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第152話「王都散策始め」

 翌朝目が覚めた俺は、ユナと一緒に朝の仕度を済ませてから、日課の洗濯をしている。


「昨日は酷かったなあ……」

「お疲れ様です……」


 昨晩はあの後、大鍋の残り汁で一人前の鍋を作るティナを俺とユナで手伝ったのだが、エミリアが機嫌を直して帰るまで付き合っていたのは俺一人だった。

 途中で酔い潰れたまま今も寝ているサキさんはともかく、今朝の俺は若干眠気が残っている。


 俺は洗濯物を絞りながら、駆け出し冒険者の宿でヒソヒソ話をしていた男たちの姿を思い起こしていた。

 不味いだけなら救いもあるが、生死に関わるようなデス料理だと流石にキツいなあ。


 脱水作業が終わったので後はユナに任せて、俺は広間の方へ向かった。






 俺が広間に戻ると、セルフ放置プレイを楽しんでいるエミリアが居た。昨日の夜は大変だったが、一晩経ってすっかり機嫌も直ったようだ。


「朝食はこっちで食うのか。夕食はヨシアキの家で食うのかな?」

「……!!」


 俺が冗談交じりに聞くと、エミリアは口を押さえて俯いてしまった。軽くトラウマになっているようだが、その場に取り残されたままのヨシアキたちは大丈夫なんだろうか?



「まあいいや。実は今日から家の増築作業に入るんだが、夜中も作業するみたいなんで俺たちは王都の宿をはしごして遊ぶ予定だぞ。エミリアはどうするんだ?」

「え?」

「いや、家に居たり居なかったり、その日その時の気分で好き勝手に宿を決めて泊まるからな。王都からは出ないけど、一度はぐれたら面倒なことになるぞ」

「それは……そうですね……」


 困り顔になったエミリアの後ろを寝坊したサキさんが通り過ぎる。



 居場所を伝えられる連絡手段がないものか考えていると、ティナとユナが朝食を運んできた。今日の朝食はコーンとマヨネーズを乗せて焼いたパンに、ベーコンエッグとサラダのセットだ。

 脱衣所で顔を洗っていたサキさんも慌てて広間に戻ってきた。


「今日から一週間、王都で自由に過ごす予定だが、エミリアに現在地を知らせる良いアイデアはないかな? 誰かが別行動してはぐれたときでも役に立つと思う」

「……そろそろ電話に相当する魔道具が欲しいですよね」

「カナンの町で連絡用に思い付いた魔法があったけど、それを応用したらどうかしら?」

「ほう?」



 ティナは調理場へ何かを取りに行ったが、それは何の変哲もない木製の入れ物だった。調味料を入れる容器かな? 一番小さい缶コーヒーくらいのサイズだが、上蓋が閉まるようになっている。


「この中に手紙を入れて、私の手元と家の中を行き来させれば何とか連絡が取れると思うわ。問題は私を経由しないと連絡が取れないことだけど……」

「十分だろう。この入れ物はなるべく他の物と干渉しない場所に置いておこう」


 どこに置くか悩んだ結果、連絡用の木筒きづつは暖炉の上へ置くことに決まった。

 連絡の方法としては、木筒の中に用件を書いた羊皮紙の欠片かけらを入れておき、ティナが木筒を召喚してその中身を更新したり確認するというものである。

 非常にアバウトかつ、決められた時間に確認する訳でもないため非効率だが、連絡手段が何一つなく、一度はぐれたら即アウトという状態よりはマシだろう。






「私は職人さんの所に行って作業を頼んできます」

「うん。一応前金で金貨800枚用意してあるけど、持っていける?」

「大丈夫です。行ってきますね」


 今日は各人が予定を宣言するよりも早く、ユナは家を出ていった。ハヤウマテイオウにはリヤカーを付けて、金貨はそこに積んだみたいだ。

 エミリアも魔術学院に帰ったので、現在家にいるのは俺とティナとサキさんの三人だ。


「もし本当に一週間どこかで寝泊まりすることになったらどうしようかな?」

「今のうちにシーツを洗って、布団も干しておきたいわね」

「やろうか……まだ間に合うかな?」



 全く予定にない行動だったが、特にやることもないし俺とティナの二人でシーツを洗濯しているうちにサキさんが布団と毛布を干して回り、その後三人で脱水作業をしてから洗濯したてのシーツも干した。

 今日は天気がいいので、弱駒に風の精霊石でも乗せておけば、ペラペラのシーツなんて小一時間もあれば乾いてしまうだろう。


「三人でやるのも久しぶりだな、まあ三人でいた期間なんて一週間もなかったと思うけど。それでも最初期の面子めんつだけあって、思い入れはあるよなあ……」

「まあの……」


 何だかんだ言っても、元の世界の事情までお互いに知っているのはこの三人だけだ。それも目覚めてすぐの妙な空気があったからこそブチまけられたのであって、サキさんはともかく俺とティナが今後誰かに自分の過去を打ち明かすことはもう二度とないだろう。


 しかし、そのせいもあってユナだけがお互いの深い部分を知らないんだよな。今更改めて聞く気にはなれないが、ときおりユナから感じる不安げな態度が気に掛かっている。

 ちょうどいい機会なので、前々から気掛かりだったユナのことを二人に相談してみた。



「……そうね。とにかく今は安心できる居場所であり続けるように考えているわ。どう対応するにしても、まずは安心して暮らせる環境がないとね」

「わしはあまり考えとらんわい。不自然な態度で接したらすぐにバレるからの」


 サキさんは苦笑いしながら答えた。しかし、二人ともちゃんと考えているんだな。一人であれこれ悩まなくていいのは心強い。俺も自分ができる範囲でやって行こう。


 それから気分を変えて三人で好きなアニメやゲームの話をしていると、ユナが戻ってきた……後ろには四台の荷馬車を引き連れて。

 そんなわけだから、家の前のスペースは隙間もないくらいに渋滞している。






 ユナは後ろの荷馬車から飛び降りたずんぐりむっくりな体型のおっさんを俺の前に連れてきた。


「お嬢さんがこの家の新しいオーナーになったんかの? わしは大工のガオラじゃ。早速作業に入らせて貰うが構わんかの?」


 ガオラと名乗ったおっさんはティナよりも少し背が低いので、俺を見上げながら喋るという、何とも不自然な格好になっている。

 以前の俺なら特徴的な体型には触れないでおこうと心の中で気にやんだが、人間以外の種族がいることを知った今では、他種族との交流ができる世界を面白く感じている。


「はいどうぞ。大体の説明も聞いて理解しているから、よろしくお願いします」

「ほいほい。では任せて貰おうかの……おめえら~! 準備始めるぞい!!」


『ウーーッス!!』


 ガオラのおっさんが合図をすると、荷馬車で待機していた男たちが無駄のない動きで工具や資材を家の裏に運び始めた。

 人数はガオラさんを入れて……全部で五人いるみたいだ。体の特徴から判断すると、人間が三人、ドワーフが二人の構成だ。


「人間以外の種族が居るってやっぱりいいな。この世界の人類は孤独じゃないってことだ」

「……ふん」


 俺の独り言を聞いていたサキさんが鼻で笑いやがった。






 さて、家の中と外でガリガリと作業が始まってしまった。最初のうちは足場を組んだり地面を均していただけなので良かったのだが、増築後には内壁として使う部分の外壁を削り取る作業が始まってから、何とも神経に障る騒音に悩まされている。


「これはかなわん。さっきまでは余裕で寝れると思っていたけど頭が痛くなりそうだ」

「ガオラさんには家を空けると言ってあるので、もう街に行きませんか?」

「それが良かろう」

「じゃあ、荷物を用意して出掛けましょう」


 今回は冒険に出るわけではないので装備やキャンプ用品は不要だが、ユナとサキさんは護身用のダガーを腰に挟んでいる。

 それにしても、普段は丸々と太って貫禄すらある背負い袋も風呂用品をはじめとする日用品と着替えくらいしか入っていないので、今日のところはしおれているな。


 街に出掛ける準備が整ってから、俺たちは干していた布団やシーツを取り込んだ。布団と毛布はもう少し時間を掛けて裏側も干したかったが仕方がない。

 ちなみにシーツは風を当てていたおかげでカラカラに乾いていた。



 今日はサキさんと俺が白髪天狗に、ユナとティナがハヤウマテイオウに乗り、リヤカーにはドライヤーを載せて白髪天狗に繋げた。


「さて、行き先はどうしようか?」

「ヨシアキとウォルツのその後が気になるわい。死んでなければ良いがの……」

「殺人料理のとばっちりは受けたくないです。暫く近寄らない方がいいですよ」

「とりあえず王都を時計回りに歩いてみましょう。今日は西の奉行所から先の方かしらね?」


 俺たちはすっかりやかましくなった家を後にして、王都の西大通りの向かい側──時計だと十時くらいの位置から散策することにした。






 西大通りの向かい側には、品物がやたらと高い魔道具の店もある。俺たちは普段立ち入ることのない外周側をのんびりと歩いている。外壁沿いの道ならカナンの町からの帰りに良く使うが、区画の中を散策したことはなかったな。


「いやあ、見事に何もない。見た目は下町っぽい雰囲気があるみたいだけど!」

「この辺りはもの凄く不味い定食屋が二軒あって、お互いに張り合っているんです。それから、もう少し歩くとガラクタ過ぎてゴミ屋敷にしか見えない骨董屋がありますよ」


 流石、日頃から王都を散策しているだけあってユナは街に詳しかった。少し歩いててい字路に当たると、ユナが教えてくれた通りの骨董屋が目に入る。



「これはまた……すごい見た目の店舗ね」

「酷いですよね」


 骨董屋と思われる店舗は……路地まで商品がはみ出している所は他の店でも良く見かける光景なのだが、汚いつぼには雨水が溜まり、その周辺には緑色のコケが生えている辺り、店を閉める時も一切片付けをせずに放ったらかしのような雰囲気がある。


 ──これだけガラクタばかりでは、誰も取ろうと思わないのかも知れないが。


「ちと入ってみるかの?」

「まじか……」


 開け放っている扉から店の内部を覗くと、天井に近い所まで大小ちぐはぐの木箱が積み上げられていたりして非常に危険な香りがした。


「俺は別にいいかなあ。外で待ってるからサキさん行ってこいよ」

「ミナトさんは行かないんですか? 気になっていたけど一人で入る勇気がなかったお店なので、私は入ってみますよ」

「私も入ってみようかしら……ミナトはハヤウマテイオウも一緒に見ててね」


 みんなが入るなら俺も付いて行きたかったが、まあ誰かが馬を見ている必要があるのでここは仕方がない。



「…………」


 店の中を見ていると、マイペースに物色しているユナの隣で、ひたすら木箱を降ろしたり積み上げたりを繰り返しているサキさんが見える。どうやらティナに指示されているようだ。


「……………………」


 暫くサキさんがき使われている様子を眺めていたのだが、俺が退屈し始めるほど長い時間やらされているようにも感じる……。






 随分と時間が経過して、ようやく戻ってきたサキさんは流石に疲れた顔をしていた。しかも所狭しと積み上げられた商品の山から発掘したと思われる、サッカーボール大の木箱まで持たされている。


「掘り出し物でもあったのか?」

「わからん。ティナに言われてほじくり返しただけだわい」

「魔力感知に引っ掛かったから、とりあえず買ってみたのよ」


 なるほど。魔術師でないと魔道具の魔力を感じないから、何かの間違いでマジックアイテムが紛れ込んでしまうこともあるんだな。

 木箱はリヤカーに積んであるドライヤーの上に無理やり乗せたのだが、興味本位で蓋を開けてみると、そこには梅干しを入れておくイメージの茶色い壺があった。


 見た目は完全に普通の壺だ。いつも通っている雑貨屋でも同じような壺を売っていたぞ。これは見た目で判断できないな。この壺が魔道具だとは誰も考えないだろう。


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