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第153話「運任せ」

 さて、骨董屋を満喫した俺たちは、そろそろ本日の宿を決めることにした。とは言っても、まともに宿の場所を知っているのはユナしか居ないわけだが。


「西と北街の境目近くまで来てしまったな」

「この道を外周一区に向かって進むとフワフワの店ですよ」

「ここがあの道に繋がっているのか……」


 結局俺たちのあいだでは「フワフワの店」が定着してしまって、フェアリーケープという正式な店名で呼ばれることはなさそうだ。

 女主人のミゼルさんの話だと、あと数日もすれば冬物が並ぶらしいから、またみんなで買いに行かないとなあ。次はエミリアとサーラも誘ってみようか。



「うむ。それで今宵の宿はどうするのだ?」

「……木の枝が倒れた方向で決めるか? 東なら高級宿、南なら普通の宿、西なら冒険者の宿、北ならボロボロの宿みたいに」

「面白そうですね」

「言い出しっぺのミナトが振ればよかろう」

「一番酷い宿に当たりそうね……」


 ティナがフラグを立てたような気もするが、ともかく俺は馬を降りて適当な木の枝を拾い上げた。



「こっちの尖った方を先っぽにしよう。それじゃあ、いくぞう……」


 俺が軽めに放り投げた木の枝は、空中でくるくると回転しながら弧を描き、地面を何度か跳ねた後に静止した。


「どちらに向いておるか?」

「………………」


『北だーっ!』


 かくして俺たちは、ユナ一押しの「ボロボロの宿」に一泊する事となった……。






 王都の西側に引き返した俺たちは、ユナに先導されて「ボロボロの宿」にやってきた。


「はぁー、これはー……ボロい宿だなあ」

「う。確かにボロいわね……でも宿の周辺まで清掃されているし、不衛生ではなさそうよ」


 あまりのボロさに一瞬引いたが、よくよく観察すればティナが言うように不衛生ではないようだ。一見汚い仕切りの塀に触れても、木屑きくずや塗料の粉が手に付くといったこともない。



「ふふ、ティナさんは気付いたみたいですね……そうなんです。この宿は一見ボロボロですけど、実は手入れが行き届いていて前から気になっていた宿なんですよ」

「むう……! わびの心意気を感じる良い宿だの。早速入ってみるわい」


 何故かサキさんはこの宿が気に入ったようだ。この場で馬を降りてから、一人気ままに宿の中へと入ってしまった。

 仕方がないので暫くその場で待っていると、部屋と馬小屋を手配したサキさんが上機嫌で戻ってきた。



「ツインの部屋を取ってきたわい」

「お、おう……」


 サキさんは俺たちが乗ったままの二頭の馬を両手で引っ張りながら宿の表門を抜けた。普通の宿なら建物の横か裏手に馬小屋を設置しているものだが、この宿では表側の庭に当たる部分に馬小屋がある。


 馬を休ませた俺たちは、手荷物と壺の入った木箱を持って宿の中に入った。






 宿の外見から予測できていたが、この宿は中身も相応にボロボロで、所々床板の色が新しい……床板が抜けた部分を修繕したのかもしれないが。

 何とも言い難いほどボロいくせに清掃や修繕はキッチリ行われているので、どうにも評価に困る宿だ。


「これだけぎだらけなのに、床が軋まないのは返って凄いなあ」

「それに見て。部屋のドアは古くて黒ずんでいるのに、ガタツキどころか隙間もないわ」


 この宿はいいネタになりそうだ。


 サキさんが取った部屋は、縦に長いウナギ部屋だった。ドアの先にある最初の空間は荷物が置けるスペースになっていて、そこから椅子とテーブルの置かれた空間が広がり、衝立ついたてのようなパーティションの奥にはベッドが二つ置かれている。

 左右に分かれて配置してあるベッドの中央を通って部屋の奥まで歩くと、横にスライドして開くドアが二枚。それを開け放つと宿の中庭に出た。庭の奥には馬小屋が見える。

 この宿は二階建てだが、二階の部屋だとスライドする木窓に手すりが付いているようだ。



「ここは一泊いくらなんだ?」

「馬小屋入れて銀貨34枚である。小さいが風呂も付いておるらしいの」


 あるところにはあるものだな。この宿は見た目こそボロボロだが機能的には何ら問題がない。この値段で風呂まで付いてくるのなら、このまま一週間ここに泊まってもいいかな、なんて気分にもなる。


「これからどうしますか?」

「んー、とりあえずエミリアに宿の場所を知らせるのが先だな」


 ティナは召喚魔法で呼び出した木筒の中に、今晩の宿の場所を記した羊皮紙の欠片かけらを入れて、その木筒を元の場所へと送還した。






 エミリアからのアプローチは、木筒の中に返事を入れておくか、直接この宿を訪ねてくる感じだろう。とりあえず休憩がてら、一時間ほど待つことにする。


「ユナは何をしてるんだ?」

「さっき使った羊皮紙の余りでサイコロを作っているんですよ」


 エミリアを待つ間、ユナはサイコロを作っていた。全てはめ込み方式で組み立てるサイコロみたいで、のり付けが不要らしい。ティナの魔法の杖を定規代わりにして図面を引いたあと、護身用のダガーで切り抜いている。

 サキさんと比べるのは酷な感じだが、ユナもなかなか手先が器用だ。


 ちなみに古代竜の角の杖は、ロッドの表面が滑らかではないので定規代わりにはできないと不評だった。


「もう少し良く切れるダガーが欲しいですね……」

「サキさんが持ってるダガーがめちゃめちゃ良く切れるみたいだから、あれの小さいやつを買ってくればいいよ」

「確かによう切れるが、錆びやすいから面倒やも知れぬ。素直に細工用のナイフを買うのがよかろう」



 ユナがサイコロを作っている隣では、ティナが今日買った壺の鑑定を始めたようだ。


「見れば見るほど梅干しが入っていそうな壺だなあ」

「うちの台所にも似たようなのがあったわい」

「ティナさんも魔道具の鑑定ができるんですか?」

「魔道具に込められた魔力を読み解く感覚らしいけど……」


 ティナは暫く壺を抱えていたのだが、結局わからずじまいで木箱に収めた。


「まだ知識が浅いせいね。魔力を読み取ってもピンと来なかったわ」

「下積みなしで魔術師になったんだから、鑑定ができなくても仕方ないだろう」


 ふと思ったのだが、サキさんの身体能力が初めから高かったのと同じように、ティナも最初から魔法が使える状態だったのかもしれないな。

 そう考えると、何の能力も授かっていない俺はどうなんだと言う話になるが。むしろチンチンを無くしてマイナス状態からのスタートだったし……。






 サキさんが馬の世話をしに部屋を出てから少し経った頃、俺たちの部屋にエミリアが訪ねてきた。木筒を使った連絡方法は、非効率とはいえ上手く機能したようだ。


「あれだけ連絡方法が云々と言っておいて何だが、冷静に考えるとティナが食事を作る訳ではないから、エミリアを呼ぶ必要は無いよな?」

「そうですよね」

「まあそうおっしゃらずに……今日は私がご馳走しますから、どこか美味しいお店に行きませんか?」


 今日はエミリアのおごりみたいだ。とは言え、この近辺で飯が食える場所を知っているのはユナくらいだと思うが。肝心のユナは、羊皮紙に何かを書き込んでいる最中だ。

 そうこうしていると、馬の世話を終えたサキさんも部屋に戻ってきた。



「晩飯はどうするかの?」

「今どうするかで悩んでいたところだ。普段外食しないからこういう時に困る」

「それなんですけど、夕食はサイコロで決めませんか?」


 ユナは羊皮紙に一から六までの候補を書き込んでいた。これを作っていたのか。



 一、馬に乗って公園裏の高級酒場まで行く!

 二/三、意外と美味しいかも? この宿で食事。

 四/五、不味いけど激安で有名な定食屋に行く。

 六、酒まで不味いと噂の定食屋に行く……。



「サイコロを振る人は責任重大ね」

「だの……ミナト、振れ」

「謹んで断る。折角だからエミリアが振ってみるといい」


 俺はエミリアにルールの説明をしながら、羊皮紙で作ったサイコロを手渡した。



「六の目だけは引きたくありませんね……では行きます!」


 勢い余ったエミリアは、サイコロを天井に打ち付けた。なかなかの気合だ。天井で跳ね返ったサイコロは、へろへろと回転しながら床に落ちる。


「いい目が出た?」

「…………」


『にー!!』


「惜しいわね」

「惜しいな」

「惜しかったですね」


 俺たちはこの宿にある酒場で夕食を取ることにした。酒場は客室からカウンターを抜けた先にある。ちなみに風呂場やトイレは客室からさらに奥まった位置にあるようだ。






 酒場のテーブルに着いた俺たちは、メニューから適当な料理を選んで好き好きに食っているのだが、味の方は強面親父の宿とどっこいどっこい、いい勝負という感じだ。


「んー、悪くはないわね……」

「基本的に焼いて塩かスパイスを振っただけの料理が多いですよね」

「無難と言えば無難か。手間も掛からないし」


 特に何の感想もないまま夕食を終えたあと、エミリアは学院に帰っていき、サキさんは普段と違う場所にある銭湯へ向かった。

 俺とティナとユナの三人は宿の風呂場を使ったのだが、最後の方でお湯が足りなくなったアクシデントを除けば、少し狭いが悪くはない風呂だった。


 この宿、基本家無しの冒険者にはかなりおすすめな宿だと思う。強面親父の宿から遠いのは不便だが、風呂付きなのに安い。今度はシオンとハルにも教えてやろう。穴場だ。



 風呂から上がった俺たちが、リヤカーに積みっぱなしの自作ドライヤーを部屋に持ち込んで髪を乾かしていると、サキさんが銭湯から戻ってきた。


「今日は早いな」

「不思議と気分が落ち着かんでの。洗うだけあろうて、そのまま出てきたわい」

「サキさんでも、そういうことがあるんですか?」

「うむ」


 この日は全員一列に並んで歯を磨いたあと、ベッドに入ってからも暫くの間は他愛のない雑談をしながら寝た。


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