第147話「リリエッタ」
ヨシアキが隣の馬小屋に向かってから戻ってくる間、暇を持て余した俺とティナは熱い飲み物を頼んで時間を潰している。
「どんな子なの?」
「性格が悪くない子を教えて貰ったはずだから普通……だと思ったんだけど」
俺とティナがリリエッタの話をしていると、酒場の隅っこで男たちが輪を作り始めた。
「……リエッタが……の……牲者が……」
「うげぇ! まじかよ~!!」
「俺なんて意識朦朧でコボルドと戦って死に掛けたんだぞ!」
「今日の奴は見ない顔だよな?」
「なあに、みんな通る道さ。何日で馬小屋に戻ってくるか賭けをしようぜ」
最初の方は良く聞こえなかったが、リリエッタの陰口だと思われる。陰口を叩いているのが全員男っていうのが異様な光景だが。
何のことか確かめたい気もするが、あの輪に入っていくのはちょっと怖い。ティナはあまり関心が無さそうなので、俺も見て見ぬフリをした。
話がまとまればこの宿を出て行くだろうし、そうなったらもう関係ないからな……。
それから少しして、宿に戻ってきたヨシアキはそのままカウンターで何かの支払いを済ませてから、俺たちのテーブルに寄ってきた。
「どうなったの?」
「すぐに話が付いて、リリィには荷物をまとめて貰っている。二人のお陰で俺のパーティーにも女の子のメンバーができた。本当にありがとう!」
ヨシアキは嬉しそうに頭を下げた。こいつの動機は不純の塊だが、あんまり嬉しそうにするものだから、俺の心にも謎の感動がこみ上げて来る。
「良かったな。じゃあ今すぐにここを出よう。今日中に足りない物を買って回らないといけないだろうし、急いだ方がいいぞ?」
「お、おう。そうだな……」
酒場の角に固まってこっちをチラチラ見ている連中が変なことを口走る前に、俺はティナとヨシアキを連れて駆け出し専門の宿を出た。
せっかく気分良く出発するヨシアキとリリエッタの出会いに、くだらんケチが付いては気の毒だからな。
俺たちが宿を出ると、リリエッタは荷物を抱えて待っていた。立ち姿を見ると、背はエミリアよりも少し低い感じで、160センチくらいのようだ。
日の当たる場所で改めて観察すると、着ている服がダサいので幸薄そうに見えてしまうが、こういう子をきれいに着飾ると絶対エロい感じに映えると思った……。
「馬の方は俺一人で。自己紹介は移動しながらやろう。まずは雑貨屋かな?」
俺は白髪天狗に跨って、三人が荷車に乗り込むのを確認してから馬を出した。
俺は人通りの少ない裏通りを選びながら雑貨屋を目指している。後ろの荷車では自己紹介を終えてすっかり打ち解けた三人の笑い話が聞こえてくる。
そういえば、我がニートブレイカーズではサキさんが元女のホモ戦士という複雑な事情があるので、同じ部屋で四人寝泊まりしても全く平気だったが、ヨシアキたちはそう言うわけにはいかんだろう。
ヨシアキとウォルツが同じベッドを使えばリリエッタ専用のベッドを確保できるが、毎晩シングルの狭いベッドで男二人が寝るなんて罰ゲームだな。正直絵面が悪すぎる。
……まあ、当の本人たちが知恵を絞るだろう。これも冒険者生活の醍醐味だ。
「雑貨屋に着いたぞ。荷馬車のままだと表通りに出られんから、俺たちはここで待ってる」
「悪いな。じゃ、俺とリリィで行ってくる」
ヨシアキはリリエッタを連れて雑貨屋へ歩いて行った。俺は適当な場所に手綱を繋いで、荷車に乗っているティナと一緒に時間を潰すことにする。
「女がいかに金の掛かる生き物か思い知るがいいわ」
「何を買わされて来るのか楽しみね」
俺とティナはある意味楽しみにしていたが、暫くして戻ってきたヨシアキは、大小の鍋やら調理道具をいくつもぶら下げて歩いてきた。
「随分買い込んだわね」
「ああうん、リリィは料理が好きだって言うから、ついカッとなってしまった。冒険中はウォルツに運ばせようと思う」
「ありがとうヨシアキ。これから毎日ごはん作ってあげるから期待してて」
「え? 本当!? いやあ、参ったなあ……ねえ?」
「知るか。デレデレした顔でこっち見るな。というか宿生活で自炊する場所あるのか?」
『あ……』
俺が突っ込むまで誰も気が付かなかったようだ。俺はティナの手料理が食いたくて何かと理由を付けながら家問題に悩んだ経験があるので、すぐに気付いたのだが。
──ヨシアキもリリエッタの手料理食いたさに、俺と同じ道を歩むのだろうか?
「ミナト、とりあえず強面親父の宿に戻ってくれ。今後の相談に乗って欲しい」
俺たちはヨシアキの要望で、強面親父と冒険者たちの宿まで戻ってきた。
「私は家に帰るわよ。洗濯物を取り込まないといけないし、晩御飯の準備もあるし……」
「それなら馬で帰ってくれ。俺は適当に歩いて帰るから」
「ごめんね。そうさせて貰うわね」
ティナは家の用事があるので先に帰ってしまったが、俺はヨシアキの相談に乗るために宿を取っている二階……ではなく、階段の奥の通路から土臭い馬小屋に移動した。
「おーい、まさか今日から三人で馬小屋に雑魚寝するつもりか?」
「流石にリリィの部屋は二階の宿を取る。俺とウォルツは馬小屋だけどな」
「私だけ特別扱いだと気になって眠れないから、みんなと同じ馬小屋でいいけど……き、着替えのときだけあっちを向いててくれれば……」
「…………」
リリエッタの生着替えを想像したのか、ヨシアキは咽を鳴らした。こいつは発情するだけで何も出来ないヘタレだと思うから特に心配はしてないが……。
それにしてもリリエッタはいい子だなあ。上目遣いで恥ずかしそうにしている表情なんて、健気さも相まって相当な破壊力だと思った。
「……うん、まあ、後はお前たちで頑張ってくれ。家探しなら、王都の奉行所に行けば不動産も兼ねているようだぞ。ウォルツなら身元が証明できるだろうから、住む家くらい簡単に見つかるんじゃないかな?」
「初めて聞いた。そういうシステムになっていたのか。じゃあ明日から探す!」
俺は家探しをしていた時に覚えた知識をヨシアキに伝えて馬小屋を出た。空はそろそろ夕方の色に染まる頃合いだ。
俺が家まで歩いていると、王都の外壁をくぐった辺りでユナと合流した。
「ミナトさんも帰りですか? とりあえず後ろに乗ってください」
「ちょうど良かった、助かる」
俺はハヤウマテイオウに繋いであるリヤカーに乗って家まで送って貰った。
家に帰った俺は、ユナと一緒に馬の世話をしてから家の中に入る。サキさんはまだ帰ってきていないようだ。エミリアの姿も見えない。
ユナは自室のテーブルにメモ用紙を何枚も広げて、それを整理している。俺の方はといえば、ドレッサーの椅子に腰掛けて色んな角度から自分の顔を確認していた。
「何か気になる所でもあるんですか?」
「ヨシアキに言われたんだが、俺の顔なら性格が破綻してても許せるらしい……」
ユナに聞かれて説明した俺だが、口に出した途端に恥ずかしくなったので鏡を見るのをやめた。でもまあ、悪い気はしなかったので、風呂の前だが顔にコロコロをし始める。
「ミナトさんは見た目に男性受けが良さそうですもんね」
「男性受けなんて言うと、自分の体がいやらしい目に晒されているようで気が引ける」
「生まれ持った才能ですから、自信を持っていいと思いますけど……」
「俺だと活かせそうにない才能だが、マニア向けと言われるよりはマシかな?」
そろそろエミリアが来る頃だろう。俺は作業中のユナを置いて自室を出た。
一階の広間に下りると、おっぱいオバケのエミリアがセルフ放置プレイを楽しんでいた。
「目の下にクマが出てる。ちゃんと寝た方がいいぞ」
「そうします……」
エミリアは珍しく元気がない。今朝はすこぶる快調だったはずだが、昼間のうちに魔法を使い過ぎたのだろう。
椅子に座って白目を剥いているエミリアの邪魔をしては悪いので、俺はティナの手伝いをしに調理場へ向かった。
「エミリアはダウンしてるようだ」
「大変ね……」
俺とティナは他人事のように夕食の準備をしている。それにしても白目を剥いた人間を初めて見たが、なかなかに見応えがあった。
それから暫くして、俺が食器の準備をしているとサキさんが帰ってきた。
「帰って来たようね。出来たのから持って行ってちょうだい」
「うん」
俺は出来上がった夕食を持って広間へ向かったが、五人分なので一度には運べない。これは結構疲れる作業だな……。
「サキさん、悪いが二階にいるユナを呼んで来てくれんか」
「よかろう」
結局俺は三往復して夕食を運んだ。往復するたびに飯の匂いで生気が戻っていくエミリアを見るのは面白い。
全員テーブルに揃ったところで皿も並べ終えた。今日の夕食は豚肉のブロック煮だ。これはご飯が進みそうだな。
「む。これは良い。酒のツマミにしたいわい」
「もう少し残ってるわよ」
「私も夜食に是非……」
「エミリアは風呂に入ってもう寝ろよ」
結局この日は、電池切れでテレポート出来なくなったエミリアをサキさんが送って行ったので、俺たち三人はその間に風呂を済ませた。
「外は曇っておったわい。一雨来るかもしれんの」
「面倒だな。まあいいや、今日は疲れたから早めに寝よう」
「そうですね……」
「降り出す前に裏のテントを張っておきたいわ」
「どうせ寝る前にトイレに行くから、その時に張ろう」
俺たちは四人並んで歯磨きをしてからトイレを済ませて寝た。ベッドに入って魔法の明かりを消した頃、外からポツリポツリと嫌な音が聞こえ始める。