第146話「キャプテンハンサム」
俺とティナが全くやる気の無いまま冒険者の宿まで行くと、宿の入口に突っ立っているヨシアキがめちゃめちゃこっちに手を振ってきた。
……走ってきた。シオンとウォルツをサキさんに取られ、ノリの良いハルはユナに取られて寂しかったんだな。かわいそうに。
「ミナトおはようさん! ティナもおはよう!!」
「走って出迎えてくれるのはいいけど、下の酒場で作戦会議しないとダメだろう」
「あ、そうか……」
俺たち三人は、出発前の冒険者たちの賑わいが残る酒場のテーブルを取り囲んで作戦会議をすることにした。
「まずどういう人が欲しいのかを全部出してくれ。そこから現実的に考えていこう」
「そうだな……剣術を習ってたウォルツが結構強いから、特に戦えなくても大丈夫だ。それから、盗賊の技術は前にジェイから教わったから、そういう特技が無くてもいい」
「思ってたよりもハードル低いな。逆に今足りないものはなんだ?」
「やっぱり魔法使いか、それに似たような能力だな。そういうのは冒険者全体の数パーセントしか居ないらしいぞ。メンバーに魔法使いが居るだけで世界が変わるって噂だ」
世界が変わる──既に魔法が当たり前の生活になっていたが、確かに魔法が無かったら不可能な依頼もあるなあ。日常生活も不便で薄暗い毎日になっているはずだし……。
「魔術師ならエミリアに聞いてみたらどうなの?」
「聞いた。結論から言うとダメだった。研究目的で遺跡探索に同行する魔法使いならいるそうだが、冒険者として生活するような物好きは殆どいないらしい」
「まあそうだろうな。んー……要するに、まあ、とりあえず女の子なら何でもいいと、まあ、そういうことなんだよな?」
「そうであります!!」
ヨシアキは敬礼をしながら返事をした。ここまで堂々としていると、いっそ清々しい。
「できれば見た目がかわいくて、おっぱいがデカい子がいいです! すんませんした!!」
「…………」
「もう色々吹っ切れてるからドン引きしないでおいてやるが、具体的にどんな感じの子が好みなんだ?」
俺が聞くと、ヨシアキは指をビシッと突き立てて言った。
「ミナトみたいな女の子がいい!!」
「はぁ?」
「ミナトくらいのレベルなら性格が破綻してても許せる」
「それは冗談なのか? ヨシアキは笑いのセンスが無いから、無理しない方がいいぞ」
「自覚がないのか? 強面親父ですら、かわいいって話してたくらいだぞ?」
「………………」
俺はカウンターで頬杖を付いている強面親父を見た。俺と目が合った親父は、無言でそっぽを向く。
……まじかー。もうヨシアキの件は放っておいて、このまま家に帰って自分の顔を鏡で確認したい気分だ。
「この宿に出入りしてる冒険者で、仲間になってくれる人はいなかったの?」
「親父にも聞いてみたが、今の所はいないようだ。たまにソロの冒険者が流れてくるけど、一人でも十分やっていけるような化け物ばかりだ……」
「じゃあ店を変えよう。どうせ能力が不問なら駆け出しでも構わんだろ? 前に行った駆け出し専門の宿には女の子もいたし、気に入った子がいたら声掛けてみろよ」
「俺が女の子を物色するから、ミナトが引き抜いて来てくれ。駆け出しパーティーなんかと比べたら、キャプテンハーレムは高待遇だから三、四人引き抜いて来ても大丈夫だ!」
ヨシアキはクズいことを真顔で言ってのけた。前からこんな奴だっけ?
「それだ、そのキャプテンハーレムって言うパーティー名、これは変更するべきだと思う。女から見て印象が悪すぎるわ。また男だらけになったらどうするんだ?」
「それもそうだな……」
「逆転の発想で『キャプテンハンサム』に変更すればいいと思うわ」
「よし、今日からキャプテンハンサムに変更する! 俺は本気なんだ」
ヨシアキは一瞬も躊躇うことなくパーティー名を変更した。何が本気なのかわからないが適当すぎるだろ。フレキシブルなやつだなあ……。
冒険者の宿を出た俺とティナとヨシアキの三人は、馬と荷車に乗って一路駆け出し専門の宿へと向かった。
この宿の隣にある大きな馬小屋では、相変わらず冒険者たちが寝泊まりしているようだ。この馬小屋は中の様子が丸見えになる構造だが、そろそろ寒いせいか壁にシーツやござで仕切りを作っている場所が目立つ。
「着いたわよ」
「へー、こんな宿もあるんだな」
「シオンとハルが最初に立ち寄ったのがこの宿だ。教えたのは俺だけど、初っ端から散々な目にあったんだよな」
俺たちは馬を宿の手前に止めて、ヨシアキを先頭に早速宿の中へと入った。
宿の中は相変わらず高校のような雰囲気だが、今の時間に出払っていない冒険者は暇人確定である。酒場のテーブルに移動する途中で掲示板の依頼書を見渡したが、やはりこの宿はゴブリンやコボルドの討伐依頼がその大半を占めているようだ。
今の時期だと刈り入れや害獣駆除の依頼もちらほらある。よく見ると村未満の集落ではゴブリン一体からの討伐依頼もあった。
「ゴブリン一体なんて、住人だけで何とかすればいいのにな。狩猟用の弓とか農具でも倒せると思うんだが……」
「へへ、俺も最初はそう思ってたさ。でもな、大怪我をして働けなくなったら一生困るだろう? 自信がない人は素直に依頼したほうが安上がりなんだよ」
殆ど独り言のように呟いた俺に、見知らぬ若い男が答えた。その男はゴブリン一体の討伐依頼書を掲示板から引き剥がして、一人でカウンターの方へ歩いて行く。
見たところソロの冒険者みたいだ。小さな依頼でも引き受ける冒険者は居るんだな。
気を取り直して、俺たち三人は酒場が一望できる位置のテーブルを陣取った。
「本当に十代くらいの若い冒険者が多いなーっ」
ヨシアキは楽しそうに酒場を見渡している。俺たちがホームにしている強面親父の宿は何気にベテラン揃いだけど、平均年齢が高くてフレッシュ感はゼロだからな。
「孤立してそうな子が狙い目だと思うわ。さっさと済ませて帰りましょう」
ティナは本気でやる気が沸かない様子だ。
「んーと……じゃあ、あの手前の子と、奥の方に居る右から三番目の子と、今掲示板見てる髪の長い……あれはダメだ、その横にいる子と……」
「……私もう帰っていいかしら?」
ヨシアキはキャバクラか何かと勘違いしたような、最低最悪のゲスい指名を始める。
「いや、流石に和気あいあいとしてそうなパーティーから引き抜くのは駄目だろ」
「じゃあどうすればいいんだよ?」
「うーん……」
「その辺の子に聞いてみたらどうかしらね? パーティーが空中分解したり、気が合わなくて一人になってる子なら誰にも迷惑が掛からないわよ」
「よしミナト、適当に聞いて来てくれないか?」
「いやもう自分で行けよ」
「自分で行ったから今まで全部失敗したんだぞ。助けると思って頼むよ、なあ?」
俺はヨシアキに泣き付かれて渋々席を立った。話を聞くなら……そうだな、噂話が好きそうな感じの子がいいのだが、俺もヨシアキと似たようなもんだから、上手く話せる保証はないぞ。
「あのー、ちょっといいですか?」
「ん? なになに? 依頼ならカウンターに行きなよー」
結局俺は酒場で目に付いた中で一番話しやすそうな子を捕まえたのだが、どうやら相手の目には俺が冒険者に見えないようだ。
「いやあ、これでも冒険者なんだけど、実は女の子の仲間が欲しいから、一人になってるような子が居たら教えて貰いたいなと……」
「あ。そうだったんだ……一人の子ねえ、何人かいるけど辞めた方がいいんじゃないかなー?」
えらくパサパサした感じで言われてしまったが、地雷なんだろうか?
「意地悪な性格じゃなければ、戦いが不得意な子でもいいんだけどなあ」
「それならリリィがいいかも……ここ何日か隣の馬小屋で寝てるはずだけど……」
リリィか……酒場と隣の馬小屋は繋がっていないらしく、一度宿の外に出ないと行けないらしい。俺は名前も知らない子にお礼を言って、隣の馬小屋まで移動した。
この馬小屋の中には初めて入るが、仕切りがあったり無かったり、外壁が無い場所もあるので風通しが良くカビのような臭いはしない。
とは言え、あまり長居をしたくないので手近な冒険者のパーティーに聞いてみた。
「すみませーん、リリィは何処にいるか分かりますか?」
「リリエッタの事? 一番奥から一つ手前の左側に居るはずだよ」
む? リリィと言うのは愛称かな? 俺は言われた通りに奥から一つ手前にある仕切りの前まで移動した。
俺が仕切りのシーツを摘み上げた隙間から中を覗くと、リリエッタと思われる女の子は薄暗いランプの明かりを頼りに裁縫をしていた。見た目は短めのポニーテールをぶら下げた薄色の金髪で、俺よりもおっぱいが大きい事が気になる。
「すみません、リリエッタさんですか?」
「……そうですけど、あなたは?」
リリエッタは裁縫の手を休めて、丁寧に向き直った。正面から顔を見ると俺よりも少し年上のように見える。
特に警戒されているふうでもなく、言葉に棘もなかったので俺は安心して話を進めた。
「俺は冒険者のミナトです。実は今、知り合いの冒険者がメンバーを集めているんで、よかったらリーダーと話をして貰えませんか? 早い話がスカウトしに来たんだけど……」
「私を……ですか? うん、そろそろ冒険に出ないと生活費が足りないし、ぜひ話をしてみたいです」
「ん。じゃあ呼んでくるからここで待ってて」
わりと歓迎ムードというか、まあ生活費が足りないんじゃ選り好み出来ないだけかもしれないが、何はともあれ俺は馬小屋を出て酒場のテーブルに引き返した。
「ヨシアキ、馬小屋にリリエッタっていう俺よりおっぱいのデカい女がいるんだが、お前と詳しい話をしたいそうだから行ってこいよ。俺たちはここで待ってるから」
「おおお~っ……ありがとう……ありがとうミナト! ちょっと行ってきます!!」
ヨシアキは足をジタバタさせて喜ぶと、もの凄い勢いで隣の馬小屋に向かった。