第135話「探索継続中」
「ウォラァーーッ!!」
骸骨のモンスターに突撃したサキさんは、魔槍グレアフォルツの重たい刃先を、最も手近な一体に叩き込んだ!
頭上から振り下ろされたグレアフォルツの一撃は相手の頭蓋骨を粉砕する。それはまるで壺を叩き壊したかのような騒音を立てて床に崩れた。
「フン!!」
その場から一足踏み込んで全身を水平に捻り込んだサキさんは、体のバネに回転の勢いを乗せてもう一体の頭蓋骨をフルスイングで叩き割る。
「セリャアァーーッ!!」
二撃目の反動に合わせてグレアフォルツを斜め上まで振り回したサキさんは、自分の腕と槍のリーチを最大限に生かして、ようやくこちらを向き始めた最後の一体に渾身の斜め打ちを放った。
……サキさんの先制攻撃でことごとく頭蓋骨を破壊された骸骨のモンスターは人型を維持するだけの魔力が尽きてしまったのか、敢えなく三体全てがその場の床に崩れ落ち、砂のように消え去った。
ちなみにサキさんが兜に挟んでおいた風の精霊石と解放の駒は部屋の端っこまで吹き飛んでいるが、当の本人は興奮していて気付かないようだ。
「相変わらずサキさんの戦い振りは凄いな。兜に挟んだ解放の駒もどこかに飛んで行くわ」
サキさんはハッとして自分の頭に手をやると、部屋の中に弾け飛んだ風の精霊石と解放の駒を回収し始める。
「手筈通り、相手が動き出す前に叩いたのであるが……」
「これらは遺跡の保守をしている簡易ゴーレムの一種ですね。使われている骨によっては非常に強力な個体もありますから、動き出す前に倒したのは間違ってないですよ」
「以前倒した黒い骸骨よりも簡単に壊れたわい。戦闘向きではないかも知れぬ」
古代遺跡で骸骨のモンスターと戦うのはこれが二回目だが、魔法で作る骸骨のゴーレムは、人型だからといって必ず人間の骨が使われている訳ではないらしい。
ちなみに簡易ゴーレム自体は現在の魔術師でも製造可能だが、稼働できるのはせいぜい数時間が限度。半永久的に動くようなものは作れないそうだ。
「仮にヘルハウンドを運び出した怪力の持ち主がさっきの骸骨だとしたら、三体同時に襲って来なくて助かったと思う」
「この簡易ゴーレムは何の骨を使っていたんですか?」
「断言はできませんが、本当に怪力の持ち主だとしたら巨人族の骨でしょうね。人間の骨ではあそこまでの怪力は出せないはずです」
改めて部屋の中を見渡すと、部屋の広さは四畳半程度でキューブ状の正方形をしている。骸骨のゴーレムが並んでいた場所は、部屋を入ってから右側の壁だ。
俺たちの正面には再び両開きの赤い扉がある。そして部屋の左側面は壁一面が堅牢な鉄格子になっていて、その手前には白い石板が建てられていた。
「何の石板でしょうか?」
「エスタモル時代の文字みたいね。エミリアは読めるかしら?」
「……奥の部屋に関する注意書きですね。内容は『我の財宝を欲する者は鋼のゴーレムを退けよ』と書かれています。その後は自分の作ったゴーレムがいかに強いかを延々と説明した文章が続いてますね……文章の後半になってくると後世の人間に対する挑戦状の意味合いが強くなってきます」
「ほう、挑戦状であるか……」
鉄格子の向こう側は円筒形の空間が広がっている。ヘルハウンドの部屋と違ってこちらは直径10メートル以上もある大きな空間で、天井もそれなりに高いのが特徴だ。
部屋の中央には身長2メートルを軽く超えるゴーレムが佇んでいる。屈み込んだ状態でそのくらいの高さがあるので、実際にはもっと大きいだろう。
黒光りするマッチョなスタイルは上半身がやたらと大きくてアンバランスに見える。ゴリラの足を極端に短くしたイメージで、何とも不思議な造形だ。
「手を出さない方がいいと思います」
「強いのか?」
「これは正真正銘のゴーレムです。先程倒した簡易ゴーレムとは訳が違います」
「どのくらい違うんですか?」
「木の枝や小石、骨や牙の一部から魔法の力で形作る簡易ゴーレムと違って、正規のゴーレムは物理的に体を作り込んでから魔法の生命を与えるので強度が全く違うのです」
「中身が詰まっておるだけではないか。戦ってみたいわい!」
サキさんはやる気満々だが、エミリアは首を横に振った。
「戦うときは魔法で強化された鋼の本体に負けない武器を用意しないといけません。特に金属製のゴーレムは殆どの攻撃魔法が効かないので、魔術師にとっても相性最悪なのです。硬さで言えば大型のドラゴンや上級悪魔と互角ですよ」
あの巨大ミミズでさえ討伐を薦めたエミリアが明確にダメだと言うのだから、これは手を出さない方がいいだろう。力比べの相手としては分が悪すぎる。
「ここは最後にして、とりあえず先に進むぞ。もしかしたらゴーレムを倒すヒントがあるかも知れんからな」
「う、うむ……」
俺たちはキューブ状の部屋を貫通するように設置されたもう片方の赤い扉を用心深く開いた。
赤い両開きの扉を開くと、またもやスロープ状の通路が続いている。時計回りに下っていく方向も今までと全く同じだ。
この部屋は単なる中継地点のような感じだったのだろうか?
「特に代わり映えしないとダレてくるな……何があるかわからんから、改めて慎重になろう」
俺たちは隊列を組み直して慎重に時計回りの通路を下って行く。心なしかカーブの角度がキツくなってきた印象も受ける。
「下に行くほど円が小さくなっていますね。ちょうどソフトクリームを逆さまにしたような感じです」
「目が回りそうな気分になるわね」
最初は平面図でマッピングをしていたユナだが、途中から断面図を追加したようだ。羊皮紙を見せて貰うと、確かにひっくり返したソフトクリームに見える。
「もう三周くらいしたかな? 先の視界が狭く感じるのはカーブがきつくなってる証拠だよなあ」
「……終わりのようだの。ここで二手に分かれておるわい」
サキさんが立ち止まったので、後続の俺たちも自然と足を止めた。
時計回りの下り通路が終わったところで、右方向にひと際頑丈そうな鉄の扉が設置してあるのが見える。ユナのマップと照らし合わせると、この扉の向こうが螺旋通路の中心に繋がっているように感じた。
もう一方は数メートル先で行き止まりになっている直線通路だが、奥の方に古井戸らしきものが見える。
「どちらから調べるべきかな?」
「気になるのは鉄の扉だけど、先に安全を確保しておきたいのはあの古井戸よね」
「心理的にはそうですよね。古井戸から行きませんか?」
「なにか這い出してきそうだの」
「怖いからサキさんが先頭のままでいいよ」
「……よかろう」
俺たちは鉄の扉を素通りして、隊列を崩さないまま慎重に古井戸の傍まで進んだ。
直線通路の一番奥には古井戸のような構造物があるだけで、他には何もない。
古井戸の口には二つに割れる鉄板の蓋がしてあるのだが、周辺の床を見ると最近何かを引きずったような新しい傷跡が見られた。
俺たちは古井戸をぐるりと回って調べてみたが、とにかく鉄板の蓋を開けて中を覗かないことにはこれ以上の調査ができない状況だ。
「何か飛び出してきたら怖いし、少し距離を置いてティナの魔法で鉄板を外してくれ。サキさんは警戒して待機だ」
「うむ……」
「じゃあ外すわよ……」
ティナの浮遊魔法で持ち上がった鉄板の蓋は、二枚とも古井戸の側面に立て掛けた。
幸い何も飛び出しては来なかったが、古井戸から何かが這い出して来るイベントは心霊特集やホラー映画の定番なので俺は内心ビビっている。
「照らしても底まで見えんわい」
「そんなに深いのか? 井戸じゃないのかな?」
形状からして井戸だと思っていたのだが違うのか? 丸い煙突状に石を積み上げた姿は誰もが想像する古井戸の形そのものなんだが……。
俺は土の魔法で手頃な小石を作って、それを井戸に落とした。
「……音がしないな。結構深いのかも」
「魔法の明かりを小石に掛けて、それを落としてみるのはどうですか?」
「いいな。やってみよう」
ティナは俺から受け取った小石に明かりの魔法を掛けて、それを井戸に放った。
全員が井戸を取り囲んで小石が落ちていく様を見守っているが、小石の落下速度は不自然なくらいに遅い。
「穴の側面も確認したいから小石の落下速度を調整してあるけど、もっと早い方がいいのかしら?」
「うん、もう少し早くていいかも」
やがて小石が井戸の底を照らし始めるが……結構深いと思う。底に行くほど末広がりな感じだが水は無さそうだ。底面には獣のような黒い塊が見える。
「ヘルハウンドの死骸はここに捨てたのか。こいつに当たって反響音がしなかったんだな……」
「あっ! 今何か動きましたよ!!」
「わしにも見えたわい!」
「どこ? こっちの方向からは見えなかったわ」
「俺も見えなかった。エミリアは見えた?」
「え? よそ見していました」
困った……というか面倒臭いことになった。この井戸──ゴミ捨て場かもしれない──には、何かが生息している。
「黒っぽい影に見えたの。すぐさま明かりの影に隠れおったわい」
「私は紫っぽい液体に見えました。この枯れ井戸は底が広がってますよね? 明かりを避けた感じもしますし、もうここからは見えない気がします」
「うーん……エミリアが見ててくれたら正体が掴めたかもしれんのにな?」
「あんなに一瞬だと、私が見てもわかりませんよ」
エミリアは困った顔で愛想笑いをしながら両手を左右に振った。
「どうするかな? 炎の矢を何発か撃ち込んで、辺りを消し炭にしてから調査するか……」
「いきなりはダメです。こんな場所なので可燃性のガスが溜まっていたら大変なことになりますよ」
「ミナトよ、底までロープが届くかの? わしが降りてみるわい」
サキさんは背負い袋の中から全員分のロープをかき集めて、それを一本に繋ぎ始める。
「待て待て、まずはランプを降ろしてみるのが先だろう。お前が言い出した事だぞ?」
「むう」
俺はランプの取っ手にロープを縛って、それを枯れ井戸の底まで降ろしてみた。
「……何も起きませんね。可燃性のガスも溜まってないと思います」
「爆発の危険は無さそうだな。とにかく炎の矢で行こう。影とか液体とか、どう考えてもホモ戦士とは相性が悪い気がする」
「ホモ戦士ではない。ホモ侍である」
「もし本当に影や液体の生物が相手だと物理的な攻撃は通じない可能性があります。魔法の炎で焼き払うのが一番確実ですよ」
エミリアも魔法の炎がいいと言うので、相手の正体は不明だが一発撃ち込んで様子を見ることにした。