第134話「マンホールの蓋」
狭い通路をサキさんの後ろから照らすと、通路の奥に分厚い鉄格子を確認できた。
「ここはただの通路みたいですね。特に怪しい部分はなさそうです」
「ヘルハウンドを飼っているだけの部屋だったのかしら?」
低い天井にとにかく頑丈な鉄格子を見ると、ティナの推測も正しい気がする。
「この鉄格子はどうやって開けるのだ?」
錆で表面が赤茶色になった鉄格子を押したり引いたりしながらサキさんが呟く。グレアフォルツをバールの代わりにこじっているが、重くて頑丈な鉄格子は開く気配がない。
「上方向に持ち上げるんじゃないのか?」
俺が突っ込みを入れると、サキさんは渾身の力を込めて鉄格子を持ち上げ始めた。
「石のブロックを作って、鉄格子が持ち上がるたびに挟んでいくか……」
俺とエミリアは土の魔法で石のブロックを作り、ティナは浮遊の魔法でサキさんのサポートをする感じで、俺たちは分厚い鉄格子を持ち上げたままの状態を保持することに成功した。
鉄格子はティナの魔法だけで持ち上がるはずだが、適度に手を緩めてサキさんが持ち上げた体にしているところは素直に感心する。これが俺なら調子に乗ってサキさんを押し退けてから一人でやっていただろう。
最近そういうのはいかんなあと思い始めていたので参考になる……。
鉄格子の向こう側は左右に伸びる丁字の通路だが、右は上りで、左は下りのスロープになっている。
スロープ状の通路は幅約2メートル、高さは3メートル近くあるようだ。とりあえず全員で通路に出てみたが、天井が高くなったせいもあって余裕のある広さを感じた。
「上りと下り、どっちから探索するべきかしら?」
「俺たちが入って来た場所は中途半端な位置だろうから、まずは正規の出入り口を探したい所だな」
「普通に考えたら出入り口は地上と繋がっていますよね? 上に向かうのがいいと思います」
俺たちは隊列を組んで上り側の通路を進むことにした。
スロープ状の通路は大きく螺旋を描いている感じだ。俺たちは反時計回りの上り坂を進んでいたが、体感的に一周半ほどの距離を上り続けたところで平坦な直線通路になった。
「何もおらなんだの」
「先の方は行き止まりかな?」
「通路と同じ壁石で塞がっていますから、行き止まりですね」
通路の一番奥は、ユナが指摘した通り何の変哲もない壁石になっている。念のため全員で壁を叩いたりしてみたが、壁の奥に何かがあるような気配は感じない。
「こういう作りの遺跡だと、上から巨大な石の玉が落ちてきて追い掛けられるようなトラップがあるよな? 天井に怪しい切れ込みがあるかもしれんぞ」
俺は行き止まりの天井を観察しながら、ふと脳裏に思い浮かんだことを口にした。通路の天井は特に切れ目が入っているふうでもなく、巨大な石が転がって来る心配はなさそうだ。
「ちょっと全員下がって貰えますか? 天井には何もありませんが、床の方には切れ込みがあるみたいですよ」
行き止まりの壁に群がっていた俺たちは一度その場から離れると、ユナが見付けた床の切れ込みに注目した。
その切れ込みは砂埃のようなもので埋まっているが、サキさんがダガーで軽くなぞると大きな長方形をした溝が現れた。
大体の想像は付くが、この部分が蓋のようになっているのだろう。
「さっきまで全員この上に乗っていたけど全然気付かなかった。相当頑丈に作ってありそうだな」
「ピッタリ嵌まっているようだから、魔法で持ち上げるわよ」
ティナは浮遊の魔法で床石を持ち上げようとするが、なかなか上手く持ち上がらない──床石の側面に蝶番のような機能があるとわかるまで、多少の時間を要した。
「金属でもなさそうだし、不思議な蝶番だなあ……」
「下りの階段が現れよったの」
「奥の方は少し明るいですね。地上に繋がっているんでしょうか?」
「この床石、固定できそうにないから私はここで支えているわね」
「それじゃあ急いで確認を済ませよう。サキさんを先頭にしてエミリアも付いて来てくれ。ユナはここで後方の見張りをしておいて欲しい」
「ミナトさん、私も見に行きたいです!」
「じゃあ俺の代わりに行ってくれ。ティナ一人を置いて行くわけにはいかんからな。奥が深いようなら一度報告に戻って来て」
俺とティナが見守る中、サキさん、エミリア、ユナの三人は空気確認用のランプを持って階段を下りて行く。
エミリアが照らす魔法の明かりが強いおかげで、通路からでもかなり奥の方まで視認できていたが、やがて視界の向こうまで伸びた階段に遮られて見えなくなった。
「……障壁の魔法とか浮遊の魔法を持続性にしても固定できないのかな?」
「ちょっと無理そうね。押さえてないと魔法が解除されて行くような感覚なのよ」
「それってマズいんじゃないか?」
「この程度なら大丈夫だけど、これを維持した状態で他の魔法は無理ね」
何かあれば俺がこの場を守るしかないわけか……。
三人が階段を降りてから暫く経つ。体感では三十分くらいだが、実際には十分程度かも知れない。時計がないのはこういう時に困る。
王都に帰ったら砂時計を買いに行こう。確か普通に売っていたはずだ。
俺が階段の奥を眺めていると、解放の駒と光の精霊石を手にしたユナが戻って来た。
「どんな感じになってる?」
「階段が終わると小さな小部屋があって、そこにマンホールの蓋くらいの金属プレートがあったんですけど、恐らく魔装置なので回収しても大丈夫か調べているところです」
「そうかあ。まだ時間が掛かるのかな?」
「エミリアさんは魔装置が専門じゃないので少し時間が欲しいと言ってましたよ。私はもういいので、ここを交代しましょうか?」
ううむ、そんなことになっていたのか。ユナはもう満足したようなので、今度は俺が階段を下りてみることにした。
階段は緩やかな作りで、それほど下っている感覚はなかった。階段が終わった先は通路を挟まず、そのまま小部屋になっている感じだ。
小部屋は床一面が淡い光を出していて幻想的に見える。もちろんこれはライトアップされたアトラクションではない、本物の古代遺跡が放つ魔法のイルミネーションだ。
「大体ユナから報告を聞いているが調子はどうだ?」
全身鎧に青白い明かりを反射させて、幻想的な雰囲気になっているサキさんが振り向いた。
「小便がしたくなったわい。上がっても良いかの?」
「いいけど、今のティナとユナは戦力にならんから、サキさんはそのまま上で待機してくれんか? お前の護衛が一番安心できる」
「よかろう」
「エミリアはどんな感じだ? たちまち無理そうなら後回しにするか?」
俺はエミリアの横に屈んで、ユナから聞いていた金属プレートを見た。
「この部屋と魔装置が連動してないかを調べているんですけど、あと少しで判断できそうなんです」
エミリアが慎重に調べている金属プレートは本当にマンホールの蓋くらいのサイズだ。見た目は黒っぽくて金属の塊にしか見えない。相当重そうな印象を受ける。
金属プレートの厚みは2センチ程度、表面には金の塗料で細かい文字や複雑怪奇な魔法陣がビッシリと刻まれているのだが、魔力感知ができない俺には理解不能だ。
「……問題無さそうです。持ち出しましょう」
「お? じゃあサキさんを呼んで来る。鉄の塊だし何十キロあるか見当も付かん」
「大丈夫ですよ」
エミリアは顔色一つ変えずに鉄の塊みたいな金属プレートをひょいと片手で持ち上げた。ぎっくり腰にでもなったら大変だと思うのだが。
「これは全部ミスリル銀なんです。重さはミナトさんが持っているハンドアックスとそれほど変わらないですよ」
「まさかあ……軽いな……」
俺はエミリアからミスリル銀らしい金属プレートを受け取ったが、大きさから想像するとアルミニウムよりも遥かに軽い金属だと感じた。
そういえば偽りの指輪もミスリル銀だが、金属特有の重量感がなくて玩具の指輪みたいに軽いんだよな……。
「金属プレートを持ち上げても床の光は消えないんだな」
「この光は地下から照らしている感じがします。もちろん魔法の光ですが……」
俺はミスリル銀の金属プレートをエミリアに渡してから二人で階段を上った。この金属プレートは今のところ正体不明なので、魔法のスペシャリストであるエミリアに管理してもらうことにした。
俺とエミリアが通路に戻ったのを確認したティナは、維持していた浮遊の魔法を解く。
当然ながら魔法で持ち上げていた石床の蓋は、音もなくゆっくりと閉じた。バタンと閉まる訳ではないらしい……俺は少し気になって再度石床の蓋を持ち上げて貰ったが、特に問題なく持ち上がったので少し安心した。
「二度と開かなくなる罠は無かったみたいだな。気になっていたからスッキリした」
俺が言うと、ユナはうんうんと頷いて笑い始める。ユナも気になっていたのだな。
「結局そのマンホールの蓋は何だったの?」
「詳しく調べてみないと何とも言えないのですが、召喚系か移動系の魔装置かもしれません。ただ不自然なくらい魔力が小さいのが気になります。王都に帰ってからゆっくり調べさせてください」
「それ本当に全部ミスリル銀なのか? 偽りの指輪ですら素材の値段だけで銀貨6000枚の売値が付くって聞いたんだが」
「ええっ!? 素材だけでそんなにするんですか? 私が持ってる魔法の鍵もミスリル銀ですけど、銀貨7000枚程度だから掘り出し物だったのかも……」
「言われてみれば確かにそうね。ミスリルだと気付かずに値段を付けたのかしら?」
俺はいまいち実感が湧かないのだが、今回はとんでもないお宝を手に入れてしまったようだ。でも鑑定が終わるまでは何とも言えないから、この場で小躍りするのはやめておこう。
上方向の探索が終わったので、俺たちは一度最初の部屋の前まで戻って来た。
「次は下側の通路だな。さっきと同じ隊列になって進もう」
「うむ」
下り方向の通路も螺旋状になっているようだが、こっちは半周くらい進むと両開きの赤い扉が現れた。ここにきて初めて木材を使った扉だが、表面の赤い塗料は細かくヒビ割れて、触れただけでも崩れてしまいそうだ。
実際に扉が開く軌道に沿って粉のような赤い塗料片が床に散らばっている。
「塗料が朽ちるくらい時間が経ってからも誰かが開け閉めしている証拠ですね」
「嫌だなあ。やっぱり何か居るんだろうな……」
「この扉には罠や鍵は掛かってないんでしょうか?」
「魔力感知には引っ掛からないけど、魔法以外の罠だとわからないわね」
「ならばわしが開けるかの!」
ティナが魔力感知で扉を調べたと思ったら、勢いに任せたサキさんが扉を開けた。相変わらずだな。何かあったらどうするつもりなんだろうか?
「むッ!? こやつらは……」
扉の向こうには骸骨のモンスターが三体、壁を背にした状態で佇んでいる。
遺跡に入る前に俺が指示した通り、サキさんは一呼吸も置かずに魔槍グレアフォルツを構えて突撃を始めた。