには俺が乗っている。本来はパワーのある白髪天狗にリヤカーを付けるべきだが、はしゃぎ過ぎのサキさんにドッタンバッタンされてはかなわない。
俺たちは外周一区の側道を壁伝いに進む。南街にあるナカミチの工房は外周二区の外壁寄りなので、こちらは普段使わない道だ。
王都の外壁を抜けて魔術学院の正門を横切ると、ようやく家に帰ってきた実感も湧いてくるが、家へと続く森の入口付近には随分大きな荷馬車が止まっている。
「うちのやつかな?」
「たぶんの」
俺たちが森を抜けると、そこには生まれ変わった家の姿が……あるわけないな。増築しているのは家の裏側だ。ここからでは見えない。
「表側は弄ってないから、ここからだと代わり映えしないな」
「まだ作業も終わってないみたいね……」
家の裏の方では絶え間なく何かを叩く音や怒鳴り声が聞こえてくる。表の方にも瓦が積んであるし、まだまだ終わる気配がない。本当に夕方までに終わるんだろうか?
俺たちは馬の手綱を適当な木に結んでから、玄関の方へと移動した。