第136話「鋼(はがね)のゴーレム」
ティナが魔法でカスタムロングボウと矢筒を召喚したので、俺はランプの火から炎の矢を3本作って、その矢を弓のサイドホルダーに固定した。
「もうマッピングは十分だから、ここから先はユナが弓を持っていてくれ」
「わかりました。枯れ井戸には何本撃ち込みますか?」
「とりあえず1本かなあ。熱の吹き返しがあると思うから、射ったらすぐに伏せてくれ」
井戸の縁から全員が距離を置いたところで、ユナは軽めに炎の矢を射ってからサッと身を伏せた……中の状況はわからないが、獣の体毛が燃える嫌な臭いと一緒に生暖かい空気が漂って来る。
炎の矢の効果が収まったのを見計らって、俺たちは井戸の縁から中の様子を窺ってみたのだが、枯れ井戸の底は白い煙が充満して何も見えなくなっていた。
「これでは降りても何も見えぬ」
「氷の矢にすれば良かったかな? もう遅いか……念のために残りの2本も撃ち込んで枯れ井戸の調査は打ち切ろう。どうせ降りても消し炭で汚れるだけだ」
俺たちは先程と同じように炎の矢を2本射ってから、枯れ井戸の口を元の鉄板で塞いだが、俺はさらに念を入れて大きな石のブロックをいくつか作って重しに置いた。
「ふう……ここまで厳重にやれば万が一はないだろう」
「これで何かあるようなら手に負えませんよ」
俺たちは直線通路を数メートル引き返して、頑丈な鉄の扉の前まで戻って来た。
「鍵が掛かっておるわい」
螺旋通路の中心に続くであろう鉄の扉をサキさんが開けようとしたが、押しても引いても、持ち上げても横に踏ん張っても開く気配がない。
「鍵穴は……ないわね」
「錆びて固着しておるのか? そりゃ! そりゃっ!!」
サキさんは鉄の扉を力任せに蹴りまくった。
「魔法の扉かな?」
「いいえ、魔力は感じませんね……」
「うおおぉぉーーッ!!」
俺とエミリアが話している横で、雄叫びを上げながら鉄の扉をわし掴んでガッタガタ言わせているサキさんは正直うるさいと思う。
「……周りの枠ごと外れたわい」
「それは外れたんじゃなくて、壊したと言うのではないだろうか?」
壊した鉄の扉を立て掛ける場所を求めて、サキさんは一人で直線通路の方へ歩いて行った。しかしこの場に残ったサキさん以外の全員は微妙な空気で顔を見合わせることになる……。
扉の先は螺旋通路と同じ素材の壁になっており、鉄の扉自体がフェイク──偽物だったのだ。
「あー……」
「やられたなあ……」
「幻影の壁……じゃあなさそうね」
鉄の扉を安全な場所に置いてきたサキさんは、随分ガッカリした様子だった。
最後の最後でハズレを掴んでしまった訳だが、トイレ休憩をした後にもう一度上から下まで調べてみたものの、特に隠し通路が見つかることもなく……。
煙が引いていた枯れ井戸にサキさんが一人で降りたりもしたが、消し炭で衣服が汚れただけで何の収穫も無かった。
気になっていた影や液体の生物は出てこなかったので、一応安心はしたのだが……。
まだ昼の時間なので再挑戦は可能だが、俺たちは用心のために遺跡の入り口を軽く塞いでから、一度公民館に戻って作戦会議をしている。
「残りは鋼のゴーレムが守っている部屋だけだなあ」
「わしの槍ではあのゴーレムにかなわぬのか?」
「そんな槍では無理でしょうね。大した魔法も掛かっていませんし」
「う、うぬぬ……!」
エミリアは容赦ないな。お気に入りの魔槍グレアフォルツをそんな槍呼ばわりされたサキさんは屈辱に耐え忍んだ。
「逆にどんな武器ならあのゴーレムを倒せるのかしら?」
「あのくらいのゴーレムになると、最低でもミスリル銀の魔剣か魔槍が欲しいですね。そこから更に数人掛かりで戦うのがセオリーだと思います」
「レーザーソードじゃだめでしょうか?」
「ゴーレムを強化している魔力を上回っていれば倒せる可能性があります」
「そっちのハードルも高そうね……」
現状の戦力ではどうやっても倒せない感じなのか。財宝だけなら諦めも付くんだが、調べていない部屋を残すのは安全上スッキリしない。ここが人里離れた場所であれば、少々わからない部屋があっても平気なんだけどな。
「まだ時間もありますし、ゴーレムの場所まで戻ってみませんか? 色々試してみたいこともありますし……」
「そうだなあ、絶対に部屋の中へ入らないという約束を守れるなら……」
ユナにせがまれた俺たちはもう一度遺跡に入った。あれだけゴーレムにちょっかいを出すのを止めていたエミリアも、いざ実験と聞けば興味を示さずにはいられない様子だ。
再び鋼のゴーレムが佇む鉄格子の前まで来た俺たちは、ユナの実験内容を聞いている。
「まず周りの被害が少ない炎の矢、氷の矢、雷の矢を鉄格子の隙間から放ってみて、手応えがありそうなら倒せるまで続けようと思います」
「わかった。鉄格子に当たって矢尻が壊れると大惨事だから、気を付けて射ってくれ」
俺は言われた通りに三種類の魔法の矢を作ると、それをユナに手渡した。
──結果的に言うと手応えはなかった。唯一、炎の矢のみゴーレムの表面を汚したが、氷の矢と雷の矢は全く効果がないように見えた。
「部屋の外から攻撃しても全く動かんな」
「部屋に入った者と戦うように命令されているのでしょうね。鉄格子で丸見えなのは、石板のメッセージからもわかる通り余程自分のゴーレムに自信がある証拠だと思います」
「物凄い自信家ね。ある意味見習いたいわ……」
しかし魔法の矢が効かないというのにはまいった。正直これさえあれば何でも倒せると考えていたのだが、ここに来て限界が見えてしまった。
俺はユナの顔色を窺ったが、さも当然のような顔で羊皮紙にメモを取っている。ユナにはこの結果が想像できていたのだろうか?
「魔法の矢はもっと開けた場所で使う爆弾のような武器ですから、狭い場所で味方を巻き込まないように使うとこんなものでしょうね」
「確かにそうかも知れないが……」
魔法の矢は1本でも大抵のモンスターを倒せるくらい強力なのに、それで傷一つ付かないのでは絶望的に思えてくる。
冒険者の中でも「遺跡組」と呼ばれる人たちが特別視されていたり、とてつもなく高価なミスリル銀の装備が平気で売られていたり、今までにも首を傾げてしまいたくなる場面は幾つかあったが、なるほど、こういう事かという妙な気分に襲われた。
続いてユナは部屋の中に兵士と町娘と犬の幻影を出して、鋼のゴーレムが幻影に騙されるのか、もしも反応するなら無差別に攻撃を加えるのかをテストしたいと言い出した。
「面白い実験ですね。私が加われば同時に三種類の幻影を出せますから試してみましょう」
ティナが兵士、俺が町娘、エミリアが犬の幻影を担当して、わざわざ鉄格子から入って来る演出をしながら、ゴーレムの前にそれぞれの幻影を並べた。
「あ、反応してますよ! ミナトさんは部屋の奥に移動させてください」
俺はユナの指示に従って町娘の幻影を動かした。ちなみにモデルはエミリアだ。フリフリのバカっぽい服を着せて、おっぱいは貧乳にしてある。
遊び心が詰まった俺の自信作だ。
俺がゴーレムを迂回するように貧乳のエミリアを部屋の奥へ歩かせていると、ゴリラのような造形のゴーレムは突然長い腕を振り上げて、その幻影を薙いだ。
「俺の幻影はやられてしまったが、とりあえずは有効だな。しかし思った以上に腕が長いぞ。2メートルほど距離を取らないと食らう」
「ではエミリアさんのわんこでゴーレムにすり寄ってください」
エミリアはブタみたいな見た目の犬をゴーレムの足元に纏わりつかせて遊んだが、鋼のゴーレムは全く興味を示さない。
「動物は無視なのか、わんこがブサイク過ぎて無反応なのか、いまいちわからんな」
「ブサイクとか言わないでください! 実家で飼ってる犬なんですよ!!」
俺の一言に気分を害したエミリアは、ブツブツ言いながらブサイクな犬ブタの幻影を消した。少し悪い事をしたが、衝撃的にブサイクだったから仕方がない。
「ティナさん、兵士の幻影で壁や天井に張り付いたり、有り得ない動きをさせて貰えますか? ゴーレムがどこまで俊敏に動けるのかを知りたいです」
ティナは無言のまま古代竜の角の杖に持ち替えると、幻影の兵士を蜘蛛のように天井へ張り付かせたりしてゴーレムを手玉に取り始めた。
観察していると、鋼のゴーレムは腕を振るう速度が速いことを除けば、足での移動はのっそのっそと重苦しくて遅い。やはり本体が重すぎるのか、天井に手が届かなくてもジャンプすら出来ない様子だ。
「……最後にゴーレムの目の前で幻影を消してみてください」
一通りの実験を終えて満足したらしいユナが終了を告げたので、ティナは言われた通りに幻影を消した。目の前で兵士の幻影が消えると鋼のゴーレムもピタリと動きを止めて、のそのそと元居た位置へ戻って行く。
「機械的な行動だな。知性はないのか?」
「基本的にゴーレムは実行可能な命令だけを忠実に行いますが、命令以外の行動は取らないですし、学習能力もありません」
「やっぱりそうなんですね……それならあのゴーレムには部屋から退場して貰いましょう」
ユナはメモを取っていた羊皮紙を丸めて腰のベルトに挟み込むと、意地悪く笑った。
「ティナさん、ゴーレムが待機している部屋の中央に深い縦穴を掘ることは出来ますか?」
「床のタイルは無理そうだけど、床の下にある土を掘ることならできるわよ」
「お願いします。床のタイルはゴーレムの自重で抜けると思うので、ゴーレムが腕を伸ばしても手が届かない深さまで掘ってください」
「わかったわ」
「ゴーレムが穴に落ちたら、ミナトさん、ティナさん、エミリアさんの三人で大量の土砂を出して一気に穴を埋めてください。仕上げに石化の魔法で砂を固めたら完了です」
「コンクリ詰めのイメージだよなあ。ちょっと可哀想な気もするが……」
「色々考えてはみたんですけど、余りにも動きが鈍いですし、落とし穴に落として上から固めるのが一番安全だと思いました」
かくして俺たちは、鋼のゴーレムの制作者が意図していなかったであろう斜め上の方法でゴーレムを倒す準備を開始した。