第133話「探索開始」
「露天風呂みたいで良かったわい」
サキさんは素っ裸でチンチンだけを隠して風呂から上がってくると、腰にバスタオル一枚の姿で鼻歌混じりにドライヤーを使い始めた。
「私も入ってきますね」
サキさんと入れ替わるようにして、ユナも風呂に向かった。
「サキさんのカルモア熱はもう治ったのか?」
「特に違和感は無いの。足の踏ん張りもできるわい。嘘ではないぞ?」
サキさんはドライヤーを使いながら、後ろ向きで尻を振って見せた。サキさんの筋肉質な尻なんか見たくはないが、足付きも良くなっているので大丈夫なんだろう。
「そもそもカルモア熱って何なの? 特に発熱はなさそうだったけど……」
「実のところ良くわかっていないのです。オルステイン王国の最西端に『カルモア』と呼ばれる海と陸地の境界線があるのですが、そこで発生した良くない霧が雨雲に混じって運ばれて来るとか……」
エミリアは歯切れの悪い説明をした。カルモア熱に関しては、魔術学院でもハッキリとした事がわかっていないので、有名なおとぎ話に出てくる「カルモア熱」という言い方をそのまま使っているだけだという。
「先日読んだ神話の本には、海神の呪いだと書かれておったわい」
「海の神が呪いをかけたという伝説もあるのですが、ミラルダの町では海に出て漁をしていますし、それを考えると矛盾が生まれてくるのです」
オルステイン王国の最西端……サキさんとエミリアの会話を聞いていると、人類発祥の聖地と言われておきながら、そう簡単には近寄れない危険地帯のようだ。そのせいで一向に研究が進まない場所でもあるらしい。
ここでいう「危険」とはモンスターだけでなく、切り立った断崖絶壁の陸地に打ち上げる荒波と強風が絶えないため、何人たりとも海に近付けないという。
ユナが興味を持ちそうな話だが、今のところ行きたくない場所の暫定一位だ。
「上がりましたー。ほんとに露天風呂みたいでしたよ」
ユナが風呂から上がったので、俺とティナは嫌がるエミリアを引っ張って風呂場へと向かった。
勝手に切り抜いた公民館の壁をくぐった俺たち三人は、それぞれのカゴに脱いだ服を突っ込んで、早速お手製の露天風呂で掛け湯をした。
「露天と言えば聞こえはいいけど、えらく冷えるなあ。掛け湯の回数も多くなって給湯が追い付かんぞ」
「そうですね。私は冷え性なので少し辛いです」
「二人とも冷えると良くないわよ。そのまま浸かって温まりなさい」
俺とエミリアは適当に掛け湯をしたあと、ティナに言われた通り風呂に浸かった。時折頭の上から落ちてくる木の葉が湯船に浮かんでは流されていく。何とも風流である。
「………………」
ティナは自分が汚れたまま湯船に浸かるのは嫌だと言って、先に体を洗っている。
普段は隣同士で体を洗っているのでティナの側面しか見えないのだが、今日は低い目線からティナを真正面に捉えているせいもあって新鮮な気分だ。
ちょうど俺の目線がティナの大事な部分と同じ高さなので、股の付け根から足の指先まで見えるのは実に素晴らしい。男性的な性欲を失っても脚フェチは治っていなかったので、俺はきれいに洗われて行くティナの脚に釘付けとなった。
「……じゃあ私は上がりますね」
夢のような時間をエミリアが台無しにした。適当に温まったので風呂から上がるらしい。
「おい待て。せめて顔と脇と股と足くらいは石鹸で洗って行け。あと、エミリアの乳はデカいから下乳の垂れ下がった部分も洗わんとダメじゃないか」
「た……垂れ下がったとか言わないでください。でも汗疹ができるので洗うことにします……」
エミリアは顔と脇と股と足と下乳だけを石鹸で洗って出ていったが、そこまでピンポイントに洗うくらいならいっそ全部洗えばいいのにと思う。
俺は髪を洗っているティナの隣でいつも通りに洗ったあと、もう一度湯船に浸かってから風呂を出た。
全員で寝る準備を終えた俺たちは、明日の予定を話し合っている。
「ヘルハウンドは倒しましたけど、遺跡の内部は何もわからないですよね」
「だなあ……」
「前回の遺跡探索と比べて、構造物からは全く魔力を感じなかったわね」
「魔力を感じない部分は経年劣化が進んでいると思います。衝撃や爆発の魔法は控えた方がいいですよね?」
古代遺跡の築年数は不明だが、保護や保存の魔法が掛かっていないのだとしたら十分に気を付ける必要がある。
「自然の遺跡に近い状態ならばランプを併用したいの。昔良く見た探検番組では、洞窟や坑道の空気を調べるためにランプの火を目安にしておったわい」
「ありましたね。テレビはヤラセで消しているようでしたけど」
「なぬ!? 嘘っパチであったか……」
「事前にスタッフが潜って安全を確認しているはずですし、本番では程よい所でランプの火を消して大騒ぎする台本になっているんだと思いますよ」
「うぬぬ……! 言われてみればそのような気もするわい……」
「俺たちの冒険にロケハンはないからランプは持って行こう。念のために解放の駒と風の精霊石で常に風を起こしておけば、多少何かあっても大丈夫だろう」
探検番組で思い出したが、真面目に考えると安全靴やヘルメットが欲しい。服装だって丈夫な作業着に頑丈なプロテクターを付けたようなスタイルが好ましいと思う……。
そう考えるとサキさんの装備は多少やり過ぎだが理想的な装備と言える。
結局、問題は女の子チームの装備品だ。とにかく身を守れるような装備ではないし、エミリアのローブに至っては動き難さまでプラスされている。
モンスターの攻撃から身を守るときは障壁の魔法で十分だが、危険な場所での活動に関しては作業着の方がいいような気もする……。
「提案だが、明日からの遺跡探索は全身鎧のサキさんを除いて作業着で行いたいと思う」
「いやよ」
「いやです」
俺は自分の提案が満場一致で否決されたことにショックを覚えた。
参考までに反対の理由を聞いてみたが、作業着だと冒険のロマンや雰囲気がぶち壊しになってやる気が出ないというものであった。
「仕方がない。明日はなるべく肌の露出を押さえた格好を心掛けてほしい……」
まあいいか、これ以上起きていると明日に響きそうなので、今日のところは寝ることにしよう。
公民館は窓も閉まらないし、あちこち隙間だらけなので寒い。幸い俺とティナとユナは三人固まって寝ているので、厚手の毛布三枚を重ね掛けできるのは助かる。
サキさんとエミリアは毛布一枚こっきりだから、一応ドライヤーを本来のストーブとして使っているのだが、それでも寒いようなら対策を練らないとダメだな。
翌朝、冒険の準備を整えた俺たちは、ハムと卵と野菜を挟んだパンとスープで軽めの食事をしてから公民館を出た。
今回の遺跡探索は俺たちだけで行う予定だ。男手があると有り難いのだが、遺跡の状態が良いとは思えないので、ジムは連れて行かないことにした。
公民館から洞窟までの距離は十分も掛からないのだが、河原が歩きやすければもっと近くに感じることだろう。
崖を刳り貫いたような形状の洞窟内には獣除けの焚き木を炊いていたのだが、誰も薪を足さなかったので当然のように消えている。
俺は横穴の入り口付近に置きっ放しにしてあるランプに火を付けてから、それを手ぶらのエミリアに渡した。
「昨晩言っていたように、弱駒と風の精霊石で常に周囲の空気をかき回すようにしたいと思う」
「ならばわしが持っておくわい。兜の先にでも引っ掛けておけば良かろう」
サキさんは解放の駒を兜の突起に挟むと、腰のロングソードを引き抜いてティナと一緒に横穴の奥へと向かった。
横穴の突き当りでは、レーザーソードでレンガの壁を切り崩したサキさんが遺跡内部への一番乗りを決めたようだ──が、すぐに引き返して魔槍グレアフォルツを取りに戻って来る。
「やはりそれは持って行くのか?」
「うむ。レーザーソードは胸躍るが、自分の自由にならん武器に命は預けられんの」
サキさんの言い分を聞くと、自分の意志で強化と解除が自由にできない仕様では武器としての信頼性に欠けるということだった。
ちなみに今日の装備はいつもと少し違う。弓関連は全て荷馬車の中に収めたままで、必要なときはティナが魔法で召喚するという手筈にしてある。
別に家の定位置に置いてなくても自分達の持ち物だと認識できる品物なら召喚できるようなので、狭い場所では邪魔になるカスタムロングボウは荷馬車で留守番だ。
隊列に関しては、サキさんはいつも通りに前衛、俺とエミリアは後方から魔法支援、ティナとユナは中列で魔力感知とマッピングを担当する。
「弓が無いのは初めてですね。両手が空いているのでマッピングはしやすいと思います」
ユナは自前で買った魔法のペンと羊皮紙を取り出して準備万端の様子だ。
「これから遺跡に入るわけだが、明かりはティナとエミリアでなるべく広範囲に照らしてくれ。崩れそうな箇所があったら魔法で補強していこう。魔物が出て来たらサキさんは迷わず特攻を仕掛けろ」
「む? 普段から慎重なお主らしくないの?」
「相手が厄介な能力を持っていた場合、間髪入れずに攻撃を与えて相手を黙らせるのが一番安全だと考えた。幸い昨日のヘルハウンドは炎を吐かなかったが、もしも覗き穴に頭を突っ込んで炎を吐いていたら大変なことになっていたと思うからな」
「なるほどの」
「でも突撃すると危険な相手もいるだろうから、その時は俺かエミリアがストップを掛けるぞ。ストップが掛かったら、ティナがサキさんの正面に障壁の魔法を出して防御する手筈にしよう」
「わかったわ。グレアフォルツが障壁に埋まると思うから、その反動で怪我をしないでね」
遺跡内での基本的な作戦パターンが決まったので、俺たちは遺跡の内部に侵入した。
先程サキさんが切り裂いたレンガの壁を超えて遺跡の内部に入ると、そこは円筒形をした空間になっていた。まあ昨日覗き穴から確認した通りなんだけど。
天井は低いと思う。俺が手を伸ばしたら天井に届くから2メートルも無いだろうな──この部屋は内部から見ても全てがレンガ状だ。
壁、床、天井で材質は同じようだが、思ったよりもしっかりしている。
試しにサキさんがグレアフォルツで強めに叩いてみたが、天井のレンガが剥がれ落ちて来るような気配はない。
「一番心配だった天井は大丈夫みたいですね」
「うん……あれ? サキさん」
「なんであるか?」
「この辺にあったヘルハウンドの死骸、何処にやった?」
俺はヘルハウンドの死骸が放置されていた辺りを指さしたのだが、そこに頭の割れたヘルハウンドの死骸はなく、良く観察すると床に引きずられたような跡があった。
俺とサキさんで引きずられたような跡を追うと、この部屋にある奥の通路へと続いているようだった。
「……なんかこれ、ダメなやつじゃないのか?」
「…………」
気が付くと横穴の入り口付近まで後ずさっていたユナが首を横に振った。
「エミリア、ヘルハウンドがゾンビになって復活したとかは無いのか?」
「無いでしょう。むしろこの遺跡で活動している何者かがこの部屋から運び出したと考える方が自然です」
「ヘルハウンドは随分大きかったわよ。サキさんくらいの怪力じゃないと引きずって移動なんてできないと思うんだけど……」
一部屋目からこれだと先が思いやられるな。どちらにせよ今でも活動している何者かがいる事だけは確かなようだ。
「出合頭の戦闘があるかもしれん。サキさんと同等以上の腕力があると思っていいから用心しろよ」
「案ずるな、任せておけ」
サキさんはこの部屋にある奥の通路を覗き込んで安全を確認すると、低い天井に頭をぶつけないよう注意しながら通路の先へと進んで行った。