第144話「帰ってもバタバタ」
俺だけ寝ているのもバツが悪いので家の掃除でもしようと思ったのだが、浴槽の埃を水で流したり、勝手口から馬小屋兼トイレがある離れまでの廊下を箒で掃いたり、思い出したように花壇へ水を撒いたりした程度で、あまりやることが無かった。
普段からきれいにしているとこんなものか。
俺が湯沸かし器を動かして広間に戻るとエミリアが居た。真っ昼間に現れるのは珍しいが、遺跡で手に入った物を換金した代金と魔道具を持ってきたようだ。
「こちらが銀貨8万8000枚分の金貨1760枚です。それと、こっちの木箱に入っているのが最後の部屋から見つかった魔道具です。魔装置のプレートはもう暫く待ってください」
「特に急いでないからいいぞ。なんせ使い方がわからんしな」
俺はエミリアから金貨の入った麻袋を受け取った。木箱に入った魔道具には簡単なメモが付いている。あまり詳しくは書かれていないが、鑑定済みなのは助かる。
「そういえば砂時計を買おうと思ったんだが、店で売ってるやつは砂が詰まったりして出来が悪いらしいな。学院で使うようなやつだと品質は高いのか?」
「普通に売っている砂時計でも砂の素材やガラスの純度が高ければ問題ないのですが……学院で使っている物は普通の砂時計と少し違いますが、後ほど持ってきましょう」
エミリアはそれだけを言うと、二頭引きの荷馬車を回収して帰っていった。
何だかんだ言っても、毎回実家から荷馬車を持って来てくれるエミリアはマメだと思うのだが、なぜ風呂や着替えがマメに出来ないのか? もはや永遠の謎だ。
エミリアが荷馬車に乗って帰った後、本格的にやることのない俺は木箱に入っている魔道具を確認していた。
魔道具を一つ一つ確認したところ、特に装飾のない魔法のペンが一本……この魔道具には魔法のペンの効果に加えて、尻側に消しペンの効果が付いているらしい。まるでタブレットの電子ペンや、消しゴム付きの鉛筆のような使い心地だ。
魔法のペンとしては完全版だと思うが、唯一の欠点はこのペンで書いたインクしか消せないという制限だろう。
気を取り直して……次の魔道具は自転車やオートバイのハンドルグリップみたいな棒状の先にピンポン玉くらいの水晶球がくっ付いた、魔法のワンドっぽい魔道具を手に取る。
使い方は、光の色をイメージしながら水晶球に手を触れると、思い通りの色をした光が水晶球から放たれるようだ。ちなみに変更できるのは光の色だけで、明るさまでは変えられないという、微妙に不便な魔道具だ。
明るさは開放の駒の弱駒よりも若干弱いと感じるが、ランプやロウソクの明かりと比べたら遥かに明るい。電気式のランタンみたいだな。
しかしこの魔道具は全く同じものが無駄に13個もある。ちなみにこれ、持続時間は永続らしい。明かりを消すときは、もう一度水晶球に触れると消える。
この魔道具は、数からして最後の部屋を青白く照らしていた照明だったのだろう。
残りは魔法の指輪と魔法のナイフだ。指輪の方はシンプルな輪っかに赤い宝石が嵌っている。この指輪には使用者の魔力を向上させる効果があるようだ。
魔法のナイフは儀式用なのか細かな銀の装飾が施されている。装飾には砂粒のように小さな宝石が何個も嵌っていて、なぜか刺突時の威力が高まる魔法が掛かっているらしい。生贄を刺し殺す用途のナイフだったら嫌だなあ……。
……何とも微妙な結果だ。持っていても良さそうだが、いっそ全部売り飛ばしても特に困りそうにないというのは逆に困る。これは後でパーティー会議にかけよう。
俺が魔道具で遊ぶのにも飽きて、外に干している布団を木剣で叩いていると、調理場の勝手口からティナが顔を出した。
「そろそろ取り込まないと冷えてしまうわ」
「お? また魔法でやる?」
「そうね。簡単に折り畳んでくれたら、サキさんの部屋の窓にどんどん放り込んで行くわよ」
どうやら魔法で布団や毛布を折り畳むことは出来ないようだ。俺が物干し竿に掛かっている毛布を四つ折りにすると、ティナの魔法で浮かび上がった毛布はサキさんの部屋の窓へと吸い込まれるように取り込まれていく。
「広げることは出来ても、畳むことは出来ないんだな。これだと結局二人掛かりになるわけだ」
「魔法で畳むのは難しいのよ。何度か練習したけど、ブラウス一枚畳めなかったわ」
「きれいに畳もうとするから難しいのかも知れんぞ?」
干していた物を全部取り込んだあと、俺は一人でサキさんの布団と自分たちのベッドを整えて、ついでに下着も畳んでいる。
サキさんの下着なら適当な四つ折りでも文句を言われないのだが、ティナやユナは各々独自の畳み方があるようなので、未だに良くわからないままだ。
俺は部屋の衣装ケースからティナとユナのブラとショーツを一枚ずつ取り出して、畳み方を研究してみた。
まずティナのパンツだが、下半分の股の部分を後ろに折ってから、左右を三つ折りになるように後ろへ折り畳んでいる。これだとフロントのデザインが良くわかるので選びやすいと思う。だが、あまりにも布の面積が小さいパンツは折り畳んでいないようだ。
ユナの方は下半分の股の部分を前に折ってから、左右を三つ折りになるように前へ折り畳んでいる。ユナの畳み方だとパンツのデザインは分からなくなるが、自然と丸まる方向に畳むので無理が掛からないと思った。
その日の気分でどれにしようか悩む性格ならティナの畳み方でいいのだが、俺は手前から順番に使っていく性格なので、ユナの畳み方を採用した。
ちなみに俺の衣装ケースに収まっているパンツは、表向きだったり裏向きだったりして統一感がない。今まで気にしなかったが、これで誰が俺のパンツを畳んだのかが良くわかるようにはなった。
しかし、俺もティナと一緒になって超小さいのとか、紐みたいなパンツを何枚か買ってしまったんだよな。結局まだ一度も着けてないけど、今度ティナと二人の時に着せ合いっこして遊ぼうと思う……。
続いてブラジャーの畳み方だが、ティナは横方向に二つ折りにしてから、後ろ側になるカップを裏返しに反転させて、その窪みにバンドとストラップを畳んで収めている。
ユナの方はバンドとストラップだけを後ろに折り畳んで、完全にブラジャー本来の形のまま衣装ケースに収めていた。
俺のブラジャーは全てユナと同じように収められている。試しに自分のブラジャーをティナと同じように畳んでみたが、俺のブラジャーはカップが大きいせいかティナのブラジャーのようにピロピロと抵抗なく裏表に反転するようなものではなかった。
ブラジャーに関してはユナと同じ収め方が良さそうだ。そういえばショーツもユナと全じ畳み方か……ティナには悪いが、俺の下着はユナと同じ畳み方にしよう
俺は自分の下着だけ畳んで部屋を出た。一応畳み方は覚えたが、まだまだクオリティーが低いからな。そのうち慣れてきたら全員のを畳むようにすればいいだろう。
俺が広間に下りるとサキさんが銭湯から帰って来ていた。この時間としては珍しくティナと一緒に雑談しているようだ。
「ミナトよ、冒険者の宿に立ち寄ったのであるが、早くメンバー集めを手伝ってくれとヨシアキは泣いておったぞ」
「あいつらまだ二人のままかよ。明日天気が良ければ付き合ってやるかな」
「女の数が多い方が上手く行きそうだから、ティナにも手伝って欲しいと言っておったわい。まあ、どうするかはお主らに任せるがの」
「正直、面倒くさいわね……強そうな人と組む方が安全だと思うのに。ねえ?」
「全くだ。そもそも強面親父の店にはヨシアキ好みの可愛らしい女の子なんて一人も居ないと思うぞ。どっか別の店で探すしかないな」
ヨシアキとは前回話をしてから既に一週間が経つ。せめて自分の足で王都を回って、いくつかの目星を付けておいて欲しい所だが……。
俺とティナとサキさんの三人で冒険者の宿の客層について話をしていると、いつの間にかエミリアが来ていた。毎日ゴキブリのように音もなく現れるのは質が悪い。
「ちょうどいい所に来たな。さっき渡された魔道具だが、二、三聞きたい事があるぞ」
「なんでしょうか?」
「魔法の指輪と魔法のナイフだ。効果が微妙なんで売り払うべきか悩んでいる」
「魔法のナイフは不要なら売ってしまうのがいいですよ。欲しがっている人がいるので今なら高く売りつけられます。魔法の指輪はティナさんが使うべきだと思いますね」
とりあえず俺は、魔法のナイフをエミリアに渡した。
「じゃあ魔法のナイフは処分でいいか。付与された効果から使い道を推理したら、なんか気持ちが悪かったし……魔法の指輪はティナに。魔力を上げる効果がどのくらい有効かしらんけどな」
「古代竜の角の杖は魔法の威力を上げますが、本人の魔力には干渉しませんからね。魔法の指輪はそこまで強力ではありませんけど、別口で効果が乗ると思いますよ」
なるほど、俺はティナに魔法の指輪を渡した。デザインが可愛くないのは残念だが……。
「指輪を嵌めただけだと、何が変わったのか良くわからないわね……」
「微妙? 凄い方の杖で最終的な威力が倍増するらしいから、魔法を使ったときに違いがわかるかもな」
最終的に使えないと判断したら売り払えばいいか……。
「そうそう、昼の話題に出た砂時計を持ってきましたよ」
「どれどれ?」
俺がエミリアから受け取った砂時計は、長方形の木の枠に同じ大きさの砂時計が四本、横一列に並んでいるものだった。
砂時計はそれぞれが独立してひっくり返せるように作ってある。少なくともこんな作りをした砂時計は見たことがない。俺の中で一番に思い浮かんだのはそろばんのイメージだ。
「変わった砂時計ね」
「この砂時計は五分、十分、十五分、三十分と、四種類の砂時計が連なっているんです」
「組み合わせたり、ひっくり返しながら使えってことかな?」
「む? ユナが帰ってきたの。薪など頼んでおるから降ろさねばならん。ミナトも手伝え」
俺とサキさんの二人で玄関を出ると、家の前の森からハヤウマテイオウの姿が浮かび上がるところだった。ユナはある程度夜目が効くせいか、明かりがなくても暗い森を抜けられるようだ。
しかし、サキさんは良く感知できたものだな。
「今戻りました。二人してどうしたんですか?」
「遠くから蹄の音が聞こえたんでの」
勝手口の手前で荷車を切り離したユナにハヤウマテイオウの世話を任せて、俺とサキさんは荷車に積まれた荷物を降ろすことにした。
「服が汚れるからの、ミナトは細かい日用品を家に運んでおれ」
「あ、うん。ありがとう……」
サキさんがエサの入った麻袋を肩に担いでいる横で、俺は石鹸やらの日用品を勝手口から運んでいる。
しかし、服が汚れるから……か。サキさんも気が回るようになって来たじゃないか。
俺が荷車と勝手口を何度か往復し終えると、ユナとサキさんが地面に散らばった薪を片付けていたので手伝うことにした。薪の束はロープで縛ってあるのだが、一度に運ぼうとして地面にブチ撒けたらしい。
「縛り方が緩かったんだろうな」
「だのう……」
せっせと薪を片付けた俺たちは、汚れた手を洗って家の中に入った。