第14話「ナカミチを探せ」
「これからの予定だが……」
冒険者の宿の一室から、俺は今までに出ていた案と、これからやりたいことの内容をまとめていた。
「今からエミリアに会って、例の鍛冶職人を紹介してもらおう。そのついでにミスリル銀の指輪と精霊石について詳しく聞こうと思う。売るか使うかはそのあとで決める」
「異論ない」
「私はここに残って普段着の方を洗っていてもいいかしら?」
「助かる。エミリアの方は俺とサキさんの二人で行こう」
ティナは宿に残して、俺はサキさんと魔術学院へ向かうことになった。王都の地理にはまだ詳しくないので、念のために小冊子の地図を見ながら進んでいる。
何もわからないままにこの道を歩いたのは一週間ほど前の話だが、それも懐かしく感じる。
王都の外壁をくぐって魔術学院の正門に来る途中、理由はわからないが泣きながら歩いているマント姿の女とすれ違う。顔はフードで良く見えなかったが、いじめにでもあったのだろうか?
俺は少し気になった。
ほどなくして魔術学院の正門に着いた俺とサキさんは、門番らしい二人組の一人に声を掛けた。
「すみません、冒険者のミナトとサキですが、知り合いのエミリアに会いたいのですが」
「導師エミリアですか? ……ではご案内します」
用件とかいちいち聞かれると面倒くさいので、勝手に知り合いという事にしておいた。
先程声を掛けた門番の男が俺たちを案内してくれる。前回も色んな建物が建っているなと思ったが、心に余裕のできた今見ても、ごちゃごちゃしていて良くわからない敷地だ。
「導師エミリアを呼んで来ますので、私はこれで……」
「あ。どうもでした」
門番の男は小さな建物の扉をノックして二、三声を掛けると、そのまま正門の方へ戻って行く。それからすぐに扉が開いて、エミリアが顔をのぞかせてきた。
「……あら? 貴方たちでしたか。こちらでの生活には慣れて頂けました?」
「何とかやってます」
初めて会った時と同じ白いローブ姿のエミリアは、栗色の明るいセミロングの髪をかき上げながら俺たちに話しかけた。ちゃんと覚えていてくれたようだ。
俺は挨拶を兼ねて、ここ一週間の冒険の話をエミリアに聞かせた。サキさんも武勇伝を簡潔に話すと、上手くやれているようで良かったとエミリアも喜んでくれる。
「それで本題なんだけど、日本人の鍛冶職人がどこにいるのか教えて欲しいんだ。あと、このミスリル銀の指輪と精霊石を魔法に詳しい人に見てもらいたい」
「……これはただの精霊石ですね。価値ですか? 魔法の資質を計る物だけど、特に使い道もないから部屋の隅で埃を被っているのが普通ですね……」
「う。価値ないのか」
「私の研究室にもいっぱい転がっているので、もし必要になったら差し上げますよ」
ガッカリです。精霊石っていうのは最初はただの水晶玉で、魔術師やその資質を持つ者が精霊力を封じ込めると精霊石という物に変化する物らしい。
だから魔術学院の入学生は最初に水晶玉を渡されるのが習わしで、その場で精霊石を作れた者だけが正式に入学を認められるらしい。
なるほど、これが魔術学院の入学試験になるのか。わざわざ量産して売るような物でもないから、普通は店にも並んでいないという話だ。
「こっちの指輪は……確かにミスリル銀の指輪だけど……魔力を感じます。エスタモル時代の魔法の品で間違いないですが、何の魔法が込められているのかは調べてみないとわかりませんね」
「もし鑑定して貰うといくらかかる?」
「学院を通して依頼をするなら銀貨5000枚くらいが相場で、複雑な魔法だと追加料金が掛かって行くという感じです」
「おいミナト、流石に出せんぞ……」
「ううむ……」
「あ。でもでも、私が個人的な興味で調べるので良ければ……報酬は何か珍しいお菓子だけでもいいですよ」
もう帰るかと言い出した俺たちに、エミリアが手を振りながら慌てて答えた。
こいつ絶対この指輪に興味があって自分で弄り回して調べたいだけだろ……しかし珍しいお菓子ねえ、ここはティナに任せてみるか。
「わかった。王都では買えないお菓子で良いんだな? 鑑定はどのくらいで終わる?」
「三日は欲しいです」
「お菓子はそれまでに用意できればいいな。じゃあお願いします」
俺はエミリアに指輪を預けて立ち去ろうとしたところ、襟首をサキさんに掴まれた。
「エミリアよ、鍛冶職人の場所を教えてもらいたい」
「ああそうだったな」
鍛冶職人は工業区の一角にいるそうだ。前の職人が引退して空き部屋になっていた工房を借りて作業しているらしい。
迷わないように小冊子の地図にはしるしを付けてもらった。名前はナカミチと言うおっさんだと教えられた。
「あとこれはミナトさんに頼んで良いのか迷っている事なのですけど……」
「?」
「こちらに来て冒険者を選んだ方の一人が上手く馴染めなかったようで、先程訪ねて来られたんですけど、元の世界に戻る手段はもう消えているので……その……」
「同郷のよしみで、という話であるか?」
「はい。元の世界に返してあげられれば良かったのですが、できれば同じ世界から来た人たちといる方が良いのではないかと」
「どうするのだ?」
「人として知らんとは言えないんだが、ティナとも相談したいし、命の駆け引きもあるから、和を乱すようなやつだったらリーダーとして受け入れられないし、即断はできんと思う」
「……そうですよね。でも街で見掛けたら、一度声を掛けてみて貰えませんか?」
これはちょっと困った話だ。俺たちは運良く複数人で来て、互いの事情を知りながら協力しあえて来たが、確かに一人で放り出されていたら最初の戦闘で死んでいたかもしれない。サキさんは別として。ティナも別として。
あれ? 深刻なのは俺だけか……。
「一応名前や特徴を教えておいて貰えるかな?」
「名前はユナだったと思います。ミナトさんと同じくらいの背の高さで、金髪の女の子ですよ」
「なんだ女か……」
「わかりました。じゃあ俺たちはこれで……」
俺とサキさんが宿の部屋に戻ると、部屋で待っていたティナが迎えてくれた。
「おかえりなさい。そっちはどうだったの?」
「うん実は……」
俺は指輪と精霊石のこと、鑑定料として珍しいお菓子が必要なこと、鍛冶職人ナカミチのこと、そしてユナとかいう女の子のことも説明した。
「気になるわね」
「気にはなるけど居場所がわからんのよ。まずはナカミチを訪ねてみよう。工業区らしいから馬も連れて行こう。鞍の調整とかひずめの手入れも必要だろうし」
サキさんと俺は白髪天狗、ティナはハヤウマテイオウに跨って、地図を頼りに工業区へ向かった。
工業区は俺たちが泊まっている冒険者の宿から一直線に東側の外壁付近に位置している。宿は南西、工業区は南東といった具合。少し距離はあるが、馬のおかげで移動は楽だ。
「暑苦しいし、結構うるさい場所だな」
そこら中からカンカンキンキンと何かを叩く音や、何かを切る音、大きな物を数人の男たちが大声で怒鳴りながら支えていたり、革のような物を大きな鍋に入れていたり、様々な工房が寄り集まって、ちょっとした工場のような雰囲気だ。
「まさに男の現場だ。悪くない。悪くないぞ」
「自重しろ……ティナは大丈夫か?」
「ありがとう。平気よ」
ティナだと男臭いのは駄目かと思ったが、大丈夫なようだ。
俺たちは馬が何頭か繋がれている工房に目を付けると、まずはそこを訪ねた。工房の壁に馬のモチーフをあしらった看板があるので、馬の手入れはここに任せよう。
「すまん。鞍とひづめの手入れをして貰いたい」
「あ、ん? 鞍もやるなら馬ごとここに持って来てくれー!」
俺たちは言われる通りに馬を連れて工房に入った。
工房の中は見たこともない道具や色んな鞍が並べられている。床は土のままだが明るい工房で、馬小屋のような臭いが漂っている。
この工房には二人の職人がいるようだ。二人とも小太りで天然パーマの掛かったおっさんだ。兄弟かもしれない。
「これ兄ちゃんの馬かい? 普通は貴族が好んで軍馬にする種なんだが……実物は初めて見た。すげえな……」
「白髪天狗と言う」
「……ひでえ名前付けられたな」
白髪天狗の背中を撫でながら、おっさんの一人が同情した。白髪天狗は高価な馬だったようだ。得体の知れない追いはぎの馬だったので、どこかで盗んで来たのは確実だ。
「あの、この子はどうですか?」
「こっちは……良く伝令とかに使われる種で、足が速くて耐久力もある良い馬だよ。本気で走れば相当速いって話だ」
「ハヤウマテイオウよ」
「……ひでえ名前付けられたな」
本当に早馬帝王だったようだ。
確かにこいつだけ突出してこっちの荷馬車に追い付いて来たんだよな。俺が最初に矢を放ったときの追いはぎが乗っていた馬だ。
俺は、鞍を両方二人乗りにして、背負い袋やテントを詰めるようにしたいこと、ひづめの手入れをして欲しいことを伝える。
「今付いている鞍が良い物なんで、手直しして追加した方が良いだろうな。全部任せて貰えればすぐに仕上げてみせるよ」
自信があるのだろう、おっさんは腕をまくると毛だらけの腕をバシッと叩いた。俺は全部お任せコースにする。
ハヤウマテイオウの鞍は調整幅を少し増やして対応してくれるらしい。
「これだけ良い馬だから蹄鉄も打ち直した方が良いだろう。最近新しく工房を始めたナカミチって奴が作った蹄鉄があるんだが、なかなか良く出来ていておすすめだ。どうする?」
「ナカミチと知り合いなんですか? これから会いに行こうと思っていたので、何処にいるか教えてください。あと、蹄鉄はメイドインナカミチでお願いします」
渡りに船だったので、工房のおっさんにナカミチの居場所を教えてもらい、作業をしてもらう待ち時間を利用して、そのままナカミチの工房を目指すことにした。