第13話「空を見上げて」
カナンの町を出た俺たちは、馬二頭と荷馬車を引き連れて王都オルステインへの街道を走っている。今回は風に吹かれながらの道中だが、それでも日中は暑い。
俺はジャケットとズボンを脱いで、それを荷台の方へと押しやる。
ティナの見立て通り、ミニワンピ一枚になると快適だ。俺はそのまま御者席に座ったが、尻が直接椅子に触れたことにびっくりして思わず立ち上がってしまった。
なに今の?
もう一度席に座るが、俺のミニスカートはまるでコタツの掛け布団のように腰の周囲を覆っているだけで、丸出しの尻が直接椅子に触れている状態だった。ちゃんと隠れてはいるが、後ろから尻を覆うには丈が足りないとかいうレベルの話ではない。
底の部分は尻丸出しです。ティナには後で説明責任を果たして貰おう。
……やっぱり気になる。椅子に直接触れている尻とパンツが汗で濡れてきた。スカートが周りを覆って風を遮っているので余計に温度が上がっているような気もする。
俺はスカートの前側を両手で持ち上げると、ガニ股で足を開いたり閉じたりして吸気行動を行っていた。
ティナが見たら卒倒しそうなビジュアルだが、幸い隣にはシャリルしかいないので気にすることはない。
「……何してんだい?」
「股が暑くて」
「はっはっは。全く酷い格好だね。今朝の指揮には私も感心したもんだけど、何だいこの変わり様は」
「こっちが本物です」
「いいね。気に入ったよ……知っての通り、私は行商人だけど鑑定の目にもかなりの自信がある。もしお宝を持っていたら私が見てやるよ。今朝のお礼もあるしね」
「まじですか。その時はお願いします」
軽く流そうとした所で、ふとそう言えばと思い付き、例の指輪とビー玉、古い銀貨をシャリルに見せてみた。
「早速で悪いんだが、これを見て欲しいんだけど」
「……これはエスタモル銀貨だねえ。状態が良ければ1枚で銀貨400枚は行くんだけど、これだと……せいぜい銀貨60枚って所かね。売るつもりなら私が買い取ってやるけど?」
「じゃあ23枚全部お願いします」
俺が店に売りに行っても適正金額で買い取って貰える保証はないので、シャリルにお願いした。
「もう少しで休憩所だから、指輪と玉はそこで見せてよ」
それから一時間程度で休憩所に着いた。前回の休憩所とは別の、個人向けの小さなキャンプ場だ。
「やはり馬は良い!」
手綱を適当な木に括りつけながら、パンツマンでずっと乗り回していたサキさんが満足そうに言った。
ティナは尻を押さえながら、鞍を作り直さないとだめねと呟いている。
俺は馬三頭の世話と、焚き木と水汲みの作業を二人に頼むと、シャリルにエスタモル銀貨の買い取りと鑑定の続きをお願いした。
「おや? こっちの指輪は……恐らくミスリル銀だね……何か掘ってあるね……なんだろ……」
「なんだろう?」
「……これなら銀貨6000枚は行くんじゃない? 残念だけど婦人向けのデザインじゃないから装飾品としての価値は低いね。希少金属の価値だね」
「素材価値でもそんなにするのか……」
「大抵のミスリル銀には魔法が掛かってるはずだから、もっと詳しい人に見て貰った方が良いかもね」
なるほど。わからん。これ以上は魔法に詳しい人間に鑑定して貰った方がいいのか?
「こっちの玉は……精霊石だね。間違いない。玉の奥を見てごらんよ」
「なんだろう? 玉の中で砂糖水が動いているようにも見える……」
「この中に精霊力を封じ込めておくと、好きな時に精霊力を引き出せる魔法の玉さね」
「今も入ってんの?」
「良くわからないね。入ってると綺麗な色に変わるらしいよ」
「うちの客層にはいないけど、魔術師なら欲しがるんじゃないの?」
どちらにしても魔法に詳しい人間に会って話を聞かないとだめっぽいな。これ以上は知りようがないので、鑑定はここまでにしてエスタモル銀貨を買い取って貰った。
俺とシャリルの話が終わる頃には日も傾き始めていた。俺が頼んでいた通り、二人は焚き木と水汲みの準備を終えている。
シャリルとの話を二人に報告したあとは特にやる事もなく、俺はサキさんとシャリルの三人で休憩所の長椅子に座ってだべっていた。
ティナはシャリルが用意していた食材と調味料を受け取って、俺たちの食材と一緒に料理をしている。
調理場の火がそのまま焚き木になっているので、俺たちはティナの料理風景を見ている格好だ。
「おまちどうさま」
無骨な木のテーブルの上に料理が並んでいく。シャリルが調理道具や調味料を色々持っていたので、好き勝手に使ったらしい。
料理の一つもしようと買うんだけど、いつも買うだけで終わっちまうんさね。と、隣に座ったシャリルが照れ笑いする。
野菜と燻製ハムを細切りにして炒めた大皿は、アサ村で食べたタレを甘辛くアレンジした味付けがしてあり、戻した干し肉が口の中で溶けるコンソメっぽいスープは、ハーブのようなものできれいに臭味が抜いてあり、スライスしたパンは両面を軽く焼いたあと、薄くバターが引かれていた。
「箸と米が欲しくなる」
「大したもんだよ。私の道具で作ったのかい? こりゃあ負けてられないね」
やっぱり日本人の味覚で整えた料理は口に合う。
この世界の飯は、アサ村で食べた飯以外だと満足感が今一つ不足していたんだよな。パン一つにも一手間掛ける、そう、俺が欲しかったのはこれなんだよ……。
俺は飯の感想も言わずに黙々と食った。
サキさんは大皿が気に入ったらしくがっついている。シャリルはスープの方が気に入ったらしい。なんで臭味が無いのかをしつこく聞いていた。
飯を食い終わって四人で片付けをしたあと、ティナとシャリルの二人は荷馬車のランタンの下で何やらずっと話をしているようだった。
時折ティナが鍋を混ぜるようなジェスチャーをしているので、本気で料理をする気になったシャリルさんに色々教えているのだろう。
珍しくサキさんと二人になった俺は、二人で意味もなく星を眺めていた。
ここに来てから目の前の事が精一杯で、こうして空を見上げるのは今日が初めてだ。
空なんて明るいか暗いかしか見ていなかったこの数日を振り返ると、ようやく一段落ついた気がした。
「見たこともない星ばかりだな」
「うむ……」
「これだけ星が多いと、こっちの世界には星座なんて無いかもな」
「わしは……」
「おう」
サキさんは俯いて、それ以上は話さなかった……俺にはわかる。男が自分の内に沸いた弱さと葛藤して耐えている時の顔だ。
俺が男なら、こういう時は肩でも組んで応援してやれるのだろうが。
俺はサキさんの頭をそっと自分の方に寄せて、そのまま膝の上に乗せた。サキさんも抵抗はしなかった。
「……すまぬ」
「ティナの飯でも食って、元の世界が恋しくなったのか?」
サキさんのモミアゲだろうか? 直接肌が触れ合った太ももがちくちくと痛い。
「……わしは今日、心底戦いを楽しんどった。仕留めた追いはぎを片付けておるときも、自分の手柄が嬉しくて堪らんかった」
「うん」
「不覚にも元の世界を思い出したとき、自分の正体がわかって恐ろしゅうなった」
俺は軽くショックを受けていた。頼りになるので最初からサキさんをアテにして作戦を立て続けたり、いつも一人で何とかさせたり、自分でやるのが怖いからと言って後始末もサキさんに丸投げだったが、これではいけないのかもしれない。
「もう戦うのは嫌になった?」
「いや。こんな生き方が出来る今の自分に幸せを感じておる」
「ならそのままでいいよ」
「ミナトよ……」
これからはサキさんにもやさしくしてやろうと思って、俺は膝枕をしたままいつまでもサキさんの頭を撫でてやった。
「……わし、ミナトは男で行くのかと思うとったが」
「ん?」
「言動がいちいち乙女すぎる……」
俺はサキさんを膝から投げ捨てると、地面に転がり落ちた頭を足で踏んだ。
この日は、サキさん、俺、ティナの順で交代に焚き火と荷馬車の見張りをしながら休むことにした。
特に何もないとは思うが、どちらにせよ焚き火が消えると困るので仕方ないのである。
朝俺たちが起きると、ティナが朝食の準備を始めていた。ティナは一足先に朝の支度を済ませていたようなので、それ以外の三人で朝の支度を始める。
今日の朝食は、半分に切って味を付けたパンに薄くスライスして焼いたハムを乗せ、細かく刻んで炒めた野菜の上に砕いたチーズをまぶし、上のチーズがとろとろに溶けるまで熱したあり合わせのピザ風トーストと、柑橘系の匂いがする甘いハーブティーだった。
「わしには三個作ってくれ」
「この飲み物なにさ? これも私の道具にあったの? へえー……」
半分に切ったパンは一人二個だが、サキさんはピザっぽい感じが気に入ったのか三個要求してティナのぶんを一個貰っていた。放っておくとこいつは太りそうだ。
朝食の後片付けを終わらせて、日が昇り出すと同時に出発した俺たちは、この日の昼過ぎには王都に到着した。
「それじゃあ、名残惜しいけど私は商談があるからここで失礼させて貰うよ」
王都の検問所で積み荷の手続きを終えたシャリルと別れた俺たち三人は、一度冒険者の宿で部屋を確保したあと、白髪天狗とハヤウマテイオウの二頭を宿の馬小屋に預けた。